140.ともだち
「……俺が暴力沙汰を起こしたって?」
新城から聞かされた話では、先日のライブで俺が音虎に絡んでいたバンドマンに殴りかかりそうになった場面を、うちの学校の誰かが目撃していたらしい。
たしかにあの日のライブでは、音虎や来島の友人繋がりで御影の学生が何人かライブハウスにやって来ていた筈だ。騒動を見られていた可能性は十分にあっただろう。
そして、その目撃情報がいくらかの尾ひれと背びれを付けた噂となり、既にクラス内で広まり始めているようだった。
「一応聞いておくけど、誤解なんだろ?」
「……殴りかかりそうになったのは本当だが、手が出る前に音虎に止められたから未遂だ。言い訳にもなんねぇけどよ」
俺の言葉に、新城がにっこりと笑って肩を叩く。
「うんうん。もちろんオレはコーイチを信じていたとも。これでも幼稚園からの付き合いだからね」
「……小中と音信不通だった癖に、幼馴染みたいな面はやめろ。で、まずい事ってのはそれか?」
「あー……それなんだが、もう少し続きがあってね」
新城が言いにくそうに言葉を濁らせながら、その端正な顔を曇らせる。
「ゴシップ感覚でレイコに噂の真相を聞きに行く奴が何人か居てね。もちろんレイコは否定しているし、コーイチの誤解を解こうと言葉を尽くしているよ。もちろんオレやユウキもね」
「……すまん。迷惑かけちまったな」
「別にいいよ。幼馴染だろ?」
俺の言葉に新城が僅かに微笑んだが、その表情もすぐに翳りを見せる。
「こう言ったらなんだけど、レイコはクラスのトップだからね。大半の人間は彼女の言葉を素直に受け止めているし、勘違いだったと理解してくれているけど……」
「……けど?」
「レイコが君を庇っているんじゃないかと疑っている人間も少なからず居るし、たちの悪いやつはレイコが君とぐるになって、良からぬことをしているんじゃないかと邪推している奴もいるぐらいだ」
「……んだよ、それ」
新城から聞かされた言葉に、俺は無責任な噂を楽しむ連中に対する怒りと、それに無実のレイコまで巻き込んでしまった自分の軽挙に対する自己嫌悪で、内臓が煮えたぎるようだった。
「落ち着けよコーイチ。また頭に血が上って迂闊なことをすれば、面白がっている連中に燃料を与えるようなものだぞ」
「……分かってるよ」
「幸いその手の連中は少数派だ。真相がどうこうというよりもレイコが気に食わない連中が、鬱憤晴らしに陰口を叩いているだけさ。放っておけば、75日も待たずに立ち消えるとも」
「だから、余計なことせずに大人しくしてろってか?」
「そういうこと」
新城はニッと笑うと、自販機から缶コーヒーを取り出して俺に放り投げる。
「まあ、いざという時はオレが揉み消してやるから心配するな。うちの両親は御影の理事長とも親しくてね」
「急にすげえこと言い出したな」
「これでも新城コーポレーションの一人娘だからね。俗事を金で解決するなんて朝飯前さ」
「金持ちは怖えなぁ……」
新城とそんな冗談交じりの軽口を叩き合いながら教室へ戻ると、そこには新城が言っていた通り、噂好きな連中が音虎達に絡んでいる最中だった。
来島はまだ教室に来ていないらしく、ユウキと白瀬が音虎の援護に回っているが、二人とも押しが弱いタイプな為か、連中を強く追い払えずにいるようだった。
「大丈夫、音虎さん? 神田くんに脅されたりしてない?」
「そうそう。彼ってちょっと不良っぽい見た目してるし、一緒に居ると音虎さん達まで良くない風に見られるんじゃないかな~?」
言葉とは裏腹にニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべている連中に対して、音虎は微笑みを浮かべつつも、どこか"圧"のある言葉を返す。
「……神田くんはそんな人じゃないよ? 分かりにくいかもしれないけど、すごく優しくて気配りが出来る人なんだから」
「へ、へぇ~。そ、そうなんだ……」
「うん。だから、あんまり私の友達にそういう事を言われたら悲しいかな」
音虎からのプレッシャーに気圧された連中が僅かにたじろぐと、立花と白瀬も俺を擁護するように言葉を繋げている。
……本当に気の良い奴等だ。俺なんかには勿体ない友人たちである。
俺は内心で感謝を告げつつ、わざとらしく音を立てて扉を開けると、音虎達に挨拶をする。
「……よっす」
「あっ、おはよう神田くん!」
噂をしていた張本人が現れると、音虎達を囲んでいた奴等は気まずそうにそそくさと散っていく。
いつものメンツだけになったのを確認してから、俺は頭を掻いて言葉を捻り出す。
「あー……その、なんだ……すまん。迷惑かけてるみたいだな」
「め、迷惑だなんてそんな事……」
「うん。レイちゃんから事情は聞いてるから。僕たちは全然平気だよ」
俺の言葉に、白瀬と立花はそんな風に返してくる。
「……私としてはそんなことよりも、昨日神田くんが一人でサッサと帰っちゃった事の方を気にして欲しいかなぁー」
「うっ、いや、それはお前……」
「あの後、アキラくんとダイチくんも神田くんの事すごい気にしてたし、LINEとかでもいいからフォローしておきなよ~?」
「……はい、すんません。後でメッセ入れておきます」
意地の悪い笑みを浮かべて、俺を皮肉ってくる音虎に対して、俺は両手を上げて素直に降参を示す。
冗談を混じえて場の空気を軽くしようとしているのだろう。俺ってやつは本当に皆に気を遣わせてばかりだ。いくら感謝しても足りないほどである。
……だからこそ、やっぱり皆に――音虎にこれ以上、俺のことで迷惑をかけたくはない。
だから、俺は……