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136.日常回

「へぇー、音虎さんバンド始めたんだ」

「うん。とりあえず、お試しの仮メンバーだけどね」


 喫茶店でのアルバイト中。

 ふと出来たスキマ時間での雑談で、私は山田くんにバンドを始めたことを伝えた。

 こんにちは、音虎(ねとら) 玲子(れいこ)です。

 という訳で、私は神田くん達【放課後Holic】のギター(仮)として加入することになったのである。


「でも、アルバイトにバンドに……大変じゃない? 俺は詳しくないけど、ギター用意するのだって結構お金かかるだろうし……」

「私は部活もやってないし、言うほど忙しくはないよ? それにギターだって、お母さんが昔使ってたお古を借りるから、楽器代もそんなに要らないしね」


 いやー、焦って部活に入らなかったのは正解だったな。

 水泳部や陸上部で顧問の教師と爛れた関係を作るルートも実に魅力的だったのだが、今にして思えば時間的余裕を持たせる為に、帰宅部を貫いておいて良かったぜ~。

 私は神田くんを骨の髄までしゃぶり尽くすプランを夢想して、内心でベロリと舌なめずりをした。


「まあ強いて言えば、チケットノルマだけはちょっと大変かも」

「え? 音虎さんなら、ちょっと声をかければいくらでも人が集まってきそうだけど……」

「……山田くんは私を何だと思ってるの。そんな洗脳みたいな事出来ないわよ」


 私がジト目で軽く山田くんを睨みつけていると、マスターが笑いながら声をかけてくる。


「しかしバンドかぁ。実に青春だねぇ。もし音虎さんが良ければ、ライブのチケットに興味の有るお客さんが居ないか、聞いてみようか?」

「ありがとうございますマスター。でも、もう少し自分で頑張ってみようと思います」

「そうかい? まあ、何かあればいつでも声をかけてくれて構わないからね」

「はい、ありがとうございます! それじゃあ、お客さんが居ない内にバックヤードで在庫の確認してきますね?」


 私はマスターの気遣いに礼を告げると、店内の裏手からバックヤードへと入り、血の杭で壁に磔になっている悪霊くんの頭蓋に指を挿し込んだ。


「おっおごっあっあっあっ」

「えーっと、四聖の荼李虎(だりとら)くんだったかな? 爾阿万(ぢあまん)くんといい、仕事熱心なのは結構なことだけど、私にも都合というものがあるので。人のバイト先にまで押しかけてくるのは感心しないかなー」


 私がクリッと指を回転させるのに合わせて、悪霊くんの眼球がパチスロみたいにクルクルと回る。


「……だが、君の主人への忠誠心。歪んではいるが、世界を守護しようとするその信念に、私は実に心を打たれた。そこで提案なんだけど、私と友達になりませんか? この世界を私達の手で正しい姿へと導くんです。容易な道では無いでしょう。試練と困難に満ちた道程かもしれません。でもね、とても遣り甲斐のある素晴らしいことだとは思いませんか?」

「ば、ばけもの、め……! ぶぐぐぐ……ゴッ」


 次の瞬間、悪霊くんの頭がパンッと弾け飛ぶ。ん!? 間違ったかな……

 残った胴体もサラサラと灰になって散ってしまった。

 ああ、またやってしまった。今度こそ、呪力操作で悪霊くんを洗脳出来ると思ったのに……久しぶりに捕獲出来た貴重な特級呪霊を無駄に消費してしまった。悲しいなぁ。

 荼李虎(だりとら)くんの犠牲を無駄にしないためにも、私は夢は必ず叶えると誓おう。ありがとう、私の友達……


「……あなたは一体何をやっているのですか?」


 おっとラムダくん。

 私が悪霊くんに黙祷を捧げていると、ラムダくんがドン引きしながら私を見ていた。

 恥ずかしいところを見られてしまった私は、誤魔化すように可愛らしく頬を膨らませてラムダくんに注意をする。


「それはこっちの台詞ですよ神父様。バックヤードは関係者以外は立ち入り禁止ですっ」

「いや、強力な悪霊(レイス)の反応が有ったので偵察に来たのですが、今のは……」

「ああ、彼は四聖の荼李虎(だりとら)くんです。この間、神父様が首を刎ねられた爾阿万(ぢあまん)くんの同僚みたいですね。バイト中に押しかけてきたので、少しお話をしていたんですけど……」


 私は悲しげな表情に儚い笑みを浮かべた。


「……私もね、殺したくなんてなかったんです。知っていますか? 友達になれたかもしれない相手を殺した時って、ずぅっと手に感触が残るんです。とても嫌な感触が……でも、私は諦めません。この手をどれだけ血に汚したとしても、未来を諦めない。それだけが、私が彼らに出来る唯一の贖罪なんです……」


 私は嫌な感触が残っているという設定の手をグッパッして、感触を確かめる演技をした。


 ……やはり、どう考えてもおかしい。

 転生前の私なんて、所詮はNTR性癖のどこにでも居るケチな小悪党に過ぎなかった筈だ。

 だというのに、ここ最近の私の所業はいくらなんでも人間離れしすぎている。だって普通の人間は血流操作とか領域展開なんて出来ないし。

 常軌を逸した自己愛。

 他人の不幸を心の底から喜ぶことが出来るねじ曲がった倫理観。

 なにも知らぬ無知なる者を、自分の利益だけのために利用する人間性。

 これらが導き出す答えは……


 ……事ここに至って、私は恐ろしい真実に気づいてしまった。

 私は……神という存在を甘く見ていたのかもしれない……

 世界を高みから支配する上位者……まさか私の精神を、魂をこうまで狂わせることが出来るとは……ッ! 

 ただの一般人に過ぎなかった人間を、狂気のNTRモンスターへと変貌させた神の所業に、私は戦慄することしか出来なかった……


 ラムダくんのドン引きっぷりに、ちょっとラインを超えている事を察した私は会ったこともない神様に全ての責任を押し付けることにした。

 まあ世の中ありえないっつーことはありえないからな。私が今考えた設定がズバリ正解という可能性だってあるだろうよ。

 よし。これで私は無関係ゾーン。全部神が悪い。

 あとで5chに擁護スレを立てて、音虎ちゃんは哀れな被害者なのだという情報操作もしておこう。


「あっ、ところで神父様はライブとか興味あります?」


 折角なので、私は神父様にチケットを売り払ってノルマを一枚消化した。

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