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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0852 占領しているのは……

腹ペコわんぱく剣士のニルスや涼ら四人が、鉱石取引所で話をしている時、偉い人たちはエトーシャ王宮の会議の間にいた。


エトーシャ王国、国王フィンフィー十五世。

先代王が急逝し、二十五歳という若さで王位に就いて今年で十年目。


王位に就いてからも、王位に就く前も、エトーシャ王国はいくつもの混乱を経験してきた。


現在はその中でも最も重大な危機に直面しているのだが……。

それでも、噂に聞く西方教会の教皇と、物語の中でしか聞いたことがない中央諸国から来たという国王を接遇(せつぐう)せねばならない。



いくつかの挨拶の後、フィンフィーが切り出した。

「それで教皇聖下、アベル陛下、両国が我がエトーシャを訪問された理由をお聞かせ願えますか」

当然の問いであり、それを聞くためにフィンフィーは時間を割いたと言ってもいい。


「はい、フィンフィー陛下。実は、この大陸南部に潜むヴァンパイアの討伐のためです」

「ヴァンパイア!」

フィンフィー王の反応は、普通のものではなかった。

かなり激烈な反応。


当然グラハムもアベルも、不審に思う。


「フィンフィー陛下、ヴァンパイアが何か?」

「い、いえ……」

グラハムが問い、フィンフィーが言いよどむ。


グラハムの口調は決して詰問調(きつもんちょう)ではない。

だが、だからこそ(あらが)えない。



しばらく逡巡(しゅんじゅん)した後、フィンフィーは正直に答えることにした。


「国の恥をさらすことなので、あまり言いたくはないのですが……」

そう断ってフィンフィーが話し始めたのは、エトーシャ国が管理していた鉱石採掘場四十カ所すべてが、奪われている現状であった。


その内容は鉱石取引所で『十号室』の四人が聞いた内容と同じものだが、付け加えられる情報もある。

それは……

「占領している者たちは、ヴァンパイアなのです」

「それは、なんとも……」

グラハムが目を見開く。


「我が国も軍を動員して奪還に動いたのですが、全て撃退されてしまいました」

「ヴァンパイア相手には、よほどの兵であっても戦えるものではありませんから」

悔しそうに語るフィンフィー王、同情的な言葉をかけるグラハム。



二人の様子を見ながら、アベルは今聞いた内容について考える。

(ヴァンパイアが採掘場を占領? 何のためだ?)


もちろん、そんな話は聞いたことがない。

実際に聞いたことがないのはもちろん、物語や伝承の中でも聞いたことがない。


とはいえ、中央諸国においてヴァンパイアは一般的ではない。

王国の隣国であるトワイライトランドは、また事情が違うが……。


(そうだな、トワイライトランドのような状況もあるんだ。採掘場を支配するヴァンパイアがいてもおかしくはないか)

そんな結論に達する。

この辺りは、いつも近くにいる水属性の魔法使いの影響を受けてきているのかもしれない。

実は、アベルにも自覚はある。


ここに、その水属性の魔法使いがいたら、こう憤慨(ふんがい)するだろう。

「またアベルはそうやって、僕を悪者にする。そういうのを風説(ふうせつ)流布(るふ)と言うのです!」と。



グラハムがチラリとアベルを見る。

アベルは無言のまま頷いた。


話の流れから、どういう視線なのかは分かる。

グラハムが提案しようとしていることは、ナイトレイ王国にとっても悪いことではない。


「フィンフィー陛下、先ほど貴国への訪問理由をお伝えした通り、我々の目的はヴァンパイアの討伐です。採掘場を占領している者たちは、目的のヴァンパイアではありませんが……」

そこで、少し間を置く。


当然、フィンフィー王は前のめり。

まさか、と思うから。


「西方教会にとって、ヴァンパイアは古き時代からの宿敵。しかも先年には教皇庁を襲撃した、そんな敵です。エトーシャの民とは信じるものは違えど、同じ人間がヴァンパイアのために困っているというのであれば、お手伝いしたいと考えるのは道理です」

「そ、それはつまり……」

「ぜひ我々に、採掘場を占領しているヴァンパイアの討伐を手伝わせていただけないでしょうか」

フィンフィーのすがるような目、グラハムの提案。


決して上から目線にならないように。

同時に押しつけがましくもならないように。


この辺りの絶妙な口調と間合い、表情のバランスを見て、アベルは心の中で舌を巻く。

(グラハム、すげーわ)


