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「待てぇ―――!!!」


 ブラックスーツに身を包んだ金髪の男が、くたびれたグレーのスーツを着た、ふくよかな男を必死に追っていた。

 帰宅ラッシュで、人があふれる街。時刻は十八時を回るが、まだ空は明るい。じっとりと身体にまとわりつくような暑さが、夏はまだまだ終わらないのだと訴えているようだ。


 男はこけそうになりながらも人ごみをかき分け、ドッタドッタと前のめりで逃げていく。行きかう人々は、その男を追う金髪の男を見ると、慌てて道をあけた。


「すげぇ、借金の取り立てって初めてみた。怖っ」


 誰かがポツリと呟いた。そして、その男の少し後ろを汗一つかかずに走る、同じブラックのネクタイにジャケット、ふわりと横に広がるスカートをはいた少女をみて、首をかしげた。


「なぁ、今どきの女の子も借金の取り立てすんのかね?」


「知らねぇよ、使った事もないし」


二人連れのサラリーマンが、ははっと乾いた笑い声をあげ、また違う話題に移る。

 金髪の男が汗を拭う。


「待てと言われて止まるような人、今まで会ったことないけど、アンタはあるの?それとも言わなきゃ気が済まないタイプ?」


隣で涼し気な表情で走る少女が言う。言外で金髪の男をバカにしているのが感じられた。


「スンマセン!」


反射的に男が謝る。会話から、男は少女より立場が下だということがうかがい知れる。

 二人が追いかけている男は、人気のない雑居ビルの一つに入っていった。見失わないように慌てて後を追いかける。


 ビルの出入り口正面にエレベーターがあるが、その扉には『現在故障中』と書かれている紙が貼られていた。文字の横で、工事用ヘルメットをかぶったウサギが頭を下げている。


「こっちよ!」


 エレベーター前で立ち尽くす男をよそに、少女はエレベーターの右側をあごで指した。そこには、薄暗い階段がある。上からドタンドタンと階段を駆け上がる、重たい足音が反響して聞こえた。少女はすでに階段を上り始めている。男は、上がる息を無理やり抑え込み、少女の後を追う。


 入った雑居ビルは五階建てだが、階段は屋上まで続いているようだった。


 上から、バーンッ!と扉が派手に開く音がした。


「もしかしてここから飛ぶつもりなんじゃ?!」


「飛ぶ前にとっ捕まえるわよ!」


 激しく開けた影響か、それとも昔からなのか、すりガラスの部分に亀裂が入っている扉が、プラプラと揺れている。屋上へ足を踏み入れると、男は屋上の柵を背にし、こちらを向いていた。金髪の男の目には、信楽焼のタヌキが、ふぅふぅと肩で息をしているように見えた。それくらい、容姿が似ていたのだ。


「来るな!来るなよ!おっお前らは、何なんだ!チンピラに追われるような悪いことはしてないぞ!」


「ちょっと、待ってよ。明星、この人になんて声かけたのよ。」


そう言われて、明星と呼ばれた金髪の男は、思い出す。


『おとうさーん、ちょぉっとお話いいっすかね、怪しいもんじゃないんですけど……。』


そう笑顔で近づき、警察手帳を出そうとしたところで、逃げ出された。

 正直にそう話すと、少女は頭を抱えた。


「そりゃアンタが悪いわ……。アンタの笑顔って、怖いのよね。言わなかったっけ?」


「そんなん初耳っすよ!」


 ショックだった。どおりで、笑うと人に距離を取られたわけだ、と思った。その時点で気づくべきだが、残念なことに彼は鈍感であった。そっと指摘してくれる友人がいてしかるべきだが、友人がいなかった。唯一、彼の高校からの友人である研究員は「おもしろいから」という理由で黙っていたのだ。


