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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0847 後片付け

氷漬けになったバットゥーゾン首長と共に、バーダエール首長国軍から少し離れて……。

『清涼なる五峰』が座り込んだ。


「リョウさんが一騎打ちの代表になったのは、これのためだったのね」

「はい……すいません、キンメさん」

「うん? どうして謝るの?」

「僕には、この方法しか考えつかなかったので。もしかしたらもっとスマートな、誰も傷つけない方法もあったかもしれません」

「そう、あったかもしれないけど……私にも他の方法は考えつかないわ」

キンメが微笑みを浮かべて小さく首を振る。


「それから、キンメさんが本気を出さなかったから、この結果を得られたので」

「……言ってる意味が分からないわ」

笑いながら答えるキンメ。


涼は理解している。

キンメは激しい攻撃を行いながらも、一度も、涼の急所を狙いはしなかった。

首を斬り飛ばしたり、心臓を貫こうとはしなかった。


勝ちたいとは思いつつも、涼を殺すつもりは全くなかったのだ。

殺すかもと言いながら、そんな攻撃は行わなかった。


だからこそ、涼は勝つことができた。


もしかしたら、最後のあの<アイスバーン>で体勢を崩したのもわざとだったのかも……そうとすら思えてしまう。



キンメは、自分のパーティーメンバーたちを見た。

「うちのメンバーたちは、特に不満には思っていないみたいよ」

「リョウさん……いえ、ロンド公爵が強く言ってきてくれたので、多分、家族たちは大丈夫だと思いますし」

「俺の家族も……首長家の末端に連なる家だけど、むしろうまく立ち回れば、ロンド公爵との関係性で、政府の重要な地位に上がれる気すらする」

グティが考えながら言い、パトリスも何度も頷きながら言う。

黄色髪のトコ、白髪のマウは無言のまま頷いている。


涼の行動は、『清涼なる五峰』からは(おおむ)ね支持されたようだ。



問題は、ロンド公爵領の元宗主(そうしゅ)国の王様……。

アベルもその場にやってきた。


涼の宣言と、その後の言葉はアベルの耳にもちゃんと聞こえていた。

「ロンド公爵領が独立? なんだ、あれは。ナイトレイ王国に迷惑をかけないためとか、そういうことか?」

「ええ。王国とバーダエール首長国の関係が悪くなると困るでしょう?」

アベルの問いに、涼が答える。


だが、アベルは決然たる表情で言い切る。

「問題ない。この程度のことで王国は揺るがんし、俺は国王としてロンド公爵の行動を支持するぞ」

「アベル……」

「とはいえ、離脱したからには、しばらくそのままでいてくれ」

「……はい?」

アベルの言葉に、首を傾げる涼。


アベルは、遅れてやってきた法国や西部諸国連邦の者たちを向く。

その中にはラムン・フェス元首もいる。

「ロンド公爵領は、我がナイトレイ王国から離脱した。とはいえ、一騎打ちで西部諸国連邦の代表となったロンド公爵が勝利したということは、東部諸国軍は西部諸国連邦の領内から撤退するという認識だが、間違っていないか」

「ええ、間違っていません」

アベルの確認にラムン・フェスは頷く。


そして、今後の行動も確認する。

「西部諸国連邦は、正式に停戦交渉を東部諸国に呼び掛けます。その際の相手は、ゾルン皇太子にしろということですね」

「ああ、それがいい。バットゥーゾン首長は『第三国』の捕虜となっているため交渉できない。仕方ない」

アベル、いけしゃあしゃあとはこのこと。


「停戦交渉を結び、首長の身柄も戻ってくれば、それらを成し遂げたゾルン皇太子の力も増大する」

「そういうことだ。首長に比べれば皇太子の方が、はるかに道理が通る」

「ええ、それは私も同感です。バットゥーゾン首長は非常に有能な方ですが、いかんせん権力欲が強すぎます」

ラムン・フェスは苦笑しながら言うと、傍らの氷漬けになっているバットゥーゾン首長を見る。


「……生きてるんですよね?」

「はい、生きています」

ラムン・フェスは問い、涼が自信満々に答える。


交渉過程や、そこに至るまでのキンメとの戦闘などは色々思うところがあるが、氷漬けしたバットゥーゾン首長が生きている点に関しては、涼は自信をもって答えることができる。



