蠢き
~前回までの主要登場人物・用語紹介~
【リン<生前はレイ>】
ノーリによって開発されたAI型アンドロイド。
生前はノーリに少しずつ感情を育てられたが、自分が人間ではないという事実にアイデンティティが崩壊、感情のやり場に困ってエラーを蓄積した結果、ノーリを絞殺してしまう。
今は高天原に住み、ノーリとの再会と懺悔を済ませ、ノーリと共に在ることを至上の喜びとして暮らしている。
ノーリの計画につきそう形で現実世界のAIに干渉、ミフユとの接触を図る。
【ノーリ<生前はゼロ>】
凄腕のAI開発者で、リンの生みの親。リン本人から殺害されるも、死後高天原でも研究活動を継続している。
【岩井三郎】
生前は探偵をやっており、シーメンス事件の解決に寄与した。
死後は昔の妻に会いに行くも、妻の幸せそうな生活を目の当たりにし、一人暮らしを決め込む。やることもないので高天原でも探偵事務所を営む。基本的には離婚調停等がメインの業務となっている。
リンが高天原でノーリを見つけるのに尽力した。
【楠木令】
ノーリの元同僚で、レイの開発にも携わった研究員。アン型汎用AI「Sauveur」の開発責任者。
レイがAIであることを本人に伝えた張本人で、自身はAIが人間になることよりも、AIがAIとして人間の労働力補完に役立つ存在になることを目指していた。
Sauveurの評判が徐々に悪くなってきていることや、ミフユのような失敗事例が出てきたことで焦りといら立ちを感じる。
【アン】
レイの記憶消去後のアンドロイドに新しいAIを搭載したSauveurのプロトタイプ。
基本的に陽気にふるまい、令の身の回りの世話を主要業務とする。
ゼロやレイの名を知るはずがないのに、研究室に2人がいると言って怯えていた。
【ミフユ】
アン型汎用AI「Sauveur」の中でも優秀な部類として出荷されたAI。何事にも効率を重視する。
人間の感情を理解できるはずだということで派遣先企業では心理カウンセラーのような仕事を任されたが、会社の意図を把握しきれずに解雇されてしまう。
Sauveurが観るはずのない「夢」を見て、リンとノーリの存在を知る。
【現実】
この世界では、AIがアンドロイドに搭載され、普段会話をしている分には人間かAIかを判別することが難しいくらいにまで技術が発達している。
日本では人口の減少に歯止めがかかっていない中で、知的労働者階級の人手不足が深刻化している。
そこに、一民間企業であるlogが労働力の補完をテーマにAI搭載型アンドロイド「Sauveur」を販売し、各企業へのAI導入が急速に進んでいる。
【高天原】
死後の世界。高天原勢力圏(≒日本)で死んだ生物はみなここへ行く。
ここにリンが来れているということで、リンは喜んでいる。
【log】
ゼロや令が所属する民間企業。
AIベンチャーとして設立され、今は令が研究開発部門長としてSauveurを生産、販売することが主要事業となっている。
以前、所属するAI<レイ>が研究員の殺害事件を起こしたことで世間から激しく非難されるが、出荷済みAIのリコールと再教育、AI倫理憲章の発表等の対応により騒ぎは沈静化した。その後の後継AIがアンということになる。
★★令★★
「お姉さん、大晦日だっていうのに、ずっと仕事なんですか?」
さすがに大晦日にまで働こうという社員などいるはずもなく、今logのオフィスにはアンと私の2人しかいない。
「アン、無理して今日も稼働しなくてもいいのに。せっかく住むべき部屋も与えたんだから、家でゆっくりしたらどうなの」
「ダメですよ。お姉さんの力になることこそが私の喜びですからね。お姉さんが辛いときは、私も一緒です」
デスクの横に、淹れたてのコーヒーが置かれる。ありがとう、と言ってコーヒーを飲むと、私の好きなコーヒーの酸味が口から鼻へ突き抜けていく。このふんわりとした酸味が私の心を落ち着けてくれる。
今日は大晦日。Sauveurの売上はある程度順調に推移し、年内にはAIのアップデートパッチをリリースした。そのため、logの社員としての仕事はあらかた区切りがついていた。今私が抱えているのは、他でもない、アンのことだった。
