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「やっぱレンおかしいって!」
リョータが叫んだ。
「居ないやつのことなんか追っかけらんねぇじゃん!何が、ユキがまだ捕まってない、だよ!ユキって守屋のことだろ?ユーレイでも見えてんの?ちげぇよな?」
「リョータ、やめなよ。レンは、だって、まだ」
今にも殴りかかりそうなリョータをアキが必死に抑えている。
レンも必死に震える拳を抑えている。一触即発といった雰囲気。
そんな殺伐とした雰囲気にも関わらず、ユキは遊具の上で文字通り高みの見物と決め込んでいる。
「ユーレイってなんだよ!ユキは生きてるだろ!」
その言葉を聞いて、リョータは振り上げていた拳を力なく落とした。
キーンコーンカーンコーンと間延びした、5時を知らせるチャイムが遠くで鳴る。
「ショックだったのはわかるけどよ、そこまで忘れちまうわけ……?」
俺、帰るわ。リョータは呆然とした様子で公園を後にする。
レンはポカンと口を開けたまま、その姿を見送った。意味が分からない、と言うようにアキに目線を戻した。
ぱちりと目が合う。アキの体が少し強張った。
「……僕も帰らなきゃ」
作り笑いを浮かべると、そそくさと歩き出す。
すると、公園の出口前で足を止め、振り返った。
「僕たち、レンを心配してるんだ!それだけは忘れないでね!」
そう大声で言うと、ぐるっと出口へ向きなおり、走って帰ってしまった。
──────
「オレたちも帰ろうぜ、ユキ」
二人が完全に見えなくなった事を確認し、ユキを見上げる。彼女は依然、遊具の上で楽しそうにレンを眺めていた。
ふと妙な違和感を覚えた。彼女は、こんなふうに笑うっけ?
その違和感を拭い去るように、話題を変える。
「リョータったら、バット忘れて帰ってやんの。あいつんち遠いし、明日でいっかな。電話しとけばいいよね」
リョータの忘れたバットを手に取る。プラスチックでとても軽い。
ユキは相変わらずそこから降りてこようとせず、ニヤニヤと笑っている。
「ねぇ、レン。何も思い出さない?一か月前のこの時間」
「ユキ……?」
「あの日、私になんて言ったか、覚えてる?」
夕闇に紛れて、ユキの周りに黒い渦のような、煙のようなものが纏わりついている。やっぱり、何かがおかしい。
「ねぇ、思い出してよ?その後、何が起こったかもさ」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたまま、ユキだと思っていた何かが話しを続ける。
「そうだ、ユキは、あの日」
あの日、些細な事で喧嘩したんだ。なんでだっけ。リョータに、そうだ、リョータにからかわれたんだ。付き合ってるんだろーって。それで、オレは……、オレは……なんて言ったんだっけ?
「オレは、こいつなんかって言って。ただの幼馴染で、付き合うとかありえねぇって……それで……」
「こんな女、嫌いだって言ったよね?」
ユキの身体を割って、何かが出てきた。身長は2mをゆうに超えて、遊具の高さを超えてしまった。そして化け物のような何かが近づいてくる。
そこで我に返った。
「ユキに……ユキに何をした!!」
「いやだなぁ、私がユキじゃん」
黒い渦から、ふふふ、と鈴が転がるような笑い声が聞こえる。
「それに、私は何もしてないよ」
レンは、リョータが忘れていったプラスチックのバットを固く握った。
「ねぇ、レン。仲直りしよう。握手、そうだ握手がいいよね」
そう言うと、黒い渦がグーっと伸びる。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
バットを振りかざし、ブンッと風を切る音がした。ドンッという衝突音と共に、感触が伝わった。奴に当たった。その衝撃でバットは砕け散る。
「なにをするの、レン?」
傷を受けた様子もなく、ユキの声をした渦が言った。渦は徐々に人型へと形を変えていく。
「なんで……」
絶対に当たったのに。レンはその場に崩れ落ちる。
「バットで殴るなんて、ひどいよ」
悲痛な声がする。聞きなれた、幼馴染の少女の声。それが、禍々しい黒い渦を纏った人型のなにかから発せられている。
「化け物のくせに……。ユキの声で喋るな!!!」
涙が滲む。汗が噴き出す。
違う、ユキは生きてる。心のうちからそんな声がする。
耳鳴りがする、息がうまくできない。
「アナタの大好きなユキちゃんはもういないから、私が代わりになってあげたんじゃない。でもね、そろそろおなか一杯だから、メインディッシュを頂こうと思って」
黒い渦はまるで少女のような身振りで喋り、うふふ、と笑い声をあげる。
しかし、人型の黒い渦に、口はない。
「それに、ほら。もう黄昏時だから」
口はないのに、ニタァと、殊更気持ち悪い笑みを浮かべたように見えた。太陽はいつの間にか沈んでしまったようで、周りはもう、薄暗い。
だって、さっきまで一緒に遊んでたのに。おかしいじゃないか。 昨日だって、その前だって、一緒に。……あぁ、違う。それは、ユキじゃない。だって、ユキは、あの日。
これは、オレへの罰だ。明日謝ろうと思ったのに、ユキは居なくなった。明日でいいやって、思っちゃったんだ。
「フフッ。おいしく頂いてあげるわ」
化け物はレンに向けてその腕を伸ばす。ようやく、顔の部分に口が現れ次第に大きく開かれた。
ユキ、ごめん。
レンは、静かに目を瞑った。