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旅行記

◆12月24日 ニューデリー上空


「…まもなく降下を開始します…」


 いつの間にか眠ってしまったようだな。外が明るく光ったから、飛行機に雷でも直撃したと思っていたけど、夢だったのかも。時間もないし入国カードをさっさと書いてしまうか。

 インドに来るのは10年ぶりだ。今日は2022年の12月24日。クリスマスイブだな。日本時間ではもうすぐ日が変わるくらいか。例の新型コロナウイルスも2021年に開発されたワクチンのおかげでやっとおさまって、こうして以前のように移動や旅行もできるようになった。

 俺は田中義明。42歳。日本の政府系の情報機関に勤めている。俺がどうしてインドに来たかというと、ここだけの話、職権を使って『不老不死の薬』がインドで密かに開発されたことを知り、その薬を入手するためにやってきたというわけ。不老不死というといかにも怪しいが、簡単に言うと、老化を完全に止めるらしい。そもそもの話、最新医学をもってしても老化の仕組みがわかっていないのに、どうやって老化を完全に止めることができるのか、というのはあるけれど、情報源が信頼できるので調べてみる価値は十分にあると思う。それに、すでに情報源とも接触済みで、インドで何人かのエージェントに会っていけば、その薬が手に入るらしい。薬の価格は108万円で、薬が入手できた場合にのみ、帰国後に振り込むことになっている。価格設定が少し現実的なのは気になるが、給料から払えない金額ではないし、嘘の情報だったとしても、旅行するだけになるので、損することもないだろう。俺は旅行が好きだから何の問題もない。

 せっかくだし、これから起こることを日記に書いてみるか。大したことは書かないけど、Webに公開したら感想などくれる人もいるかもしれない。起こった結果だけを書くのも味気ないので、回想みたいな感じにして書くがそこのところはご了承を。


◆12月24日 ニューデリー


 久しぶりのインディラ・ガンディー空港。道なりに進むと入国手続きのカウンターが見えてきた。見える景色は10年前とほとんど変わらない。インド人用の長い列と、旅行者用の列。トランジット用の通路も見えた。まだ屋内というのもあるけど、日本に比べると暖かい。半袖ではさすがに寒いが、25℃くらいはある感じがした。日本にいたときはダウンジャケットを着こんでいたが、手荷物で持ち込んだ大きめのリュックに押し込んで、薄手のパーカーにジーパンという服装でちょうどいいくらいだった。今日は何を食べようかと考えている間に列も進み、パスポートを取り出して係員に渡した。係員はパスポートを一瞥して問題がないことを確認すると、簡単な質問をしてきた。

「ワッチュァパルパスオブステイング?」

 おおっと、なまった英語だ。ぱるぱす?あー、もしかしてpurposeか。この独特の発音、インド英語も久しぶりだ。渡航目的の確認なら「斉藤寝具店でーす」の出番だな。

「サイトシーング、テンデイズ」

 ドヤ顔をして言ったので少し嫌な顔をされてしまったが、どうやら通じたらしい。発音が悪かったのかもしれないが、それはお互い様というやつだ。どこに行く予定かとかも聞かれたが、定番のタージマハルと無難に答えた。ここまでくればあとは荷物を受け取って、ホテルに向かうだけだ。今回も直行便で来たので荷物の受け取りもスムーズだった。

 空港からホテルへは地下鉄で向かう方法もあるけれど、乗車券を買うにはインドの通貨のルピーが必要になるので、空港での両替が必要になる。空港での両替は高額しか対応してくれない上に、効率が悪いと学習しているので両替はスルーする。日本円かドルがあれば、だいたいどのホテルでも、レセプションか、ホテルにいる旅行会社の人に頼めば、空港よりは良いレートで両替できる。そうなると問題は、地下鉄を使わずにどうやってホテルまでいくかになるが、ホテルにピックアップを手配するという手がある。

