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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第五章 開港祭
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0084 <<幕間>>

涼は、北図書館の禁書庫にいた。

禁書庫は、冒険者はB級以上でなければ入れないため、もちろん一人ではない。


隣には、背中までのプラチナブロンドの髪を軽く結んだ、美の女神もかくやというエルフ女性が座っている。セーラである。


本来は、B級以上の付き添いがいたとしても、資格外の人物が禁書庫に入ることは許可されない。

だが、今回涼が入っているのは、セーラが特別に、直接領主の許可を取り付けたからである。


目的は、涼がウィットナッシュの街に依頼で出かけている間に、セーラがこの禁書庫で見つけた、とある錬金術関連の羊皮紙束を閲覧するためであった。


禁書庫内の書籍、書類、その他は書庫外に持ち出すことは許されない。

であることを考えると、その羊皮紙束を涼が見るためには、特別に許可を受けて涼が禁書庫に入るしかなかったのである。




涼は、一通り束に目を通すと、顔を上げた。


「実に興味深いですね」

「だろう? そう思って涼に伝えに行ったんだ……」

「すいません、護衛依頼で出かけてて」


涼がウィットナッシュに護衛依頼で十三日間、街を離れている間に、セーラはわざわざこの束の事をギルドまで知らせに来てくれたという。

感謝の言葉しかない。


「いやいやいいんだ、気にするな」

そう言った横顔は、涼にはちょっとだけ得意気に見えた。



「よし、じゃあちょっとメモを取りますね」

そういうと、涼は持ってきた紙束とペン、インクを机の上に並べだした。


「羊皮紙だと<転写>で写せないものな。紙に描かれていれば簡単だったのにな」

残念そうな顔でセーラは言った。


「……へ?」

「……うん?」


涼が変な声で聞き返し、それに対してセーラも聞き返す。

何か、意思の疎通に問題があったらしい。


「転写がどうとかって、今言いました?」

「転写がどうとかって、今言いました」


語尾を上げるか上げないかだけで、大きく意味が変わる……言葉とはかくも難しきものである……。



「もし、これが紙に描かれているものであれば、<転写>とか言うのを使えば、すぐに別の紙に写せるのです?」

「うむ、写せる。涼のその言い方は、<転写>の魔法を知らないということだな」

ようやく理解できて、セーラはにっこり微笑んだ。


(この笑顔を見るためなら、何度も「<転写>を知りません」って繰り返してもいい……)


涼の思考が乱れた。

だが意志の力で元に戻す。


「はい。転写の魔法とか知りません……」

「リョウって面白いな。色々知っていそうで、色々強いのに、基本的なことを知らなかったりする」

「転写って基本だったのか……」


そこまで聞いて、ようやく一つの謎が氷解した。


冒険者ギルドによく置いてある紙……冒険者登録した際にニーナが涼に見せてくれた説明書……それらは全て<転写>されたものだったのだ。

だから、大量に存在し得ていたのである。



『ファイ』においては、活版印刷の代わりに魔法がその役割を担っていたのだ。

考えてみれば当然なのかもしれない。

『魔法』というこの上なく便利な『道具』があるのなら、活版印刷など生まれ出でないだろう。


「その転写の魔法って、僕でも使えますかね?」

「う~ん、どうかな。無属性魔法だけど、あれって珍しいことに、向き不向きがあるみたいだから。だから、街で商業活動する場合とかは、転写屋さんに頼むぞ」

この世界にも印刷会社があるらしい……。


「ハッ 誰でも転写できるなら、わざわざ高いお金で本を買わなくても……」

「うん、それは違法だ」

この世界にも著作権の様なものがあるらしい……。


「やっぱり本は、ちゃんと買って読んだ方がいい。それが作者さんのためだ」

「はい、そうします」

涼が素直に頷いたので、セーラはにっこり微笑んだ。




なんとか書き写し、一息ついたところで涼は以前から疑問に思っていたことをセーラに尋ねた。


「ずっと疑問に思っていたんですけど、セーラさんってよく図書館にいますよね?」

「うん、いるな」

「入館料の出費、かなりの額にのぼるんじゃ……」

「え……」


セーラは、スッと視線を逸らした。


「あ、あれ?」

「いや……ほら……私、館でお仕事してるから、入館料は無料に……」

「なんて羨ましい!」

涼の心の底からの叫びであった。


「さ、最初は払ってたんだぞ? でも、ここの入館料収入の九割以上が、私が支払っているものだということを知った領主様が、それはあんまりだということで無料に……。あ、でもそれのおかげで涼は今回、禁書庫に入れたんだから……」


なぜか最後は「エヘン」という声が聞こえそうな、感謝してねという態度であった。

「もちろん、それは感謝してます」


これは本心である。


「あ、そうだ、後でさっき言ってた<転写>の魔法、知り合いの転写屋さんの所に連れて行って見せてあげよう」

強引に話を変えるセーラ。

「……ぜひお願いします」

涼も敢えてそれに乗ることにした。


「僕は、魔法についてあまりにも知らなさすぎるので……」

「私も、人間の魔法というか、この中央諸国の魔法については詳しくはないけど……まあ森を出てからそれなりの年月が経つから、いくつかは涼の疑問にも答えられると思う」



(セーラさんって、実際のところ何歳なんだろう……)



