0835 カラアゲの名店
部屋にいるのは、宰相ゼンモシと副元首ジャージャ。
「ゼンモシ様、ラムン・フェス様の件で報告が入ってきております」
そう言われて受け取った報告書をゼンモシが読む。
一読。
二読。
そして三読……。
「これは、まことか?」
「はっ。さらに追加の情報を集めております」
「うむ。分かったらすぐに知らせよ!」
宰相ゼンモシの慌てた声。
その様子と声から、興味を持つ副元首ジャージャ。
「どんな報告だ?」
「はい……大けがを負ったラムン・フェス様が、数日前、このヴォンの街に運び込まれたと」
「なんだと!」
「運び込んだのはチゴーイらです」
「そうか。チゴーイが……。それでラムン・フェス様が大けがというのは?」
「寝たまま、起き上がれない状態であることが目撃されているそうです」
「そうか」
ゼンモシの言葉に、顔をしかめて頷くジャージャ。
数か月もの間、行方に関して何の報告も入ってこなかった元首。
それが、大けがを負っていた?
しかも、この街に運び込まれていた?
「ゼンモシ、連れてきた護衛のうち二千人を投入して捜してはどうだ」
「え、ジャージャ様?」
「まだ東部諸国軍は来ぬであろう? そもそも、このヴォンの街に到着できるのはかなり先になるはずだ。三千人の護衛の内の二千人くらい、投入するのは問題なかろう」
「確かに……。承知しました」
それから、街全域での大規模な捜索が始まった。
二日後。
「なぜ、これだけ探しても見つからん? いくらヴォンの街が広いとはいえ、けが人を匿える場所などそうはあるまい?」
「そう焦るな、ゼンモシ。すぐに見つかるわい」
宰相ゼンモシが愚痴り、副元首ジャージャが落ち着かせる。
ゼンモシとジャージャが捜索している間の二日間、法国艦隊は寄港したままだ。
当然それは、法国艦隊の一部となっているスキーズブラズニル号もヴォンの港に入ったままということだ。
「今日も朝から、副元首と宰相が連れてきた兵士たちが走り回っています」
「そうだな」
「トップは命令するだけでいい気なものですね。苦労させられるのは、いつも部下たちです」
「……なぜ、俺の方を向いて言う」
「別に……」
アベルがじろりと睨んで問うと、涼はツツーと視線を逸らす。
もちろん涼は、アベルを責めているわけではない……はず。
「トップはいつも椅子にふんぞり返って言うだけ。それを実行する部下の身になってみなさい、って僕は言いたいです」
「……なぜ、俺の方を向いて言う」
「別に……」
再びアベルがじろりと睨んで問うと、再び涼はツツーと視線を逸らす。
ちなみに二人は、いつもの通りスキーズブラズニル号の甲板でコーヒーを飲んでいる。
王国騎士団と『十号室』たちは、港に降りて剣を振るっている。
甲板上に、スキーズブラズニル号にのせられている武器類が置かれ、船員たちによって整備されているから。
今日は、剣を振るスペースがないのだ。
その時、涼とアベルのお腹が同時に鳴った。
そろそろお昼ごはんの時間だと主張する。
「コバッチ料理長さんに聞いたのですけど、老舗のカラアゲ有名店があるそうです」
「おぉ! それは本当か? いいじゃないか。腹も減ったし、食いに行くか」
「さすがは腹ペコ剣士アベルです。言うと思ってました」
「なんだ、リョウは行かないのか? じゃあ、俺だけで……」
「行くに決まっているじゃないですか! 何で僕が提供した情報なのに、僕を置いていこうとするんですか」
「俺は腹ペコ剣士らしいからな」
「意味が通じません」
小さく首を振る涼。
二人の腹ペコは、タラップを降りて唐揚げの老舗店を目指すのであった。
「走り回っている兵士たち、荒っぽいですね」
「そうだな。焦っているというのもあるんだろうが……」
涼とアベルは、老舗唐揚げ有名店を目指して歩いているが、時々捜索をしている兵士たちに会う。
その様子を見て話しているのだ。
