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「レン!おはよう!」
バシッと、ランドセルから衝撃が伝わる。思わぬ衝撃に、レンと呼ばれた少年の体は、前のめりに倒れかけた。
「あぶねぇだろ、馬鹿力!」
振り向くと、ラベンダー色のランドセルを背負った少女が腹を抱えて笑っている。
「この程度でふらつくとは、レンもまだまだだね。油断大敵!」
両手を肩の高さまであげ、やれやれと首をふる。その動きに合わせて、ポニーテールが揺らめく。レンは、母親がハマってみている海外ドラマを思い出した。
「あっ、レンのクラス水泳あるの?いいなー。」
片手に持っていた、水着バッグを見て少女がうらやましがる。
「夏休み、せめて九月まであればいいのにねー。」
「母さんが子どものころは、八月三十一日まで休みだったらしいぜ。」
「なにそれ、うらやましいー。なんで一週間も早く終わるのさー。」
近くで鳴いているセミに負けじと、もー!と叫ぶ。
「その声のほうが暑いよ!そんなんだから一組のやつにフラれるんだろーが。」
一瞬、少女の動きが止まった。なんのことだっけと、と思いめぐらせる。あぁ、と納得したような素振りをみせ、また怒り出した。
「告ってないし、好きでもないし!なんか勝手にそんなことになって勝手にフラれたことになってただけだし!」
少女は吐き捨てるように言い放った。
「だいたいさ、嫌がらせみたいなもんじゃん!終業式にそんなことする?いまから夏休みって時にさ!もう!思い出させないでよ!」
ぷりぷりと、一人怒って歩みを速める少女。悪かったよ、と慌てて後を追いかける。少女は、追いかけてきたレンをちらりと見ると、小さく笑った。と、その時
「あっ。」
と、レンが声を上げた。目線の先には、サバ白のネコが、公園の生垣から顔をのぞかせていた。二人の姿を見ると、にゃあ、と甘えるような声を上げた。
「あのネコ、ユキが言ってたやつ?」
「え?……あぁ、うん。そうだね。」
そうだったね、と呟くその眼には、何の感情もなかった。
レンが、ユキ?と声を掛けた。
「かわいがってたんじゃねぇの?」
その声に、ユキと呼ばれた少女がハッとした表情を浮かべた。途端に笑顔になる。
「そう!そうだよ!かわいいよね!」
おいでー、と近寄ると、ネコは威嚇し始めた。
「あー、今日はご機嫌ナナメなのかな?行こう、レン。」
まるで、興味をなくしたようなに、ユキはさっと歩き出してしまった。ネコはいつのまにか、生垣の奥に隠れて怯えている。
レンは、なんとも言えない違和感を抱えたまま、ユキの後を追う。
道路の先に水があるように見える。近づいてもそこに水溜りなどはなく、さらに遠くにまた現れる。
「そういうのを『逃げ水』っていうんだ。」
レンは父から教えてもらった、数少ない場面を思い出していた。
「蜃気楼の一種だな。」
興味なさげに、父は教えてくれた。
逃げ水の先には入道雲が見える。学校はもうすぐだ。