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雪壁を解かす

一二月三一日


戸谷(とたに)(ゆう)()にとってなんも面白くない大晦日がやってきた。理由は陸の孤島と言ってもいい、大雪に閉ざされた村にあるおばあちゃんの家で過ごさないといけないからだ。唯一の娯楽と言ってもいいテレビはおばあちゃんが独占している。本当は違うチャンネルでやっている格闘技が見たいのに、映っているのは紅白歌合戦。雄太が知っている歌手もたまに映るが、ほとんどは知らない演歌歌手だ。

雄太の家族は東京に一軒家を建てて暮らしているが、年末年始は毎年、父親の実家であるこの長野県の木島平村(きじまだいらむら)に住むおばあちゃんの家で過ごすのが恒例となっていた。小さい頃は雪だるまを作ったり、かまくらを作ったり、そりで遊んだりしていたものだが、中学生にもなれば、もうそんなことをするのは飽きていた。当然、おばあちゃんの家にインターネットなどなく、さらに山の中にあるからか携帯の電波が届かない。なので娯楽の対象はこのテレビしかないというわけだ。ただ、このド田舎に来なければならない理由が一つだけある。それはお年玉だ。お年玉をもらうためだけにこのド田舎に来ていると言っても過言ではない。だからこそ、今は我慢の時なのだが、この山の中に入ってからはや三日。流石に我慢の限界だった。

「ばあちゃん、テレビ変えていいか?」

「雄太、我慢しなさい」

母親の康子(やすこ)が雄太に言う。

「だって面白くねえんだもん。日テレでやっている番組のほうが面白いって!」

「家で録画しているのだから、帰ってから見ればいいでしょう」

「今面白くないから見たいんだよ!」

「まあまあ康子さん。雄太が見たいものを見ていいんだよ」

話を聞いていたおばあちゃんが、柔らかな笑みを浮かべながら言う。

「やった。ありがとばあちゃん」

テレビリモコンの「4」を押してチャンネルを変えるが、違うテレビ局の番組が映ったのでいろんな番号のボタンを押していく。最終的には「6」のボタンを押すと、日テレの番組が映った。

お笑い芸人がコントをしたり、トークしたりと番組は続いていると、あまり聞きなれない音と共に、ニュース速報のテロップが表示された。

『気象庁、大雪について雪崩等の災害が発生する可能性が高いことを発表。最大限注意するよう呼びかけ』

「雪崩か…道が塞がれなければいいけどなあ」

父親の雄一は心配そうな顔で呟く。おばあちゃんの家は街の中心街から車で三十分と離れた場所にある。そこまでの道は山道であり、車がすれ違いできないほど狭い道だ。雪崩が起きたら当然車は通れないだろう。

「雪崩が起きたら、帰れないの?」

「まあそうだろうなあ。ほんのちょっとだけならどかしていけるかもしれないが、そうでなければ諦めるしかないだろうなあ」

「マジかよ…」

この何にもない田舎にもう数日間閉じ込められるのはキツイ。テレビ番組だって常に面白いのをやっているわけじゃないし、かといって外に出て運動するわけにもいかない。携帯だって繋がらない。どうにか、雪が止んでくれますようにと祈る。小さい頃はあれほど嬉しかった雪が、大人になるにつれ、恨めしいものに変わるとは昔は思わなかった。

立ち上がり、窓を開けて外の様子を見ると一面雪の壁が立ちはだかり、小粒の雪が激しく降り続いていた。


一月一日


目が覚めるとまだ外は暗かった。自分が寝ているこの部屋は時計が無い。携帯は別の部屋に置いているカバンの中に入れっぱなしだ。テレビも無いため時間が全く分からない。もう一度寝ようと布団を被ったとき、雄一に起こされた。

「雄太!起きてちょっと手伝ってくれ!」

「なんだよ。まだ夜じゃないの?」

「夜じゃないんだ。家が雪で埋まってるんだ!」

「え?」


顔を洗い、着替えて外に出ようとすると、玄関前には壮大な雪の壁が出来上がっていた。

「なんだ…これは」

「昨日の夜から降り続いた雪が、屋根から落ちて家が埋まっちゃったんだ」

「埋まった?」

雄太はこれまで何度もこのおばあちゃんの家で年越しをしているが、こんなことは今まで経験したことが無かった。とても現実のこととは思えなかった。しかし、自分の目の前にある玄関の先には雪の壁が立ちはだかり外界と遮断されてしまっている。