「扉の開け閉めも乱暴だし、言葉遣いも高圧的です。剣を抜いたりとか拳を振り上げたりこそないものの、いずれはぶつかると思うんです」
「ぶつかる? 何とだ?」
「僕やアベルと」
「は?」
アベルは意味が分からず首を傾げる。
「勢い込んで僕らにぶつかり、邪魔をするか! 貴様ら投獄してやる! とか兵士が言い始めるのです。そして僕らがけちょんけちょんにしたら、今度は彼らの親玉が出てきて……みたいな。それこそが王道展開だと思うのです」
涼が頷きながら、なぜか自信満々に述べる。
そう、いつものラノベ的王道展開だ。
「それ、リョウが望んでいるだけだろ?」
だが、アベルの反応は冷たい。
完全にお見通しらしい。
「の、望んでいるか望んでいないかで言えば……ちょっとだけ望んでいますけど……」
「本当にちょっとだけか?」
「す、少しは望んでいますけど……」
「本当に少しか?」
「まあ、それなりに望んでいますけど……」
「だよな。そんな顔してるもんな」
アベルは、涼の顔を見て理解していたようだ。
「一番あり得る可能性としては、僕らが唐揚げを食べた後、兵士が入ってきて店の中を荒らすのです。その人たちを僕とアベルが成敗、というパターンです」
「セイバイ?」
「叩きのめす?」
「ああ……。いや、あるかもしれんが、あっちゃダメだろ」
「ええ、あっちゃダメですねぇ」
アベルが言い、涼も同意する。
「もし、あったらどうします? その副元首と宰相一派、兵士共々氷漬けにしちゃいますか。その方が、ヴォンの民のためですよ」
「う、う~ん……」
いつもなら言下に否定するアベルだが、迷っている。
しかも迷った末に……。
「そうだな、氷漬けにするのがいいかもしれん」
まさかの賛成。
それには、涼の方が少し驚いた。
「絶対止められると思ったのですが」
「最初はそう思ったんだが……冷静に考えると、氷漬けにしても問題ない気がしてな」
「え?」
「ラムン・フェス元首が起きるまで、そいつらを氷漬けにして街の外に出しておけばいいんじゃないかと思ったんだ。そして、起きた後で元首の裁可を仰ぐ」
「まさかの、僕よりアベルの方が過激でした」
涼が肩をすくめる。
そう、多分稀有な例だろう。
とはいえ……。
「僕は平和を愛する常識的な魔法使いなので、アベルがそそのかすような過激なことはしませんけどね」
「平和を愛するはともかく、リョウが常識的とか絶対違うだろ」
「失敬な! いつもの行動を見れば分かるでしょう、僕が常識的だと」
「多分、俺がイメージする『常識的』と、リョウが言う『常識的』が違うんだな。それなら、これだけ噛み合わない理由が分かる」
「ぐぬぬ」
二人が唐揚げ店の前に到着すると……五人の兵士が扉から道に叩きだされてきた。
「え?」
涼とアベルが異口同音に呟き、驚く。
兵士の後に出てきたのは男女三人組。
一人は女性公爵、もう一人はその侍女、最後に男性伯爵。
「フィオナ殿?」
「爆炎……」
アベルと涼が再び呟く。
「まあ、アベル陛下。陛下もこちらのお店に?」
「ええ、カラアゲの老舗だと聞きまして……」
「そう! 私たちもカラアゲを食べました。とても美味しかったです。どうぞ、中へ」
にこやかにフィオナが扉へと誘う。
「その……兵士たちは?」
「狼藉を働いたので叩き出しただけです。ちょっと政庁の方に突き出してまいります。陛下はお気になさらず。こちらにお任せください」
「ああ……では、遠慮なく」
フィオナとアベルが会話をしている間、侍女マリーはもちろん無言。
これまた当然のように、涼とオスカーも無言。
それどころか、目も合わせない。
そんな様子を横目に見て、アベルはため息をつき、フィオナは小さく首を振る。
本人たちよりも、『保護者』の方が苦労する……どこにでもよくある光景が、この場でも繰り広げられた。
とはいえ、少なくとも水属性の魔法使いの方は、その後、唐揚げを食べてニッコニコになったのであるが。