 両替カウンターの脇を通ってエントランスから外に出た。外は照明があるのでそれほど暗くなく、プラカードを持っている人がいっぱい見えた。自分の名前を探してみるとすぐに見つかった。「YAMADA TRAVELS WELCOME Mr.Tanaka」と書かかれたプラカードを持った青年がいた。ちなみに今回利用したYAMADA TRAVELという旅行会社はYAMADAさんがやってる旅行会社ではない。インド人のオーナーが日本で働いていた時に、今はもうないらしいが、ヤマダトラベルという会社でお世話になったそうで、その名前を使わせてもらっているらしい。まぎらわしい。というかそんなのでいいのか。

 青年についていって車に乗ると、そのままホテルに直行でいいかと英語で聞かれ、問題ないと答えると車は走りだした。どうやらこの青年は運転専門で、残念ながら日本語は話せないようだった。

 ホテルまでの道は混んでいた。空気も悪いし、こういうところは10年前とほんとに何も変わらないと思った。リキシャーの割り込みもひどい。騒音も相当のもので、エンジン音がというよりは、想像するのは難しいかもしれないが、クラクションが絶えず鳴り続けている感じだ。青年は俺のことを気遣ってか、ほとんどクラクションは使うことはなかった。そんな感じで、1時間ほどうるさいドライブが続いて、目的地に到着した。

 パハールガンジ。ニューデリー駅の近くにあって、通りの名前に由来するのか、メインバザールとも呼ばれるところだ。このあたりははっきり言って治安が悪い。夜に一人で歩いていたら何かあってもおかしくないくらいだ。むしろ、昼でも怖いところではある。イメージとしては、商店街にバイクやらタクシーやら人がわらわらといるような状態だ。空気も悪いし、騒音もすごい。

 泊まるホテルは1泊3000円程度。バックパッカー用にしては高めではあるが、セキュリティの問題や、朝食付きであることを考えると悪くない。WiFiも無料で使える。このレベルでも、事情を知っている同僚などに言うと大丈夫かと心配させてしまう。名の知れたホテルを求めると、1泊5000円どころか10000円くらいは取られてしまうが、設備は大差ないから迷うところだ。

 チェックインを済ませると、荷物を置いて、腹ごしらえにちょっと外に出てみた。空は曇っている上に真っ暗だし、街灯はあまりないので、道は暗めだった。おそらく毎日カレーになるし、カレー以外のものでも食べようと思った。フライドポテトみたいなものを売っている屋台があったので買ってみた。何回使ったかわからない真っ黒い油が気になったが、熱を通してあるしたぶん大丈夫だろう。まだ旅は始まったばかりなので、こんなところでお腹を壊すわけにはいかないが、味は普通のフライドポテトだった。明日から早速、エージェントに会う予定がある。疲れたし早めに眠ることにしよう。


◆12月25日 ニューデリー


 悪くない目覚めだった。湿気が少し多いので、日本の梅雨の中にある晴れの日くらいの気分だ。自分で言っておいてなんだがよくわからないな。昨日は部屋に戻ってシャワーを浴びようとすると、水しか出なくて寒かった。まぁ1泊3000円の宿に期待してはいけない。水が出ただけマシである。朝食はコンチネンタルのビュッフェがあったので悪くなかったし、とにかく旅というのは細かいことを気にしてはいけない。

 今日は、オールドデリーにあるラールキラー(レッドフォート)で1人目のエージェントに会う。それにしてもなんでラールキラーなのか。ニューデリーにも有名な観光地というか世界遺産がいくつもある。俺が前回の旅行で行った範囲でも、インド門、クトゥブミナール、フマユーン廟などなど。

 オールドデリーの道を歩いていると、当たり前だけど、インド人しかいない。正確には、観光客は目立たないようにしているのかもしれない。観光客は目立つと、話しかけられたり、お金をくれと言われたり、あまり良いことはないからだ。歩道に牛が寝ているのも10年前と変わらないな。幸いなことに、レッドフォートはこちらという英語の看板たぶんがあったので迷わずたどり着くことができた。ちなみにインド人に道を聞くと、適当に教えるのであまりお勧めしない。知らないとは言わない国民性なのか、聞かない方がマシだったと思うことが多々ある。