王子の一人として育ち、王になって三年の実務を経験したからこそ分かる、この、言葉で説明できない()


それはある意味、圧をかけるよりも説得が成功する確率を上げる。

それを理解できてしまう。


(まだ俺には、この完璧なバランスは演出できん)

アベルは素直に認める。

同時に、ほとんど無意識のうちに、グラハムのバランスを学習している……この辺りが、涼に言わせると「アベルの天才性」ということになるのだろう。


フィンフィー王の答えは、当然……。


「どうか、よろしくお願いいたします」



とりあえず、詳しい話や協力内容については明日以降に協議が行われることになった。

それまでに、エトーシャ側が資料を用意しておくというのだ。


そのため、法国艦隊一行は、港内に停泊しているそれぞれの船に戻ることになった。


道すがら……グラハムとアベルが話している。

「先ほどのヴァンパイアの討伐に協力すると申し出たのは、大陸南部で活動するヴァンパイアどうし、何らかの情報が得られるのではないかと考えたのだな?」

「ええ、それが一番大きいです。ロズニャーク大公ゾルターンの目覚めと、この採掘場の占領。あまりにもタイミングが近過ぎます。直接の関係は無いでしょうが、今回のヴァンパイアたちがゾルターンの目覚めに関して何も感じとっていないとは思えません」

「捕まえて情報を引き出すか」

アベルが頷く。


普通はヴァンパイアを捕まえることなど無理だし、捕まえても口を割ったりはしないだろう。

だが、アベルの横を歩くのは西方教会でヴァンパイアハンターと異名をとった男。しかも、元異端審問庁長官。

ある種、今回の件に関してはもっとも適切な専門家だ。



そんなヴァンパイアの専門家に聞いてみたいことがある。

「ヴァンパイアが採掘場全てを占領しているということらしいが、俺はそういう事例を聞いたことがない。実はよくあることなのか?」

アベルは正面から尋ねた。


「いえ、実は私も聞いたことはありません」

グラハムも小さく首を振りながら否定した。


とはいえ、いちおう補足はする。


「かつてヴァンパイアたちが繁栄を極めていた頃、いくつものヴァンパイアが支配する国があったと言われています。その頃は、採掘場の支配なども行っていたでしょう」

「ヴァンパイアが繁栄を極めていた……かなり昔だろう?」

「ええ。正確な年代すら不明なほど昔です。ですが、今回の対象であるゾルターンは、最も古いヴァンパイアの一人だと言われています。もしかしたら、そんな時代から生きている可能性すらもあるのです」