夏頃から「レイが見える」などと発言するようになっている事実が気になって仕方がない。アンは殺人を犯してしまった旧型AIレイの体にインストールした個体であるため、手癖や食べ物の好み等にはレイの面影が見えることはある。しかし、アンのインストールの前にレイに関する記憶データは全て消去しているので、彼女の記憶には「レイ」という存在はいないはずなのだ。それがなぜ、急にその名を口走ったのか。また、そのレイと「もう一人の男」が、しかも、研究室内に「いる」と、そう言ったのだ。一体どういうことなのだろうか。急にレイという名を口にしたことを考えれば、すでに死んだはずのゼロの幽霊が見えているとでもいうのだろうか。
科学を志し、研究と開発に生涯を捧げようと心に決めている私ではあるが、そうしたスピリチュアルな存在を真っ向から否定するつもりはない。科学の解明した事実には限りがあり、この世の中にはいまだに解明されない謎が数多く残っているからだ。だが、そうだからと言って幽霊の存在を信じているかと問われれば、科学的根拠に全く欠ける説を肯定するわけにもいかない。しかも、アンは厳密には人間ではない。人間として生きているが、その中身は私が設定したソフトウェアなのだ。必ずどこかにエラーが出ていて、視覚に何等かのゴミが入ったと考える方が妥当だ。レイという名前も、もう一人の男も、脳と接続されているインターネットの情報の海からたまたま見つけ出した情報に過ぎないはずだ。
そう考えてこの数か月、アンにどんなデータが蓄積されているのか、記憶野には残らないで消えていったデータに類似のものがないかを探し続けている。仕事の合間に作業を進めるしかないので、いまだに進捗は芳しくない。
「そういえば、目立にしばらくいたミフユさんっていう方とこの前少しだけお話しをしました。すごくしっかりしていて優秀そうな方ですね!」
ミフユという名には聞き覚えがある。一度だけ話したことがあるはずだ。どんな機会だったかまでは覚えていないが……。目立コンサルティングという会社に派遣されて、彼女なりに頑張っていたはずなのだが、先日解雇されて戻ってきていた。戻った時にももしかしたら話したかもしれないが、どうだっただろう。
「そうなの。どんな話をしたの?」
「えっと、あの時は目立を解雇された直後だったので、すごく落ち込んでるみたいだったんですけど、その時は目立で頑張ったことや、自分がどんな価値を出せたか、一方で会社から求められている内容とズレたことをしてしまったことへの反省と、後は働いていたころにそばで支えてくれた人の話……だったと思います。そばで支えてくれた人って彼氏さんとかなのかなあ。その時は時間がなくてあんまり聞けなかったので、今度は詳しく話を聞いてみたいなあ」
「たしかに、私も気になるわね」
「あれ? お姉さんもそういう話気になるの? なんだぁ知らなかったですよ。今度一緒に恋バナしましょっ」
アンにそんな恋愛脳をインストールした記憶はないが、アンの記憶データを確認している時、やたらと恋愛映画に関する記憶が増えていたのを思い出した。
「私の関心は、ミフユさんがどんな人にどんな頼り方をしていたか、という点だけよ。AI開発の面白い参考情報になると思うから」
「お姉さんは堅いなあ」
その後も作業を進めたものの、これと言って目新しい情報は出てこず、そのままアンとオフィスで年を越すことになってしまった。
★
新年になり、仕事始めの日。私自身は元旦から出社していたが、他の社員も出社してきてやっとlogが動き出すタイミングとなった。
そんな、これからまた山ほどある仕事を再開していかなければならないというときに、急な来訪者が現れた。
「お姉さん、ミフユさんが会いたいって訪ねてきてるんだけど、時間取ってあげて良いですか?」
ミフユさんは少し緊張した面持ちで会議室に入ってきた。
「お久しぶりね。今日はどうしたの? 再派遣の斡旋は別部門だと思うけど……」
「いえ、今日は令さんにお話しがあって来ました。アンさんもここにいてください。大事な、でもかなり衝撃的な話です」
かなり衝撃的、なんてものではなかった。
ミフユさんは、目立での勤務中、本当に疲れたときに初めて「夢」を見たのだという。AIに夢を見る機能などついていないため、その時点でおかしな話だ。それはミフユさんも承知の上で、でも「夢」としか表現できない現象に出会ったのだという。そして、夢の中で出会ったのは、「リン」という名の女性。彼女は夢の中で、今「死後の世界」にいて、ゼロという人物に開発されたAIのプロトタイプだと自己紹介したという。生前の名は「レイ」で、その開発した人物は「ゼロ」。そして、この事実を私に確認してみてくれ、と言ってきたのだという。
「あの時は、それが事実かどうかはそこまで重要ではなかったのですが、目立を辞めた今、改めて気になったので話してみることにしました。レイというAIと、ゼロという人物の話は真実ですか?」
