0844 絶望の戦いⅠ
「降伏だけでなく、一騎打ちでもOKというその理由は何でしょう」
「ああ、意味が分からんな。だが……どちらにしろ、嫌な予感がする」
アベルが言う。
それを聞いて、涼が顔をしかめる。
「アベルの嫌な予感はよく当たるので、言うのは禁止です」
「そう言われても……今、言ったしな」
「そういうのが困るんです。周りの人の迷惑というのを、全く考えていないから!」
「俺が言おうが言うまいが、結果には影響しないだろう?」
「くっ……また正論でかわす」
「当然、諸国連邦としては一騎打ちを選ぶだろう」
「あんなもの、街に撃ち込まれたら困りますもんね。一騎打ちならあるいは、って思うでしょうけど……」
「バットゥーゾンは、何が何でも一騎打ちに持ち込みたいということだ。誰を用意してきた?」
「正面に出てきたみたいで……え?」
誰なのかを認識して、涼は固まった。
バーダエール首長国軍から出てきたのは、水色の長い髪の女性。
同時に、軍使がやってきて告げた。
「東部諸国の代理人は、『清涼なる五峰』のキンメ殿である」
その内容に驚く西部諸国連邦の者たち。
「『清涼なる五峰』!」
「かの高名な!」
「キンメというと、エンチャンターのか!」
「いや、実はキンメ殿は全てにおいて最強だと聞いたことがある」
「確かに、東部諸国を代表する護衛パーティー……」
「東部諸国と契約を結んでいるが……」
「相手になる者など、連邦には……」
そんな声が飛び交う。
「『清涼なる五峰』の連中か。確かに、東部諸国の護衛パーティーだ」
アベルのその呟きで、涼は復活した。
「キンメさんって……誰も勝てるわけありません。だって彼女……」
「ああ……」
「魔人なんですから」
涼はそう呟くと、首を振る。
そう、キンメは魔人だ。
かつて、ナイトレイ王国の南に封じられていた魔人。
「魔人なの、あの人……」
「底知れない強さを感じますね」
「綺麗な人だな」
エトが驚き、アモンが強さを感じ、ニルスが素直な気持ちを表す。
「ほら、コナ村のヴァンパイア討伐があったじゃないですか。あの時、隠された神殿が崩落して……」
「ああ! 飛び出してきて空に浮いた人!」
涼が説明し、エトが思い出す。
あの場には『十号室』もいたのだ。
「こんな暗黒大陸にまで来てたのか」
「凄いですね、魔人って」
ニルスとエトが驚いている。
「でも、どうして……」
顔をしかめてそう呟いたのは涼だ。
アベルは、涼の疑問は分かる。
「どうして、東部諸国の代理人になっているのか」だろう。
食事処でも会って話したが、戦争や国の存亡に関わるタイプではないように感じた。
「アベル、こういう場合、直接聞きに行っていいんですかね」
「え? さあ……それは俺も分からん」
涼の直接的な問いに、さすがのアベルも困惑する。
その答えを聞いて、涼はまだ相談している首脳陣の元に向かった。
「お忙しいところすいません、ラムン・フェスさん」
「うん? ああ、ロンド公爵、どうしました?」
「ちょっと尋ねたいことがあるので、キンメさんに直接聞きに行ってきてもいいでしょうか?」
「は?」
「一騎打ちの作法的に、問題がありますか?」
「いや……特に、そういうのは無かったかと思いますが……。ああ、そうですね、いちおう軍使と一緒に行っていただければ……。もちろん、相手……キンメ殿が拒否すれば別ですが」
「話したくないと言われたら、すぐに戻ってきます」
涼はそう言うと、一礼し、軍使と共にバーダエール首長国側に歩いていくことにした。
その後ろから、アベルとスコッティーがついていく。
『十号室』の三人も行こうとしたのだが、それはアベルが止めたのだ。
多くなりすぎるのは良くないと。
軍使と共に、三人が近付いてくるのはバーダエール首長国側からも見えたのだろう。
動きがある。
前面に出て立っているキンメは、涼が近付いてくるのを確認したのだろう。
片手を挙げている。
それに答えて、涼も右手を挙げる。
それを見て、バーダエール首長国側の緊張は解かれた。
同時に、近付いてきた涼とアベルに気付く。
「あれは、ホソイナで……」
「ああ。魔人と戦った……」
「ロンド公爵だ」
「アベル王もいらっしゃるぞ」
「お二人が西部諸国連邦の街にいたとは」
「まさか、お二人は敵?」
そんな会話が、キンメの元に着いた涼の耳にも聞こえていた。
「お久しぶりです、キンメさん」
「そう、久しぶりねリョウさん」
キンメは笑顔だ。
あの時と変わらない笑顔。
だが、少しだけ声のトーンが低い気がする。
「僕が来たのは、どうしてキンメさんが代理人になって一騎打ちを戦おうとしているのか、その理由を知りたかったからです」
「理由? バットゥーゾン首長に頼まれたから」
「それは……断れないのですか?」
「どうして断るの?」
「キンメさんに、この戦争に関与してほしくないからです」
涼は素直に気持ちを表現する。
もちろん論理的ではない。
とても感情的だ。
だが、それの何が悪い?
