0841 港の状況
ヴォン港の出入り口に陣取るスキーズブラズニル号は、魔法による集中砲火ともいえる攻撃を受けていた。
しかし、船首で両腕を組むローブの魔法使いは胸を反らして言い切る。
「その程度の攻撃では、僕の守りは破れません」
涼は自信満々に言い放つ。
実際、東部諸国艦隊からの全ての魔法砲撃を弾き返し、スキーズブラズニル号もヴォン港も、港から出てきた法国艦隊も、無傷だ。
「さすがリョウだな。守りに関して、その右に出る者はいないだろう」
「いやあ、それほどでも」
アベルが手放しで褒め、涼が照れる。
アベルはこういう時、素直に褒めることが多い。
その方が、相手が力を発揮しやすくなることを本能的に知っているのだ。
将来、人の上に立つ者になるための、教育の賜物である。
世界によっては、それを帝王学と呼ぶのかもしれない。
「それにしても、相手の狙いが分かりませんね」
「うん?」
「これだけ攻撃してくれば、抜けないことは分かるはずです。それでも攻撃を続けてきます。艦隊にいる魔法使いたちの魔力だって、無限ではないはずなのに」
「確かにそうだな」
涼の指摘に、アベルも首を傾げる。
「ここまで派手な攻撃を……」
「派手な攻撃……」
涼が何かに気付き言うのを止め、アベルも何かに気付く。
「僕らの耳目をひきつけておくため?」
「陽動作戦か」
二人同時に答えに辿り着く。
「街の東にラクダ部隊が到着したって、さっき報告がありましたよね?」
「あったな。あの後も、対峙したままとか」
「つまり、街の中で何か……」
涼が顔をしかめる。
裏をかかれたことに気付いたのだ。
そこへ報告が飛び込んできた。
「ヴォン教会が襲撃されました。ですがグラハム教皇らが死守したとのことです!」
「狙いは教会だったか」
「教会に、金塊とか宝石とかあるんですかね? 蓄財に励む教会とか、物語ではよくあるパターンです」
「出たな、パターン。だが今回はそういうのじゃないだろう」
「あれ? そうなんです?」
「恐らくだが、ラムン・フェスの身柄が教会に置かれてるんだろう」
「ああ、例の元首閣下。なるほど」
アベルが推測し、涼も受け入れる。
襲撃して、そんなカリスマの命を奪えれば……東部諸国、もっと正確に言うならバーダエール首長国にとっては大勝利だ。
今回の戦争の帰趨を決することになる。
「噂では大けがをして動けないんですよね」
「そう、噂ではそうだが……パウリーナ船長からの報告では、眠り続けているらしい」
「眠り続けている?」
「原因は分からんし、グラハムたちによる<解呪>も失敗したそうだ」
涼の疑問に、アベルが答える。
「<解呪>……その魔法、聞いたことがあります。ハロルドの『破裂の霊呪』を<解呪>しようとしたけどうまくいかなかったって」
「そうだ。<解呪>の魔法は、中央諸国と西方諸国では共通している。どちらも、十人ほどの神官や聖職者たち……つまり光属性魔法の使い手たちによる大魔法だ。強力な術者が多ければ多いほど効果が大きくなる」
「変わった魔法ですね。特に中央諸国なんて、詠唱さえ唱えれば絶対に魔法が発動するのが普通じゃないですか。でも、その<解呪>は違うと」
「そうだな。俺も正確には知らんが、以前リーヒャから聞いた話だと、数百年以上前からある魔法らしいぞ」
リーヒャは、かつて聖女に認定されたナイトレイ王国王妃だ。
「教皇……グラハムさんとかが加わった<解呪>で無理ってことは、ほとんど解呪不可能ってことでしょう? ハロルドのやつも、大神官様が加わったけど、無理で……それで魔王の血を求めて西方諸国に行ったんですもんね」
「そうだ。ラムン・フェスの場合、どうするつもりなのかは分からんが……どちらにしろ、命は狙われるよな」
涼もアベルも、小さく首を振る。
戦争に巻き込まれていることは分かっているが、それでも人の命を奪うという行為には忌避感を覚える。
理性の問題でなく、感情の問題である以上、仕方がない。
その間も、東部諸国艦隊からの魔法砲撃は続けられていた。
だが、さすがに、最初の頃に比べれば散発的になってきた。
しばらくすると完全に砲撃は止み、港からの手旗信号によって、チゴーイからの報告が届く。