「バーダエール首長国と交渉する場合、積極的にゾルン皇太子を対象にしましょう。西方諸国からも、首長代理として認められていると周囲に示すことができるでしょうから」

「ああ、それがいい」

教皇グラハムが提案し、アベルが頷く。

ラムン・フェスも無言のまま頷く。


バーダエール首長国内よりも、周辺諸国が真っ先にゾルン皇太子の力と権威を認めるという態度をとるのは、首長国内への外圧として小さくない効果をもたらすだろう。


これが外交である。

そして、見えない内政干渉。


「恐ろしい……」

一般庶民涼は、着々と外堀から埋めていく各国首脳たちの会話を聞きながら、そう呟くのだった。



様々な交渉の結果、『清涼なる五峰』は西部諸国連邦に留まることになった。

諸国連邦元首ラムン・フェスの名の下に、完全なる安全が保証されている。


そしてもう一人の当事者、バーダエール首長国首長は……。


バットゥーゾン首長は、氷漬けのままスキーズブラズニル号に乗せられた。


スキーズブラズニル号を含む法国艦隊は、暗黒大陸を南下する途中だ。

目的はデブヒ帝国ハーゲン・ベンダ男爵の奪還と、ヴァンパイアのロズニャーク大公ゾルターン討伐。


そのため、バットゥーゾン首長はどこかの街に置いていくのが良いのだろうが……首長の身を奪還するために、置いていった街を東部諸国が襲撃しないとは限らない。

もちろん奪還しても、解凍はできないのだが、そんなことは知らないだろうし。


そういうわけで、スキーズブラズニル号に乗せられたのだ。

最悪の場合、大陸南部まで連れていくことになる……。



「ロンド公爵領は、ロンド公国と命名します!」

国主たる涼が宣言した。


「おぉ」

そんな声を上げたのは『十号室』の三人だ。


「ロンド公国は、同盟国たるナイトレイ王国の要請によって、バットゥーゾン氏を一時的に氷から解き放つことにします」


南下する航海に戻って二日目、バットゥーゾンは氷漬けから解放された。


「王国は、ロンド公国と同盟関係を締結するかどうかなんて、検討もしていないぞ?」

「なっ! アベル、なんてことを言うのですか! 確かに検討はしていないでしょうけど、同盟を結ぶのがいいに決まっているじゃないですか! ロンド公国は、王国の隣国なんですよ。同盟関係を結んで仲良くしておくのが良いのです」

「そうか?」

「かくなる上は、公国内に居住している『お隣さんたち』に出征要請を出し、王国に攻め込んで力を見せつけます! 自分たちから、ぜひ同盟してくださいと言わせるのです」

「うん、やめろ。ぜひ王国と同盟を結んでくれ」

「最初からそう言ってくれればいいのです」

アベルがため息をつきながら言い、涼が頷いて受け入れた。


傍らからその光景を見る『十号室』の三人。

「国同士の交渉って凄いですね」

「お隣さんって人たちが、凄く強いってことだよね」

「俺が思ってた交渉とは違う……」

アモンが驚き、エトがまだ見ぬお隣さんに思いを()せ、ニルスが小さく首を振る。



とにかく、バットゥーゾンは氷の外に出ることができた。


「氷の中にいても交渉内容は聞こえていただろう?」

アベルが声をかける。


「あれが……交渉なのですか?」

皮肉を返すバットゥーゾン。


二人が話している『交渉』は、涼が東部諸国陣営に伝えた件に関してだ。

決して、どこかの王国と新たに誕生した公国の間の『交渉』ではない。


涼による、バーダエール首長国への一方的な通知。

確かにあれを交渉と呼ぶのは、いろいろ語弊(ごへい)があるかもしれない。

とはいえ強い側が、力があると示した側が、条件をつけるのは交渉の場における常識。

あの場で、最も強い力を示したのは涼だったことを考えると、涼こそがあらゆる条件を付けることができたのも、また事実なのだ。


「私を排除したからといって、ゾルンをいいようにできるとは思わないことです」

「そんなことは思っていないさ。むしろ、ゾルン皇太子にしっかりとバーダエール首長国と東部諸国の権力を握ってほしいと思っている。これは俺だけじゃなくて、連邦のラムン・フェス元首も同じ考えだ」

