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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
886/930

0839 ステファニアの戦い

ヴォン教会では、すでに襲撃が行われていた。


「こういうの、あんまり好きじゃないんだけど……」

そう呟いたのは、濃い緑色の長い髪を垂らし、大きな黒い瞳の美女。

服は、赤地に緑の意匠が入った瀟洒(しょうしゃ)なものだ。


だが何よりも目立つのは、その剣だろう。

細身で少し曲がった剣……いや、見る人が見れば『刀』だと言うに違いない。

彼女はその剣を『虎徹(こてつ)』と名付けている。


彼女の名は、マリエ・クローシュ。



「う~ん、傭兵ってどこまでやるもんなんだろう?」

マリエは、傭兵稼業(ようへいかぎょう)は初めてだ。


「多分、一緒に突入した人たち、他は全員死んじゃったよね」

そう、この教会を守る者たちは強い。


「こんな強い人たちがたくさん配置されているってことは、ここに標的がいますって言ってるようなもの……だからと言って、配置しないわけにもいかないか」


カキンッ。


陰から襲撃してくる黒い祭服の攻撃を弾く。

一撃目を防げば、あとはマリエが圧倒する。


黒祭服の右腕が斬り飛ばされた。


しかし、とどめを刺すマリエの剣から逃れ、大きく距離を取る黒祭服。

入れ替わりにやってきた兵士らしき男の心臓を貫く。


その間に……。


「<エクストラヒール>」

「それよ」

距離を取った黒祭服が唱え、腕が再生されるのを見て顔をしかめるマリエ。


「<エクストラヒール>とか使える人たちが、何でこんなにうじゃうじゃいるのよ」

そう言って、自分の足元に倒れた兵士を見る。

もちろん、マリエが倒したのだが……。


「そして、この兵士たちは使い捨て」

黒祭服は、<エクストラヒール>を使うと戦線を離脱する。

けっこうフラフラになっているところを見ると、彼らにとっても<エクストラヒール>は重い魔法らしい。

あるいは大量に流れた血の影響か。


どちらにしろ、倒された兵士たちは回収されない。



ビリッ。


兵士の服を裂く。

胸に描かれていたのは、星のような紋。


「こいつも描かれている。多分、これ、魔法陣よね……」

一般的な、円を基調とした魔法陣ではない。

だが……。


「ハルからもらった積層魔法陣の中にも、この星型のがあるのよね。いったい、どういう系統の錬金術なの?」

呟くマリエ。

積層魔法陣以外で、東方諸国では見たことのない魔法陣だ。



小さく首を振って、残りの部屋を調べて回る。



「客室をすべてチェック、でも対象はいない。あとは、この食堂の向こうにある司教室……最初に調べるべきだったかしら」

ぼやき、ため息をつくマリエ。


なぜぼやいたのかと言うと、食堂に厄介な相手を見つけたから。

今までの、黒い祭服たちとは違う。


まず、着ている服が全然違う。


緋色(ひいろ)の祭服? 枢機卿(すうききょう)ってこと? 女性の枢機卿とかいるんだ」

素直に驚くマリエ。


マリエは転生者である。

だから地球におけるカトリック教会の知識もある。

教皇はもちろん、枢機卿にも女性がいるという話は聞いたことがなかった……。



それで、少し興味が湧く。


「あ~、えっと、私は東部諸国に雇われた傭兵。こちらに保護されているラムン・フェスって人の命を取りにきました」

「……」

「あ~、そうね、名乗るか。私の名前はマリエ・クローシュ。緋色の祭服の枢機卿さん、あなたの名前は?」

「……異端審問庁長官ステファニア」

「そう、ステファニアさん。いちおう聞いておくけど、ラムン・フェスさんの身柄を譲ってくださる気はないかしら? あなた、西方教会の方でしょう? 別に暗黒大陸の、西部諸国連邦に恩義とかないでしょう?」

「断る。ラムン・フェス殿を守れと言われている」

ステファニアは答えると、鞘を払い、剣を構える。


「まあ、そうなるよね」

マリエも『虎徹』を抜き、上段に構える。


上段の構えは、一撃必殺。

防御は無し。



打ち下ろし最速!