 インドの観光地ではだいたいどこでもだが、入場チケットを買う窓口はインド人用と観光客用で分かれている。入場料は日本円にするとだいたい300円から500円。インド人の入場料は10分の1程度。待機列も10倍くらい長いが。

 門の中に入ってみると景色は10年前とほとんど変わらない。昔からあるはずなのにどうみても新しい。おそらくは、古い部分を壊して作り直している。日本の観光地では、昔のままを保つことを良しとする傾向があるが、インドではきれいな状態の建物の方が良いと思われているようである。おもむきってなんなんだろう。まぁそんなことはどうでもいいとして、目的のエージェントを探すことにした。探すといっても、待ち合わせの時間と場所が指定されているのでそこで待つだけなのだが。最初のエージェントの情報しかもらってないので、おそらく次の場所は、これから会うエージェントから教えてもらうのだろう。

 指定された時間になっても誰もいない。さっそく嘘の情報なのだろうか。30分くらいは待ってみることにした。25分くらいして、男がやってきた。「遅い」と言うと、自分は悪くないみたいなことを言いだした。機嫌が悪くなっても困るので我慢して話を進める。エージェントは詳しいことは教えられていないらしく、日本人が待っているはずなので、次の場所と時間を伝えるようにだけ指示されているらしい。それでお金がもらえるのだから楽なもんだ。というか直接会う意味はあるのだろうか。俺の行動を誰かが見張っていていたりするのだろうか。次のエージェントは明日14時に、ジャイプールのアンベール城とのこと。

 ホテルに戻って、旅行会社を通じて、車と運転手のチャーターを手配した。1日貸し切りで8000円とのことなので2日分お願いした。というのも、俺の勘が正しければ、ジャイプールの次はおそらくタージマハルだろうから。


◆12月26日 ジャイプール


 早朝からチャーターした車でジャイプールへ。10m先も見えないくらいに霧が濃くて、安全運転をしてもらったので時間がかかったが、なんとか昼前には着いた。ジャイプールの街並みはピンクシティとも言われる。そういえば10年前にもピンクパレスだったかそういうところに行った。アンベール城も2回目である。

 道中で、運転手が休憩だといって車を止めたので、連れていかれたお店でカレーを食べて、近くのラッシー屋でラッシーを飲んだ。どちらも運転手は店の前までで、ついてこなかったが、観光客を連れていくといくらかのマージンがもらえるような仕組みがあるのだろう。ラッシーはいまだに陶器の器で売っているところがあるのがすごいな。店員に器を返すとそのまま地面に落として、踏んで砕いた。洗えばまた使えそうな気もするけど、きっと洗うよりも安く手に入るんだろうな。紙コップみたいに。

 アンベール城は山というか丘の上のようなところにあって、坂を登っていかないといけないのだが、珍しい体験ができることで有名だ。象の背中というか象の荷台に乗って城まで行くことができる。ここまで来て乗らないのももったいないので、今回も象のタクシーで行くことにした。運賃みたいなのを最初に払ったはずなのに、途中で運転手にもチップを請求される不思議なシステム。いまいち理解できないがそういうものなんだろう。象の背中に揺られながら30分もするとお城に到着だ。ぶっちゃけて、象に乗るアトラクションがメインで、城自体はそんなに見るところもないのが悲しい。

 今回はエージェントの男が先にいて、次の目的地を書いた紙を渡された。なんかそんな気がしたけれど、次はタージマハルのようだ。ゴールデントライアングルの名所を回るわけだ。このままいけば、本当にインドの観光地をめぐる旅になるのかもしれない。

 城の観光は適当に切り上げて運転手のところに戻る。それなりの時間になっていたので、今夜はジャイプールのホテルで泊まることになる。ホテルにあるレストランで夕食のカレーを食べていると、民族音楽が鳴りだして、民族舞踊みたいなものが始まった。これで料金が追加されるとやってられないと思ったが、確認してみると、チップ制らしいので、見なかった振りをしてすぐに会計を済ませて部屋に戻った。