「とりあえず、上のほうが明るいからそこから崩していくぞ。手伝ってくれ」

「マジかよ…」

スコップを片手に雄一は壁の上から慎重に雪を崩していく。玄関からちょっと先は崖のようになっており、下に用水路があることから、雪を落とせば水と一緒に流れていくはずである。実際その通りとなり、雪の壁はあっという間に崩れていった。

「よし、ひとまずこれで玄関から出れるようにはなったな。次は家の周りをどんどんやっていこう。雄太、手伝ってくれよ」

「いや、もう俺は休みたいよ」

「頼むよ、男手はお前しかいないんだ」

どのみちこのままでは車までたどり着けず、帰れないのだ。手伝うしかないだろう。

「ああ、わかったよ」


一日がかりでようやく雪の壁は取り払われた。家の中に戻った雄太は畳の上に倒れるように転がった。

「もう無理。動けない…」

「お疲れ様」

見下ろした母親が緑茶をテーブルに置いていく。

「もう残りの時間は自分の好きにさせてくれよ」

「はいはい」

テレビを観ると、またもよくわからない演歌番組が流れていた。これだけ働いたのだから少しは自分の好きにしてもいいと思い、テレビのチャンネルは適当に変え、目についたお笑い番組で止めた。

「雄太はこういうのが好きなんかい?」

「ん?そうだよ」

「そうかいそうかい」

疲れているのもあり、返しが少し適当になる。テレビに映っている芸人コンビはセンターマイクを中心に漫才をしている。ボケに対する突っ込みで片方が思いっきり相方の頭を叩く。必要以上の力で叩くため賛否両論あるコンビだが、雄太が好きな芸人コンビだ。

「なははははは」

「んまっ。ありゃ痛くねえのかい」

しかめ面をしたおばあちゃんがテレビに向かって問いかける。自分に問いかけられたわけではないので無視してテレビを観続ける。

「雄太はこういうのが好きなのかい?」

「ん?ああ」

「何がおもしろいん」

「んー。なんとなくかなー」

それを聞くと、おばあちゃんは再びテレビに目を向けたが再び雄太のほうを見る。

「学校はおもしれえんか」

「え?」

「学校」

「あー。まあまあかな」

「いっぱい友達いるんか?」

「いるよ」

「勉強は難しいんか」

「難しいな」

テレビに集中したいのに、話しかけられるせいで全然集中できない。だが、適当なあしらい方に嫌気が指したのか、それ以降おばあちゃんが話しかけてくることはなかった。


一二月三一日


今年はおばあちゃんの家に行かなかった。今年は受験もあるため、自宅でゆっくりすることにした。というのは建前で、おばあちゃんの家に行くと何も楽しいことが無いからだった。前日までは塾の冬期講習だったため忙しかったが、大晦日とお正月はゆっくりできる予定だ。ただ、お年玉を貰えないというデメリットもある。しかし、雄太はお金よりも自由を選んだ。

今日はずっとテレビを観ている。今まで放送されたバラエティ番組の再放送。お笑い芸人漫才ショー。高校サッカーなどをずっと観ているが、番組と番組の合間に放送されるニュースでやっている天気予報が気にかかっていた。天気予報によると、おばあちゃんの家がある地方は大雪だ。昨年、玄関を開けたときに見た、聳え立つ雪の壁を思い出す。今回、両親は揃っておばあちゃんの家に行っているが大丈夫だろうか。昨年のように朝起きたら雪の壁で覆われている、みたいなことがあればまた大変である。なにせ今年は雄太がいないのだ。雄一一人でその壁を崩さなければならない。仮に一人でやっているときに、屋根から雪が落ちてきたりして、雪に埋もれて死んでしまうようなことがないといいのだが。そして、おばあちゃんも心配で外を見に来ようとするだろう。そのおばあちゃんが、雪に潰されることがなければいい。雄一も心配だが、それ以上に年寄りであるおばあちゃんのことが心配だった。最近の話を聞くと、認知症っぽい症状が出ているらしく、それが余計に心配させる原因となっていた。