ガキン。


マリエは神速の飛び込みでステファニアの間合いを侵略し、上段から打ち下ろしたのだが、見えない壁に弾かれた。


同時に突き出されるステファニアの剣。


足さばきでかわすマリエ。

同時に横薙ぎ。


ガキン。


再びの見えない壁。



さすがに、大きく後方に跳んで距離をとるマリエ。

その表情はしかめっ面だ。


「信じられないけど、物理障壁?」

『虎徹』の一撃を弾いた、それも二度も弾いた見えない壁。


だが、違和感がある。

はっきりいって、どれほど硬い<物理障壁>であっても、『虎徹』とマリエの剣の腕なら切り裂く自信があるのだ。

しかし、はっきりと弾かれた。

それも、二度も!



「ああ、<サンクチュアリ>か!」

マリエが正解に辿り着く。


緊急展開防御魔法<サンクチュアリ>。

光属性魔法における、高硬度の魔法として知られる。

全魔法防御中でも、<聖域方陣>のような絶対魔法防御を除けば最も硬い……。

しかも物理攻撃に対しても、信じられないほどの固さを誇る。


<サンクチュアリ>は、西方諸国にも中央諸国にも存在している。

どちらも詠唱無しで伝わっており、それだからか、低位の光属性魔法使いが唱えると、信じられないほどの体への負荷がかかると言われる。

だから、連発できるものではない。


いや、そもそも、トリガーワードを発さず、無音で生成できるものではないはず。



しかし、目の前の女枢機卿はそれを為している。



「凄いね、枢機卿ってのは」

マリエは、心から称賛する。


高位聖職者中の高位聖職者、枢機卿。

その上位は、もう教皇しかいない。


もちろん、光属性魔法の使い手として凄いから枢機卿に上がれるわけではない。

だが、光属性魔法をトップクラスに使えない人間が枢機卿の地位に上がることもない。

その地位にいるということは、光属性魔法の使い手としてもトップクラスだということだ。


「しかも、剣もなかなか強い」

そう、マリエが認めるほどの腕。


それでも、マリエが負ける可能性はない。

はっきりと分かる。

それはマリエから発する自信となって、ステファニアを打った。



ステファニアも、数々の修羅場(しゅらば)をくぐってきた。

人よりも強いヴァンパイアを相手にしてきたのだ。

剣を合わせる目の前の相手が、強いのは分かっている。


だが……。


「グラハム様に任された。命に代えても……その信頼は裏切れない」

それが、その信頼が、ステファニアを支える。


グラハムに、ラムン・フェスを守れと言われた。

ならば、命に代えても守る。



「信念、か」

ステファニアの決意の表情を見て、少しだけ寂しそうな表情になるマリエ。


マリエには自覚がある。

人が『信念』と呼ぶようなものが自分の中には無いと。



幻人として、幻人の集団の中で生きてきたものの、その集団への帰属意識も決して高くなかった。

幻王や皇帝らに仕えたが、彼らを尊敬していたわけでもない。


自分の精神が、ある種の根無し草である自覚があるのだ。


それで、これまで困ったことはなかった。

焦ることも、悲しくなることもなかった。


だが、少しだけ寂しいと思うことはあった。

それは確かだ。


特に、目の前の女性のように、心の底から信じるものがある人物が、立ち塞がる場合に。



「何かに(すが)る……いや、違う。信念とは、自分が()って立つもの」

マリエは呟く。


呟き、一つの結論が見えてくる。


「私にとっての信念、それは……剣か」

手に持つ『虎徹』を見る。


「そう、剣は裏切らない。だから私も、剣を裏切らない」

そんな言葉が、スムーズに口をついて出た。


「簡単なことだったんだ。すぐ近くに答えはあった……ああ、そう言えば、昔、そんなことを言われたかな。剣のことだというのなら、はっきりと言ってくれればよかったのに。ハルは、いつも意地悪ね」