 まだ2か所だけどなんとか順調にいっているみたいだ。他人から見れば観光を楽しんでいるように見えるかもしれない。アーグラに行く途中でパンチマハルとかも見てみたいが、またの機会だ。


◆12月27日 アーグラ


 今日も早朝から移動である。ジャイプールの宿からタージマハルまでは、250kmほど距離があるそうなので、車で4時間ほどの移動だ。俺は寝ているだけでいいのだから楽なもんだ。アーグラに着くと、運転手とは別れた。だがここでもまたチップが発生する。1日8000円はなにの値段なんだろう。

 タージマハルの入り口に行くと300人くらいは並んでいた。例によって旅行客はすぐに入れたりする。門をすぎると、有名なタージマハルの白い建物の前は開けていて、庭のようになっている。とても広い。そして、庭も含めてシンメトリーになっていて、美しい。庭園を抜けていくとまた行列ができていた。建物の内部に入る列だ。建物の中に何かあるということでもないが、建物内でエージェントに会う予定なので、入るしかない。

 エージェントを探していると、日本人か日系人かわからないが、男が話しかけてきた。日本語だ。簡単な挨拶をすると、次の目的地を伝えられた。バラナシだ。急に遠くなったな。アーグラからバラナシだとかなりの距離がある。特急電車で少なくとも10時間くらい。普通の電車なら15時間くらい。いわゆる寝台列車での移動になる。駅のみどりの窓口のようなところで確認すると、観光客用の特別チケットは売り切れているとのことだったので、仕方なく、2番目に安いクラスの3段ベッドの下の席を取った。横になれるだけマシかな。インドの電車は遅いし、よく遅れるという噂があるが、明日は夕方までに着けばいいので、寝てればいいのである。

 出発が1時間くらい遅れたが、駅にいるポーターに電車が来たら教えてとお願いしていたので(もちろん有料)、問題なく電車に乗ることができた。待合室で体力を消費せずに待つことができたのは大きい。夕方ごろに途中の駅で、どこからやってきたかわからない少年が俺の席までやってきて、ラップに包まれたカレーを押し付けてきた。かなり強引な車内販売である。手を出してきたので、お金を払うと帰っていった。100ルピーだから安い。ホームを見ると、窓ごしに手を伸ばして購入している人もいる。チャイを売る人もいる。日本の車内販売しか知らないとある意味で新鮮だな。

 夕食を食べると、上のベッドの人たちが自分たちのベッドに上がっていったので俺も寝ることにする。それまでは3人で1つの寝台に並んで座っているという微妙な状態だったのだ。もちろんカレーも並んで食べた。


◆12月28日 バラナシ


 朝6時くらいに起きると外はすでに明るくて、周りの人が電車を降りる準備を進めていた。俺も準備をしようとするが、特にすることもなかったので、枕とシーツを回収箱に放り込んで、日本から持ち込んだ文庫本を読んでいた。定刻の10時頃にバラナシの駅に着いた。バラナシはもしかすると日本人の多くがテレビなどで見たことがあるかもしれない。ヒンドゥー教の聖地で、街の中に流れるガンジス川(地元ではガンガーと呼ぶ)が有名だ。沐浴する姿なども見たことがある人も多いだろう。

 夕方まで川岸を散歩して、座り込んで川を見ていた。川を見ている間に、目の前の人が途切れることはなかった。走り回る子どもたち。裸になって沐浴する人。船で200m先の向こう岸まで渡る人。俺のようにただ座って川を見ている人。10年経っても、川にほとんど変化はなく、時間はゆっくり進んでいる。インドの人たちは毎日を必死に生きているのに俺はなにをしているのだろうか。