「何?」

アベルの言葉に、(いぶか)()な視線を向けるバットゥーゾン。


「バットゥーゾン殿、あなたよりゾルン皇太子の方が王の器として上、大きな器だと俺は思う」

「……」

「あなたは、なぜ東部諸国を西に進ませた? その根本部分でどう考えている?」

「国を強くしようとするのは為政者(いせいしゃ)として当然のことでしょう」

「それは否定しない。だが問題は『強くする』の『強く』とは何なのかという点だな」

「……おっしゃっている意味が分かりません」

アベルの言葉に、バットゥーゾンは顔をしかめる。


「領土を拡大し、兵を増やす……それも確かに『強くする』ではあるのだが、それは本当に国として強くなっているのか?」

「……強くないと?」

「ああ、強くない。なぜなら、国とは何なのか、という古来から為政者が常に問い続ける問題に行きつくからだ」

「……」

「国とは民だと、俺は思う」

何も言えないバットゥーゾンを前に、アベルははっきりと言い切る。


「ならば国を強くするとは、民を強くするということだ。それは、民の心を強くするということではないかと俺は考えている」

「民の心……」

アベルの言葉に、バットゥーゾンは言葉を繰り返すだけだ。

それは、今、考えている証拠。



アベルはそれを確認して問う。


「自分の心を強くしたいと思う時、どうする?」

「自分の心……」

「そこでじっと座って、何もしないか? 誰かが何かをしてくれるのを、受け身で待っているか? いいや、違うだろう。自分で考え、自分で動き、そして良い結果を手に入れる。それを繰り返す」

「……」

「そこにいる、うちの……ああ、いや、今は独立したのか。まあ、ロンド公爵がよく言うんだ。成功体験を積み重ねることによって、心が鍛えられると。ならば、民の心も同じ方法で強くなるのではないか?」

アベルは明確に論を進める。


「もちろんそれらは、自ら考え、自ら行動し、その結果を手に入れてこそだ。誰からか与えられた都合のよい果実(かじつ)では、成功体験とは言えないと俺は思う」

「つまり民が考え、民が行動し、そして得る結果……?」

「ああ、俺はそう思っている。もちろん、王の責務を放棄してよいとかそういう話ではない。王には王として、民とは違う役割があるだろう? 民と王、どちらかが手を抜けば国は傾くし、どちらかが誤った行動をとれば国は滅ぶ……それが俺の考えだ」

アベルははっきりと言い切った。



誰も何も問わない。

誰も何も答えない。

国の形、民の形……為政者の形は、それぞれ違うから。



しばらくすると、バットゥーゾンが口を開いた。

先ほどまでのアベルの考えに抗するものではなく、純粋な疑問という形で。


「失礼ながらアベル陛下、陛下が国元をこれだけ長く空けていて、大丈夫なのですか」

「ん? それは、バットゥーゾン殿のように、王位を追われたりしないのかということか?」

「ええ、まあ……」

アベルが直接的な表現で問い返すと、バットゥーゾンはさすがに顔を少ししかめる。


涼は知っている。

アベルがわざとではなく、天然であんな返しをしたのだと。

性格が悪いわけではないのだ。

むしろ、無意識に相手を傷つける凶悪……。


「リョウ、何か変なことを考えていないか?」

「な、何を言っているのですかね、このアベルは。人を疑うのもたいがいにしてほしいものです」

涼は視線をツツーと逸らしたために、アベルは変なことを考えていたのだなと分かったが……追及しなかった。


それより、バットゥーゾンの問いに答えてやろうと。


「多分、王位を追われることはないだろう」

「ほぉ」

「まあ、追われても、俺は気にせんが」

「……は?」

アベルの言葉に、素っ頓狂な声を出すバットゥーゾン。


人は、理解できない言葉を聞いた時に、そんな声を出す。


「民が幸せなら、誰が国政を司ってもいい。俺はそう思っている」

「アベル陛下、あるいはお子様方が王位にいなくともいいと?」

「ああ、構わん。むしろ、王位なんて気にしないで、こういう異国への長旅に出る方が楽しくないか?」

「いや、しかし……」

バットゥーゾン首長は顔をしかめている。

アベルの言葉を理解できていないからだ。



「権力など(むな)しいだけだ。最近は俺もまた、剣の強さ……というか、俺個人の強さの追求を少しずつ再開しはじめた。だが、権力は特にいらん」

「……なぜですか?」

「なぜ……う~ん、逆に問うが、バットゥーゾン殿はなぜ権力が欲しい?」

「え……それは……」

「ムカつく相手を潰したり、守りたい人たちを守るため……集約すればそういうことじゃないか?」

「ええ、まあ……そうですね、集約すればそうかもしれません」

バットゥーゾンは少し考えてから、確かにそうだと頷く。


大きくは間違っていない。


「それは、権力じゃなくとも、自分個人の力でもできるだろう? むしろ、そっちの方が良くないか? 誰にも奪われない、自分だけの力。しかも、鍛えれば鍛えるほど強くなる。強くなっていく過程も楽しい」

「……」

「だから俺は、そっちの力でいい。権力は、立場上、付与されるから持っているが……正直、興味はない」

「……少しだけ、理解できた気がします」

アベルの言葉に、バットゥーゾンは考えながら、そう答えた。

完全には受け入れられないが、理解はできたと。

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