0092 物件探し
十号室の四人が、アバリー村の依頼を終え、ルンの街に戻ってきた翌日のお昼。
涼は、久しぶりに『飽食亭』でセーラと、カレーを食べた。
そして、セーラは領主館に帰り、涼は『黄金の波亭』に向かう。
(アベルにはいくつか貸しがあったはず。例えばダンジョンで一週間分奢ってくれると約束した晩御飯……まだ一回も奢ってもらってないし。そうそう、ウィットナッシュでアベルの顔を立てて、あの火魔法使いを氷漬けにするのを止めたわけだし。うん、これは何としても手伝ってもらわないといけませんね!)
時間は午後二時。
黄金の波亭で昼食を食べていた人々も、さすがにほとんどいなくなっていた。
そんな中に、食堂のイスに座って本を読んでいるB級剣士が一人。
受付で呼び出してもらおうかと思っていた涼にしてみれば、なんとも都合のいい展開である。
「アベル、貸しているものを返してもらいに来ました」
「んお? なんだリョウか。驚かすなよ。っていうか、貸しているものって……何か借りてたっけ?」
「ダンジョンで、僕に一週間くらい晩御飯を奢ってやると約束してくれました」
「!」
素で忘れていたらしいアベル。
「も、もももももももちろん忘れていたわけじゃないぞ。リョウが忙しそうだったから、声をかけるタイミングを失っていただけだぞ。ホントだぞ」
「はぁ……」
アベルの言い訳を聞いて、涼はわざとらしく溜息をついた。
そしてアベルの向かいに座った。
「一週間分の晩御飯の替わりに、手伝ってほしいことがあるんです」
「え……な、何かな? そっちの方が大変そうな気がするのだけど……」
涼の申し出に、戦々恐々といった感じでアベルは問い返す。
「実は、うちのルームメイトのニルスとエトが、冒険者登録してから三百日が近付いて来て、近々宿舎を出ることになったんです。それで家を買うことにしたらしいんですが、それにアモンもついて宿舎を出ると。だから、僕もそのタイミングで宿舎を出て、一人暮らしをしようと思いまして……」
「リョウは、三人とは一緒に住まないのか?」
「ええ。魔法とか錬金術の実験をたくさんしたいので、広い庭のある家に住みたいんです」
「もしかして、例の魔石のお金、いくらか入ってきたのか?」
涼の言葉に、アベルは思い出したように言った。
「今朝確認したら、二個目が売れたっぽい金額が入ってましたよ」
「なるほど。一個はすぐに領主館が買い取ったから、さらにどこかに売れたわけか……。ギルマスは、さすがやり手だな」
アベルは何度も頷いた。
「それで、家を探すのにアベルに手伝ってもらおうと思って、今日は来たんですよ」
「そうか。そういうことなら任せろ」
なんといっても、アベルはルンの街の顔である。
冒険者の中での圧倒的な人気は当然として、数少ないB級冒険者として、街の人間にもよく知られた存在なのだ。
そんな人物にサポートしてもらえば、騙されることも少ないだろうし、そもそもアベルが紹介してくれる不動産屋なら信頼できるであろうと思ってやってきたのであるが……。
「土地や建物は、冒険者ギルドでも取り扱っているぞ?」
冒険者ギルドには不動産部門もあるらしい……。
結局、二人は冒険者ギルドに移動することになった。
「まさかギルドでも取り扱っているなんて……」
「ギルドが独占取り扱いの物件すらあるらしいからな。まあ、空き家の売買や賃貸物件は、現実問題として冒険者が買ったり借りたりすることが多いんだ。多分、宿舎に入っていられるのを三百日までにしているのも、その辺が関係してるんじゃないかな」
「汚い! 大人って汚い!」
アベルのありそうな推論に、涼は何度も首を振りながら言うのであった。
「あ、でもアベルたちみたいに、賃貸や購入とかしないで、宿に居座ってるパーティーもいますよね」
「居座るって……ちゃんと正規の料金は払っているんだが。まあ、こう言っちゃなんだが、B級でそれなりに高い報酬を手にしているからこそできるとも言える」
現代地球で、高級ホテルの最上階に住みついていた社長たちみたいなものだろう……。
涼は勝手にそう推測した。
掃除洗濯などをすべて宿側がやってくれるし、飲み物や軽食の類も注文すればすぐに部屋に持って来てくれるとなれば……確かに快適な生活を送ることは出来そうである。
お金さえあれば!
「リョウも宿に住めば……って、実験とかするから庭の広い家が必要って言ったっけ……」
「ええ。こういう場合の定番として、ある程度のお金を出せば、古い貴族の屋敷とか、呪われた貴族の屋敷みたいなのを格安で購入できます……そんな展開があると思うのですよ」
「なんだよ定番とか展開って……」
涼がラノベ的王道展開への期待を言葉にすると、アベルには通じていない様であった。
まあ当然である。
「リョウ、言いにくいが、それはないと思うぞ……」
「え?」
「申し訳ございません。たとえアベルさんのご紹介でも、貴族の屋敷は貴族位を持つ方しかご購入いただけません」
「え……」
「まあ、そういうことだ」
冒険者ギルド不動産部門の部門長リプレート自らが応対してくれたのだが……涼に突き付けられた現実は悲劇的なものであった。
「じゃあ、僕の広い庭は……」
「いや、まだリョウの広い庭じゃないだろ。リプレートさん、リョウが必要としている家は、とにかく庭の広い家なんだ。魔法や錬金術の実験をするための。こいつは金持ちだから、ある程度までの出費は大丈夫だ」
そこまで言う必要があるのか、つけ込まれるんじゃないか、と涼は思った。
「アベル、それは……」
「大丈夫だ。リプレートさんはギルド一、真面目な職員さんだ。必要な情報を全部伝えたほうが、本当にお前に合った物件を見つけてくれるぞ」
人気者であるアベルにそこまで言われて、部門長リプレートも意気に感じたようである。
嬉しそうに大きく頷いて言った。
「なるほど。しかし……今、手元にある物件の中には、リョウさんの条件に合うものはないですね……。どうでしょう、一日だけ待ってもらえませんか? うちに集まってきていない物件、あるいは新しく出たばかりの物件など、市中の不動産屋に当たって、集めてきますので。明日の午後、もう一度来ていただくわけにはいかないでしょうか?」
そう言った部門長リプレートの顔は、真面目一徹、その仕事にプライドを持つ男の顔であった。
そんな顔をする男の頼みである、涼が断るわけがない。
「はい。よろしくお願いします」