気持ちを、感情を、素直に吐露するのは悪いことではないはずだ。
「そう、リョウさんは優しいのね」
キンメは笑顔のまま言う。
一度首を傾げた後、言葉を続ける。
「私のパーティー、『清涼なる五峰』は覚えている?」
「はい、もちろんです」
「彼らの故郷は、東部諸国、その中でもバーダエール首長国なの」
「はい」
「家族もバーダエール首長国にいるわ。この戦いに協力しないと、家族が肩身の狭い思いをすることになるの」
「ああ……」
「人間って、そういうところがあるでしょう?」
キンメの笑顔は変わらない。
特に感情に起伏があるわけではない。
そういうものだと理解し、受け入れているのだ。
「私がちょっと戦って、問題が解決するのなら、戦わない理由は無いでしょう?」
「分かりますが……僕は嫌です」
「あら、どうして?」
「なんとなくです」
「あら……」
初めて、キンメの表情が、少しだけ悲しさを帯びた。
この後の展開を予想できたからかもしれない。
「あちらのラムン・フェス元首さんの命を奪えれば、戦わなくてよかったらしいけど……襲撃に失敗したそうなの。ラムン・フェスさんはずっと眠っていたそうなのに、今は起きているし……」
「先ほど、ラムン・フェスさんを、僕が起こしました」
「あら、まあ」
涼が告げ、キンメが再び笑う。
「僕は、ガーウィンと戦いました」
「ええ、聞いたわ。何か、ものすごいものが介入してきたそうね」
笑顔のまま肩をすくめるキンメ。
涼とアベル以外の人間は『悪魔』という言葉は知らないはずなので、キンメにそのことを伝えた人はいないはずなのだが……なんとなく理解しているようだ。
「あれはいわば、バーダエール首長国のために、代理人として戦ったようなものだと思います」
「そう……。言われてみればそうかも」
「それなのに、バーダエール首長国は西部諸国連邦に戦争を仕掛けています。僕の戦いは無駄になった気がします」
涼は、ここでも素直に感情を吐露する。
「人は多すぎるから、戦争したがるのよ」
「え?」
「むか~し昔は、ヴァンパイアが同じような感じだったのよ。そうそう、私たちスペルノも、数が多かった時はスペルノ同士で争っていたこともあったわね。だから、数の多い人間同士が争うのは仕方のないこと。私は、パーティーの家族のために、少しお手伝いをする」
「……身も蓋もありません」
涼は顔をしかめる。
「そもそも、今回の西部諸国連邦への戦争は、バットゥーゾン首長が旗振りですよね?」
「う~ん……私は、その辺りは知らないわ。でも、多分そうだと思う」
「だったら、僕はあの人を排除します」
「うん?」
「僕が、ガーウィンと戦ったのが、そもそも今回の戦争の原因になった気すらしてきました」
「難しいわね。全てを自分が思った通りに動かすことはできないから……良かれと思ってしたことが、他の誰かを不幸にしてしまう。今回のは、そういうものかもしれないわ」
「だったらなおのこと、僕は責任をとります」
涼がはっきりと言い切る。
もちろん、それは……。
「私と一騎打ちを戦うということになるけど?」
「退いてはもらえないんですよね?」
「ええ。さっき言った通り、パーティーメンバーとその家族のために、退けないわね。負けるわけにもいかない」
キンメの表情は笑顔のままだ。
だが涼には分かる。
涼が目の前に立てば、手加減などないだろうと。
西部諸国連邦の陣幕に戻った涼たち。
涼は、ラムン・フェスの元に行った。
「ラムン・フェスさん、ありがとうございました。キンメさんと話せました」
「そうですか。お知り合いだったのですね」
「はい、少し」
涼は正直に答え、頷く。
「それで、こちらの一騎打ちの代理人は?」
