プロローグ
とある研究員の話
虚者についてかい?うーん……。ボクも解明されていることしか知らないからなぁ。
そうだね、人の、簡単に言うと『夢』を食べて成長する、いわゆる化け物。悪魔、といってもいいかな。それが一般的、というか、関係者の間で認知されていることだね。
だけど、ボク個人の考えとしては、うーん……。そうだな。資料では、ここ百年ほどの間に出現した、歴史の少ない物だってかいてあるけど、それは知ってるよね?
……えっ、知らない?うそだろ、この機関の、しかも広報課の職員なんだから、それくらい知っておこうよ……。はぁ、まぁいいや。続きを話そうか。
もう一度言うけど、これはあくまでも、ボクの見解だよ?ボクという下っ端研究員、一個人のね。
虚者というのは、百年なんて短い歴史ではないと思うんだ。虚者という名前がついて百年なのかもしれないけどさ。やつらは、人間と同じように様々な姿がある。そしてそのどれもが、文献に残っている『妖怪』と似ているんだよ。
妖怪って言うのはね、平安時代から存在したと言われているんだけど、もしかしたら、もっと前からいたかもしれないんだ。あの清少納言の『枕草子』に「もののけ」って表現が出ているんだよ!すごいと思わないかい!教科書にも載っている、あの本にだよ?実におもしろいじゃないか!
……。あぁ。そう。そうかい。興味ないかい。とても残念だ。広報課の記者なら、いろんなことに興味を持つべきだと思うけどね。はぁ。ロマンがないなぁ。あぁ、そういえばアイツも君みたいな反応だったな……。ロマンがない男は、実に面白くないね。
……ん?あぁ、明星叶夢のことさ、捜査一課の。君も名前は知らずとも、見かけたことくらいはあるんじゃないかな?ほら、目つきが鋭くてチンピラにしか見えない、百人の警察官が見たら、百人全員が職務質問かけるであろうアイツだよ。根は真面目なんだけどね、見た目で損しているよなぁ。
アイツも面白い話を持っているんじゃないかな?やっぱり、研究員より現場に出てる奴の方がね、いろんな情報はもっているだろうよ。なにしろ、あの人がペアだからなぁ。
そういえば、何で今さら広報課の人間が虚者について取材しているんだい?資料なんて山ほどあるだろうに。それに、普通なら課長クラスが受けるものじゃない?名指しされたのは嬉しかったけどね、下っ端の研究員のボクを取材って、どういう意図があるのかな?
えっ……。課長が、怖い。……なるほど!そうきたか!
……あの人は、顔が怖いだけだから、本人に直接言ったらダメだよ。泣いちゃうからね。二週間くらい引きずるから。そうなるとすごく面倒くさいんだ。
まぁ、良かったよ!インタビューとは名ばかりで、監察でもつくのかなー罰せられるなーって思ってたからね!ほら、ちょっと色々ね、法に触れそうなもの作っているから。
ここで見たものは、どうか内密に。間違っても、記事にしちゃダメだよ!
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人の生きる原動力というのは、どこからくるのだろうか。美味しいものが食べたい?あのマンガの続きが読みたい?あれがしたい、これが欲しい。千差万別、十人十色、百人いたら百人の答えがあるだろう。それを一言で表すとするならば『欲望』である。言葉を選ぶなら、夢や希望と言いかえてもいいだろう。
さて、その昔、人の欲望を食べ、成長する者がいた。成長したそれらは、欲望を叶えるのと引き換えに、魂を奪う。
それらは、時代が変わるたびに呼び名を変えた。
もののけ、魔物、あるいは妖怪と呼ばれ、人々から恐れられた。時には拝み屋や陰陽師と呼ばれる人らに依頼し、退治していた。
時代は進み、20××年。
妖怪のせいだと言われていた数々の不思議な現象は、科学的に証明されるようになった。妖怪の多安喰を信じる者も少なくなり、伝説上のものと考えられるようになった現代。
その裏で、それらは闇に隠れるように存在していた。
陰陽師にかわり警察組織内の極秘機関が退治へあたるようになり、俗世から姿を消したのである。機関虚者の人間は、魂が食われた人間が空っぽの、生きる人形と化すことから、こう呼ぶようになった。
『虚者』と。
警視庁極秘刑事部パンフレットより抜粋