143.神田IFルート:びっち・ざ・ろっく!
――僕は、立花 結城はどこで道を間違えてしまったのだろうか。
【kou1さんがグループから退室しました】
高校生活が始まってから、数ヶ月が経ったある日の出来事であった。
友人である神田くんが、ちょっとしたトラブルに巻き込まれた結果、僕たちのグループから距離を置こうとしていたのだ。
「……ユウくん。私ちょっと行ってくる」
「えっ?」
そして、彼女がそんな神田くんを放っておく筈が無かった。
困っている人がいれば、迷うこと無く手を差し伸べることが出来る優しい女の子。
僕もそんな彼女に救われた人間の一人だから分かるのだ。彼女なら、きっと神田くんの心も救い出してくれるだろう。
「……待って、レイちゃん」
――だけど、彼女の手が僕以外に差し伸べられることが、僕には許せなかった。
「ユウくん……?」
駆け出そうとする彼女の手を、僕は強く掴んで引き止める。
「その、今はそっとしておいた方がいいんじゃないかな……?」
「え?」
「か、神田くんも『しばらくは』って言っているし、ほとぼりが冷めたら、また一緒に過ごせるから」
レイちゃんが『何を言っているんだ?』というきょとんとした顔をする。
これ以上は駄目だ。
これ以上、口を開くべきではない。
分かっている筈なのに、僕の言い訳するような言葉は止まらなかった。
「……神田くんも言ってるじゃないか。神田くんと一緒に居て、レイちゃんまで悪く言われるようになったら大変だから……だから、その……」
「………………」
レイちゃんは、僕の言葉に困ったような笑顔を作ると、優しく僕の手を解いた。
「レ、レイちゃ……」
「心配してくれてありがとう、ユウくん。でも神田くんのことを放っておけないから……」
「――ッ! 君は、僕の恋人なんだろう!? なら、他の男のことよりも、僕の言う事を聞いてよっ!!」
あっ。
これは言っちゃ駄目なやつだ。
完全にラインを越えている。
レイちゃんが、僕の怒声に驚いて固まっている。
「……ち、ちがっ……僕は……そんな、つもりじゃ……」
謝れ。
ほら、早く。
しかし、意思とは裏腹に、僕の口から謝罪の言葉は出てこなかった。
だって、ずっと思っていたことだから。
他の誰よりも僕のことを優先して欲しいと。そんな醜い独占欲を彼女に抱いていたから。
「……ごめんなさい」
俯いたまま、レイちゃんが呟く。
それは何に対しての謝罪だろうか。
その言葉を最後に、彼女は今度こそ僕の前から駆け出してしまった。
「あ、ま……待って……」
……そして、僕はそんな彼女の背中を見送ることしか出来なかった。
「待って、ください……行かないで……」
***
「神田くん……」
薄暗い自室の中で、俺――神田 光一は、音虎の胸に顔を埋めていた。
立花という恋人がいる彼女に対して、こんなことをさせるべきではないと理性では分かっていても、それを拒絶出来るほど俺は強い男では無かったようだ。
「ちょっとだけ、弱音言っていい?」
「……え?」
「自分で言うのも何だけど、私って結構"良い子"でしょ? 勉強もスポーツも友達付き合いも、全部一生懸命頑張ってきたつもりだよ」
俺の頭を抱きしめる彼女の腕が、胸が、微かに震えていた。
「だけど、周りのみんなはそんなに良い子じゃなくて、神田くんが私を脅してるとか、私が神田くんと一緒になって悪いことしてるとか噂して……」
「……」
「……ユウくんがね、神田くんのところに行っちゃ駄目だって言ったの。友達のことよりも、恋人の言う事を聞けって怒ったの」
「それは……」
「ユウくんの事は大好きだし、大事だけど……友達のことも同じくらい大切にしたいのって、そんなにおかしいことかな?」
立花が言っていることは、別に間違ったことではない。
悪い噂が付いている男のそばに、恋人を行かせたくないというのは、何もおかしなことでは無いだろう。
だけど、それは優しい彼女にはどうしても理解出来なかったようで……
「……私、なんだか疲れちゃったな。私が良い子でいても……みんなも、ユウくんも……誰も分かってくれないのなら……」
「……俺は」
「神田くん……?」
「俺は、どんなお前でも好きだよ。良い子でも、悪い子でも。だから……」
彼女の頬を伝う水滴を、指先で拭う。
「だから、泣くなよ。お前が泣いてるところなんて、見たくない」
「神田くん……」
