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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0832 出港延期

「陛下、今、法国艦隊から連絡が来ました。出港予定が明日ではなくなるとのことです」

「うん?」

「それについて、教皇聖下ご自身が、直接陛下にご説明したいので、一時間後に伺ってもよいかと尋ねてきていますが」

「ああ、もちろんだ。お待ちしていると返答してくれ」

アベルは即答した。


「何か問題が起きたんですね」

「そのようだな」

涼の確認にアベルも頷く。


当初の予定では、明日の午前中に出港するはずだったのだが。


「そういえば、以前このヴォンに寄港した時も、出港予定が延びましたよね」

「あの時は、ヴァンパイアを信仰する者たちを迎撃したんだったよな」

「まさか今回も……」

「いや、あの……ヴィーラ教徒だったか。連中は壊滅したんだろ?」

「分かりませんよ? 暗殺教団みたいに残党がいるかもしれません」

「可能性がゼロではないだろうが……」

アベルは肩をすくめる。


可能性はゼロではないが、それはないだろうと思っているのだ。



そこで、涼の頭に閃いた。

「まさか、カレー教……」

「それならありうるな!」

「あの、味と香りは、人の精神を(とりこ)にします……一種の宗教と言っても過言ではありません」

「間違いない」

涼とアベルはなぜか興奮する。


「中央諸国のカレー教徒としては、暗黒大陸にも同士が増えるのは喜ばしいことです」

「そうだな。同じものを信じていると、親近感が湧くよな」

そう、二人はカレー教徒。


暗黒大陸にもカレー教徒が増えることを確信している。


護衛として二人のすぐそばに立っていたザック・クーラー中隊長は、そんな会話を聞いて小さく首を振ったとか振らなかったとか。



しばらくすると、そんなカレー教徒たちの元に、西方教会教皇の来訪が告げられた。


「グラハム聖下、さっき聞いたが、出港が延びるのか?」

「はい、アベル陛下。少し難しい状況が発生しまして」

グラハムはそう言うと、出港を遅らせる理由について話した。


西部諸国連邦からの提案、その理由、対象者とニューの伝承まで。


それらの話は、アベルも涼も驚くべきものであった。


「行方不明になっていた諸国連邦元首が眠ったままとは」

「『空の民』……浮遊大陸ですか、行ってみたいですね」

アベルは為政者(いせいしゃ)的な部分が気になり、涼は伝承部分が気になる。


もちろん、それ以外も……。


「教皇と枢機卿が加わる<解呪>でも、恐らく失敗すると言ったよな」

「はい、難しいでしょう。先方はそれでも構わないと言ってますが……大陸北岸の情勢がいよいよ逼迫(ひっぱく)してきています」

「北岸の情勢? まさか、東部諸国の動きか?」

「ええ……少しの間だけ止めていましたが、シオンカ侯爵は討ち滅ぼしましたので……」

「そうだったな」

グラハムの説明に、思い出して頷くアベル。


東部諸国の西進を交渉して止めていたのはグラハム。

それを頼んだのはアベル。



「東部諸国は、どこまでやる気なんだろうか」

「恐らくは、西部諸国全てを飲み込むつもりでしょう」

「全部か……」

「すでに、外交によって西部諸国連邦を構成する国々への切り崩しは始まっていると思われます」

「カリスマの諸国連邦元首がいないからな。切り崩すのは難しくない」

アベルは顔をしかめて頷く。


アベルも法国に滞在している間に、行方不明になった諸国連邦元首ラムン・フェスについて少しだけ報告書を読んだ。


「あれだけの人物だからこそ、西部諸国をまとめることができた。それがいない今……連邦の崩壊は時間の問題か」

「おっしゃる通りです。ファンデビー法国としては、他国の問題ですので干渉は避けたいと考えてはいるのですが……西部諸国連邦内にも、西方教会はいくつもありまして、聖職者たちからも不安であるという話は聞いているのです」

