145.大失敗
長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
諸作業が一段落したので、以降は通常の更新ペースに戻せると思います。
今後とも音虎玲子をよろしくお願い致します。
信じて欲しいのだが、本当に変な下心なんて無かったんだ。
僕――立花 結城は、言い訳をするように内心で独りごちる。
そりゃあ、僕だって健全な男子高校生。人並みに性欲も有れば、エッチなことに対する関心だって持っている。
でも、レイちゃんは急に一人暮らしを始めることになった僕のことを心配して、わざわざ休日にごはんを作りに来てくれたのだ。
そんな彼女に対し、両親不在という状況にかこつけて、劣情を向けてしまうのは……いくらなんでも節操がなさすぎる。
だから、今日はごはんのお礼に、彼女が少しでも楽しんでくれるようにと色々準備をしたのだ。
彼女が好きなお菓子や紅茶も準備したし、レイちゃんが前から見たいと話していた恋愛映画も事前にレンタルしていた。
……それなのに。
「……レイちゃん?」
映画のクライマックス。彼女が僕の肩に、コテンと小さな頭を預ける。
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香り。
ソファーに置かれていた僕の手に、レイちゃんはおっかなびっくりといった様子で指を絡めてくる。
「ユウくん……」
映画のスタッフロールを背景に、レイちゃんが潤んだ瞳で僕を見つめてくる。
……本当に、本当にそういうつもりなんて無かったんだ。
ただ、楽しく穏やかに一緒の時間を過ごせるだけで幸せだと。
それなのに、僕はどうしようもなく彼女に触れたかった。友達では触れられない場所、恋人だけが許される場所に。
「レ、レイ……ちゃん……」
視線が自然と、彼女の桃色の唇に吸い寄せられる。
「あっ……」
僕の視線に気づいたのか、彼女は少しだけ恥ずかしそうに顔を伏せる。
……そして、勇気を振り絞るように視線を僕に合わせると、ゆっくりと瞼を閉じた。
ごくり、と僕の喉が動く。
レイちゃんにここまでさせておいて、僕が怖気付いては彼女に恥をかかせる事になる。
そんな男に都合の良い言い訳を、頭の中で繰り返す。
僕は彼女の両肩に手を置くと、まるで水の中を動いているかのように、ゆっくりと彼女に顔を近づけていく。
……映画が終わり、電子機器が動くノイズだけが微かに響く空間の中で、僕とレイちゃんの距離がゼロになった。
「……っ」
柔らかい。
レイちゃんが怯えるように、僕の腕をぎゅっと掴む。
唇から伝わる彼女の体温と、間近で感じるどこか甘い体臭に、僕は頭がおかしくなりそうだった。
もっと。
もっと欲しい。
もっと、彼女の深いところまで……
「――ッ!」
そこまで考えて、僕は慌てて自分の本能の手綱を握り直す。
……そういえば、彼女の手料理を食べた後からだろうか。
レイちゃんの一挙手一投足が妙に艶やかに見えたり、ふとした瞬間に香る彼女の匂いをいやに扇情的に感じてしまうのは。
僕自身、レイちゃんと家に二人きりという状況で、無意識に理性のタガが外れかけていたのかもしれない。
僕達は対等な恋人なんだ。僕だけの気持ちを優先して暴走してはいけない。
僕は名残惜しい気持ちを抑え込んで、彼女の唇に別れを告げる。
時間にして一分にも満たない僅かな時間。年端もいかない子供同士が遊びでするような、触れ合うだけの口づけ。
それでも、レイちゃんとキスが出来ただけで、僕は本当に幸せだった。今はこれで満足しよう。そう自分に言い聞かせて、僕は彼女から離れ――
「……ユウ、くん」
クイッと、彼女の指先が僕の袖を引っ張った。
「レ、レイちゃん?」
僕が戸惑うように声をかけると、彼女は顔をりんごのように赤らめる。
「あ、あのね……えっと……」
「……?」
「もう少し、このまま……」
……ああ、どうして彼女はこうも僕の心を揺さぶるのが上手いのだろう。
もう満足したと。これ以上は我慢しようと。僕はこんなにも、自分に言い聞かせているのに……
普段は純粋無垢で優しい天使のような彼女が、今この瞬間だけは悪魔のように見えてしまう。
そして、極々平凡な男である僕が、悪魔の誘惑に勝てるはずも無く……
「んぅっ……」
僕は再び、吸い寄せられるように彼女の唇と自分の唇を重ねる。
一見すると先程の繰り返し。
だが、先程の触れ合うような口づけとは違い、今度は僕の舌が彼女の唇をなぞっていた。
「っ!?」
ビクッと彼女の身体が震える。
一瞬、先走ってしまったかと臆病の虫が騒ぎ出す。
……れっ。
「……っ!」
レイちゃんの唇が、僕を受け入れるように開かれる。
それだけでなく、彼女の舌が僕の舌と絡むように動き――
――そこから先の記憶は、正直曖昧だ。
レイちゃんの肌の感触とか、舌に触れる彼女の体液の味だとか。
全てが気絶しそうなぐらいに気持ちよくて、僕は意識を保つだけで精一杯だった。
「はぁ……あ、ぅ……っ」
僕が触れる度に、身体に電流でも流れているかのように彼女の身体が跳ねる。
服がはだけて、下着がズレて。
10年以上も隣に居たのに、初めて見る幼馴染のあられもない姿。
想像したことが無いと言えば嘘になる。ずっと好きだったから。
でも、実際に見るそれは、妄想などとは比べ物にならなくて……
「ユウ、くん……」
「……レイちゃん、力抜いて」
僕は彼女の足を開く。
一瞬だけ抵抗するように、彼女は足を閉じようとしたが、それもすぐに無くなった。
レイちゃんの怯えるような、期待するような視線が向けられる。
胸の鼓動がうるさい。
緊張に喉が乾く。
夢にまで見た瞬間。だが、決して焦るな。慌てるな。
レイちゃんを怖がらせないように。彼女の初めてが、嫌な思い出にならないように。
慎重に、大切に……絶対に彼女を傷つけてはいけない。
冷静になるんだ僕。落ち着くんだ。落ち着け。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着――
……くたり。
「………………」
えっ。嘘。
「……ユウ、くん?」
固まってしまった僕に、レイちゃんが困惑した表情を浮かべている。
「ぇあ、う、その……レ、レイちゃん。ちょ、ちょっとだけ待って……」
ま、待って。嘘でしょ?
「ご、ごめん。も、もう少し……もうちょっと……もうちょっとだけ待って!?」
先程までの興奮とは違う、嫌な緊張感で心臓が早鐘を打つ。
……いやいやいやっ! ありえないでしょっ!?
よ、よりによって、このタイミングで……!
……き、緊張しすぎて勃たなくなるとかっ!?
僕はうんともすんとも言わなくなってしまった自分のアレを前に、頭を抱えて悶絶した。