最終回・カウントブレイク
アインダークの声に反応する様に、魔水晶の間の扉が開かれた。
ようやっと、全員がビリーの待つダンジョン最深部の奥。
魔族の意志のある魔水晶の間に到達した。
アインダークがクラマリオを立たせて扉のアーチを潜る、そこにはビリーが立っていた。
アインダークが数歩前に出て、水晶球を持ったビリーを見つめる。
後ろにはこの迷宮の魔水晶が浮かび、その下には【睥睨の迷宮】で手に入れた魔水晶が転がっていた。
「ようやっと会えたな、分かったよ。 いや、分かってたんだ。 お前がこのパーティに必要だってことはな」
苦虫を噛み潰したような顔でアインダークがビリーの目を直視せずに腰に手を当てて何も無い床に視線を泳がせながら呟いた。
「いい顔だねアインダーク、ざまぁない」
ビリーが可笑しそうに笑った。
「でも、酷いじゃない。 こんな大掛かりな仕掛けまで作るなんて、アタシ達に分からせる為って言っても。 少しは痛い目にあってもらうわよ? 覚悟はいい?」
マナルキッシュはいたずらっぽく笑って、拗ねたような口調でビリーに言った。
ビリーは目を伏せた。
「覚悟か、覚悟ならようやっとついたよ」
そのビリーの口調にマナルキッシュは妙な感覚を覚えて訝しげに眉根を寄せた。
「悪いね皆、僕はパーティに、銀色の風に復帰する事は出来ない」
そう言うと、ゆっくりとビリーは手のひらを上に向けた、すると手のひらの上に禍々しい砂時計が浮かび上がった。
今にも砂は全てが下に落ち切ろうとしていた。
「なに、それ?」
回生の女神であるマナルキッシュはソレを見てなにかはすぐにわかった、だが、認められなかったのだ。
何故ならそれは・・・
「死の宣告、死霊術師が使う呪詛の最高峰だ。 もう、僕の命は尽きかけている」
その場の全員が言葉を失った。
マナルキッシュは力なく、その場にペタンと座り込んだ。
「睥睨の迷宮でベヒーモスにブラインを掛けるのに集中している最中にやられたんだ、我ながら呆れたよ。 こんな、掛けるのに長ったらしい呪詛を詠唱しなくちゃならない呪いを真後ろでやられて、かけられるまで全く気付かなかったなんてね」
「あの時かっ! お前がブラインを途中で切った、お前にしちゃ珍しいミスだと・・・」
思ったのをアインダークは思い出した、あの激戦の最中。
一瞬だが、ビリーの掛けるブラインが解けた。 そのせいで前衛のクーリーンが死にかけ、喧嘩に発展したのを思い口を噤んだ。
あの喧嘩のせいでビリーは腹いせにこんな大掛かりな仕返しを思いついたんだと思っていた。
「あぁ、悪かったね。 あのミスは僕もかなりヒヤッとしたよ。 でも、今なら分かってくれるだろ? 死刑宣告を受けた直後だったんだ、そりゃ、ミスの一つもするさ。 そうだろ?」
ビリーがまるで他人事のように肩を竦めて喋る。
彼の受けた呪詛は“死の宣告”。
それを受けてしまったが最後、解呪の方法は無く、手のひらを上に向けた時に浮かび上がる砂時計が落ち切る迄の命。
時間は七日間。
絶体絶命、最悪の呪詛である。
「なんで、そんな、平気そうな顔してんのよ、なんでそんな風に喋ってんのよっ!!」
マナルキッシュが涙を流して叫ぶ、その顔を、まるで娘の駄々を見て困ったような、それでも愛情に溢れた優しい表情でビリーは見つめた。
「あぁ、言ったろ? やっと覚悟が出来たって」
そう言うとビリーは一人一人の顔をゆっくり見つめた。
「悔しいけどな、もう、僕なんかいなくてもこのパーティは大陸最高の、いや、史上最高のパーティだ」
そう言ってまたクスクスと笑う。
「いやぁ、我ながら本当に上手くやったと思うよ。 死が間近に迫ると人間って頭が冴えるのかな」
ビリーは重戦士バラックの顔を見つめた。
「バラック」
「・・・む」
バラックは状況に頭がついていかず、短くそう応えた。
「君は最高の重戦士だ、君よりタフな重戦士を僕は知らない」
「む、あぁ、そうか、そうだな。 そうかもしれない」