クスリと笑うマリエ。



そんなマリエの表情の変化を、訝しむように見るステファニア。

だが、油断はない。

あるわけがない。

圧倒的に強い敵なのだ。


(これほどの強敵、経験がない。いや、そうだな、強い敵だが、私が知る最も強い人物ほどではないのか)

息を吐く。


「グラハム様ほどは、強くない」

大きな声ではないが、はっきりと言い切る。


「ほぉ……確か、その人、ヴァンパイアハンターって呼ばれてる人よね。名前は聞いたことあるわ」

ステファニアの声で、意識が引き戻され、記憶の中にある名であることを認識するマリエ。


「お前より強い奴がいる……そう言われる経験、私少ないのよね」

そう、マリエは強い。

彼女らの種族である幻人の中でも、最強と言っていいほどに強い。

だが目の前の枢機卿は、「グラハム様ほどは、強くない」と言った。


「そういえば、ヴァンパイアハンターが今の教皇だったわよね。その人物が、グラハムってことよね?」

「ええ。あなたより強い」

「そう」

「そんな方に鍛えていただいた以上、簡単には負けられない」

「そう。なら、その修行の成果、見せてもらう!」

言い切ると同時に飛び込むマリエ。


だが。


ガキン。


「また<サンクチュアリ>か! 確かに<サンクチュアリ>を破るのは『虎徹』でも難しい。でも、魔力は持つのかしら?」

マリエの言葉に、ステファニアは無言。


<サンクチュアリ>で受け、剣で攻撃。

剣を攻撃に専念させることができるというメリットはある。

しかし、当然、<サンクチュアリ>による魔力の消費は激しい。


(悔しいが、この相手には、剣で攻撃と防御を切り替えている余裕がない。あまりにも速すぎるし、剣の技術も高すぎる。正直、私の手には余る)

ステファニアも分かっている。


分かっている、だが、それがどうした?

グラハムの信頼を裏切らない……それこそが、ステファニアの中の至上命題。



マリエの攻撃を<サンクチュアリ>で受け、同時に剣で攻撃。

文字通り、防御と攻撃を同時に成立させる。


しかし、ステファニアのそんな攻撃も、マリエには届かない。

足さばき、体さばきで全ての攻撃をかわす。


「ならば!」

ステファニアの剣速が上がる。

それは、完全にスタミナを捨てる行為。


「くっ、凄いね」

ニヤリと笑って称賛するマリエ。


マリエの剣での攻撃が、右手一本になった。

左手が、突き出される、あるいは打ち下ろされるステファニアの剣の腹を叩き、軌道を変える……。


「馬鹿な」

自分の剣が、手で横から叩かれて軌道を変えられる……そんな経験は、さすがのステファニアも初めてだ。


確かに変えられる軌道は僅か。

角度にして一度か二度。


だが、それで十分なのだ。

足さばき、体さばきに剣の軌道逸らしを合わせれば。



「久しぶりにやったけど、悪くない」

マリエは笑う。


「やはりいいな、強い者との戦いは」

そう、マリエの目から見ても、ステファニアは強い。

マリエの口調すら変わってくるほどに。


間違いなく、これまで戦ってきた人間の中でもトップクラス……。


そこで、ローブを着た一人の魔法使いが脳裏に浮かぶ。


「まあ、リョウは置いておこう。あれは人間ではない可能性もあるし」

「リョウ? まさかロンド公爵?」

「ああ、そう、確かそんな称号も持っていたはず」

「あの化物の知り合いか?」

ステファニアの視線に(けん)が混ざる。


「確かに化物だけど……教会の中でも、彼は化物扱いってこと? 異端審問庁の長官なら、彼を異端審問にかけた方がいいんじゃない?」

「かけられなかった!」

「そ、そう」

なぜか怒りをはらむステファニアの剣、ドンマイという気持ちになるマリエ。


「ああいう非常識な存在には、怒っても無駄だから」



非常識な存在扱いされる涼……不憫(ふびん)である。



「じゃあ、続きをやろう、か!」

マリエの突きから再開する剣戟。


この速度域での戦闘になると、攻撃魔法を使うのは無理だ。

一部の水属性の魔法使いは別だが、普通は無理だ。


だから剣での戦いになる。


「<サンクチュアリ>は、緊急展開防御魔法と呼ばれるだけあって、展開する速度は速い。でも、私の剣より速いはずはない。つまり、ほぼ常時展開したままで、攻撃する時だけ、攻撃に使う箇所だけ<サンクチュアリ>を解いているってこと? 凄いね」