「驚かせてごめんなさいねー。警察よ、一応。」


と、少女は男に向き直り警察手帳をみせる。


「警察!冗談はよせ!どう見たって子どもじゃないか!」


少女の額に、青筋が浮かんだ。男はそれに気づかない。


「万が一警察だったとして、いったいなんの用だ!悪い事してないぞ!」


「そうね、あなたは被害者よ。特殊犯罪のね」


「思い当たることはないですかね。例えば……宝くじがあたったとか、最近良いことが続くとか。今までそうでもなかったのに仕事が上手くいって、家族仲が良くなった、とか、そういう夢みたいなこと。」


 金髪の男は、途中から少女が再び頭を抱えたことに気づかなかったし、男の身体がふるふると怒りで震えていることに気づかなかった。


「どういう意味だ!ばっバカにしているのか!この俺を!俺の幸せは、俺自身で得たものだ!それを壊そうって言うのか!ふざけるな!若造のくせに!」


うざったい、どうしてくれよう、という表情を浮かべた少女が、わざとらしい大きなため息をついた。


「重ね重ねうちの部下が申し訳ありません。警察学校出たての新人でして。本当に、何度言っても正直に言っちゃって……。もー、明星さー、いい加減にオブラートに包むってこと、覚えなさいよ。たとえが直接的すぎるのよ。」


明星があわあわとしている。


「すんません、良い例えが浮かばなくて……。でも西願さんの言葉も、たぶんキツイんじゃないですかね……。」


「やっぱりバカにしてるじゃないか!俺を誰だと思っているんだ!」


そう叫ぶ男の背後で、夕日が溶けた。紅い色が、夜の闇と混ざり合う。


 『誰そ彼』が言葉の由来であるように、道中で会った相手が、誰かわからないように暗い。それが「黄昏時」である。

 この時間は注意せねばならない。人ではないなにかが、人のフリをして顔を出す時間だ。


「なにが夢だ、ふざけるな。夢じゃない、夢なもんか!俺は……俺は……!」


 その時、空を引き裂くような叫びが空気を震わせた。


 男の背中から、禍々しい色のなにかが徐々に形を作っていく。


「あーもー……。出ちゃったじゃないのー。明星のバーカ」


仕方ない、と呟き、ひざ丈のスカートの下から、二丁の拳銃を取り出した。明星もそれにならって六センチ程の刀を取り出す。


「行くわよ!」


「ハイ!」


そう返事をすると、大きく息を吸い込んだ。


 そうしているうちにも、男の禍々しい気は、化け狸のような形となり、姿を現した。大きさは三メートルをこえているようにみえる。


グゥォオオオオ!


あたりに轟くその叫びは、怒りに満ちているようだった。


「ひぃぃ!ばっ、化け物……!」


 男は腰を抜かしつつも、虚者から遠ざかる。

 明星は刀を握りしめ、目を閉じて大きく深呼吸をする。カッと閉じていた目を開くと、叫んだ。


「伸びろ、闇を切り裂け。偽装刀(エクソシスタ)!」


叫び終わると、持っていた刃渡り六センチの刀は、二メートル程の長さに伸びた。


 ──質量保存の法則はどうなっているのだろう。


西願は、その疑問を『うちの組織のことだし、考えるだけ無駄』とし、思考を放棄した。


 そんなことを考えている間に、明星は走り出している。


 タヌキの右腕が振り下ろされた。明星の背後で、銃声が二回した。タヌキの腕を寸でのところで右に避ける。タヌキの腕に銃弾が刺さり、軌道がそれた。コンクリートの床が派手に割れ、辺りに破片が飛び散る。


「もうやだー!銃じゃ大したダメージ喰らわないわよ。太りすぎ!」


 明星は、避けた反動を使い、上に飛ぶ。タヌキの右腕は床についたままだ、それを足場に、さらに跳躍。タヌキの首に刀を突き刺し、勢いそのまま、引き裂くように落ちる。


 グォオオオオオオオオオ!


