表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
888/930

0841 港の状況

ヴォン港の出入り口に陣取るスキーズブラズニル号は、魔法による集中砲火ともいえる攻撃を受けていた。

しかし、船首で両腕を組むローブの魔法使いは胸を反らして言い切る。

「その程度の攻撃では、僕の守りは破れません」

涼は自信満々に言い放つ。


実際、東部諸国艦隊からの全ての魔法砲撃を弾き返し、スキーズブラズニル号もヴォン港も、港から出てきた法国艦隊も、無傷だ。


「さすがリョウだな。守りに関して、その右に出る者はいないだろう」

「いやあ、それほどでも」

アベルが手放しで褒め、涼が照れる。


アベルはこういう時、素直に褒めることが多い。

その方が、相手が力を発揮しやすくなることを本能的に知っているのだ。


将来、人の上に立つ者になるための、教育の賜物(たまもの)である。

世界によっては、それを帝王学と呼ぶのかもしれない。



「それにしても、相手の狙いが分かりませんね」

「うん?」

「これだけ攻撃してくれば、抜けないことは分かるはずです。それでも攻撃を続けてきます。艦隊にいる魔法使いたちの魔力だって、無限ではないはずなのに」

「確かにそうだな」

涼の指摘に、アベルも首を傾げる。


「ここまで派手な攻撃を……」

「派手な攻撃……」

涼が何かに気付き言うのを止め、アベルも何かに気付く。

「僕らの耳目(じもく)をひきつけておくため?」

「陽動作戦か」

二人同時に答えに辿り着く。


「街の東にラクダ部隊が到着したって、さっき報告がありましたよね?」

「あったな。あの後も、対峙したままとか」

「つまり、街の中で何か……」

涼が顔をしかめる。


裏をかかれたことに気付いたのだ。



そこへ報告が飛び込んできた。

「ヴォン教会が襲撃されました。ですがグラハム教皇らが死守したとのことです!」


「狙いは教会だったか」

「教会に、金塊とか宝石とかあるんですかね? 蓄財(ちくざい)に励む教会とか、物語ではよくあるパターンです」

「出たな、パターン。だが今回はそういうのじゃないだろう」

「あれ? そうなんです?」

「恐らくだが、ラムン・フェスの身柄が教会に置かれてるんだろう」

「ああ、例の元首閣下。なるほど」

アベルが推測し、涼も受け入れる。



襲撃して、そんなカリスマの命を奪えれば……東部諸国、もっと正確に言うならバーダエール首長国にとっては大勝利だ。

今回の戦争の帰趨(きすう)を決することになる。


「噂では大けがをして動けないんですよね」

「そう、噂ではそうだが……パウリーナ船長からの報告では、眠り続けているらしい」

「眠り続けている?」

「原因は分からんし、グラハムたちによる<解呪>も失敗したそうだ」

涼の疑問に、アベルが答える。


「<解呪>……その魔法、聞いたことがあります。ハロルドの『破裂の霊呪』を<解呪>しようとしたけどうまくいかなかったって」

「そうだ。<解呪>の魔法は、中央諸国と西方諸国では共通している。どちらも、十人ほどの神官や聖職者たち……つまり光属性魔法の使い手たちによる大魔法だ。強力な術者が多ければ多いほど効果が大きくなる」

「変わった魔法ですね。特に中央諸国なんて、詠唱さえ唱えれば絶対に魔法が発動するのが普通じゃないですか。でも、その<解呪>は違うと」

「そうだな。俺も正確には知らんが、以前リーヒャから聞いた話だと、数百年以上前からある魔法らしいぞ」

リーヒャは、かつて聖女に認定されたナイトレイ王国王妃だ。


「教皇……グラハムさんとかが加わった<解呪>で無理ってことは、ほとんど解呪不可能ってことでしょう? ハロルドのやつも、大神官様が加わったけど、無理で……それで魔王の血を求めて西方諸国に行ったんですもんね」