 川岸に近づいて、靴を脱いで足を川の中に入れてみた。思ったよりは冷たくなかった。お世辞にもきれいな水とはいえないが、しばらくそうしていたかった。戻ってまた川を見ていると、いつの間にか現れたエージェントに声をかけられた。バラナシでゆっくりしていくといいと言われたが、次の目的地はムンバイだった。遠すぎる。直線距離でも東京から福岡よりも遠い。1200㎞くらいか。時速50㎞くらいとしても24時間はかかる。エージェントに会うためにいくしかないんだが。


◆12月29日 バラナシ→ムンバイ


 相変わらずの列車の中。風景もほとんど変わらないので、文庫本を読むのと寝るのを繰り返す。例によって車内販売があったのでカレーを食べる。もうずっとカレーしか食べてない。カレーはベジかノンベジか選べたのでノンベジにした。チキンっぽいのが入っているがチキンではないかもしれない。少なくともビーフではないことはわかる。

 夕方にやっとムンバイに着いた。ムンバイは昔はボンベイという名前だったけど、若い人にはわからないか。お酒に、ボンベイ・サファイアっていうきれいなブルーの瓶のジンがあるから、名前くらいは聞いたことがあるかもしれない。インド映画が好きな人は、ボンベイとハリウッドを足した、いわゆるボリウッドで有名なところだ。到着した駅は、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅。名前が長い。駅もかなりでかかった。駅舎はユネスコの世界遺産にも登録されているそうだ。線路もいっぱいあって、東京で言えば、上野駅は言い過ぎくらいかもしれないが、それくらいの規模だった。

 近くに予約していたホテルに移動すると、部屋の窓からスタジアムが見えた。たぶん休日にはクリケットの試合が行われるんだろう。ルールとかはよくわからないが、一度くらいは見てみたいものである。夕食は近くにイタリアンの店があったのでピザを買って食べた。そのあとはホテルに戻ってシャワーを浴びて、移動で疲れていたのでそのまま寝てしまった。


◆12月30日 ムンバイ→ニューデリー


 ホテルをチェックアウトして、ちょっと時間があったので、ムンバイを観光してみる。露店でさとうきびジュースを買ったりしながら、インド門の方に向かった。途中に有名な、タージマハルホテルもあった。十何年か前に大規模なテロの標的になった施設。ホテルの入り口に警備員がいて、なんだか警備が厳しい。近くにあった看板を見ると、最近もテロがあったみたいだ。怖い。怖い。ちなみにインドではテロ対策が日本よりは厳しめで、地下鉄など公共交通機関を利用する場合は、X線検査の機械に手荷物を通してチェックを受けなければいけない。タージマハルホテルの話は、たしか、2019年くらいに、『ホテル・ムンバイ』という映画にもなった。

 10年前に来たときは、インド門から出ているフェリーみたいなのに乗って、エレファンタ島にも行った。今回はそんな余裕もなさそうなので、インド門で待ち合わせだ。見た感じ60歳くらいのおじいさんが声をかけてきた。おじいさんにエージェントかと尋ねると、そうだといい、おめでとうと言われた。というのも次が最後の目的地なのだそうだ。だいたい大きなところは回ってる気がするので、次はコルカタかチェンナイあたりかなと予想していたが、予想に反して、グルガオンだそうだ。グルガオンならニューデリーからが近い。こんなことなら最初から、ニューデリーからグルガオンで良かったんじゃないのと思うが、もう最後ということだから気にしないことにしよう。

 飛行機のチケットを手配して空港まで行く。国内線に乗るというわけだ。チケット代は手数料も含めて、5000円くらいとのことだ。空にいる時間は2時間ちょっとだから、日本で言えば、羽田から福岡よりも少し距離があるはず。通路側の席だったが、高いところは好きではないので、ちょうど良かった。

