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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第六章 ニルスの不思議な村
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0085 ニルスの不思議な村

新章開始です。

涼には、冒険者ギルドに課された罰があった。

『二カ月間で依頼を三つこなす』



その一つ目が、『十号室』の三人ならびに『コーヒーメーカー』たちと行った、ウィットナッシュへの商団護衛である。


実は、往復の護衛依頼というのは、往路と復路で別々の依頼扱いとなり、二回分の依頼をこなしたことになる。

ギルドの内部処理的な話であるため、依頼者側が特に意識することはないし、不利益を被ることも無い。


とはいえ、様々な理由から回数をこなさなければならない冒険者にとっては、非常に美味しい依頼であることも確かである。

そして涼は、そんな冒険者に該当していた。

つまり、あと一カ月半の間に、一つ依頼をこなせば問題ないわけだ。


そういうわけで涼としては全く焦っておらず、北図書館や飽食亭、あるいは稽古のために騎士団演習場に出入りしていたのだが……。




「リョウ、手伝ってほしいことがあるんだ」

「んん?」

その日、午後の騎士団演習場でのセーラとの模擬戦を終えて宿舎に戻ると、部屋にいたニルスが思いっきり頭を下げて頼んできたのである。

「手伝ってほしいこと?」



ニルスの説明を要約するとこうである。


ニルスが生まれ育った村が、冒険者ギルドに討伐依頼を出している。

依頼ランクはC級・D級依頼なので、E級パーティーの自分たちだけでは受けることができない。

D級の涼が臨時パーティーを組んでくれれば、D級依頼を受けることが可能になる。

討伐対象は、村の近くに出没するゴブリンとスケルトンである。


「ゴブリンとスケルトン?」

(ついに、ゴブリンと並ぶファンタジー世界の主役!スケルトンの登場か)


「いや、しかし……なぜゴブリンとスケルトン? 変な組み合わせですよね?」

「そう。その二種は根本的に生息域が違う。まあ、スケルトンを生息と言っていいかわからないけどね」

そう答えたのは、エトであった。


神官であるエトにとっては、アンデッドたるスケルトンは不倶戴天の敵……だと涼は勝手に思っている。

そのため、スケルトンに関して、この中では一番詳しいであろう。


「スケルトンの出現する場所というのは、墓地、打ち捨てられた神殿や祠、廃館、あとはせいぜい廃坑と言ったところかな。ニルス、村に、これらに該当する場所があるかな?」

「墓地はある。そこなのかもな……。依頼書にはその辺りの詳しい説明が書いてなかったんだ。そもそもが、この討伐依頼は最初、カイラディーの街に依頼として出されていたんだ。村に一番近いのはカイラディーだからな。だが、依頼は達成されないままルンの街に回ってきた……」

「ゴブリンとスケルトンの討伐なのに、カイラディーで達成されていないというのは一体……」

エトも頭をひねっている。



ゴブリンが弱いのは周知の事実だ。大海嘯は別として。

スケルトンも決して強いわけではなく、一対一ならF級冒険者でも問題なく倒せるし、神官の範囲浄化魔法<ターンアンデッド>などがあれば、数十体を超えるスケルトンがいたとしても、後れを取ることはないであろう。

それだけに、「依頼が達成されていない」というのがよく分からない状況であった。


「まあ、そんなわけで、まず最初にカイラディーのギルドに寄って状況を聞くことになるとは思うんだ」

「その依頼は、移動時間とかどれくらいかかるのですか?」

「カイラディーまで一日、村まで一日、依頼で三日として、往復全部で七日くらいだと思う」

言った後で、ニルスはどうだろうか、受けてくれないだろうか、という顔で涼を見ている。


「受けるのは構いません」

「ホントか! ありがたい!」

「ただ、明日、模擬戦の約束をしている人がいるので、これからその方に断ってきます。ですので、その後、ギルドに臨時パーティーの申請と依頼受諾に行くことになりますけど、いいですよね?」


涼としては深い意味は無かったのだが、キャンセルされる明日の予定を聞いた三人は驚いた。


「リョウと模擬戦をするって……」

「そんな人間がルンの街に?」

「人間とは限らないのでは……」

ニルスもエトも、そしてアモンも驚きすぎて、聞く人が聞けばとても失礼な言葉を呟いていた。


「ではちょっと行ってきます」




ほんの一時間前に出てきた領主館の入口に涼は戻ってきていた。


驚いたのは守衛の騎士だ。

「リョウ殿、どうされたのですか」

いつの間にか、騎士たちは涼に『殿』付きで呼ぶようになっていた。


ここ数日ほどは、毎日午後に騎士団演習場でセーラと模擬戦を戦っていたが、その戦闘の噂が騎士団内に拡がっているというのは涼も聞いていた……それが『殿』な形で現れるようになったのである。


「すいません、明日もセーラさんと模擬戦の約束をしていたのですが、依頼が入って模擬戦をキャンセルすることになったので、そのことをお伝えに……」

そこまで言うと、守衛はとても残念そうな表情になった。


「明日は私も観に行こうと思っていたので残念です」

「そ、それは、なんかすいません……」

「あ、いえ……セーラ様ですね、今は騎士団の訓練を演習場でされているはずです」

そう言うと、守衛は涼を中に入れて、演習場の方を指さした。


「え? 僕、勝手に入っちゃっていいんですか?」

「はい。リョウ殿は、演習場まで、いつでも立入の許可が出ております。どうぞ」

涼も今初めて聞いたことであった……まさに、いつの間に!?