「マジか……」

肩をすくめて語るグラハムの言葉に、はっきりと顔をしかめるアベル。


嬉しくない情報だ。


長く生きるということは、多くの経験を積んだと同義だ。

そういう相手には、小手先の技は通用しない。

正面から、力と力がぶつかり合うことになる……そして、人という種はヴァンパイアより脆弱(ぜいじゃく)だ。


攻撃力も、防御力も、耐久力も。

心も、体も、何もかも。

脆弱だ。


「法国が誇るゴーレムが頼りだな」

「整備は万全ですよ」

アベルが正直すぎる希望を述べ、グラハムが笑いながら答える。


そう、ヴァンパイアに対する人の切札。

ゴーレム。


ゴーレム開発の先進地域、西方諸国の中でも最強と名高いファンデビー法国のゴーレム。

法国の最高責任者として、教皇グラハムは大量のゴーレムを艦隊に積んできた。


相手はただのヴァンパイアではない。


かつて公爵であり、本人が言うには現在、大公となったロズニャーク大公ゾルターン。

ヴァンパイアハンターとして、数百体のヴァンパイアを倒してきたグラハムですら、ヴァンパイア公爵との戦闘経験はない。


しかも今回は、その上……西方教会の人間ですら知らない『大公』。

グラハムは例外的な理由で、ヴァンパイア大公の存在を知っていたが……そう、西方教会中枢の者ですら知らないのだ。

一切の文献に出てこない。


そんな、伝説にすらなっていない存在のヴァンパイア大公。


それを相手にするのだ。

強力な戦力はいくらあってもいい。


「本当の切札は、ゴーレムなどではなくリョウ殿のような気がしますが」

グラハムのその呟きは小さすぎて、隣を歩くアベルにすら聞こえなかった……。




ナイトレイ王国のスキーズブラズニル号のように、船がファンデビー法国艦隊に加わっている場合もあれば、法国艦艇に間借りする形で加わっている者たちもいる。

デブヒ帝国の者たちだ。


先帝ルパート六世の娘であるルビーン公爵フィオナを筆頭に、爆炎の魔法使いとして名高いルスカ伯爵オスカーと四十人の精鋭が乗艦している。


「フィオナ様、本国から『指示』が届きました」

フィオナの侍女頭兼副官のマリーが、一枚の紙を差し出した。


一読し、顔をしかめるフィオナ。

予想していたとはいえ、明確に『指示』として出されたのを見れば、良い気持ちにはなれない。

「予想通りか?」

後ろから声をかけたのはフィオナの夫でもあるオスカーだ。


「ええ。ハーゲン・ベンダ男爵に関してです」

そう言うと、フィオナはオスカーに『指示』を渡す。


「……回収不能となった場合はハーゲン殿の命を絶つように、か。宿舎を襲撃されて(さら)われ、その上、殺害命令。恥の上塗(うわぬ)りだ」

「拉致されたのは仕方なかったかと」

「それでもだ。帝国の貴重な『財産』を失う結果になるのだから」

フィオナの言葉に、小さく首を振るオスカー。


「ですが……」

「分かっている。ハーゲン殿が死ねば、特性が子供に発現する可能性は高い。本国にいる彼の息子が、<転移>や<無限収納>の魔法を使えるようになる」

「ええ」

「だが、記憶は引き継がれない」

オスカーの表情は、まさに苦虫を嚙み潰したようだ。


ハーゲン・ベンダ男爵の<転移>や<無限収納>の能力は、代々引き継がれてきた。

その原理は未だに分っていないが、先代が死ねば子供に発現する。

そんな、ある種の呪い。


しかし、そんな『呪い』にも一つの大きな問題点がある。

それは、先代の記憶は引き継がれない点。


ベンダ家の<転移>は、当事者が訪れたことのある場所に転移できるというものだ。

つまり、一度も行ったことのない場所には転移できない。


ハーゲン・ベンダ男爵は西方諸国を訪れたために、中央諸国と西方諸国を行き来できるが、息子は西方諸国を訪れていないために行き来できないのだ。



「あれだけ苦労してハーゲン殿を西方諸国に来させたのに、それが無駄になる」

「仕方ありません。このままでは、帝国軍の行動に支障をきたします」

オスカーもフィオナも理解している。


ハーゲン・ベンダ男爵という男は、帝国軍全体にとっての切札。

同時に、大きな弱点でもある。


軍事行動という観点で見た場合、<転移>と<無限収納>という能力は信じられないほど大きい。

十万の軍にも匹敵すると言われたことすらある。


当然だ。

ただ一人で、補給の問題を全て解決できてしまうのだから。


そんな人物が現在帝国におらず、それどころかヴァンパイアの手の内にある。


現在のところ、帝国は大規模な軍事作戦を起こす予定はないため、目に見える形での破綻は起きていない。

だが、いつ、何が起きるか分からない。


帝国が隣接する王国や連合は、決して弱い国ではない。

それぞれでは帝国の軍事力に並ばないが、両国が組めば……帝国を大きく凌駕(りょうが)する。


歴史を見れば明らかなとおり、絶対あり得ない同盟など存在しない。

昨日までの不倶戴天(ふぐたいてん)の敵同士が、より巨大な敵に対抗するために手を組むなどよくあることなのだ。



「もちろん、帝国政府としても最優先は奪還。それが不可能な場合、殺害」

フィオナが呟く。


「死なせん」

「オスカー……」

「なんとしてもヴァンパイアを打ち倒し、取り戻す」

それはオスカーの決意。



目の前で、奪われた悔恨(かいこん)

全ての攻撃が届かなかった屈辱(くつじょく)


(そんな経験の後、師匠の魔法の力は数段上がる)

フィオナは心の中で呟く。


オスカーは屈辱的な経験、敗北を経験すると魔法の威力が上がる。


それは、かつて王国の水属性の魔法使いが、ミカエル(仮名)に聞かされた「魔法のキモはイメージです」という言葉に繋がっている。


オスカーが操るのは火属性魔法。

屈辱で、心の中が炎で満たされ、それが『イメージ』に繋がるのだ。

本人も理解していないうちに、「魔法のキモはイメージ」を実践している。


「絶対に取り戻す」

何度目かの誓いであった。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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