表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
890/930

0843 条件

「それにしても、食堂でも戦っていたのですね。私を守ってくださった、教会の方々に感謝しなければなりません」

「いや、元首閣下、どうかお気遣いなく」

ラムン・フェスが感謝を示し、グラハムが笑顔で答える。


しかし、二人の会話内容は少し変だ……涼もアベルも、そのことに気付く。


((ラムン・フェスさんて、さっき……グラハムさんの、食堂での戦いがどうこうって言ってませんでしたっけ?))

((言っていたな。だが、今はそのことを覚えていないようだ))

((え……まさか……))

((記憶を消されたのかもしれん))

涼もアベルも、わずかでも聞かれたら困るので、『魂の響』を通しての会話だ。


涼が、目だけを動かしてそっとグラハムを見る。

そう、本当に恐ろしいものを見るように。


((例の『聖煙』とかいうやつですかね))

((分からんが……元異端審問庁長官なんだろ? その辺の技術だろうな))

((恐ろしい……))

((聞かれてはいけない情報を、戦闘時にラムン・フェスが聞いてしまったんだろう))

((そ、それでも勝手に記憶を消すのは……))

((確かにいいことではないが……殺して完全な口封じよりはまし、と考えるしかないだろう))

((あ、はい))

アベルの言葉を、涼も受け入れた。


そう、殺されるよりは一部の記憶を消される方がまし……。


((西方教会って、やっぱり恐ろしいところですね))

((それは間違いなさそうだな))