音虎の潤んだ瞳が、じっと俺を見つめる。
「……それなら、神田くんは私と"悪い子"になってくれる?」
「音虎……?」
音虎の唇が、ゆっくりと俺の唇に近づく。
拒絶しようと思えば出来る程度の、ゆっくりとした速度。
だけど、俺は彼女を拒絶する気など既に無くなっていた。
「……仕方ねえなぁ」
「んっ……」
俺を救い出してくれたのはお前だ。
だから落ちる時も、一緒に落ちてやるよ。
***
――その後、レイちゃんと神田くんの間で何が有ったのかを僕は――立花 結城は知らない。
あれから学校内での神田くんの悪い噂は、まるで誰かが悪意のガソリンを振りまいているかの如く、薄れるどころか更に炎上していった。
そして、それに引っ張られるように、レイちゃんまでもが悪い噂のターゲットにされていた。
僕や冬木くん達が二人を擁護しても焼け石に水で、最終的に新城さんが何やら強引な手を使って噂を沈静化させた頃には、神田くんとレイちゃんは学校に来なくなっていた。
……僕はと言うと、あの日以来レイちゃんとしっかりとした話し合いが出来ていなかった。
謝罪のメッセージを送っても、電話をかけても、彼女から無視をされた僕は、それ以上の行動を取らなかったのだ。
……分かっている。
本気で彼女と向き合うつもりならば、彼女の家に押しかけてでも対話をするべきだったのだ。
だけど、もしも。
もしも、また彼女にあんな顔をされたら。
怯えるような、失望するような……あの瞳で見つめられたら、僕は……
そんな懊悩を抱えていたある日の事だった。
ちょっとした用事で繁華街に出かけていた僕は、人混みの中で"彼女"を見つけた。
艷やかな美しい黒髪は、ギラギラと輝く金髪に染められていた。
透き通るような白い肌に、金属製のアクセサリがいくつも穴を開けていた。
……あまりにも自分が知っている彼女とは異なる出で立ちだったが、それでも僕が彼女の顔を見間違える筈が無かった。
「――レイちゃんっ!」
人混みを掻き分けながら、ぶつかった相手に舌打ちをされながら、それでも僕は彼女へと近づき叫ぶように呼び止める。
確信があった。
ここで彼女を見失えば、僕はもう二度と彼女と――
「待って! レイちゃん!」
「……えっ?」
僕の声が届いたのか、彼女は立ち止まりこちらへと振り返る。
彼女は僕の姿を見て、いつもと変わらない優しい微笑みを浮かべて――
「"立花"くん! わっ、久しぶりー!」
後頭部をハンマーで殴られたのかと思った。
存在しない衝撃に、僕が倒れそうになるのを何とか堪えていると、彼女はニコニコと微笑みながらこちらへ近づいてくる。
「ごめんね、ちゃんと連絡出来なくて。ここ最近ちょっとバタバタしてて――」
バンドのメジャーデビューが決まったとか、学校はしばらく休学することになりそうだとか
、それらの手続きが大変で落ち着いて連絡出来なかったとか。
彼女は何やら色々話していたが、僕は恐らく半分も理解出来ていなかったと思う。
彼女の話に『ああ』だの『うん』だの、覚束ない返事を返していると、彼女は最後にこう告げた。
「……だからね、私と立花くんのこれからのこと、後でちゃんと話し合おう?」
「それ、は……」
それは、僕にとっては死刑宣告も同然の言葉で。
「音虎さーん! 早く行かないとレーベルの人との打ち合わせに遅れるってー!」
「はーい! 今行くからちょっと待ってー!」
誰かに呼びかけられたレイちゃんが返事をすると、彼女は改めて僕に振り返る。
「ごめんね、みんなを待たせてるから。今度時間が取れる時に連絡するね?」
「ま、待って、レイちゃ――」
「おい、レイコ。さっきからアキラのやつが待ちくたびれて――」
不意に通りから一人の男性がレイちゃんの隣に駆け寄る。
その顔を見て、僕は息も絶え絶えな有り様で呟いた。
「……神田、くん?」
「……立花か。久しぶりだな。悪いが俺もレイコも急いでるから、話はまた今度にしてくれ」
「あ、待っ……!」
僕の言葉を無視するように、彼はレイちゃんの腕を引っ張ってその場を後にする。
その力に抵抗せずに、神田くんの腕に身を寄せるレイちゃんの姿を見て、僕はやることなすことが全て手遅れだという事をようやく悟った。
それ以上、何も言えずに僕は彼女たちを見送る。
夕焼けの光を浴びてギラギラと輝くレイちゃんの金髪が、まるで僕と彼女を阻む障壁のように見えた。
