0853 ミッション『クレープ探索』
「ハーグさんは凄い人なのです」
涼が力説する。
「前の皇帝に侍従になれと言われて頑張り、西方諸国に行けと言われて頑張り、ルパート陛下が戻ってからは西方諸国と中央諸国を行ったり来たり。しかもあの<転移>というのは、そんな長い距離を移動すると体調を崩すらしいのです。ですがそれでも弱音ひとつ吐かず、帝国のため、帝国臣民のため、頑張ってお仕事をこなしていたのです」
「……」
「自分の子供が大人になる時に、もっと良い国に、帝国臣民の一人として幸せに暮らせるようにと、身を粉にして働いていたのです」
「……」
「それらを支えたのが、カフェ・ローマーのケーキセット! 命を削っての<転移>であっても、あそこのケーキとコーヒーを食せば生き返る……そんな素晴らしいものなのです」
いつの間にか、ハーゲン・ベンダ男爵への称賛から、カフェ・ローマーへの称賛になる涼。
「確かにカフェ・ローマーは美味い」
そこには同意するニルス。
「そんなカフェ・ローマーをこよなく愛するハーグさんが、ケーキとコーヒーを取り上げられてヴァンパイアの獄に繋がれていると思うと、とても悲しいのです」
嘆かわしいと言う表情で何度も首を振る涼。
決して、その気持ちに嘘はない。
ただ……。
「両手にくれーぷを持った姿だと、説得力に欠けるというだけだ」
「姿形など些事、関係ありません。外見ではないのです、大切なのは心です」
「そ、そうだな」
涼の言葉を、結局受け入れるニルス。
確かに、両手にクレープを持っているからといって、涼がハーグの置かれているであろう状況を嘆く気持に嘘はない。
第三者から見たら、どうしてもクレープの方に目が行ってしまうというだけ……。
涼を含めた『十号室』の四人は、鉱石取引所で得られた情報によって失意のうちにスキーズブラズニル号に戻ることになった。
その帰る途中で、ミッションを変更した。
新ミッション『クレープ探索』。
そんな新ミッションは成功した……というより、すぐに、そしていくつもクレープ店は見つかった。
その中から、涼が選んだ……チョコバナナクリームの美味しそうなお店が三つ。
そこで四人が食べ、四人ともが美味いと感じた。
そこで涼は決断した。
「九十個買いましょう」
「……はい?」
「王国騎士団や船員さんたちにあげましょう」
「それはいいね」
涼の考えに同意するエト。
さすがに一店舗で九十個は難しいということで、三十個ずつ三店舗で作ってもらった。
その九十個は、涼の後ろからついてくる<台車>の中に収められている。
今回は珍しく、氷の台車らしく冷やした状態で。
「リンドーを薄く切ったやつだが、これも悪くない」
「モモーという果物らしいんですけど、これも美味しいです」
ニルスやアモンも、いろんな種類に手を出した。
「美味しいけど、私はもうお腹いっぱい」
一人そう言うのは、当然と言うべきかエトだ。
エトは、この四人の中では最も小食と言っていいだろう。
だが涼は知っている。
「三店舗分のチョコバナナクリームと、今手に持っているモモーバナーナミックス……クレープ四個目を食べようとしているからだと思うのです」
「だって、美味しいし」
エトはお腹いっぱいと言いながら、とてもいい笑顔なのだ。
そして涼が指摘した通り、手にはモモーとバナーナを生クリームで絡めたクレープがある……。
ちなみにアモンもモモーの入ったクレープ一個だが……。
「ニルスは、さすが腹ペコ剣士の系譜を継ぐ者。右手にリンドーだけと思いきや、左手にはチョコバナナクリームを持っています」
「おう、そうだぞ。リョウだって両手に持ってるだろうが」
「ニルスと一緒にしないでいただきたい! 僕が左手に持っているのはチョコバナナクリームですが、右手に持っているのはモモーバナーナミックスです!」
「腹ペコ魔法使いなのは確かだな」
涼の主張をかわし、結局同じだと言うニルス。