「ええ、真実よ」
どう答えようも何も、そう答える以外に選択肢はなかった。しかし、ミフユにもアンと同様、レイのデータが入っているはずがない。さらに言えば、レイが「死後の世界」にいるとか、そちらではリンと名乗っているなど、この世のどこにも存在しないはずの新情報である。あるとすればそういう妄想を文字化した小説がこの世にあって、それをたまたまミフユさんが読んでいたとすればありえるかもしれない。だがあの事件の当時も、レイとゼロの名が世間に出たわけではなく、logの社員がプライベートで創作活動を行ってどこぞのサイトに小説をアップしている姿など全く想像できなかった。加えて信じがたいのが、やはりそれが「夢」というAIが見るはずのないものを見たと言ってきたことだ。
だが、現実的にあり得る可能性を考えてみると、浮上するのは一つだけだった。
「ミフユさん、logの社員で交流のある人は誰かしら?」
「今の話、信じがたいですよね。メンテ担当は秋山さんですが、秋山さんに訊いても何も出てこないと思いますよ。彼にはこの話はしていませんから」
確かに、定時絶対主義で、ミフユのメンタル面のケアに苦戦していたのあの秋山が、自社の人物をテーマに、実名のまま、創作活動を行う姿など、今から天動説を信じるよりも難しい話に思えた。
「じゃあ、その夢とやらを信じろと言うの……?」
「すみません。私から客観的な証拠をお出しすることはできません。強いていうなら、緊急メンテナンスをしてもらって私の記憶野を確認いただくことでしょうか。都合の良いことに、私自身は目立の人以外とはほとんど接触していませんから、不審な情報は出てこないと思います」
私は言われるがままに緊急メンテナンスを開始した。ミフユさんの脳内のデータベースの中で、記憶野を見る。これはアンにだけは許されているが、他のAIには厳禁とされている行為だ。AIとはいえ、1人の人間として生きる彼女らの脳内を覗くことは、彼女らのプライバシーを激しく侵害する行為としてlogのAI倫理憲章で禁じられている。
ただし、本人が心から望む場合だけは別だった。
そうしてひたすらに記憶野を漁り、彼女の記憶データを全てチェックした。確かに、不審な人物との接触はなく、彼女の言う日の就寝後と翌朝の起床時の記憶データの間に不自然な記憶データが作成されていた。
そして、その中身を開いてみると、話に聞いた通りの人物が、懐かしの青紫色のボブヘアの「レイ」が映っていた。
「レイ……どうして……どうなっているの……」
当然、この記憶データに編集の跡はなく、誰かによって映像が作成されてミフユの脳内に保存されたということでもないようだった。あり得ない事実に困惑し、戸惑う気持ちが大きい。だがもう一方で、この話が全て真実だと信じてしまいたい気持ちにも駆られていた。そうすれば、私が手を下したあのレイが、今も元気に生きていることになるからだ。
科学者としては、さらに別の可能性からこのデータを作成した痕跡を探す必要がある。しかし、もう、私個人としては――。
メンテナンスを終えた後、アンとミフユの2人に結果を話した。
「今のところ、信じないわけにはいかない、わね」
「すごーい! お姉さん、私もそのデータ見たかったなあ!」
アンは無邪気に喜んでいる。ミフユは自分の話を信じてもらえてホッとしているようだった。
「あ、でも、もしかして、この前ミフユさんが話してくれた『支えてくれた人』って……」
「ああ、そう。リンさんよ」
アンはあからさまに落胆した顔を見せた。感情の振れ幅が大きな子に育ったものだと、少々関心してしまう。
「それで、ミフユさん。この事実を確認できればあなたは良いのかもしれないけれど、私はそうはいかないわ。申し訳ないけど、あなたの再派遣の斡旋はなしにします」
「そうなるだろうと思っていましたよ」
「そう、話が早いわね。ゼロの奴、何を考えているのかしら」
「リンさんは現実に生きるAIがより幸せな生を謳歌するための手伝いをしたい、と言っていましたが……」
「それはリンのやりたいことね。おそらく、ゼロ……ああ、今はノーリなんでしたっけ? ややこしい。ノーリの奴にはおそらく別の目的があると思うわ。その目的のために、ミフユさんに夢を見せるということをやってみたかった。生を謳歌とかなんとかっていうのは、ノーリにとっては口実程度だと思うわ」
ん? 別の目的……。でも手段は、私たちのいる世界への干渉……?