 またニューデリーに戻ってきた。いよいよ明日で俺の旅は終わる、はず。


◆12月31日 ニューデリー→グルガオン


 今日はそういえば大晦日だ。インドには正月みたいなものはないので普通の月末と同じなのかもしれない。日本で言えば3月から4月に年度が変わる感覚が近いのかな。特別だけどいつもと変わらないみたいな。ニューデリーから地下鉄に乗って、グルガオンに行く。Kingdom of Dreamsという施設が待ち合わせ場所だ。Kingdom of Dreamsは、簡単にいうと、舞浜にあるイクスピアリような施設が、完全に屋内にあるような場所といえばわかっていただけるだろうか。ほとんど街といってもいい。屋内なので、空も天井に書かれている。いつでも青空だ。興味があるならぐぐってほしい。唯一外にある、大きな劇場では、ミュージカルを観ることができる。インド映画をリアルタイムに体験するようなもので、言葉はわからないけれど、非常に楽しい。

 この施設のセキュリティは非常に厳しく、液体を持ち込むことができない。まるで飛行機に乗るみたいだ。俺もペットボトルの水をリュックに入れていたのだが、入り口で見つかって捨てられてしまった。施設の中で買うのはOKだそうなので少しだけ我慢が必要だ。

 街の中で最後のエージェントに会うことになっていたので、街の中をそれっぽい人を探して歩いていると、バーみたいな店を見つけた。カウンターには魔女のような女性がいる。黒色のワンピースのようなゆるめの服、何よりも特徴的な黒いとんがり帽子。手には杖のようなものを持っている。

「よく来たね。日本からのお客さんかい?」

 日本語だ。この人で間違いなさそうだ。

「ああ。日本からある薬を買いに来た。あんたは魔女か?」

「私は魔女だよ。薬ねぇ。あるにはあるけど、簡単には渡せないことになっている」

「なにか条件でも?」

「そこの機械に合言葉を入れてくれればいいのさ」

「合言葉?」

「合言葉を入れたら、薬を渡すから、そこのコップに注いで、飲むといい。正しい合言葉を入れるとおまえさんの目的の薬、正しくない場合はただの水が出るね。失敗しても死ぬことはないよ」

 なるほど、近くにあるパソコンみたいな機械に合言葉を入力するわけか。10文字以内でなんのヒントもないな。合言葉ってなんだろう?『ふろうふし』『ふくめん』『ほうらいどう』…

「なんかヒントはないのか?」

「そうだね。特別に教えてやろう。ひらがなで5文字だよ」

 おおっ、もしかして『ふろうふし』でいけるんじゃないか。

「ふろうふしにするよ」

 カチャカチャカチャ(キーボードを打つ音)。ポン。

「どうぞ」

 薬を渡された。見た感じ、無色透明の液体だ。粘度は特になさそうだ。もしかして水なのか。まぁいい、飲んでみる。ごくごくごく。やっぱり水かな。

 ん?なんかぼーっとしてきた…意識が遠くなってくる…何かが光った気がする。


 …


「…まもなく降下を開始します…」


いつの間にか眠ってしまったようだな。外が明るく光ったから、飛行機に雷でも直撃したと思っていたけど、夢だったのかも。…




「なんかヒントはないのか?」

「そうだね。特別に教えてやろう。ひらがなで5文字だよ」

 おおっ、もしかして『ふろうふし』でいけるんじゃないか。

「ふろうふしにするよ」

 カチャカチャカチャ(キーボードを打つ音)。ポン(エンター)。

「どうぞ」

 薬を渡された。見た感じ、無色透明の液体だ。粘度は特になさそうだ。もしかして水なのか。まぁいい、飲んでみる。ごくごくごく。やっぱり水かな。

 ん?なんかぼーっとしてきた…意識が遠くなってくる…何かが光った気がする。



…(500回ほどループ)



