0875 涼対ゾルターンⅠ
「<アイシクルランスシャワー>」
「<焔槍連撃>」
ぶつかり合う、氷と炎の槍。
数千、数万、数十万……文字通り数多の槍が飛び交う。
衝突し、対消滅の光が辺りを染め上げる。
「これは、すごいのぉ……」
それは、離れて見ているロベルト・ピルロの口から漏れた感嘆の言葉。
先代王という立場上、また魔法使いという立場上、多くの魔法砲撃を見てきた。
それこそ、模擬戦、魔物討伐、さらには戦場すらも経験してきた。
数千人規模の魔法使いたちによる砲撃すら見てきたのだ。
しかし、そのいずれよりも威力も密度も上。
たった二人による魔法の応酬がだ。
「暗黒大陸に来たかいがあったわい」
ロベルト・ピルロの顔に浮かぶ感情、それは喜び。
「まさに……この絵を見るためについてきたのじゃからな」
そう、ロベルト・ピルロは、涼やオスカーという中央諸国トップの魔法使いたちの魔法を見るためについてきた。
そして今、それを見ている。
しかもその相手は、伝説の中で名前を聞いたことのあるヴァンパイアの公爵。
本人は、大公を食らいヴァンパイアの大公になったと主張している。
「これほど力ある者同士の戦い、巻き込まれれば儂も死ぬかもしれんな」
笑いながらロベルト・ピルロは言う。
若くしてカピトーネ王国の王位を継ぎ、長く国王として国の舵取りをしてきた。
そんな王位に就いている間であれば、絶対に許されなかったであろう観戦。
もしものことなど、絶対にあってはいけない。
それが王という地位。
だが、今は違う。
実際、両者が放つ魔法の威力によってか、暴風がロベルト・ピルロに吹き付ける。
もちろん、<障壁>で防いではいるが……。
「あの槍の一本でもこちらに向かってくれば、こんな障壁、貫かれるかもしれん」
やはり嬉しそうにそう言い放つロベルト・ピルロ。
もしその場に、王国のイラリオン・バラハやアーサー・ベラシスがいたら「魔法馬鹿め」と言ったであろう。
だが……。
「ふん、イラリオンにアーサー・ベラシス、お主らだって儂と変わらんくせに」
ロベルト・ピルロは知っている。
自分が魔法馬鹿であることを。
同時に、かつて敵同士として戦った王国の老魔法使いたちも同じであることを。
「奴らも、この光景は見たかったであろうな」
「魔法の威力と手数は、ほぼ互角? 打開する必要があるが……当然、この対消滅の光を縫っての……」
ロベルト・ピルロがそう呟いた時、さらに状況が動いた。
ガキンッ。
音高く響く、剣と剣がぶつかる音。
「やはり受けられますか」
「対消滅の光を縫っての近接戦? 古典的な戦闘技法よ」
涼が突っ込んで村雨で打ち下ろし、それをゾルターンがブラッディーソードで受ける。
「そうなのです?」
「最近……と言っても千年前だが、魔法使いは魔法ばかりを放つようになった。だが昔は、魔法使いこそ剣を持ち、近接戦から遠距離戦までその全てをこなしておったものよ」
「まさかの剣士より戦闘狂」
ゾルターンによって明らかにされる、過去の魔法使い戦闘狂物語、それに驚く涼。
「魔法を使えぬ者より、魔法を使う者の方が強い、それは当然であろう?」
「近接戦であっても?」
「当たり前だ」
涼の素朴な疑問に、可哀そうな者を見る目を向けるゾルターン。
そして、言う。
「知らぬのか? 実際にやってみせるのがよいか。<エンチャント>」
「え!」
想定外の魔法が唱えられ、驚く涼。
ゾルターンの剣閃が、さらに鋭くなる。
受ける涼。
「セーラの『風装』なみ!」
涼は知っている。
『風装』は剣の速度なども速くなるが、あれは剣や腕の動きだけを風属性魔法で速めても、うまくいかないということを。
例えば剣を後ろから押しても、それは直進速度が増すだけ。
極端に言えば、体ごと前方に持っていかれる。
それでは、『剣を振る』にはならない。
軸としての移動しない体があってこそ、そこを中心に円運動になって剣が振られるのだ。
だから、軸がぶれないように、そこも風属性魔法で補正しなければいけない。
涼は、だからセーラの『風装』が極めて高度な魔法制御によって成立していることを知っているし、自分を含めた他の者たちが、完全には真似できないというのを理解している。
だが、ゾルターンの<エンチャント>なら、体全体の力や速度が上がるから……。
「『風装』より楽かも」
ゾルターンの、エンチャントによってかさ上げされた攻撃を、さばき切る涼。
「やるではないか筆頭公爵。魔法を使わずに、剣の技だけでしのぐとは。正直驚いたぞ」
「それはどうも自称大公。そういう魔法には慣れていますので」
称賛するゾルターン、セーラとの模擬戦で慣れている涼。
「エンチャントは、武器に魔法属性を載せるものだと思っていました」