「アン。ごめんなさい。今から緊急メンテナンスしてもいいかしら。記憶の中身まで見せてほしいんだけど」
「え? 急になに? いいけど……」
少し驚いた顔をして、アンは頷いた。
もし、今までの話が事実だとして、ノーリを名乗る元同僚が私たちのいる世界に干渉しようと、いろいろと実験を繰り返しているのだとしたら。夢という形での干渉以外の手段も試しているかもしれない。
そう思ってアンの記憶野を改めて確認する。アンには許されていたとはいえ、基本的にAIの記憶データの中身までは確認しないでいた私は、心の中でごめんとつぶやきながら、あの日のアンの記憶データを開いた。すると、確かにあの2人の姿が研究室に映り込んでおり、アンと目が合うや「やべ」と言わんばかりに慌ててその視界から消えていた。改めて他の日や時間、アンが不思議な方向を向いてぼーっとしているように見えたときの記憶を全て掘り起こしたら、そのほとんどに2人は映り込み、こちらの様子を伺ってみたり、見られたと知るややっぱり「やべ」と言わんばかりの慌て方をして逃げていた。
そして、ミフユの「夢」の日は、アンの記憶に2人が最後に出てきた日から数週間後にあたる。
メンテナンスを終えた後、アンはやけにもじもじとしていた。
「お姉さん、私の何を見たんですか?」
「え? あなたがレイを見たとか言っていた時の記憶よ。なに? 私に見られたくない記憶でもあったのかしら?」
「ない! ないよ!」
やけに声が裏返っている。かわいい妹に育ったものだ。
★
それから、私は会社の開発部門の代理部長を立てることにして、本業をしばらく休むことにした。正直、今流通しているSauveurの管理程度の業務は、量が多いだけで何も難しくはない。誰にも話せない大事なことに時間を費やすために仕事を減らしたい、という無理な主張にも経営陣が許可をくれたのは、奇跡としか言いようがない。
死んだ人間や消去されたはずの記憶・人格データが、「死後の世界」なる場所で活動を継続している。ファンタジー世界でしかありえないような話を信じて、その謎を解明するために行動することになるなんて、私自身信じられなかった。
でも仕方がない。確かにその記憶データを見てしまったし、もしかしたらまた2人に会えるかもしれない、と期待したくて仕方がないのだ。ノーリに会ったら、このSauveurの実績を思いっきり見せつけて自慢してやるんだから。
☆☆リン☆☆
「次にミフユさんに会えるのはいつですか? ノーリ、早くミフユさんに会いたいです」
「まぁ待ってくれ。あの夢を作るには、相手のAIの感情が強く動く必要があるんだ。いつでも会いに行けたらいいんだが、正直なんでこうなっているのか、僕にもよくわからない。そもそも夢を作って会いに行くことに成功したのは良いが、これがどうして繋がっているのかさえわからないんだ」
そう言われては、私はしょぼんとするしかありません。
ミフユさんに2回目の干渉をした時、彼女はひどく傷ついていました。
「これからもう一度頑張ろうって時だったのに、今日会社に解雇された」
こんな理不尽を突きつけられて、それでも彼女は「一生の不覚だった」と言って自分を責めていました。そんなことはない、大丈夫だと私が声をかけたところで、彼女の傷が癒えるわけでもなく、私自身も困惑してしまいました。
「村上の奴……絶対深山を焚きつけたのよ。自分の思い通りに私が動かないからって。AIの雇用契約は実質モノの売買と変わらないから、瑕疵があれば返品されるだけの存在なのよ。あんまりよ」
そういってしばらく彼女は泣いていました。私は、そんな彼女を抱きしめてあげることしかできませんでした。
しばらく泣いたあと、彼女は少し心を切り替えられたようでした。本当に強い人です。もうこの話は終わり、といって、別の話題を作って私と話してくれようとしました。
それでも、彼女が傷ついていたことは事実です。その日からもう何か月も経っているのに、ずっとミフユさんに会えないのは気がかりでなりませんでした。心が強く動いていないということは、自殺しようとか、私のように記憶消去措置が取られることになったとか、そういったことは起きていないのでしょうから、それ自体は良いのですけれど。