「…まもなく降下を開始します…」


いつの間にか眠ってしまったようだな。外が明るく光ったから、飛行機に雷でも直撃したと思っていたけど、夢だったのかも。




「よく来たね。日本からのお客さんかい?」

 日本語だ。この人で間違いなさそうだ。

「ああ。日本からある薬を買いに来た。あんたは魔女か?」

「そうだけど、もう飽きてきたねぇ。魔女の気まぐれだけどおまえさんにはチャンスをあげるよ」

「え?」

「おまえさんは、この1週間を500回以上繰り返しているんだけど、相手するのも飽きてきたなぁと」

「え?どういうことだ?」

「おまえさんには明日、つまりは1月1日は来ないってことさ」

「俺の時間がループしているということか?」

「簡単に言うとそういうことだね。何かおかしなことはなかったかい?」

 そういえば、これまで行ったところが、あまりにも10年前から変化がない。テロも最近あったって話。もしかして。

「10年前なのかここは?」

「ほー、気づいたかい。何年前なのかはよくわからないけど、今日は2012年の12月31日だよ」

「つまり、俺は、2012年のクリスマスイブから大晦日の1週間を何度も繰り返していると。なんてこった。どうやったらループを抜けられる?」

「一つ大事なことがある、決まっていることは変えられないんだよ」

 決まっていることは変えられない?どういうことだろう。質問の答えになっていない。というか決まっていないこともあるのだろうか。

「決まっていないこともあるのか?」

「ほっほっほ。なかなかするどいねぇ。これからおまえさんがすることは変えられないが、変えられる部分もある」

「よくわからない。もっと教えてくれ」

「そうだねぇ。おまえさんはこれからそこの機械に合言葉を入れて、出される薬を飲むんだけど、正しい合言葉なら不老不死の薬、つまりは時間がループする薬が出てくる。間違えば水を飲むだけだ。まぁ本当のことをいうと、間違えても飲むことになるのはループする薬だがね」

 え、ループする薬を飲むことはもしかして決まっているのか。それだとループを抜ける方法がない。…薬を飲むことは決まっている?………そうか!

「薬を飲むことが決まっているならば、飲む薬を変えればいい。ループする薬が、老化を止める薬であるならば、老化を再開する薬もあるのか?」

「なんと、そこまでたどりつくとはまいったね。あるよ。老化を再開する薬の合言葉もある」

 薬を飲むことは変えられないが、飲む薬を変えることはできる。あとは、合言葉だ…

「さらにいうと、合言葉はこれまでにいろいろ試してるね。ふろうふし、ふくめん、ほうらいどう、くりすます、おおみそか、他にもいろいろ。時間切れを狙って何も入力しないこともあったかな。そのときはおまえさんは急に喉が渇いたと言い出して、水を飲んだらそれが時間ループ薬だったこともあるねぇ。ヒントは5文字だよ」

 くそ、何度もここまでは来ているのか。時間稼ぎも無駄か。『おおみそか』もダメとか空気を読まないやつだな。じゃぁどうすればいい?

 そういえば老化を再開するような話が昔話にあった気がする。『浦島太郎』だ!うらしまたろうだと7文字だからだめだな。もしかして、…玉手箱か。よっし、5文字だ。

「合言葉はたまてばこにするよ」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサーだ」

 なんだこのやりとりとこの間は。カチャカチャカチャ。ポン。

「…せ、正解だよ。これを飲むといい。せっかく10年若返ったのに、繰り返した10年分が過ぎてなかったことになるよ」

「わかった。それでいい」

ごくごくごく。まずーい。もういっぱい。いやいやいやもういっぱいはいらない。

なんかぼーっとしてきた…意識が遠くなってくる…何かが光った気がする。


◆1月1日 あとがき


 今日は湿気もなく快適な朝だ。ベッドで文庫本を読みながら寝ていたみたいだ。ベッドの横にある机の上にミュージカルのチケットが置いてある。スタンプが押してあるし、俺はミュージカルを観たのだろうか。日付を確認すると2022年の12月31日とある。ということは…

 なんとなく部屋の入口に向かうと、ドアの下に新聞が差し込まれていたので日付を見る。2023年の1月1日だ。つまりは元の世界線に戻れたということなのかな。

 

 なにかとても長い旅をした気がするけれど気のせいかもしれない。これまでに書いてきたことは夢だったかもしれないし、俺の創作なのかもしれない。

 

 ほとんど10年前の旅行のことしか書いていないが、読んでくれた方が少しでも旅行した気分になって楽しんでもらえたら幸いである。

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