「そういう使い方もあるが、我はこっちの方が好きだ」
「いつか、エンチャントに関しても研究したいですね」
「生き残れるのならすればよいだろう」
「つまりゾルターン、あなたに殺されるわけにはいかない理由が一つできました」
「面白い」
笑うゾルターン。
「これでも生き残れるか? <焔槍>」
「<アイシクルランス>」
ガキンッ。
ゾルターンが炎の槍を陽動に、真正面から打ち下ろす。
涼は炎の槍は氷の槍で防いだが、剣は正面から受ける羽目になった。
ゾルターンの方が、力が強い。
体重と風属性魔法で圧をかけるゾルターン。
両手で剣を支える涼。
「このまま斬り潰してやる」
「斬り潰すとか、変な言葉です」
涼が言葉で抵抗する。
もちろん、剣での返しもある。
「<連弾・水>」
「なっ」
剣がぶつかり合った状態から、村雨を発射台にしての水の衝撃波。
吹き飛ぶゾルターン。
当然、その程度でゾルターンが壁や地面に叩きつけられたりはしない。
そんなことは涼だって分かっている。
必要なのは、体勢を崩すこと。
「<アイシクルランスシャワー>」
追撃、無数の氷の槍を浴びせる。
「<障壁>」
ゾルターンの強固な障壁は、聖都でも経験した。
涼の<アイシクルランス>ですら貫けない。
だが……。
「<アバター><ウォータージェットスラスタ>」
「分身だと!」
三体分身からの高速突撃、村雨による斬撃!
バリン。
障壁が割れる。
「<焔霧>」
涼の分身が消滅する。
ガキンッ。
涼の斬撃を、ゾルターンがブラッディーソードで受け止めた。
ジュー……。
涼の体から水が蒸発する音が聞こえる。
「炎の霧ですか。それでアバターを消し去るとは」
「氷の鎧を纏っていたか。消し炭にしてやるつもりだったのだがな」
涼もゾルターンも、相手が展開した技は理解した。
「だとしても、やることは変わりません」
「そうだな。お前を倒すだけだ」
「そっくりそのまま返してやります」
剣を弾き、お互いの距離が広がる。
「<ウォータージェット2048>」
「<障壁乱舞>」
数多生成された水の線に、小さな障壁がぶつかり、対消滅の光を発して双方ともに消滅する。
「水か? 水の線で斬ろうとしたのか? とっさにぶつけたが……そんなことが、できるのか? いや、我の障壁が切り刻まれたということは、できるのだな」
「障壁を大量発生させてウォータージェットにぶつけてくるとは。昔、似たような魔法を展開されましたけど」
「なかなか、やるじゃないか」
「なかなか、やりますね」
ゾルターンも涼も、相手が強いことを認める。
「ですが、ハーグさんが待っています。全力で叩き潰します」
「おう、楽しみだ」
「<アイシクルランスシャワー>」
「それは、さっき見たぞ<障壁>」
(<アイスウォール50層256><アイスバーン>)
ゾルターンに向かって、正面から数えきれない氷の槍が襲い掛かる。
強力な障壁で弾くが、さすがに何度も張り直す羽目になる。
その威力は、さすがのゾルターンも油断できるものではない。
「化物め。だが、結局貫けな……」
空から壁が降ってきた。
はるか上空で生成された氷の壁の群れ。
屋根を圧し潰して、降り注ぐ氷の壁。
そう、壁が降り注ぐという現実では決して遭遇することのない光景。
「クソが……」
ゾルターンが吐き捨てた。
当然、ゾルターンは死なない。
「やっぱり死にませんか」
「当たり前だ」
「それでも、痛かったでしょう?」
「……」
「殺せない相手、死なない相手、でも痛みは感じるらしい……そんな相手に、痛みを与え続けたらどうなるのか。興味がありませんか?」
「今のが、そうだというのか?」
ゾルターンの視線に怒りが混じる。
「序章です。<アイシクルランス>」
「うぐっ」
涼が唱えた瞬間、先に地面に生成されていたアイスバーンから細い氷の槍が生成され、ゾルターンの足を裏から貫いた。
しかも貫いた氷の槍の先が開く。
花が咲くように開いたのだ。
地面生成されている<アイスバーン>と一体となった氷の花が咲いた槍。
ゾルターンの足は貫かれたまま。
足を引き抜けない。
「<ウォータージェットスラスタ>」
動けないゾルターンに向かって、村雨を構えて突進する涼。
「我はヴァンパイアぞ」
涼の村雨は、ゾルターンの首を斬り飛ばすべく横薙ぎ。
しかし、すでに首はない。
いや、上半身がない。
ゾルターンは自らの手で両膝を切断し、自由を確保。
村雨が襲い掛かる瞬間、涼の後方に回っていた。
ザクッ。
ブラッディーソードが、涼の胸を背中から貫く。
貫いた瞬間、ゾルターンは理解した。
「分身か!」
ゾルターンの更に後方から、涼は首を斬り飛ばし、心臓を貫いた。