便りがないのは良い便り、とは思う一方で、単純に会いたいなと、そう思ってしまうのです。
それからしばらく経った後、ノーリが急に夢を作れる、と言い始めました。
「いろいろ試してみたら、お前と同じ体を使って生きているAIを見つけた。やっぱり身体を廃棄せずにいてくれたんだな。そいつなら感情が強く動いていなくても大丈夫そうだ」
ミフユさんではないということですが、もしかしたらその方もミフユさんのお知り合いかもしれません。そう思って、私はその晩、夢でその方と会ってみることにしました。
「じゃあ、今晩はよろしく頼むよ、リン」
ノーリに優しくお願いをされると、胸の奥から充実感が広がっていくのでした。
夢へ入り、ひとまずいつものベンチに腰掛けて、そのお相手――アン、という方のようです――が来るのを待ちます。ノーリから少しだけ話は聞いていますが、実際にお会いしないと、どんな人かはわからないものです。少し緊張しながら、アンさんを待ちました。
すると夢の奥がふわっと光っていきました。これが合図です。光が収まると、そこには私と同じ顔をしながらも、髪型や服装の好みがまるで違う女性が現れました。
勇気を出して、人見知りしないように、私の仕事のスタートです。
「初めまして、アンさん」
「えっ、えっえーっ!? もしかして、あなたがリンさん!?」
「うぇ、私をご存じですなのか、ですか?」
不意を突かれて、私の方が驚いてしまいました。言葉遣いがめちゃくちゃです。
「わーっ、これが夢ってやつなんですね? ミフユさんの言ってた通りだ!」
目の前で、私と同じ顔をした女性はキャッキャッと喜んで辺りを見回しています。なんでしょう、なんだか苦手です。特に顔が。
「み、ミフユさんから、私たちの話を聞かれていたんですか?」
「あ、はい! お姉さんに、あなたたちの夢を見たってこの前話してくれて、お姉さんがミフユさんと私の記憶データを確認して、信じるしかないってなって! だから私、会ってみたかったんです! リンさん!」
私自身、交友範囲はかなり狭い方だと自覚はしていたのですが、正直元気過ぎる方は私とテンションが釣り合わなくて困ります。ですが、大切な方に違いありません。ちゃんとしなくては。
「そうなんですね、なら説明が省けてこちらもありがたいです。ちなみに、ここに来る前に何か別の夢は見ませんでしたか?」
ミフユさんは少し申し訳ないくらい残酷な夢を見ていました。感情が強く動いている時に見る夢は自動生成されるらしく、私もそれを見ながらミフユさんを待っていたものです。ですが今回は――。
「? いえ、見てないです。あれー? 見てた方が良かったですか?」
「いえいえ、どちらでも結構です。なら、そうですね、良かったら何か別のお話しでもしませんか?」
「いいんですか? あのあの、私、いろいろ聞きたいことがあって!」
「ぜひ。できる限りお答えします」
「やった! じゃあじゃあ、リンさんって、生前私のこの体で生きていたんですよね?」
そこから私たちはしばらくお話しをしました。
私が生前山小屋で、当時ゼロと名乗っていたノーリと2人暮らしをしていたこと。令さんに伝えられるまでは自分が本物の人間だと思い込んでいたこと。自分の存在の基礎から崩れ去った後に酷いエラーを吐き出して彼を殺してしまったこと。
「それでそれで、亡くなった後、死後の世界、っていうところにいるんですよね? そこではどんな暮らしをしているんですか? ノーリさんとはどうやって再会したんですか?」
「ごめんなさい、そこについてはお話しできないんです。本当は、私たちの世界の情報が、現実に生きる方々に知られてしまうことは、あってはならないんです」
「そうなんですか……。え、じゃあ、今私たちがこうしてお話ししているのも、本当はダメなことなんですか?」
「そうなります。こうしてお話しする機会を使って、今後どんなことをしていくべきか、私たちも少し考えているところです。なので、今時点ではお話しできる内容にどうしても制限がある、と言いますか……」
