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プロローグ 三千人のうちの一人

 金がない。そう気づいた時には多分遅かったと思う。目が覚めると知らない天井ですらなく朝焼けの空。十一月の風は冷たく、体は凍えている。

 頭痛の残った頭を起こし辺りを見渡すと緑が生い茂っている。少し見覚えがある景色だ。確か、大学の近所にある自然公園だ。

 何度か訪れたことがあったので道は分かった。とりあえず昨日の酒を少しでも外に出すために、常設された水飲み場で喉を潤すとだんだん頭が冴えてきた。


 昨日の夜、俺は酒を飲んでいた。それも初めて酔いつぶれるほど。

 バイト先に気になる女の子がいた。身長は140cm後半の少し小柄な子で、笑うとくしゃっとした笑顔が可愛らしい子だった。学部違いでも同じ大学に通っており、キャンバスも同じだったので軽く飲むこともあった。

 大学二年で未だに純潔を守っていた俺は片想いを半年以上続けており、昨日はついに覚悟を決めて交際を申し込んだ。今思うと最高に気持ちが悪い。

 とにかく、俺は酒を飲まずにはいられなかった。今日はバイトの出勤日だった気がするがもう行く気はない。

 公園の池を眺めていると、自分の顔が映るが嫌悪感しか湧かない。容姿のせいにしたい訳では無い。彼氏持ちだったのを知らなかっただけだからな。

「さて、そろそろ帰るか。……歩きで」


 家から大学までは六つ位駅がある。つまり10km近い距離だ。高校時代から電車通学で文化部の俺は言わずもがな体力はゴミだ。酒とタバコでとどめの入った身体にこの運動は拷問に近かった。

「とりあえずパソコンでスマホ探すか、学生証は再発行、クレジットカードは発行してなくてよかった」

 トントントンと錆びた階段を上がる。家賃四万八千のボロアパートの二階突き当たりが俺の家だ。スペアキーはポストに隠して入れてある。

「よし、あったあった。誰もいないけどただいまぁーっと……開いてる?」

 おかしいな、行く時は鍵を絶対に掛けたはず。水電気ガス鍵は徹底しろとの母さんからの教えだ。いや考え過ぎか。そういう日もあるよな。

 ……とりあえず用心するに越したことはないな。入ろう。


 電気は付いていない、当然か。妙に家捜しされた跡もないし、特に何の変化もないか。念の為トイレとクローゼットを確認しなくては。

 トイレは、いない。浴槽に隠れてもいない。後はクローゼットだ。おそらく杞憂に終わるだろう。恐る恐るクローゼットの戸を開く。

「うごっ!」

 腹に衝撃が走り、そのまま尻もちをつき後ろに倒れる。まさか誰かいるとは。

 クローゼットから出てくる人影。顔は隠してはおらず、浅黒い肌は日本人に一瞬見えたが違う、東南アジア系の男だ。

 まずい、これはまずい。身体能力下の下の俺にガタイのいい外国人を無力化するような力は当然ない。瞬間的に、股間が嫌なもので濡れた。

 律儀に靴を脱いでいた男は、持っていた靴を靴跡が付かないように床に置き、こちらを向く。

「忘レテもらウ」

 男は刃物を持っていた。小ぶりの包丁だ。なぜ、そんなものを持っているのか。ゆっくりと近づく男から後ずさりしながら走馬灯のようなものが走る。

『昨日未明、フィリピン人男性が40代男性を刺殺し逃走し、現在警察は写真を公開し犯人を捜索中とのことです』


 男の顔は、見事なまでに記憶の中の写真と一致していた。こいつは一人殺している、殺人の罪の重さはおそらく知っているはず。つまり忘れろというのは死を意味している。

「くるな……、くるなあぁぉおご」


 俺の意識は赤黒いものに染まった。


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