二人が抱いた結論は同じものだった。



教会からは、ラムン・フェスは馬に乗った。

「目が覚めてからは健康そのものなんだから、歩いても大丈夫だぞ?」

「ダメです。目を覚まされたばかりなのですから」

ラムン・フェスの言葉を、頭から拒否するチゴーイ。


結局、さして抵抗することもなくラムン・フェスは用意された馬に乗った。

ちなみに、ラムン・フェス用の馬だけだ。

チゴーイはもちろん徒歩。

グラハムらも徒歩。

ナイトレイ王国一行も徒歩……。


「本当に病み上がりの人用だけです」

「まあ、戦いが起きようとしているわけだしな」

涼とアベルのコソコソ会話だ。


「アベルが望めば、ニルスが馬の代わりをしてくれると思うのですが……」

「もちろんです! 陛下が望まれるのなら!」

「うん、望まん」

涼が提案し、ニルスが乗り、アベルは乗らない。


エトとアモンは小さく首を振り、スコッティーも首を振る。

国王陛下の周囲というのは、いろいろと大変らしい。



「なるほど、アベルは、人を馬のように使うのが嫌なのですね」

「当たり前だろうが」

「なら、僕が、<台車>の魔法でアベルの移動用の荷車を準備しますよ。どうぞ、それに乗ってください」

「いや、遠慮する」

「え? どうしてですか? 人の上に載るわけではないので、外聞は悪くないですよ」

「あれは、キラキラ輝いて目立ちすぎる」

アベルは、目立ちすぎるのはそんなに好きではないのだ。


式典で、自分が王として振る舞うことによって民が喜ぶ、あるいは結束するというのなら喜んで目立つ立場もやるのだが、今回はそうではない。

主役はラムン・フェスであり、この街にいるのは彼の民や兵たちだ。


「そういうのを悪目立ちと言うんだろう?」

「アベルが常識のある人で良かったです」



ゆっくりと進む一行。

馬上のラムン・フェスを見ると、兵たちは片膝をついて礼をとる。

ヴォンの民たちも、恭しく頭を下げる。


大きな声が起きたのは、一行が陣幕(じんまく)に入ってからだった。


そこには、二人の政府高官がいる。


「げ、元首閣下!」

宰相ゼンモシ。


「よ、よくご無事で」

副元首ジャージャ。


もちろん二人がまともな挨拶をするまでに、何十秒も必要だったが……そこはあえて触れまい。

その間、ラムン・フェスは無言のまま馬上から二人を見下ろしていた。


「あの表情だけで分かりますね」

「ラムン・フェスは、副元首と宰相が何をしようとしたのか。そもそも、なぜこの街にいるのかも理解しているんだろうな」

涼もアベルも、コソコソ会話を続けている。



「チゴーイ、東部諸国軍に軍使を送れ。内容は、トップ同士の会談だ。こちらからは、西部諸国連邦元首ラムン・フェスが出るとな」

「承知!」

チゴーイは答えると、すぐに兵を呼び、内容を言づけて相手に送った。



その動きを見て、ナイトレイ王国の首脳は情報を交換する。

「これで兵を退いてくれれば、それが一番だ」

「確かに。でも、退きますか?」

「退く可能性はある。ここに至るまでに、いくつもの連邦加盟国が脱退したんだろ。それだけでも、東部諸国にとっての一定の成果は出ている」

「なるほど、確かに。兵をほとんど損ねることなく、仮想敵国の力をかなり削ったわけですからね。戦略的には大勝利と言ってもいいですよね」

アベルの説明に、涼も同意する。


戦争は、戦場だけで起きるのではない。

特に勝ち負けは、戦場以外で決することも多い。


「ただ……」

「アベル、何か不穏(ふおん)なことを言おうとしてます?」

「あのバットゥーゾン首長という御仁(ごじん)の性格だ」

「ああ……」

「それだけで満足するタイプには見えなかったんだよな」

「ああ……」

アベルの言葉に、顔をしかめる涼。


国のトップにいる人物の性格というのは、決して無視してよい要素ではない。

ただ一人の性格が、国家という巨大な組織の動きに大きな影響を与える場合がある……それもまた事実なのだ。



しばらくすると、軍使が戻ってきた。

「会談は拒否する、代理人による一騎打ちで決着をつけるのはどうか、とのことです」

「一騎打ち? 古風な……」

ラムン・フェスが首を振りながら呟く。


そして、チゴーイと話し始めた。



「代理人による一騎打ちとかあるんですね」

「らしいな」

「らしいな? 中央諸国にはないんですか?」

「昔はあったかもしれん。物語では読んだことがあるからな。だが、現代では……俺が知る限り、中央諸国にはそんなしきたりはない」

アベルが答える。


そう、聞いたことがあるのは物語の中での話だ。

騎士道、華やかなりし時代の話……。


「代理人が、全軍を代表して出るってことですよね。向こうから提案してきたってことは、自信のある人がいるんでしょうけど……」

「バーダエール首長国だろ? あんまり強そうなのはいなかったと思うが」

二人共首をひねる。


涼とアベルは、バーダエール首長国の首都ホソイナの外で、魔人ガーウィンとその眷属(けんぞく)らと戦った。

むしろ、二人がバーダエール首長国の『代理人』として戦ったようなものだ。


「その恩を(あだ)で返されています」

「俺も、その気持ちは分かる」

いつもはなんだかんだと言い返すアベルだが、今回の涼の言葉には同意する。


もちろんバーダエール首長国としては、アベルや涼たちが、この戦争に干渉してきてほしいとは思っていないだろうが。



両陣営を、それぞれの軍使が行ったり来たりしている。

その一人がラムン・フェスに告げた。


「南の砂漠を見ろ、とのことです」

「南の砂漠?」

ラムン・フェスが首を傾げ、相談に乗っていたチゴーイも首を振る。

理由は分からないが、街の南に広がる砂漠を見た。


その数瞬後。



巨大な爆発が起きた。



それは、巨大という言葉を陳腐(ちんぷ)に感じさせるほどの、本当に大きな……。


「何だ、あれは……」

「まるで核爆発です……」

アベルと涼も言葉を失う。


二人の後ろにいる『十号室』の三人も、ザックとスコッティーの二人の中隊長も、誰も言葉を発せられない。


だが、見ていた全員が思ったはずだ。

あれが、もし、街で起きたら……一撃で街の全てが灰燼(かいじん)()すと。


バーダエール首長国側から来た軍使が告げる。

「我が軍は、あの攻撃を何度も行うことができる。降伏するか、一騎打ちで決するかをお薦めする」


次回、「0844 絶望の戦いⅠ」

まだ大陸南部にも辿り着いていないのに……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