ビリーが自分にかけた言葉に感謝をすればいいのか、謙遜すればいいのか、バラックはどっち付かずの肯定をしどろもどろに繰り返した。
「だけど、もう分かったよな? 耐久力も然る事乍ら、凄まじいレジスト耐性。 でも、それを過信しすぎて余計な攻撃を受け過ぎるし、見て分かるような相手の付与攻撃も真っ向から受ける。 それが悪い癖だ、君が倒れたら前線は一気に崩壊するんだ。 これからは仲間だけじゃなくて自分も護るんだ、いいね?」
「む、肝に銘じておこう」
バラックは何も反論せずに、ビリーの言葉を受け止めた。
「クーリーン」
ビリーはクーリーンの方を向いた、その口調は少し説教臭いようにも聞こえる。
「な、なにさ」
「わかったろ? なんでも得意のスピードで強引にどうにかしようとするのが君の直すべき病気だ、機動性と凄まじいスピードはいつでも仲間のピンチを救ってくれた。だけど、君はスピードで無理矢理に動きすぎなんだ。 アインをよく見るといい、彼は常に3手も5手も先を読んで動いている。 もし、君があの先見眼を掴めればスピードスターどころか、テレポーターって呼ばれるだろうな。 ま、頑張ってくれ」
話しながら、段々とビリーの表情が険しくなっていく。
「分かった・・・ 分かったよ・・・・・・ 分かったからさぁ、どうにかなんないの? それ」
クーリーンは涙を流しながらビリーの手のひらの上に浮かぶ砂時計を指さした。
ビリーは力なく「ふっ」と鼻で笑って視線をクラマリオに向ける。
「クラマリオ」
「、、はい」
クラマリオが囁くような声で応えた。
「君は当世至高の魔法使いに違いない、だけど、上には上がいる。 その代表格が魔族だ。 ま、もう滅んでるけどね。 アインの持つ喋る魔法剣には魔族が宿っているらしい、普段、アインが使っていればアイン自身の魔力が少ないからあまり分からないが。 マナや君が使えばその力は君の魔法を軽く凌駕する。 君は少し自分の力を過信している所があったからね、アインのお喋りな魔法剣に協力してもらったんだ」
アインダークとマナルキッシュが皆に合流する前に聞いたビリーからの伝言。
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〈アインダーク、とうとう君の闘気は鋼鉄を斬り裂いたんだね。 おめでとう、この転移の魔法陣の先で最後の戦いだ、相手はクラマリオ。 でも、戦うのは君達じゃない。 君の喋る魔法剣に人肌脱いで貰いたいんだ〉
〈クラマリオは何処か、自分の魔法の腕に過信してる所があるからね。 その鼻っ柱をへし折って欲しい、それが出来るのはセカンドのプリムブレード、シゼルさん以外にいない。 お願い出来ないかな?〉
〈魔法使いに使われるのが嫌いなのは知っているけれど、アインの魔力の軽く100倍はあるマナが使えばクラマリオは手も足も出ないだろう〉
〈彼は自分よりも優れた魔法使いがいる事を知っておいた方がいい、他にも、彼には課題を与えているし、発破も掛けといたからいい薬になる筈だ〉
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プリムブレードは最初、マナルキッシュに使われるのを渋ったが、最後には承諾した。
「もう一度言おう、君は優れた魔法使いだ。 それは間違いない。それと、もっと自分の意見を言うんだ。 周りに流されるんじゃなく、君もしっかりと意見を言え。 君がこの先、このパーティのブレーキにならないといけない。 大丈夫、君の状況判断は間違ったことがない」
「・・・・・・はい"」
クラマリオはボロボロと涙を流しながら絞り出すように応えた。
「少し、君には辛い課題だったね。 すまなかった。 僕は君に何も恨みなんて無いよ、このパーティで1番ウマが合ったのは君だ。 君が加入してくれて良かった」
満足気に頷いたビリーは地面に膝をついた。
「ビリー!!」