「……僕は、君の綺麗な黒髪が好きだったよ」
そんな未練に塗れた言葉を呟いてから、僕の精神は遂に限界を迎える。
周囲から奇異の視線を向けられながら、僕は地面に跪いて獣のような嗚咽を零した。
「うぶ、ぐ、ぉ、あああぁあああ……!!」
「……レイコ、いいのか?」
「もしかして妬いてる?」
「茶化すな。俺は真面目に聞いてんだぞ」
「……立花くんは、今でも大事な人だよ」
「でも、もうただの友達だから」
GOOD END C 『びっち・ざ・ろっく!』
***
って感じになる筈だったんだけどなぁ~~。
私は、音虎 玲子はどこで道を間違えてしまったのだろうか。
現実は神田くんは何か覚悟キメちゃうし、ユウくんは私を信じて一緒に神田くんの家まで付いてきちゃうし散々である。ユウくんも私みてえな女信じてんじゃねえよ馬鹿かよ。
それにしても神田くんにはガッカリである。
所詮はアマちゃんのマイルドヤンキーか。惚れた女に彼氏が居たからって諦めるなんつーの雑魚の思考だ。自分の幸せのために他人を犠牲に出来ないなんて善良さは、負けヒロインの思考である。私は違う。私の幸せのためならば、私以外の全人類が滅んでもいい。最後まで立っているやつが勝者なんだよな。
барчонок。
あまりにも酷いガバを前に、私は思わず時々ロシア語でキレるレイコさんになってしまった。
そもそも前準備が甘かったのだ。
たまたま学校で発生していた神田くんへの悪い噂を、これ幸いとNTRルートへの導入に利用しようとしたのが間違いだった。
所詮はトラックに轢き殺されたことも無いヒヨッコどもの噂話に便乗するなんて、私もどうかしていた。
ゼロから私監修によるエグい神田くんとユウくん追い詰めプランを練っていれば、私は勝っていた筈なのに……
ここ最近のNTRルート合流失敗を連発した結果、私はらしくない失敗を重ねてしまっていた。
……もしかしたら、私は弱くなっているのかもしれない。
ユウくん。冬木くん。ユリちゃん。神田くん。サトリちゃん。チーちゃん。山田くん。
みんな善良で優しい人々だ。
彼らの優しさに触れて、私は以前の鋭さを失ってしまったのかもしれない。地球で暮らす中で丸くなってしまったベジータのように。
いつか訪れるその時、私は本当にユウくん達の脳を破壊出来るのか? 弱く、優しくなってしまったこの私が……
……ふっ、少しばかり長々と喋りすぎてしまったな。恥ずかしいから忘れてくれや。
NTR妄想から帰ってきた私は現実と向き合うことにした。
「お、おのれ……悪魔め……!」
私の話を聞いていなかったのだろうか?
四肢をもがれてイモムシみたいになっている悪霊くんに向かって、私は溜息をついた。
今の私は後期ベジータ仕様。冷たい態度の裏側にアツイZ戦士魂を秘めたレイコさんだぞ。悪魔とは何事か。
神の使いだのと仰々しい肩書のくせに、ドラゴンボールも読んだことねえのかよ。私は四聖のなんちゃらくんのサブカルへの理解の薄さに失望した。
私のそんなお気持ちを無視して、悪霊くんは私の両隣に立つ二体のゾンビに向かって吠えた。
「爾阿万、荼李虎……! 誇り高い四聖の身体を弄びやがって……!」
ああ、ひょっとしてこれが気に入らなかったのか?
私は新技の開発にも余念がない女。過去に取り込んだ悪霊どもの魂を元に、私のファンネルとして四聖の二匹を蘇らせてみたのだ。おめめは虚ろだし自我も希薄だけど、再生怪人とかボスの色変え雑魚ってなんかワクワクするから好きなんだよね。
私はこのワクワク感が少しでも彼に伝わるように、顔を寄せてニッコリ笑った。
ケラケラ。
ケラケラ。
ゲラゲラゲラゲラゲラッ!!
「に、人間じゃない……!」
まあ、君もすぐに誇り高いゾンビの仲間になるんだから、そんなに怒るなよ。
「うごぉっ……!?」
私は血液のヴェールで悪霊くんを圧縮して、野球ボールぐらいの大きさの球体にした。
あとはこれを取り込んで、無事に彼もレイコの愉快な仲間達入りである。
まあ、神田くんの件は残念だったが、これで全てが終わった訳じゃない。むしろ簡単に予想出来るような結末を迎えずに済んだことを幸運だったと思えばいい。
見たことないものを見たいだろう?
面白いと思ったことが本当に面白いか確かめたいだろう?
それが生きるってことじゃないのか?
「続けようか。これからの世界の話を」
すいません。諸作業で更新不定期になります。