「なるほど。どちらかというと、東部諸国は西方教会の信徒は少ないんだよな?」

「はい、少ないですね。だからといって、西方教会の信徒たちを云われなく迫害したりはしないとは思うのですが……」

グラハムは小さく首を振る。


誰だって、戦争に巻き込まれたくなどない。


「まあとにかく、出港が遅れる件は承知した。改めて出港の日程が決まったら連絡をくれ」

「承知いたしました」

グラハムはそう言うと、スキーズブラズニル号を去っていった。



甲板に残された涼とアベル。


「ついに出てきましたよ、浮遊大陸」

涼が重々しい口調で言う。

だが、その表情の端々(はしばし)に嬉しそうな様子が垣間見える。


「可能性だぞ、可能性」

アベルがたしなめる。


「分かっていますよ。でも彼らが使った力は恐ろしいものです」

「力?」

「相手を強制的に眠らせる……究極の非殺傷(ひさっしょう)武器です」

「ヒサッショ……何?」

「要は、相手を殺さない、傷つけないで無力化する武器です」

「なるほど。強制的に眠らせれば……確かに殺さないし傷つけすらせずに、おとなしくさせられるな」

涼の説明に、アベルも同意する。


「そんなのを空から地上に向けて広範囲に放たれたら……」

「国中の民が眠りにつく……抵抗などできんな」

「その上で、眠っている僕たちを何らかの方法で操ったりすれば……例えばグラハムさんの聖煙みたいなのであれば、戦わずして勝ち、地上の僕らは奴隷にされてしまいます」

涼が小さく首を振っている。


アベルも、涼が言った内容を想像すると、首の辺りが寒くなった。

とはいえ、もちろん戦うことが確定しているわけではない。

それどころか、存在すら確認されたわけではない。



「ラムン・フェス元首が、開祖ニューと同じ『眠り』についているのだとしても、それが浮遊大陸……空の民とかに関係しているのかは分からん」

「別の誰かが、その武器を見つけて使ってみたとか?」

「そう、そっちの可能性の方が高くないか?」

「そうですね……確かにそうかも」

涼も頷く。


「開祖ニュー以来……四千年ぶりとかなのか? とはいえそれは、西方教会が把握したのが四千年ぶりなわけだからな。市井の民がそんな『眠り』に陥った例があったとしても、教会に報告が行かないうちに亡くなったりしていれば……」

「そうですよね。今回みたいに有名人でもない限り、伝わらないですよね。いえ、今回のだって、極秘で教会に接触してきたわけでしょう? 何とかいう副宰相さんの考えで」

「チゴーイ副宰相な」

「そう、そのチゴーイさん。グラハムさんが言うには、現在の西部諸国連邦は副元首と宰相が実権を握ったので、眠っている元首のラムン・フェスさんの存在を知れば、すぐに抹殺(まっさつ)するだろうと……」

「そうだな。手に入れた権力を維持するために、そういうことをする連中は多いだろうな」

「まったく……国の権力者なんてろくな人がいないですね!」

「あ、ああ……」

涼が憤慨(ふんがい)し、アベルが反論しないで受け入れる。


アベルは国王であり、涼は筆頭公爵。

二人ともナイトレイ王国における、立派な権力者なのだが。


「良かったですね、アベル」

「良かった? 何がだ?」

「我が王国の宰相様が、そんな人たちと違っていて」

「そうだな。ハインライン侯爵はやらないだろうな」

アベルは力強く頷く。


アベルが誰よりも信頼する宰相だ。


「むしろ危険なのは筆頭公爵ですよ」

「筆頭公爵? それはリョウだろ?」

なぜか涼自身が自分が危険だと言い、アベルは意味が分からず首を傾げる。


「ええ、僕です。立場上、王国におけるナンバー2とかナンバー3です。そんな立場の人間が裏切ったら大変なことになります」

「そりゃあ、そうだろうな」

「アベルは、そんな筆頭公爵が裏切らないように、手なずけておく必要があると思うんです」

「なんとなく展開が読める……」

「週一ケーキ特権を、週二ケーキ特権に……」

「却下だ!」

「なぜ!」

間髪を容れずに却下するアベル、魂の慟哭(どうこく)をあげる涼。


「いや、待て。今、『週二』と言ったか?」

「ええ、言いましたよ?」

「なぜ週一じゃないんだ?」

「だって、週一でのケーキ特権は、もう確保してますもん」

涼が自信満々の表情で告げる。

胸まで反らしている。


「……そうだったか?」

「まさか、それすら無かったことにするつもりですか!」

「いや、してたかどうか覚えていないんだ」

「ひどい……」

自信満々から一転して泣きまねをする涼。


もちろん泣いているふりだ。


「いつか、ちゃんと書類にサインしてもらって、保管しておかねば……」

そう呟き、決意する涼であった。


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