 タヌキは悲痛な叫び声をあげて、切り口から煙となり消えた。


「よし!終了!明星、本部に連絡して」


「ハイ」


ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。


「さてと、急にいろんなこと起こって混乱していると思うけど、事情聴取にご協力お願いしますね。」


 そういわれて我に返った男が、おずおずと口を開く。


「アンタたち、本当に警察か……?」


その言葉に西願がニヤリと笑った。



───────


 三十分もしないうちに、明星からの連絡で駆け付けた関係者が、ぞろぞろとやってきた。

 破損した屋上の床を修理したり、ビル近辺で目撃者がいないか探したり、数十人がせわしなく働いている。そんな状況で、明星は屋上の床で正座をしていた。

 日中、三十五度の気温を超え、日が落ちてしばらく経つというのに、コンクリートの床は火傷しそうなほど熱い。


「今回の反省点は?」


腕組をした西願が、冷ややかな目で明星を見つめる。事情聴取は、別の署員に引き継いだ。


「街中で……大捕物したことですかね……。」


弱々しく答える明星。


「まず最初の声かけが大失敗でしょうが。ただでさえ顔つきが怖いんだから、声かける前に警察手帳出しときなさい。配慮も足りない。街中での戦闘はその後よ。違う?」


 明星は大きな体を小さくして答えた。


「その通りです……。」


 いかにも反省しています、という態度だが、心のなかでは

『一太刀で仕留めたんだから、もう少しほめてほしいなぁ』

と思っていた。しかし、西願の顔が、口答えしたら承知しないぞ、と物語っている。


「極秘機関ってこと、わかってるわよね?この界隈にどれだけ人がいると思ってるのよ。目撃者探すだけでも一苦労なのに……。あー、某映画のエレクトロバイオメカニカルニュートラルトランスミッティングゼロシナプスレポジショナーみたいな超便利な道具があればなー。簡単なのになー。」


 はぁやれやれ、と両手を肩の高さにあげ、肩を竦める西願。明星は、なんの暗号だろうという疑問を必死に飲み込み、謝罪の形をとる。


「スミマセンデシタ……。」


「おっ!明星起こられてるー?目力だけで人を殺せそうな人間が、頭を垂れている絵面ほど、おもしろいものはないね!」


 西願のうしろから、ゲラゲラと笑いながら顔を出したのは、明星の刀の制作者でもある、研究員の四十万だ。少し猫背で、白いワイシャツの上から、よれよれの白衣を着ている。白衣と大きめのダサい黒縁メガネが、胡散臭さを助長している。


 明星の刀について、彼いわく


「ただでさえ職質される見た目だからね!銃刀法に触れない大きさのキーホルダー型にしちゃった☆ボクってすごく優しいよね!まぁ、刀を大きくするためには、恥ずかしいセリフを言わなきゃいけないんだけどね!」


と目に涙を溜め、ヒィヒィと笑いながら説明していた。高校からの友人だから出来た所業である。(しかし、明星は友人ではなく、ただ遊ばれているだけなのでは、と思い始めている。)


「研究員が現場にくるなんて、珍しいこともあるのね。」


「いやだな~西願さんが言ってたアイテムがやっと出来たんで、早速お持ちしたんですよ~」


「ダメ元で言ったのに、ついにできたのね。ニューラライ「版権!怒られますよ!!」


盛り上がっている二人をよそに、明星が力強く叫んだ。


「いやいや、さすがにね、見た目とか性能をまったく同じ機能にすると、ほら、ダメなんで。部長にも怒られたし。対虚者用にしてみました。虚者の波長を研究して、それに関するところだけを忘れるように、という感じです。」


そう説明する四十万の手には、メタリックな、先端に星がついている変身ステッキのようなものがあった。


「……なんでその見た目なんだ。」


オレが持っていたら職質されそう、と怯えた明星が問う。


「受注したの西願さんだし、似合いそうかなーって思って!」


「そんなことだろうと思ったわ。」


心底楽しそうな四十万とは正反対な表情の西願。


「いちいちサングラスするのもアレなので、組織のバッチをつけている人には作用しないようにしました。」


フフン、と得意げに話す四十万。


 組織のバッチとは、スーツの左胸につけるよう義務付けられているものだ。形はルドベキアというキク科の花がモチーフと言われている。


「さすがね。やっぱり四十万くんに頼んで正解だったわ」


さらに得意げになる四十万。


「使い方は、この柄の部分にあるボタンを推しながら、記憶を消したい人に振ると星の部分が光ります。光が収まったら、記憶が消えるようになってます。実験もたっぷりしたので、正確に使えますよ!」