いち早く駆け寄ったマナルキッシュが倒れそうになったビリーの体を支える。
ビリーの体は驚く程に冷たくなっていた、その冷たさにまたマナルキッシュが涙を流した。
同じく駆け寄ったアインダークもビリーの背中を支える。
「アインダーク」
「なんだよ、俺にも説教か?」
アインダークは感情を押し殺したような声で軽口を叩いた。
「あぁ、そうだ。 最後なんだからちゃんと聞けよ?」
ビリーがニヤリと笑う。
「ちっ、聞いといてやるよ」
口の端を少し上げてアインダークが応じる。
「僕の代わりに、マナを頼む」
アインダークの顔がくしゃくしゃになった。
「クソッタレが、もうちっとマシな事は言えねぇのかよ」
アインダークはそれ以上、何も言えなくなった。
「マナ」
「嫌よ、聞きたくない」
ビリーは優しくマナルキッシュの頬を撫でる。
「マナ、君ほど的確な癒しの魔法を使える人はこの先も現れないだろう。 生涯、君を護り続けたかった。 それももう、出来そうにない。 ゴメンよ。 愛してた、アインダーク、マナをよろしく頼む。 君がマナに惚れてるのは知ってるんだ。 マナは僕と君の両方が好きだった。 それも気付いてたよ、ただ、僕の方が先にマナに出会えただけの話だ。 君の嫉妬はウザくて仕方なかったけど、それでも、マナの幸せを思って身を引いていたのは気づいてたからね。 それがあったから我慢出来た。 多分、優越感かな。 僕も結構いい性格してると思うよ」
ビリーは「ふふっ」と口角を上げて笑った。
手のひらの砂時計は最後の1粒を落とそうと無常に砂を下へ下へと運んでいる。
その最後は、もうすぐそこへと迫っていた。
「クーリーン、マナは年の近い同性は苦手なんだ。 君が歩み寄ってやってくれ・・・ その、それと」
「もういいんだ、何も言わなくていいよ。 悪かったねビリー、その、色々とさ。 マナとは仲良くするから大丈夫だよ」
ビリーはクーリーンからその言葉を聞いて安心した顔になった。
「君達とパーティを組めて良かった、元々、僕なんか必要無いようなパーティだ。 死ぬのが僕で良かったよ、僕の代わりなら君達が補いあえる。 だけど、君達の代わりはどこにもいない」
「ビリー、俺は・・・」
アインダークが頭を抱えて言葉を探すが、見つからない。
「アインダーク、僕の夢はね、最強の難易度を誇るSクラスの、最上位迷宮を踏破する事だったんだ。 だけど、中位迷宮に入ってすぐに気付いた。 自分じゃ力不足だってね」
ビリーは何も無い天井を見上げながら涙を流していた。
「そして、このパーティでも不可能だと分かった」
息をついでビリーが続ける。
「前回の睥睨の迷宮を踏破出来たのは運が良かった、だが、上位迷宮と中位迷宮の差を考えると最上位迷宮は今の君達でも踏破は不可能だ」
荒い息をついてビリーが言葉を繋ぐ。
「アインダーク、史上最初のSクラスに上がり、最上位迷宮に挑むつもりなら、ヴォルネシアという国の赤髪の女将校をパーティに入れるといいだろう。 もしも、最上位迷宮を踏破したいなら彼女の力を借りればあるいは可能かもしれない」
「ビリー、お前は死に際にそんな事しか無いのか?」
アインダークがビリーの肩を掴んで力無く呟いた。
「はは、未練が無いと言えば嘘になる。 その未練を託せるとしたら、僕には君達しかいない。 そんな事か、確かに、僕にとっては迷宮が全てだ。 知ってるかい? 魔法使いの素養のある者は皆、すべからく元魔族だった人間の血が流れているそうだ。 僕が迷宮に魅了されたのは、きっと、魔族の意志が僕を呼んでるんだろう。 ・・・ あぁ、どうしても、5つの魔王が遺した魔水晶をこの目で見たかったなぁ・・・」
一筋の涙を流してビリーは事切れた。
シルバーウィンドの面々はビリーの亡骸をその場で荼毘にふした。
彼等はその後、史上最初のSクラスの冒険者パーティとなり、世界に5つ存在する最上位迷宮に挑む事となる。
〜[完]〜




