0830 ニール・アンダーセンをめぐる情報
「最近は美味いものを食べながら、暗黒大陸の錬金術を見て回っておる。四号君を見ることができたのは重畳。またどこかで会うかもしれませんな」
ニール・アンダーセンはそう言うと、去っていった。
涼は少し寂しいとは思いながらも、またどこかで会える気がしている。
何の根拠もないのだが、ほとんど確信と言っていい。
涼とアベル、後ろから護衛としてついてくるスコッティーと四号君の『四人』は、スキーズブラズニル号に戻るために歩いていた。
「なあ、リョウ」
「なんですか、アベル」
「四号君は、リョウが呼んだから来たんだよな?」
「ええ、そうです」
「どうやって呼んだ……いや、あの場所がどうして分かった?」
「それはですね、僕から発信された『刺激』が空気中の水蒸気を伝って四号君に届き……ああ、僕のいつものソナーの魔法、あれと似た原理です。それを伝って四号君はやってきました」
ちゃんとした説明は伝わらないと思って、涼は端折って説明する。
正確性も大事だが、相手が理解できるように伝えることはもっと大事だ。
「四号君は、リョウが細かく場所を伝えなくとも、あの店の場所が分かったということだよな」
「ええ、そうです」
「すげーな」
アベルは素直に称賛し驚く。
人間同士でも、場所を伝えるのは難しい。
それなのに魔法を使えばゴーレムには、正確に伝わるのだ。
「これを使えば、複数のゴーレムを動かす場合とか、ゴーレム同士で仲間の位置を把握しながら行動できますよね」
「ああ」
「今はまだ僕の魔法ですけど、いずれ魔法式を組み上げて錬金術でいけるようにしますよ。そうすれば、ゴーレム同士見えていなくとも、タイミングを合わせた作戦とかできるようになります」
涼はその光景を想像し、何度も頷く。
「いずれは偵察用飛行ゴーレムを飛ばして、空から情報を収集し……それに連動した、空中からの指揮管制があってもいいかもしれません」
「は?」
「敵が全く気付かないうちに、複数のゴーレム軍団によって包囲して殲滅するのです。これぞゴーレム時代の包囲殲滅戦です!」
「うん、よく分からんが戦争の形が変わるんだな」
「ええ。人間の代わりにゴーレムが戦う……愚かな人間たちの犠牲になってもらうのは悲しいですが、仕方ないのかもしれません。戦うのがゴーレムになっても、戦うかどうかの決断は人間がする。愚かな人間がです」
涼は悲しい表情で首を振る。
「ゴーレムたちが傷つかなくていいように、戦争そのものをなくさなければいけません」
「戦争をなくした方がいいのは確かだ。だが……」
「ええ、人の欲がある限りなくならないでしょう。尋常な手段では無理だということです」
「うん?」
涼が言わんとしていることが分からず、アベルは首を傾げる。
だが傾げながらも、変な方向に行こうとしているのではないかとピンときてはいる。
「宣戦布告を行った瞬間、その国全土を<パーマフロスト>で氷漬けにしてしまえば、戦争は起きません」
「あ、うん」
「アベルが不満そうな理由は分かります。無辜の民を犠牲にするなと言いたいのでしょう? そうであるなら、全土ではなく政府中枢の人たちだけ氷漬けにしましょう。戦争を引き起こそうとしたらこうなるのだと、世界中に見せつけてやるのです!」
「結局それは……リョウが戦争を引き起こしてしまうんじゃ……」
「その非難は甘んじて受けましょう」
なぜか決意に満ちた表情で頷く涼。
もちろんここまで、ただの想像による会話だ。
実際には何も起きていない。
ゴーレムによる包囲殲滅どころか、ゴーレム軍団すらない。
完全な妄想である。
「いずれ、氷のゴーレムの下に、世界平和が実現するに違いありません」
涼のそんな言葉も、妄想に違いない。
多分。
「ニール・アンダーセンがいる? 『本物』か?」
フィオナの侍女長兼副官であるマリーがもたらした報告を読み、思わずオスカーが問う。
マリーはよく分かっていないようだ。
少し首を傾げている。
「オスカー」
そう呼び掛けたのはフィオナ。
その呼びかけは、たしなめ。
「ああ、いや、いい。気にするなマリー」
オスカーもすぐに気付く。
マリーは一礼して、部屋を出ていった。
「失態だな」
「そんな大げさなものでは……」
顔をしかめるオスカー、苦笑するフィオナ。
「以前、西方諸国のマファルダ共和国に逗留しているという報告を受けていた。その後、共和国を出たとは聞いていたが……」
「『それ』が暗黒大陸に来たのかもしれませんね。共和国を出て以降、その足取りは追えていないそうなので」
「さすがの我が帝国も、西方諸国や暗黒大陸での活動はまだまだであろうな」
オスカーが頷いた。
一旦、ニール・アンダーセンの件はおいておくことになる。
二人ではどうにもならないので。
現状、もっと考慮すべきことが起きようとしている。
「暗黒大陸北岸に関する情勢報告書、先ほど届きましたが、かなり厳しい内容となっています」
「うん?」
フィオナはそう言うとオスカーに報告書を渡す。
一読後。
「しばらく止まっていた東部諸国による西への侵攻……いよいよ起きそうか」
「西部諸国連邦は元首が行方不明のままですから」
「副元首らが代行してはいるが……元首ラムン・フェス殿が優秀過ぎたからな。落差に連邦政府の足並みが乱れるのは仕方ない」
オスカーが小さく首を振る。
「首脳が優秀過ぎるのは考えもの?」
「いや、そんなことはない。優秀でない人間が国の首脳となれば、不幸になるのは民だ。そんなことはあってはならない」
「じゃあ、どうするの?」
「簡単なことだ。優秀な人間だけが首脳になればいい」
「ホント、オスカーの言うことは極端」
笑うフィオナ。
「だがルパート陛下やマリア様、他国でも連合のオーブリー卿や王国のアベル陛下など、皆、優秀だろう? だから国や領地が安定している」
「そう、政治を取り仕切るものが優秀な方がいいのは確かだけど……」
「もちろん、誰も生まれた時から優秀だったわけではない。努力し、必要な知識を身に付け、経験を積んでいったからこそだ。そういう姿勢があれば、今は優秀でなくともいずれは優秀になる」
「そうね、そういう姿勢は大切ね」
オスカーが熱弁し、それに笑顔で同意する。
フィオナは、オスカーが誰よりも熱い男であることを知っている。
だから、こういう会話は好きだ。
オスカーの素の部分が出てくるから。