「決まっていません。というより、誰を出しても負けるという結論しか出ていません」
涼の問いにラムン・フェスが答え、無言のままチゴーイも頷いている。
「もし……もし、誰もいないのであれば、僕が代理人として出るのはダメでしょうか」
「え? いや、しかし……」
さすがに、涼の突然の提案に驚くラムン・フェス。
「驕りでも何でもなく、ここにいる中で、僕は一番強い……一番強い部類の人間だとは思うんです」
涼が言う。
それを無言のまま後ろで聞いていたアベルは驚いた。
(リョウがそんなことを言うなんて、初めてだな)
涼は、自分が強いと主張することはほとんどない。
それは謙遜でも何でもなく、自分よりも強い存在をいくつも知っているからだ。
ロンド公爵領にいるドラゴン、グリフォン、ベヒモス……剣の師匠デュラハン。
いずれも、涼が逆立ちしても勝てない存在。
だから、涼は自分が強いとは思っていないし、そう主張することもない。
だが、今この場では、自分が代理人に選ばれなければならない。
強い者が選ばれるのだから、そう主張するしかない。
「そう……私も、吟遊詩人たちが歌ってまわっている『ロンド公爵の歌』は聞いたことがあります……眠っていた間にですが。それほどの強さがあるのならと思うのですが、あれは吟遊詩人たちの歌。それを元に選ぶのは……」
「あの程度のことは簡単にできます」
「え?」
「一撃で十万人、でしたっけ。それくらいは簡単です」
「……」
「本当は、だから自分に任せろと言うべきなのでしょうけど……それくらい簡単にできる僕であっても、あのキンメさんに勝てるかは分かりません」
「……」
「ですので、他の誰も彼女に勝てるとは思えません」
「……」
「それでも! 可能性が一番高いのは、僕です」
涼が、ラムン・フェスを正面から見据えて言い切る。
いつにない涼の熱い説得を、アベルは見守るだけだ。
全ての判断は国主が行う。
国主であり国王たるアベルは、そのことを理解している。
ラムン・フェスが、多くのことを考えながら判断を下そうとしているのが分かる。
だから、見守る。
誰もが無言のまま過ぎる時間。
一分後。
「分かりました。ロンド公爵を代理人に指名します」
ラムン・フェスは涼を向いて言った。
その目の中に、すでに迷いは無い。
迷いのあるままの決断は、絶対にしてはいけないと理解しているからだ。
決断するからには、迷いは払拭せねばならない。
決断したからには、断固たる姿を見せねばならない。
「ありがとうございます」
指名され、深々と頭を下げる涼。
「ロンド公爵は、勝った後、何か考えがあるのですね」
「え……」
「だから、自ら一騎打ちの代理人に名乗りを上げた」
「はい……」
驚く涼。
その『考え』を言うべきかどうか迷うが……。
「いえ、言う必要はありません」
ラムン・フェスが止める。
「私は、ロンド公爵を指名した。それだけで十分です。よろしくお願いします」
「はい! やらせていただきます」
軍使が、一騎打ちの代理人に、涼が出ることを伝えに行く。
他にも、一気に慌ただしさが増す西部諸国連邦陣幕内。
その裏で……。
((大丈夫なのか、リョウ))
((もちろん、大丈夫じゃありません))
((おい……))
((でも、首を斬り飛ばされなければ、死なないと思うんです))
((は?))
((さすがに僕でも、首はヤバいです))
((うん、普通、他でもヤバいんだぞ))
アベルは心の中で、小さく首を振る。
((だって心臓は、ガーウィンに貫かれましたけど大丈夫でしたし))
((……そうだな))
((強引に血液を循環させれば、たいていどうにでもなる……あ! 肺はダメですね。肺を潰されたらまずいです))
((そうなのか?))