「そうだ。ラムン・フェスの場合、どうするつもりなのかは分からんが……どちらにしろ、命は狙われるよな」

涼もアベルも、小さく首を振る。


戦争に巻き込まれていることは分かっているが、それでも人の命を奪うという行為には忌避(きひ)感を覚える。

理性の問題でなく、感情の問題である以上、仕方がない。



その間も、東部諸国艦隊からの魔法砲撃は続けられていた。

だが、さすがに、最初の頃に比べれば散発的になってきた。


しばらくすると完全に砲撃は止み、港からの手旗信号によって、チゴーイからの報告が届く。


「東部諸国軍からの要求は、ラムン・フェスの身柄の引き渡しだそうです。そうすれば撤退すると」

「ラムン・フェスの身柄?」

「襲撃が失敗したので、正面から要求してきたんですね」

報告を受けて、アベルも涼も顔をしかめる。


「西部諸国の民が知る情報は、ラムン・フェスは行方不明ということだから……」

「だからそのまま亡き者にしてしまえば、後顧(こうこ)(うれ)いを完全に断てると」

アベルの言葉に、涼も頷いて答える。



ラムン・フェスのような強烈なカリスマ、敵である東部諸国からすれば、起きられると大変困るだろう。


襲撃で(ほうむ)ることができればよかったが、うまくいかなかった。

だから街の安全と引き換えに、ラムン・フェスの体を手に入れて……殺す。


確かに合理的かもしれないが……。


「僕は、そういうのは嫌いです」

涼が顔をしかめて、はっきりと言い切る。


「俺だって嫌いだ」

アベルも肩をすくめる。


好きな人など、あまりいないだろう。



「ラムン・フェスさんって、眠り続けているんですよね?」

「ああ、そうだな」

「ご飯とか、水とか、摂取してるんですかね?」

「いや……摂ってないだろ」

「それでも生き続けてる?」

「そうだな。不思議だな」

アベルは素直に頷く。



涼は地球出身だ。

だから、エネルギーというものの存在を無視しない。


人が動き続ける、いや生き続けるためには、エネルギーの供給が必要である。

水を飲み、物を食べ……。

それが断たれれば、必ず死ぬ。


確かに寝ている間は、必要なエネルギー量は少なくて済む。

しかしそれでも、ゼロではない。


だがラムン・フェスは眠ったまま、飲まず食わずだと。

それはとてもおかしい。


その辺りに何か、眠り続けている理由と関係があるのではないかと思えるのだ。



現場百遍(げんばひゃっぺん)と言います」

「うん?」

「実際に、本人を見てみないと分かりません」

「見れば……分かるのか?」

「それすら、分かりません」

涼は正直に答える。


「あっちの東部諸国艦隊からの攻撃は止んでいます」

「そうだな、ずっと魔法砲撃を続けていたが……ラムン・フェスへの直接攻撃は失敗、目を逸らさせる必要もなくなったからな」

「こっちを、爆炎の何とかに任せても大丈夫でしょう」

「……は?」

涼から信じられない単語が聞こえて、アベルは驚く。


「爆炎の何とかが乗った船も、港の外に出てきているでしょう?」

「ああ。確か、あの剣と盾を持った船首像の船だ」

アベルは言ったが、少しだけ自信がないので、後ろにいるパウリーナ船長を見る。


パウリーナは無言で頷く。


「船長、ちょっとアベルと向こうの船に行ってきます。僕の守りは外しますけど、爆炎の何とかも強い魔法使いです。特に<障壁>はかなりのものなので、防御を引き継げるはずです」

「分かりました」

涼の言葉に、パウリーナは頷く。


涼はアベルをしっかりと見て言う。

「説得次第で、爆炎のプライドを刺激できると思うんです」

「……それであいつに全艦隊を<障壁>で守らせるのか?」

「仕方ありません。爆炎に、ラムン・フェスさんをなんとかしろと言っても、無理でしょう? やつは火属性の魔法使いですから」

「リョウは水属性の魔法使いだから、何とかなると」

アベルにも、ようやく涼がしようとしていることが見えてきた。

もちろん、少しだけだ。


具体的に何をしようとしているのかは分からない。


「いや爆炎に直接言うより、フィオナ様に言う方が効果的ですかね。あの人なら、ちゃんとしてくれそうです」

「オスカー殿は爆炎で、フィオナ殿はフィオナ様なんだな」

「当然です。フィオナ様は悪い人ではありませんからね。爆炎が背負う罪の重さは、あまりにも大きすぎます」

「罪の重さ……そんな大げさなのか」

「もちろんです。アベルには分からないのですかね、仲間を傷つけられる苦しみが」

涼が(いきどお)りを表す。


「俺だってわかるぞ」

そう、アベルだって分かるのだ。

王都の路上で、リーヒャが傷ついた姿を見て逆上したことがある。

勇者ローマンと死闘を繰り広げたのは、今となっては懐かしい思い出……。


「まあ、いい。帝国側との交渉は俺がやる」

アベルは自分から引き受けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