みんな満足なら、それで良いに違いない。
そんな状態で、涼は『ハーグさん』の素晴らしさを演説していたのである。
「でも実際問題として、そのハーグさんが帝国軍に戻ったら、王国にとっては脅威になるんじゃないの?」
エトが非常に現実的な、王国民としての懸念を指摘する。
神官として慈愛に満ちているが、この中では最も理知的な人物と言ってもいいだろう。
「確かにエトの言う通りではあるのです。そこはとても難しい点なのですが……」
涼もエトの主張は認める。
王国解放戦などで、『ハーグさん』ことハーゲン・ベンダ男爵の<転移>によって、王国軍が危地に追いやられたのは事実だからだ。
「ハーグさんは帝国臣民として、いや帝国貴族として皇帝や帝国政府の命令には従わなければならないですからね。ですので、僕はもっと根本的な問題解決が必要なのかもしれないと思っています」
「根本的な問題解決?」
「ええ。ズバリ、戦争そのものの発生抑止です」
涼がはっきりと宣言する。
「そりゃあ、それができれば一番いいだろうが……」
「確かに、最終的に目指すべき場所ではあるかもね」
「世界が平和になっても、剣士としての強さは持っていた方がいいですよね」
ニルスが同意しつつも難しいだろうと思い、エトは神官的精神から人の目指すべき方向性だと同意し、アモンが強さを追求する人の決意を表に出す。
三者三様。
「これまで多くの世界で、多くの人類が、戦争のない世界を目指してきたはずなのです。ですが、未だに成功していません」
涼はまるで賢者のような表情で、世界の宿痾について考える。
時々、チョコバナナクリームをかじりながら。
「僕とアベルは、世界平和の切札は美味い食事であるという結論に達しています」
「おぉ! さすがはアベル陛下だな」
涼の、やや誇張した……いや、本当はかなり誇張した表現に、だが素直にニルスが称賛の声を上げる。
今でも変わらずニルスの中では、アベルは最高の剣士でありリーダーなのだ。
「問題は、それはあくまで切札だということです」
「切札だと問題なのか?」
「切札は、乱発すれば効果を失うのです」
「そうなのか?」
ニルスが首を傾げる。
「いつかニルスが、一撃必殺のものすごい剣技を身に付けたとして。いつもそればかり放っていたら、相手に対応されてしまうでしょう? よけられるだけでなく、その剣技にカウンターを合わせられたりするかもしれません」
「なるほど、確かに」
「切札は、普段使いできるものではないのです」
剣に例えられたために分りやすく頷くニルス、涼が考え深げな表情で頷く。
もちろん、上記のたとえが正しいかどうかは議論の余地があるのだが……。
「つまりリョウは、世界平和への地ならし的な、普段からよく使える何かも必要だと思っているんだね」
「ええ、ええ、さすがはエトです。全くその通りです!」
エトの解説に、我が意を得たりと頷く涼。
「話し合いの常設機関が、一定の効果をもつのは認めます。ですが最終的な平和に繋げるのは、かなり難しいと思うのです。でも、それを無視するのもまた難しい」
「そうだね。話し合いは大切だし……『戦う』以外の問題解決方法って、『話し合う』しかないもんね」
「いくつもの難しい問題が横たわっているのです」
エトも涼も考え込む。
二人はもちろん、政府のお偉いさんなどではない。
涼は確かに筆頭公爵ではあるが、王国政府には関わっていないし、政策決定にも関わっていない。
だが、そんな一王国民、一人一人が真剣に国の行く末や、世界の行く末を考えることは大切なことだとは思うのだ。
常にである必要はない。
現実的には、実生活が忙しいし、日々の生活に疲れる時もある。
そんな時は無理だ。
時々……たまにでいいと思うのだ。
クレープを食べて、ふと思った時などでもいいと思うのだ。
そんな小さな動きから、いろんなものが生まれてくる……かもしれないのだし。