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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0851 鉱石取引所

「ここだね、法国から情報を貰った鉱石取引所」

エトが、掲げられた看板を読んで確認する。


その様子を見て、涼は疑問を感じた。

なので、直接尋ねる。


「エトは、暗黒大陸語が読めるのですか?」

そう、涼は王国から向かったスキーズブラズニル号の中で勉強したから読めるが、確かに看板には『鉱石取引所』と書いてあるのだ。


「うん、西方諸国にいる間に勉強したよ」

「さすが神官です」

感心する涼。


だが……。


「私だけじゃなくて、ニルスとアモンも読めるよ」

「え……」

「会話もできるぞ」

「私も勉強しました」

エトが衝撃的なことを言い、涼が驚き、ニルスとアモンも衝撃的なことを言う。


『十号室』の三人とも、暗黒大陸語を読み、会話することもできるようになったらしい。



「以前……ほら、教皇即位式で暗黒大陸の護衛パーティーの二人を救ったことがあったじゃないですか」

「ああ……テンプル騎士団と戦ってたやつな」

涼の問いにニルスが思い出し答える。


「あの時は話せなかったですよね?」

「そうだな。あれで、少し勉強したい気になったんだ」

「勉強したい気……」

驚く涼。


そのあまりの驚きの表情を見て、(いぶか)しげな表情になるニルス。

「何だ? どうした?」

「いえ、ニルスの口から、勉強したい気なんて言葉が漏れたので……」

「変か?」

「ええ、変です」

はっきりと頷く涼。


「剣士と勉強なんて、一番遠い場所にある二つな気がします」

「なんだそりゃ」

「だ、だって……」

「剣士だから勉強しないとか、そっちの方が変じゃないか?」

「え?」

「勉強しないでいい職業や立場なんて無いだろ?」

「なんという正論」

ニルスが当然だろという表情で言い、涼が驚きながらも受け入れる。


二人の会話を聞いているエトとアモンは苦笑している。


「剣士は脳筋(のうきん)という常識が覆った瞬間でした」

涼の呟きに、『十号室』の三人は小さく首を振るだけだった。



四人は『鉱石取引所』の扉をくぐった。

チリンチリンと鈴が鳴る。


そこは、ある種の巨大な倉庫のようだ。


「ここ……ですよね?」

「ああ、ここのはずだ」

「看板にはそう書いてあったし、聞いてきた場所もここだったよ」

「人も鉱石も無いですね」

涼が首を傾げ、ニルスが顔をしかめ、エトが首を傾げ、アモンも首を傾げる。


だだっ広い倉庫には誰もおらず、何も置いていない。

いや、よく見ると木の枠は置いてあり、以前はそこに鉱石が並べられていたような形跡はある。


少しすると、倉庫の奥の扉が開いて、二十代半ばほどの青年が出てくる。

四人を確認すると走ってきた。


「ああ、すいません、お待たせしました。何か御用でしょうか」

青年の(さわ)やかな口調と表情が、何もない倉庫とあまりの対比を成している。


「すいません、こちら鉱石取引所だと聞いて伺ったのですが」

「はい、こちらはエトーシャ鉱石取引所です。間違いありません」

エトが代表して尋ねると、青年が頷いて答えた。


「我々は、先ほど入港したファンデビー法国艦隊の関係者なのですが……」

「ああ、やっぱり。港で噂になってるみたいですね。私も今、その噂を聞いたところです。すごい艦隊が来たと。あれですよね、西方教会関係の……」

「はい」

青年の問いに、エトが頷く。


だが少し疑問に思ったことがあるようだ。

「今、やっぱりとおっしゃいましたよね?」

「いえ、皆さんの服が、見慣れないものでしたので」

「なるほど」

エトが納得する。


確かに青年の服は、四人が着ているものに比べて軽くて薄そうだ。

()り方が違うのか、そもそもの生地が違うのか……。



「私たちがうかがったのは、ミトリロ鉱石の購入を考えているからです」

「なるほど、そうでしたか」

エトの言葉に頷く青年。


だが、青年の表情が陰ったのは四人とも見てとれた。


「大変申し訳ありませんが、ここ……二年ですか、ミトリロ鉱石の取引は全くございません」

「ああ、やっぱり」

「それどころか、最近は鉱石の取引そのものが行われておりませんで」

「全ての鉱石が、取引されていない?」

「はい。もっと正確に言いますと、鉱石の採掘(さいくつ)が止まっています」

青年が小さく首を振りながら告げる。


四人とも、この倉庫の状況を見てもしかしたらと思ってはいた。

だが、実際に現場の人間にはっきり言われると、その衝撃は大きい。



「採掘がされていない理由を教えていただけますか?」

「それが、よく分からないのです」

エトの問いに、青年が困惑した表情で答える。


「こちらは、政府の……公的な鉱石取引所だと聞いたのですが。その取引所が、採掘が止まっている理由が分からないのですか?」

「はい。政府からの通達は、『採掘が止まっている』とだけしか、この取引所には来なかったのです。もちろん所長らが直接、政府のお偉いさんに掛け合ったりしたそうなのですが……」

「ですが?」

「採掘場が全て奪われたらしいです」

「……はい?」

青年の答えに、エトは意味が分からず首を傾げる。


当然、後ろで聞いていた三人も首を傾げる。

ミトリロ鉱石の採掘場だけの話ではなく、全ての鉱石の採掘場が奪われたと言っているのだ。


そんなことがあり得るだろうか?