じゃ、そういうわけで!と、逃げるように屋上を後にした。


「はー、これで思う存分、暴れられるわね!」


 西願に不敵な笑みが浮かんでいる。明星は、その顔を見なかったフリをし、目撃者の記憶を楽しそうに消して回る西願の後ろを、おとなしくついて回ることにした。


 一通り終わったあと、報告のために本部へと戻る。

 本部の入り口は、都内某所にある、長さ1キロ程あるトンネル内部に位置するドアだ。トンネルのちょうど中央あたりにひっそりと、隠れるように設置してある。


 トンネル内部のドアをくぐると、階段がある。それを延々と降りてたどり着くのがロビーだ。受付嬢も常時いる。ここで、間違って降りてきてしまった一般人はお帰りいただく、というシステムになっている。話が広がると厄介なので、受付嬢が催眠術で記憶を書き換えるようにしている。


 そこから、さらに枝分かれし、各部署の部屋となる。


 被害者のアフターケア・記憶改ざん担当の救護課、虚者に関する研究及び、討伐アイテム制作担当の研究課。今回のように建物等に被害が出た場合、元通りに修理修繕のする修繕課。他にも、広報課、経理課、総務課、人事課等がある。

 

そして、明星と西願が所属する花形部署、虚者討伐担当の捜査課。


 捜査課が一番外へ出かけることもあることと、受付で問題が発生した場合すぐ駆け付けて対処できることから、ロビーに一番近い所に位置している。


 壁も床も無機質な白で統一されているが、天井は雲が浮かぶ空の壁紙だ。一部で、閉塞感がある、との声が上がり、やけくそ気味になった上層部が


「空があればいいんだろ!解放感たっぷり!」


と、空の壁紙になったそうだ。


 捜査課の部屋に入ると、人はほぼ居なかった。虚者が出現する時間ということもあって、みんな出払っているのだろう。


「あら、珍しく課長がいない!ラッキー!報告書、テキトーに書いて今日は帰りましょ。明星は反省も込めて事件のほう書いてね。私は四十万からもらったアイテムについて報告あげるわ。」


「了解です。」


 西願は、文字通りテキトーに書き上げ、課長のデスクに置いた後、明星の報告書への指導とアドバイスに回る。


 ──いい先輩なんだろうけど、この人のもとでやっていけるかな、おれ……。


三十分程で出来上がった報告書を課長のデスクに置きながら、密かにため息をつく。



「西願さん、どうしたら上手く声かけできますかね。」


 ロビーへ向かいながら西願に問う。


「えー、なんだろう。あんまり考えたことなかったなー。」


うーん、と考える素振りを見せる。


「まぁ、アンタの場合、顔が怖いからなー。笑うとなおさらだし。とりあえず、観察眼、かな?」


 気落ちしなさんな、と明星の腰を強く叩いて笑う。


「よし!気晴らしにドライブでもする?最後は家まで送ってあげるし!」


そう言って車のカギを見せてくる。


 明星は、彼女の乱暴かつ、スピード狂なドライビングテクニックを思い出すと、丁寧に断った。


「ノリが悪いなぁ。私の愛車に乗って風を感じれば、嫌なことは忘れるわよ!」


 なおも食い下がる西願をよそに、彼女の愛車を思い出す。真っ赤なスポーツカー。スバルのBRZ。ふるふると首を横に振り、拒否の態度を示す。


「明日に響きそうなので、遠慮します。」


「あっそ、残念ね。じゃ、また明日。」


「お疲れ様でした。」


ロビーで一礼し、西願を見送る。姿勢を元に戻したとき、受付嬢と目が合ったが、サッとそらされた。

 (そんなに怖い見た目だろうか……。)

ため息をつくと、帰路につく。


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