「電話してみようか」

固定電話の受話器を上げ、おばあちゃんの家の電話番号を順番にプッシュしていく。数回のコール音が鳴ったのち、電話に出たのは母だった。

「もしもし?」

「ああ、母さんか。雄太だけど」

「あら、どうしたの?」

「ああ。そっちの天気はどうかなと思って」

「天気は悪いね。お父さんはずっと雪かきしてるよ」

「やっぱりそうか。雪は多いってことだよね。どれくらい積もってるの?」

「そうだねえ。2,3メートルくらいはあるね。あ、おばあちゃんに代わるね」

「え?いいよ別に」

そういったときにはすでに、受話器を渡す音がした。

「もしもし?雄太かい?」

「ああ、そうだよ」

「元気かい?」

「ああ、元気だよ」

「寒くねえかい?」

「寒いことは寒いけど。まあ大丈夫だよ」

「そうかい。こっちはえらく寒いよ。風邪ひかないか心配だよ」

しばらくおばあちゃんが話したいことを、適当な相槌を打ちながら聞いていたが、自信がした質問を忘れているのか、何度も何度も同じことを聞いてくるせいでだんだんめんどくさくなってきた。なんとかして、会話を無理矢理終わらせることにした。

「そろそろ勉強しないといけないから切るね」

「そうか、勉強は大変だな。頑張ってな」

電話を切ると、ちょっとした疲れを感じた。去年もそう思ったが、おばあちゃんとの会話は疲れる。それと同時に少し苦々しい罪悪感を感じる。理由はよくわかる。おばあちゃん孝行しないといけないという気持ちがある中で、自分の都合を優先してしまったからだろう。しかし、今となってはどうしようもない。だが、モヤモヤした気持ちは消えない。

「昼寝でもするか」

気持ちを落ち着けるために少し寝ることにした。


目を開けると雄太は畳の上に立っていた。周りは真っ白でかつキラキラした壁。よく見るとそれは雪の壁だった。雪の結晶に光が当たり、キラキラ輝いて見えるのだ。昨年も見た雪の壁。自分の身長の二倍はあるであろう雪の壁。そして囲まれた雪の壁には自分しかいない。

「ここは、どこだ?」

よく見ると、雪の壁には小さな小窓が付いている。丁度自分の顔くらいのサイズの小窓だ。その小窓は光っており、どうやら外を覗くことが出来そうだった。窓に近づいて外の様子を見る。


いや、気付けば自分は窓の前にいた。


窓の外を見るとそこは外ではなく、畳の部屋に薪ストーブが置いてあるどこかで見た部屋の中だった。それはおばあちゃんの家によく似ていた。確かめるために、周りを見渡したいが、小窓が小さいうえに、自分の首や目は思い通りに動いてくれない。

すると、おばあちゃんが部屋に入ってきた。おばあちゃんはこちらのほうをちらりと見た気がしたが、何も話しかけてはこなかった。おばあちゃんはこたつに入り、老眼鏡をかけながら新聞を読んでいるようだった。すると突然、何かを思い出したかのように、おばあちゃんは部屋から出て行った。すると、なぜか窓の風景は部屋の中から、外の風景へと切り替わる。雪は止んでいるが青空ではない。曇り空の中、外をおばあちゃんが歩いている。

「なにしているんだろう」

すると突然、大きな音と共に窓が真っ暗になる。まるで雪の塊が窓の前に降って、窓をふさいでしまったかのように。

「…!」

おばあちゃんを呼ぼうとしたが、声が出ない。おばあちゃんは無事なのか。

「…!…!」

口を大きく開けるが、声は出ない。うめき声に近いような声が出ている気がする。こうなったら雪の壁を壊して向こう側に行くしかない。雄太は夢中で雪の壁を削り出した。しかし、雪の壁は壊れない。全く削れない。そして、視界は次第に暗くなる。