「鉱石が入ってこないと、民の生活にも支障をきたすでしょう?」

「はい。一応、備蓄(びちく)してあった分を供出してなんとかやってきましたが……あと二カ月もすれば完全に底をつきます」

「当然エトーシャ政府は、奪われた採掘場を奪還しようとしたのでしょう?」

「ええ、したらしいのですが……」

「失敗したと」

「噂ですが、そう聞いています」

青年は本当に沈んだ表情と声で答えた。


そう、奪還しようとして失敗したなどという発表は、政府は行わないだろう。

それこそ、政府に対する民の信頼が完全に失われてしまうから。


「ですが、いずれは……」

「民も知ることになるでしょう」


そんなこと、いつまでも隠し通せるものではない。



「具体的には、いくつの採掘場が奪われているんだ?」

「鉄や銅なども含めて、四十カ所です」

「そんなにか」

青年の答えに、ニルスが今まで以上に顔をしかめる。


「四十カ所も奪って、それを維持し続けるなんて結構な戦力が必要ですね」

「確かにそうですよね」

涼の確認に、アモンが同意する。


その辺の山賊や盗賊では無理なのは確かだ。

その辺に山賊や盗賊がいるかどうかは、この際置いといて。


青年は、手元にある情報では伝えたのが全てだと言い、一行は取引所を出た。



「仕方ありません。美味しいものでも買って食べながら、船に戻りましょう」

「本当にその結論でいいのか……?」

涼が提案し、ニルスが首を傾げる。



「以前、僕を護衛してくれたアウグジェの街の第三守備隊にいる、ミニさんという方が素晴らしい情報を教えてくれました」

「うん?」

「大陸南部には昔から『くれーぷ』と呼ばれるおやつがあると」

「くれーぷって、あの、くれーぷか?」

「ええ、ニルス、そのクレープです」

驚くニルスに対して、涼ははっきりと頷く。


横で聞いているエトとアモンも顔を見合わせている。


そう、ここにいる四人は知っているのだ。

王国、いや帝国に対しても広がっていた『くれーぷ』と呼ばれる食べ物を。

その広がりはあまりにも不自然だったが……まさか、それが暗黒大陸南部にもあるというのは、聞き捨てならない情報らしい。


「ミニさんは以前、この大陸南部に住んでらしたそうなのですが、そこには()()()クレープと呼ばれるおやつがあったと」

「それって、本当に私たちの知っているくれーぷ?」

「ええ、エトが疑問に思うのも当然です。でも話を聞く限り、ほぼ同じものでした」

「ほぼ?」

「中央諸国にあるクレープよりも高度だったのです」

「えっ……」

涼の信じられない情報に、絶句するエト。


その横で、今度はニルスとアモンが顔を見合わせる。


「あの、生クリームとバナーナの組み合わせ……便宜上(べんぎじょう)、ダイヤモンド配合と名付けたあれよりも高度なクレープの話を聞きました」

「……そんなことが、あり得るの?」

「あるんです。もちろん、バナーナだけでなくいろんな果物の組み合わせもあるのですが、それだけじゃなくて、もっと決定的なもの……それはショコラです」

「しょこら?」

涼の決定的な言葉だが、エトは首を傾げる。


真っ先に反応したのはアモンだ。

「カフェ・ド・ショコラってお店がありますよね?」

「そう! そこに気付くとは、さすがアモンです」

涼が頷く。


王国には『カフェ・ド・ショコラ』と呼ばれるカフェがある。

ルンの街にもあったし、王都にもある。

王都のお店では、涼はアベルの魔手から逃れてケーキとコーヒーを食す常連客だ。



「しかし、カフェ・ド・ショコラには『ショコラ』は置いてないのです」

「……ショコラというのは、食べ物なのですか?」

アモンが首を傾げる。


そう、結局涼は、一度も、ナイトレイ王国ではショコラ……つまりチョコレートには出会わなかった。

出会ったのは西方諸国、マファルダ共和国の高級宿ドージェ・ピエトロでだ。


「ショコラ……別名チョコレートというのは、全ての甘さを漆黒(しっこく)で塗りつぶそうとして、でも失敗して、逆に甘さに乗っ取られた悲劇の食べ物なのです」

なぜかチョコレートのストーリーを作り出す涼。


もちろん、適当だ。


「それは、美味いのか」

「ええ、もちろん。とてもとても、甘いです」

「おぉ」

涼が厳かに告げ、ニルスが頷く。


「これがまた、クレープに包まれたバナーナ、生クリームと合わさると、まさに悪魔的な……いえ、驚くほど甘美(かんび)な組み合わせとなります。一度食べたら、二度三度……」

「いいな、食ってみたいな」

「でしょう?」

ニルスの素直な言葉に、涼も笑顔になる。

エトとアモンも無言のまま頷く。


「よし、探しに行くぞ!」

「おう!」

ニルスの掛け声に、三人は元気よく応じた。


こうして腹ペコ四人組は、ミトリロ鉱石探しから、クレープ探しにミッションを変更したのだった。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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