「東部諸国軍からの要求は、ラムン・フェスの身柄の引き渡しだそうです。そうすれば撤退すると」
「ラムン・フェスの身柄?」
「襲撃が失敗したので、正面から要求してきたんですね」
報告を受けて、アベルも涼も顔をしかめる。
「西部諸国の民が知る情報は、ラムン・フェスは行方不明ということだから……」
「だからそのまま亡き者にしてしまえば、後顧の憂いを完全に断てると」
アベルの言葉に、涼も頷いて答える。
ラムン・フェスのような強烈なカリスマ、敵である東部諸国からすれば、起きられると大変困るだろう。
襲撃で葬ることができればよかったが、うまくいかなかった。
だから街の安全と引き換えに、ラムン・フェスの体を手に入れて……殺す。
確かに合理的かもしれないが……。
「僕は、そういうのは嫌いです」
涼が顔をしかめて、はっきりと言い切る。
「俺だって嫌いだ」
アベルも肩をすくめる。
好きな人など、あまりいないだろう。
「ラムン・フェスさんって、眠り続けているんですよね?」
「ああ、そうだな」
「ご飯とか、水とか、摂取してるんですかね?」
「いや……摂ってないだろ」
「それでも生き続けてる?」
「そうだな。不思議だな」
アベルは素直に頷く。
涼は地球出身だ。
だから、エネルギーというものの存在を無視しない。
人が動き続ける、いや生き続けるためには、エネルギーの供給が必要である。
水を飲み、物を食べ……。
それが断たれれば、必ず死ぬ。
確かに寝ている間は、必要なエネルギー量は少なくて済む。
しかしそれでも、ゼロではない。
だがラムン・フェスは眠ったまま、飲まず食わずだと。
それはとてもおかしい。
その辺りに何か、眠り続けている理由と関係があるのではないかと思えるのだ。
「現場百遍と言います」
「うん?」
「実際に、本人を見てみないと分かりません」
「見れば……分かるのか?」
「それすら、分かりません」
涼は正直に答える。
「あっちの東部諸国艦隊からの攻撃は止んでいます」
「そうだな、ずっと魔法砲撃を続けていたが……ラムン・フェスへの直接攻撃は失敗、目を逸らさせる必要もなくなったからな」
「こっちを、爆炎の何とかに任せても大丈夫でしょう」
「……は?」
涼から信じられない単語が聞こえて、アベルは驚く。
「爆炎の何とかが乗った船も、港の外に出てきているでしょう?」
「ああ。確か、あの剣と盾を持った船首像の船だ」
アベルは言ったが、少しだけ自信がないので、後ろにいるパウリーナ船長を見る。
パウリーナは無言で頷く。
「船長、ちょっとアベルと向こうの船に行ってきます。僕の守りは外しますけど、爆炎の何とかも強い魔法使いです。特に<障壁>はかなりのものなので、防御を引き継げるはずです」
「分かりました」
涼の言葉に、パウリーナは頷く。
涼はアベルをしっかりと見て言う。
「説得次第で、爆炎のプライドを刺激できると思うんです」
「……それであいつに全艦隊を<障壁>で守らせるのか?」
「仕方ありません。爆炎に、ラムン・フェスさんをなんとかしろと言っても、無理でしょう? やつは火属性の魔法使いですから」
「リョウは水属性の魔法使いだから、何とかなると」
アベルにも、ようやく涼がしようとしていることが見えてきた。
もちろん、少しだけだ。
具体的に何をしようとしているのかは分からない。
「いや爆炎に直接言うより、フィオナ様に言う方が効果的ですかね。あの人なら、ちゃんとしてくれそうです」
「オスカー殿は爆炎で、フィオナ殿はフィオナ様なんだな」
「当然です。フィオナ様は悪い人ではありませんからね。爆炎が背負う罪の重さは、あまりにも大きすぎます」
「罪の重さ……そんな大げさなのか」
「もちろんです。アベルには分からないのですかね、仲間を傷つけられる苦しみが」
涼が憤りを表す。
「俺だってわかるぞ」
そう、アベルだって分かるのだ。
王都の路上で、リーヒャが傷ついた姿を見て逆上したことがある。
勇者ローマンと死闘を繰り広げたのは、今となっては懐かしい思い出……。
「まあ、いい。帝国側との交渉は俺がやる」
アベルは自分から引き受けるのだった。