((赤血球に酸素を乗せることができなくなります。つまり体中に酸素を送れなくなるので、体中の細胞が死んじゃいます。だから肺はまずいですね))
((よく分からんが、気を付けろ))
((もし肺をやられたら……すぐにウォータージェットで胸を切り開いて、肺に直接ポーションをかけるしかないですよね。僕の特製ポーションなら、けっこういけると思うんです。胸を閉じるのが大変ですけどね))
((そうか、もはや人間の戦いじゃないな))
((失敬な! 目的のために全力を尽くすのは、最も人間的な行為の一つですよ……多分))
((そう、多分な))
涼が怒り、アベルが流す。
もちろん、『魂の響』を通しての会話であるため、表面上、涼もアベルもおすまし顔である。
((限界を超えなければ勝てないでしょう))
((限界を超える? そんなことができるのか?))
((さあ? 僕はやったことありません))
((あ、うん……俺もない))
限界なんて、普通は超えられない。
一生に一度も超えないのが、普通である。
そんなことを求められる時点で、可能性は限りなくゼロに近いということだ。
だが、それでも涼は向かう。
ラムン・フェスに直談判してまで、代理人となって戦おうとしたのだ。
その決意は、並々ならぬもの。
「アベル、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
そう言うと、二人は右拳をぶつけ合った。
西部諸国連邦側の代理人として、戦場に向かう涼。
それを見守るアベルと『十号室』。
「リョウが言うには、魔人ガーウィンよりもはるかに強いそうだ」
「え……」
アベルの言葉に、固まる『十号室』の三人。
もちろん西方諸国にいた『十号室』は、ガーウィンらとの魔人大戦には参加していない。
それでも、後の報告で、王国軍がかなり追い詰められたという話は聞いていた。
なぜか突然現れたロンド公爵……つまり涼がガーウィンと直接対決し、優勢に戦いを進めはしたものの、最終的に涼とアベルが、ガーウィンらとともに消えてしまったということも。
だから三人とも、魔人ガーウィンが恐ろしく強いというのは知っている。
しかし、目の前で涼と対峙する水色の髪の女性は、そんなガーウィンよりも強い……らしい。
アベルの傍らには、ザックとスコッティーもいる。
「あのガーウィンよりも、強い?」
「理解できん強さということだ」
ザックもスコッティーも顔をしかめたまま。
「リョウ対策で呼び戻したのかもしれん」
「リョウ対策?」
「ラムン・フェスが匿われている事すら把握していたのだ。当然、我々が寄港していることも分かっていただろう」
「なるほど」
アベルの言葉に、スコッティーが頷く。
涼ことロンド公爵が強いのは、バーダエール首長国は知っている。
涼たちが、首都ホソイナの前で、魔人ガーウィンらと戦ったからだ。
それを見ていたので。
大陸西部に軍を進めれば、涼を含めたナイトレイ王国一行がいる可能性がある……そう考えていたのかもしれない。
いや……。
「そうだったな、バットゥーゾンは未来が視えるんだった」
「ああ、なるほど。軍を進めれば、ロンド公爵が立ちはだかる未来が視えたと」
アベルが思い出し、スコッティーも同意する。
未来が視えるというのは、敵に回すと本当に厄介だ。
「ならば、この戦いの結果も……視えているのか?」
アベルの呟きは、誰にも聞こえなかった。
涼とキンメが対峙する。
そして、戦いの開始を告げる戦笛が響き渡った。
「行きます!」
「そんな余裕はないよ」
キンメが言った瞬間……。
「え? 浮いてる?」
自分の体が浮き上がり、戸惑う涼。
戸惑ったのも一瞬。
「ぐほっ」
涼の腹に突き刺さる石の槍。
さらに、両足、腕、肩……体中に刺さる石の槍。
「浮かされたら何もできないでしょう。人は地に足がついていないと、相手の攻撃をよけることもできない。最初から、リョウさんに勝ち目はなかったの」
キンメは呟くのだった。
『水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編Ⅲ』 2025年7月15日発売!
『水属性の魔法使い@COMIC 第7巻』 2025年7月15日発売!
『水属性の魔法使い ジュニア文庫 第5巻』 2025年7月1日発売!
『第三部 第二巻』が6月20日、『第三部 第三巻』が7月15日、
アニメが7月から放送ですので、それに合わせて連続刊行です。
ついに、初アクリルスタンドが7月15日に発売です!
涼とアベルです!
特設サイトから、どうぞ!
書籍特設サイト http://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html
【なろう版】も第四部最終章に入っています。
いろいろ大変です。