「…っはあ!」

目が覚めるとそこは自宅のソファだった。そうだ自分は昼寝をしていたのだ。どうやら夢を見ていたらしい。いま見た風景が現実ではなくてホッとすると同時に、現実における両親とおばあちゃんが心配になった。だが、昼寝前に電話したばかりで、もう一度電話して安否を確かめるのは思春期の雄太にとっては恥ずかしい思いだった。


一月一日


除夜の鐘が街に鳴り響く。その音が鳴り終わると同時におばあちゃんの家に電話をかけた。電話を取ったのは父だった。

「もしもし?雄太か」

「ああ、そうだよ」

「明けましておめでとう」

「おめでとう。おばあちゃんいる?」

「いるが、もう寝てるよ」

「そっか」

「なんだ。挨拶しに電話かけてきたのか」

「一応、そうだよ」

「そうかそうか。良いことだ。明日また、朝に電話して言えばいい」

「そうだね。そうするよ」


朝起きて、再びおばあちゃんの家に電話をかけた。

「おばあちゃん。明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今日は塾無いんか?」

「今日は塾無いよ。明日からまた行くけど」

「そうかそうか。勉強は面白くねえかもしれねえけど、頑張れ」

「うん。頑張るよ。ありがとう」

「ああ頑張れ」

「なあ、ばあちゃん」

「ん?」

「入学式、よかったら来てくれよな」

「ああ。行くよ」

短い会話だったが、会話ができただけでも良かったと雄太はこの時思った。そしてこの時、雄太の中にあったモヤモヤは解けてなくなった。


四月七日

「撮るわよー」

康子の構えたカメラが、『入学式』の看板と雄太を写す。

「おばあちゃん、来れなくて残念ね」

「まあ…しょうがないよ」

おばあちゃんは雪解けが始まったころ、認知症の症状が悪化し老人ホームに入っていた。たまに老人ホームから一時帰宅という形でおばあちゃんの家に戻っていたりするらしいが、さすがに遠出とはいかなかった。

「写真はおばあちゃんに後で送っておくね」

「ああ」

「おばあちゃん。ずっと楽しみにしてたんだけどね。お正月の時ずっと気にしてたのよ。『雄太受験大丈夫か』とか『難しいんじゃねえんか』とかずっと言ってたわ」

「そうなのか」

「ええ。だから合格したって聞いたときはすごく喜んでたわ。認知症のせいで、どこか会話が噛み合わない部分はあったけどね」

「そっか」

「まあでも雄太のことはよく覚えているみたいよ。やっぱり初孫だからかな。『雄太は元気か』とか、『学校でいじめられていないか』とかね」

「次会ったときは、大丈夫だって言ってやらねえとな」

「そうね。元気な姿を見せてあげるのが一番よ」


一二月三一日


「ということが昔あったんだよ。それ以来、できる限り会えるうちに会っておこうという気持ちになって、親が田舎に行く時は出来る限り一緒に行っていたよ」

「へー」

「いつでも会えると思っていた人と、急に会えなくなることだってある。だから、できるだけ会えるうちに会っておく。話せるうちに話しておいたほうがいいぞ」

「うん、わかった!」

「本当にわかったのか?」

「うん!だって、会わないとお年玉はもらえないからね!」

「なるほどな」

雄太は苦笑いする。

「こうやって、今はコロナが流行っているからなかなかおじいちゃんとおばあちゃんには会えないけど、コロナが落ち着いたら、また会いに行くぞ」

「うん。僕も行くー!」

「ああ。みんなでまた、美味しいもの食べに行こう。んで、来年はちゃんとお年玉もらうんだぞ」

「うん!お年玉楽しみー!あれ?今回はお年玉もらえないのかな?」

「ああ。お年玉はもうお父さんがもらっているよ。明日になったら渡してあげよう。何か買うのか?」

「んーとね。僕、NintendoSwitchの桃太郎電鉄がほしいの!」

「わかった。じゃあ、明日か明後日にお年玉もって買いに行くぞ」

「うん!」

雄平は笑顔で雄太に応えた。


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