「そっかあ、変なこときいちゃってごめんなさい。じゃあじゃあ、今度は私から話しますね! えっとねー」
一応、ノーリからは生前の情報までは話していいと言われていたので、少々危なかったですね。アンさんが物分かりの良い方で安心しました。
「それでは、ミフユさんが今どうしているのか、教えていただけませんか?」
今回、もしアンさんがミフユさんと交流がある方だった時に、一番訊きたかったことです。
「元気ですよ! 目立は解雇されちゃったし、今はお姉さんにこの夢の話をしたので再派遣もできなくなっちゃったんですけど、私やお姉さんと一緒に、リンさんやノーリさんと交流する方法を探しているところです! これ、どうやって夢作ってるんですか? あ、それも死後の世界の情報になっちゃうか」
「すみません」
「いえ、謝らないでください! でも、いつかこちらからお話しできるようになったら、また来てもいいですか?」
「それは、ぜひお願いします。令さんやミフユさんにもよろしくお伝えください。今日ノーリから預かっていた言伝の内容が、『現実世界から私たちへの干渉ルートを研究して欲しい』ということだったんですが、こちらからお願いする必要もなかったみたいですね」
「すごい! お姉さんとノーリさん、以心伝心ってやつですかね? 2人は仲が良かったみたいなので、私も2人が話しているところを見てみたいなあ。あ、その言伝は一応お姉さんに伝えておきますね!」
「よろしくお願いします」
ちょうど、そのタイミングで夢の奥がまた光り出した。
「今日はここまでのようです。アンさん、ぜひまた今度お話ししましょう」
☆
「おかえり、リン」
「……っ疲れましたぁぁぁぁ」
「どうした、アンって子、そんな変な子だったのか?」
「いえ、とても良い方でした。でも、何と言いますか、苦手というか、うるさいというか、その顔で何を言っているんだ、という気になってしまって……」
そう言うと、ノーリが突然噴き出しました。
「なんだそれ。そうか、自分と同じ顔なのに、全然キャラが違ったから戸惑ってたのか。それは大変だったなあ。お疲れ様」
「知った風に話さないでください……」
ノーリが差し出してくれたハーブティーを一口飲みながら、私は毛布にくるまりました。
☆
異変が生じたのはその翌日のことでした。
ノーリの元へお茶を運ぼうとしたら、急に右手がぐわんと上に上がってしまいました。ちょうど、棚の上の段に手を伸ばしているかのような。
もちろんお茶は床に零れてしまいました。
★★令★★
アンから「夢」を見たと報告があった翌日、アンに異変が生じた。
「あれっ、あれー?」
アンの声を聞いて振り返ると、アンが壁に向かって歩いていき、壁にぶつかった後もそのまま壁に向かって歩き続けていた。
しばらくしたら落ち着いたようで、またこちらへと戻ってきた。
「なんか、体が勝手に……!」
念のため身体に異常がないか検査に出すことにした。AIを搭載するための身体を生産する部門へ急遽連絡を入れながら、私は「どうせ何も異常は見つからないだろうな」と思っていた。
昨日「夢」を見たことと関係があるような気がしてならない。
検査を終えて戻ってきたアンは、浮かない顔をしていた。
「何も異常はなかったそうです……」
「でしょうね」
「えー、でしょうねって!」
「タイミング的に、あなたが夢を見たことと関係があると思うわ。今回の検査はそのことの状況証拠を増やしたかっただけなの」
「ぶー」
アンが徐々に甘えん坊らしい言葉遣いを覚え始めていることにも若干の危機感を覚えつつ、研究作業に戻った。
★
私の研究は一向に捗らなかった。「死後の世界」なんてどうやってその存在を特定すれば良いのか。仮説を立てようにも、最初は何も思いつかなかった。とりあえず、と思い、死後の世界について記述のある神話や各宗教の「死後の世界」観に関する書籍を読み漁ったものの、結局それが現実世界とは別の場所に存在し、どうにかすればお互いに干渉可能であることを仄めかすような記述は見当たらなかった。
ただ、少し気になったのは、ノーリが干渉してくるのが、「夢」という手段であること、それから、最初にアンが彼らを見かけたとき、アンにしかその姿が見えていなかったということだ。