マリエが剣を繰り出しながら言う。


目の前でその剣を受け、同時に攻撃を繰り出すステファニアは無言。

答えるつもりはない。



(だから、この女枢機卿さんは片手突きが多い)

マリエは冷静に分析している。


分析が済めば、それに沿った攻撃を繰り出すだけだ。


何においても基本は同じ。

攻撃の瞬間こそ、最も隙が生まれる。



マリエの斬撃。

それを<サンクチュアリ>で弾き、同時にステファニアが突く……はずだった。


マリエは振り切らず、途中で『虎徹』を引く。


ステファニアが気付いた時にはもう遅い。

突きを繰り出している……ステファニアの剣に沿うようにマリエが突く。

交差。

ステファニアが攻撃を繰り出すところだけは<サンクチュアリ>がないから……そこに入れ込んだのだ。


ズシュッ。


ステファニアの右腕と肩が切り裂かれる。


「うぐっ」

かなり深い傷。


ステファニアは後方に大きく跳んで距離をとり、瞬時に唱える。

「<ヒール>」


「それは悪手」

いつの間にか目の前に迫ったマリエの声。

次の瞬間、ステファニアは剣を弾き飛ばされた。


傷ついた右腕では、力を入れて握ることはできない。

さらに……。


「<ヒール>を唱えれば、<サンクチュアリ>は消さざるを得ないものね」

マリエはそう言うと、ステファニアの腹に『虎徹』を突き刺す。


「ぐはっ」

ステファニアの戦闘力は、完全に無くなった。


『虎徹』を突き刺したまま話すマリエ。

「私は、別にあなたを憎んでいるわけではないの。ラムン・フェスという人の命を奪えればそれでいい」

「そう……は……させない……」

「無駄。あれだけ<サンクチュアリ>の常時展開をやってたんだから、魔力だって空でしょ」

ステファニアが魔法を放とうとするが、突き刺した『虎徹』をひねることで魔力を散らすマリエ。


「うぐっ」

痛みから、声をもらすステファニア。



マリエは、ステファニアの目を見た。

そこには、光がある。


屈しない。

信頼を裏切らない。


「凄いね。それが信念? あるいは信仰心?」

「私の……全て……」

ステファニアは苦しそうに、声も小さく、だが……決して弱い声ではない。


「ふぅ……。命を絶ち切るしかないか」

マリエも決断する。

もちろん、やりたい決断ではない。


役目は、ラムン・フェスの命を絶つことだ。

教会の聖職者を殺せとは言われていない……もちろん、立ちはだかる者を排除する許可は得ているが。



一度、『虎徹』を抜く。

膝から崩れ落ちるステファニア。

だが、やはり目の光は失われていない。


その光を絶つために、『虎徹』を振りかぶるマリエ。



その時。



「よくやった、ステファニア。後は、私が引き継ごう」

開いたままの扉から、声が入ってきた。


思わず、後方に跳び退るマリエ。

静かな声であるにもかかわらず、マリエの直感が告げたのだ。


ヤバいと。



ゆっくりと歩を進め、ステファニアの元まで進むグラハム。


「グラハム様……」

ステファニアは、途切れそうになる意識を必死に繋ぎながら、グラハムの顔を見上げる。

そこにあったのは、敬愛し、尊敬し、そして愛する人の顔。


「<エクストラヒール> 眠っていなさい」

グラハムはそう言うとステファニアの額に掌を当てる。

ステファニアは意識を失った。

次回「0840 目覚めるグラハム」、お楽しみに!

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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