「リョウ……今、何か変なことを考えたろう」

「い、いえ……」

セーラがジト目で涼を見ている。そんなセーラから視線を逸らす涼。


「私はだいたい、二百歳」

涼は驚いてセーラを見た。

「なに~? 何か意外だったか?」

意地悪に成功した綺麗な女性、題名をつけるならそんな笑顔のセーラ。


「いや……二百年生きてるのにそんなに綺麗なのは驚きだと……」

「め、面と向かってそう言われると、さすがに照れる」


顔を真っ赤にしてセーラは横を向いた。




二人で、『飽食亭』で仲良くカレーを食べた後、セーラの知り合いだという転写屋に向かった。

大通りから一本裏に入った通りではあるが、なかなか立派な店構えである。

「転写の速度は、人によってかなり違うから、速くできる人は自然と仕事量が増えて、儲かるらしい」

セーラは、立派な店構えの理由を話してくれた。



「じゃあ入ろうか」

そう言って扉を開けようとすると、中から人が出てきた。


「おう、セーラ」

「アベル、お久しぶりね」

転写してもらったらしい紙の束を抱えたアベルが、店から出てきた。


「アベルがお仕事とは珍しいですね」

「リョウ? いや俺だって仕事するぞ……って、なんでリョウがセーラと一緒にいるんだ?」

涼の軽口にアベルが驚いて反応した。


「セーラさんは僕の……いわば先生です」

「リョウは私の……いわば生徒です」

そういうと、二人は笑い合った。


「お前ら、仲いいな……」

アベルが二人の様子にあっけにとられていると、店の中から人が出てきた。


「アベルさん、扉を閉めて……あ、セーラさん、いらっしゃいませ」

出てきたのは三十代半ばの女性であった。

「おっと、時間をくった。じゃあ俺はこれ持って行くから。リョウには色々と聞きたいことがあるから、その時にまたな」

そう言うと、アベルは去って行った。



「やあコピラス、久しぶり。リョウ、こちらは転写屋のコピラス。ルンの街一番の転写屋だ」

「いや、セーラさん、それは言い過ぎ……。初めましてリョウさん、転写屋のコピラスです」

「冒険者のリョウです」

コピラスと涼は挨拶を交わした。


「コピラス、実はリョウが<転写>の魔法自体を知らないと言うので、それを見せるのに連れてきたんだ。申し訳ないが、ちょっとだけ転写するところを横で見せてもらえないだろうか」

「いいですよ。今のアベルさんのは急ぎだったからあれでしたけど、ゆっくり請け負っているのがあるので、それを転写しているところを見て行ってください」


そう言うと、コピラスは二人を店の奥へと案内した。



コピラスが見せてくれた転写の魔法は、効果はそのまま『ページをコピー&ペースト』であった。


左手を元ページの上にかざし、右手を転写先ページの上にかざす。

「我は願う ペンと紙の奇跡によりて双子が生まれ出でんことを <転写>」

これによって、まったく同じページが複製されるのだ。


その際、拡大縮小をすることはできず、転写先の紙の大きさいかんに関わらず「そのまま」転写される。

現代地球のコピー機ほどのスピードは当然ありえないのだが、A4一ページが、五秒程度で転写できるのだから、十分以上に実用的なスピードであった。


「これは凄いですね」

涼は心の底から思った。

午前中、羊皮紙からの書き写しをしたから尚更だったかもしれない。


「うむ。この魔法は、人間の生活を大きく変えた魔法の一つだ」

「セーラさん、大げさ」

セーラが重々しく宣言した言葉に、コピラスが苦笑しながら答える。


「大げさなものか。凄い魔法だし、それを使いこなすコピラスたちは本当に凄いと思う」

セーラのような物の見方が出来ると言うのは、涼から見ると非常に好ましいものであった。

そう、派手なものだけが凄いわけではないのだ。


「コピラスさん、いいものを見せていただきました。ありがとうございました」

「いえいえ、こんなので良ければいつでも。リョウさんも、何か転写の必要があったら、ぜひうちを利用してくださいね」



涼とセーラは転写屋を出た。

だがそこで、唐突にセーラが涼に呼びかける。


「リョウ、話がある」

何とも仰々しい切り出し方。


「え? セーラさん?」

「そう、それ、そのセーラさんってやつ」

「え?」


「これまでは、私がB級だからかしこまってさん付けなのかな、仕方ないかな、と思っていたけど……さっきのアベルには呼び捨てだった。だから私も呼び捨てがいい」

セーラはそう言うと頬を膨らませた。


ものすごく可愛らしい。


「そ、それは構いませんが……」

「はい、なら実行。セーラ」

「……セーラ」

「よし!」


そう言うと、セーラは嬉しそうに微笑んで歩き出した。


次話0085より、新章突入です。

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