演習場では……ほとんどの騎士が地に伏していた。

みんな仲良く睡眠学習……では、もちろんない。


問題なく立っているのは、セーラだけであった。

どうやら、セーラ一人に叩きのめされた様である。


そんな状況の演習場で、涼は立ち尽くしていた。

「これは……」

本当に小さな声で呟いただけであったが、それに反応してセーラが勢いよく涼の方を振り向いた。


そして間髪いれずに、一瞬で涼の前に移動してきた。


「リョウ、さっきぶりだな。何か忘れ物でもしたか?」

「いや、実はセーラに謝らなければならないことが……」

そういうと、涼は先ほどの依頼の件をかいつまんでセーラに話した。



「……ということなので、明日の模擬戦が出来なくなったことと、しばらく街を留守にするので、それをお伝えしようと……」

以前、涼たちがウィットナッシュに護衛依頼で行っていた際、セーラが探していたということを聞いたので、今回はきちんと事前に説明をしておこうと思ったのである。


話を聞いたセーラは、少し落ち込んでいるように見えた。


(模擬戦、いつも楽しそうだったからなあ……しばらく出来ないとなると落ち込むよね……)

涼はそう考えると、戻って来てからの事を提案してみた。


「戻ってきたら、いっぱい模擬戦つきあってください。それと、飽食亭にもカレーを食べに行きましょう」

そう言うと、セーラは目に見えて明るくなった。


「そ、そうか? 絶対約束だぞ? 絶対絶対約束だぞ?」

「え、ええ。約束します」

セーラの勢いに幾分気圧されながら、涼は何度も頷いた。

「よし。じゃあ、ルームメイトのためにも、頑張って行ってらっしゃい」


そう言うと、セーラは満面の笑みで涼を送り出してくれるのだった。



不機嫌にならなくて良かった……涼は心の底から安堵した。




再び、涼がギルド宿舎に戻ると、十号室の三人が部屋で待っていた。

ニルスが村の簡単な地図を描いて、いろいろ説明をしていたらしい。


「お待たせしました」

「リョウ、おかえり」

「おかえりなさい」

「模擬戦の相手は、怒り狂ったりしなかったか……?」

最後の質問は、恐る恐る聞いたニルスである。


「ああ、大丈夫でしたよ。それより、ギルドに行って手続きをしましょう。お腹も減ったので、ついでに晩御飯も」



ギルドでの手続きは、問題なかった。


ただ、依頼を受諾した後、応接室に招かれたのが、いつもとは違っていた。

そして待つこと二分、ギルドマスターのヒューが入ってきた。


「おう、わざわざ来てもらって悪いな。ああ、挨拶とかいらん。座ったままでいいぞ」

慌てて立ち上がろうとした四人に向かって、そのまま座っているように指示を出す。

「来てもらったのは、この依頼がカイラディーからうちに回ってきた経緯を、一応説明しておこうと思ってな。気になるだろう?」

「ええ、気になります」


真っ先に言ったのは、やはりニルスであった。

当然である。彼の故郷の村に関する依頼なのだから。



「カイラディーからは、二度、冒険者パーティーが送り込まれている。一度目はE級、二度目はD級のパーティーだ」

「D級パーティーも依頼を失敗したと?」

ゴブリンとスケルトンの討伐……数が分からないとはいえ、D級パーティーが失敗するとは思えない。


「いやぁ……そのD級パーティーの報告書には、『村人の協力を得ることが出来なかった』とか『村人が敵対した』とか書いてあるんだよ……」

「……は?」

間の抜けた声を上げたのは、やはりニルスであった。


「そんな排他的な村じゃない……まあ、開放的とも言えないですが」

「う~ん、まあ報告書だけじゃあ何とも言えんわな。ただ、最初のE級パーティーは、メンバーに重傷者が出ている。スケルトンにやられたらしい。その時は二十体以上のスケルトンに遭遇したと書いてあったから、気を付けろよ。まあ、神官のエトがいるから油断しなけりゃ大丈夫だろ」

それを聞いて、エトが大きく頷いた。


「正直、俺としてはニルスたちが引き受けてくれたのはありがたい。やっぱ村とか、出身の人間の方がいいよな……。俺も小さな村の生まれだからわかる。とはいえ、カイラディーから回ってきた依頼ランクが『C級、D級』ってなってたからどうしたもんかと思ったが……リョウが入れば問題ないか。うん、よかったよかった」

ヒューは一人満足して、何度も頷いた。


「あと、カイラディーの冒険者ギルド宛に、今回の依頼の紹介状を書いたから持って行け。ニルスが依頼元の村出身だというのも書いてあるから、情報面の協力をよろしくって記しておいた。まあ、悪い様にはしないだろ」

「ギルドマスター、何から何まで、ありがとうございます」

「おう、気にすんな。お前らは期待の若手だからな。無事に戻ってこいよ」

そういうと、ヒューは大笑いしながら応接室を出て行った。



「お腹が空きました。ご飯食べましょう」

ブレない涼の言葉に、ニルスは戸惑いながら頷き、エトは笑いをこらえ、アモンは苦笑した。

腹が減っては仕事は出来ない。


前話0084にて、6万PVとブックマーク登録100件に到達しました!

これもひとえに、読んでくださる皆様のおかげです。

ありがとうございます。

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