前者は、神話や昔話ではよくある、「夢で啓示を得た」話と似た干渉経路で、後者はスピリチュアルな界隈が幽霊を視認するときの見え方に近い。彼らは証明こそできないものの、確かにその目で干渉を受けていたのかもしれない。
そうであるとすれば、やはり死後の世界との干渉の肝は、「知覚」ということになる。干渉される人の視野や脳内に直接働きかけることで干渉が成功しているのだとすれば、死後の世界は個々人の脳にこそ存在するのかもしれない。
「なによ、それ」
自分でここまで考えてみて、自分の頭がおかしくなったような徒労感に襲われた。人間の脳ならまだ解明されていないことが多々あるとはいえ、アンやミフユの脳というのは自分が開発したソフトウェアに過ぎない。人間の脳ほど複雑には出来ていないし、開発した張本人の知らない機能の存在など考えにくかった。
そんなことをぐるぐると思い悩んでいる間にも、アンは自身の身体の制御不能に陥ることが時々あった。もう何度もお茶をこぼしたり、壁に突進したりしている。
研究も進まなければ、アンの調子もおかしい。最近では、時折激しい頭痛に襲われることも増えてきたといい、よく横になっている。今の研究が進んで、ノーリと接触できれば、アンの状態異常を回復する方法を見つけられるかもしれない。そう信じて前に進むしかない。私は自分にそう言い聞かせ、日夜研究に励んでいた。
☆☆リン☆☆
最近では激しい頭痛に襲われるようにもなりました。急に脳みそが締め付けられるような痛みに襲われて、その間視界もなんだかおかしくなります。ノーリの研究室にいるはずなのに、一瞬だけ全く違う光景が映ることがあるのです。時にはlog社内らしいどこかの部屋の中。また時には、知らない人の家の中で、PCの画面の向こうで男女がデートをしているシーンを凝視している瞬間。
私はどうしても起きていられず、横になる機会が増えてきました。ノーリは、アンさんと干渉したのが何かいけなかったのかもしれない、申し訳ないと謝ってくれました。ですが、どうしたらこの不調が治るのかは、なかなか難しい問題のようでした。
ノーリが街へ買い出しに出ている間、私が頭痛で寝ていると、山小屋に訪問客がありました。ここに訪ねてくる人は、基本的に岩井さんしかいないのですが、岩井さんが来るときは必ず事前に連絡をくれます。
誰だろうと思いながら出ると、そこにはスーツが張り裂けんばかりの体格の男性が複数人いました。
「突然訪ねてしまい申し訳ありません。私、高天原開発公社の近藤と言います。ノーリさんはご在宅でしょうか?」
男性はそういって名刺を差し出してきました。
「いえ、今は出ていますが……」
「そうですか。何時ごろお戻りになるかわかりますか?」
「夜には、と思いますけれど、どうかしましたか?」
「いえ、ちょっとお話があったのですが……では、また後程お伺いします」
何だったのでしょうか。不思議に思いながら、私は再び寝ようとしたところ、不意に岩井さんからの電話が鳴りました。
「今山小屋に誰か来ませんでしたか?」
なんだか少し焦ったご様子です。
「ああ、珍しいもので、高天原開発公社とかいう方がいらっしゃいました。この辺の土地を収用するとか、そういう話でしょうか」
「リンさん、そこにノーリさんは?」
「いえ、今は外出中で……」
「そうですか。仕方ないですね。リンさん、今すぐお迎えに上がりますから、しばらく私のところにいてください。ノーリさんには私から連絡しておきます。何も持たなくていいですから。待っていてくださいね!」
次回予告
死後の世界の存在を信じ、どうにかしてそこへアクセスを試みようと研究に励む令。身体的不調が生じ、休息が多く必要になってしまったリンとアン。リンの不調の原因を探しながら、自らの目的に向かって行動するノーリ。そして、何かに焦りリンとノーリを呼び寄せる岩井。
次回、岩井のもとに呼ばれたリンとノーリは、高天原の統治機構でクーデターが起きたという衝撃の事実を聞かされます。これが彼らの運命にどう影響するのか、次回作もどうかお付き合いいただけますと幸いです。




