0826 新必殺技
スキーズブラズニル号に戻ったアベルは、パウリーナ船長から報告を受けている。
その傍らを離れた涼は、『十号室』の三人に捕まった。
「何を話してきたんだ?」
ニルスが問う。
エトとアモンも無言だが、同じ問いをしたいようだ。
仕方ないので涼は、アークエンジェルで聞いたことや、経験したことを話した。
「小型のゴーレム!」
「ヴァンパイアを生み出すヴァンパイア大公……」
「爆炎の魔法使いさんは強かったです」
ニルスが驚き、エトが顔をしかめ、アモンが模擬戦を思い出す。
それぞれに気になるものは違うようだ。
「小型のゴーレムというと、王国騎士団にいる四号君みたいなやつか?」
「そう、大きさは同じですね。武器とかどうやって戦うのかとかは、教えてもらえませんでした。西方教会の最高機密だそうです」
「おぉ……そいつはすごいな」
ニルスは興味津々だ。
模擬戦で、直接四号君と戦ったこともあって、ゴーレムの戦闘にかなり興味をもっているのが涼にも伝わってくる。
だから涼はアドバイスをすることにした。
「ニルス、こっそりアークエンジェルに忍び込んで、船倉を強襲すれば『白騎士』と戦えるかもしれませんよ」
「しねーよ! なんでそうなるんだよ!」
「戦いたそうにしていたからアドバイスを……」
「ああ、戦ってみたいとは思うが、真剣勝負はやりたくねー!」
心の底からの、素直な感情をニルスは吐露した。
エトは両腕を組んで考えた後、涼に尋ねる。
「ヴァンパイアを倒すのって、聖別した剣で首を斬り落として心臓に突き立てる、だよね?」
「ええ、そう聞きました」
「生み出された、そのヴァンパイアたちも、それじゃないと倒せないのかな?」
「グラハムさんが倒したヴァンパイアは、全部そうしたらしいです」
「それは大変だね」
エトは、実際に戦う光景を頭に浮かべて言う。
一対一とは限らないのだ。
とどめを刺す前に、別のヴァンパイアに襲い掛かられてそっちに対処していたら……最初のやつが再生して戦闘に復帰……そんなことは普通にあるだろう。
いや、そもそも……。
「聖別された剣とか、そうそうあるもんじゃないよね? ニルスやアモンのは聖剣だから大丈夫だろうけど、王国騎士団とか……」
「ああ、確かに」
エトの懸念に涼も頷く。
グラハムのことだから、何らかの方法を考えてはいるだろうが……。
「今度機会があったら、グラハムさんに聞いておきます」
「ヴァンパイア大公の、あの<障壁>……障壁だよね、あれ。固かったね」
「リョウの攻撃で抜けなかったからな」
エトが思い出し、ニルスも同意する。
「あの時の魔法……<アイシクルランスシャワー“貫”>は、以前、教皇の絶対魔法防御すら貫いた技です」
「え……」
「でも、そうですね……あの時も、貫くまで時間がかかりました。確か一千万発当てて、やっと割れた気がします」
涼が思い出しながら、悔しそうに言う。
「いや、絶対魔法防御は、絶対に破れないんだよ? だから絶対なんだよ? それなのに破ったの? それが変じゃない?」
涼の話を聞いてエトが呟く。
何度も首を振りながら。
自身が、絶対魔法防御<聖域方陣>の使い手でもあるエト。
<聖域方陣>が破られたという話は、中央神殿にいる時にも聞いたことはない。
破られるとすれば、魔力切れの結果くらいのはずなのだ。
「リョウ、ちょっと相談が……」
「どうしました、エト。まさか、エトもアモン同様に、ニルスに暴力を受けているんじゃ」
「おい、リョウの中で俺はどんなリーダーなんだよ」
「暴力で従える悪いリーダー……」
「そんなわけあるか!」
涼が『十号室』の闇を暴こうとし、ニルスに全否定される。
もちろん『十号室』は暴力などない、仲の良いパーティーだ。
涼もそれを知っているからこその冗談である。
「私が<聖域方陣>を展開するから、それを破ってもらえる?」
「はい? もし破っちゃうとエトが氷の槍で串刺しに……」
「狙いをちょっとずらして、私に当たらないようにしてくれると嬉しい」
「確かに」
エトの真面目なお願いに、涼も確かにと頷く。
ボケたわけではない。
だがニルスは小さく首を振っている。
口元が「当たり前だろう」と動いたのに気付いたのは、アモンだけだった。
ちょうどいい場所を捜して、甲板上を動き回る一行。
そんな光景がアベルの目に留まらないわけがない。
パウリーナ船長からの報告を受けた後、アベルの視線が一行を追い……ついに声をかけた。
「リョウ、何してるんだ?」
「止めないでください、アベル!」
「いや、何をしようとしているか聞いただけなんだが……」
機先を制する涼、全く意味が分からないアベル。
「俺が止めるようなことをしようとしているのか?」
「そ、そういう独断と偏見に満ちた姿勢は良くないと思うんです」
「じゃあ、何をしようとしているんだ?」
「黙ってそこで見ていてください」
涼は説明を拒否し、なぜか自信満々な表情になっている。
「説明しないのか? じゃあ、ダメだな。何しようとしているか分からんが、不許可だ」
「な! 何でですか!」
「危ないことをしようとしている可能性が高いからな」
「アベル王の暴虐反対! 国王の圧政を許すな!」
拳を突き上げ、シュプレヒコールをあげる涼。
『十号室』の三人は、笑っているアベルの様子から冗談であることは理解している。
とはいえ、涼が反王政主義者になるのも困るのでエトが口を開く。
「申し訳ありません、アベル陛下。私が頼んだことなのです」
「エトが?」
「先ほどリョウが、以前、教皇と戦った際に『絶対魔法防御』を撃ち抜いたという話を聞きまして。光属性魔法の使い手として、ぜひそれは見ておきたいと思ってお願いしたのです」
エトが簡潔に、だがきちんと説明する。
「エトが頼んだなら、まあ、いいか」
「なんでエトならいいんですか? 僕の場合、全力で止めるじゃないですか!」
涼が不満顔で抗議する。
「リョウが説明しないで、そのまま強行しようとしたからだろ」
「うっ……」
「そもそもエトは無謀なことはしないしな。だがリョウは……なあ」
「なあ、じゃないです、なあ、じゃ!」
「まあ、リョウだからな」
「だからな、じゃないです、だからな、じゃ!」
頬を膨らませて抗議する涼。
しかし問題は解決された。
アベルはパウリーナ船長を呼んで、場所の相談をし、甲板の一角を使用できるように算段を付ける。
「そ、そうやって実験場所を確保してくれたって、僕は許していませんからね!」
「別に許してもらうつもりで船長に話したわけじゃないぞ」
「え、そうなんです?」
「ちょっと俺も見たくなっただけだ」
アベルは笑いながら言った。
「<聖域方陣>」
エトが唱え、絶対魔法防御が展開する。
「教皇が唱えたのは、西方諸国版の絶対魔法防御<絶対聖域>だろうけど、効果は同じものみたいだから」
「了解です。あ、ちょっと隣に作りましょうか。<アイスクリエイト 前教皇>」
涼は頷いた後、エトの隣に氷の教皇像を作った。
それを標的にするらしい。
「<フローティングマジックサークル>」
涼が唱えると、その背後に十六基の魔法陣が浮かび上がる。
「行きます! <アイシクルランスシャワー“貫”>」
その瞬間、一秒当たり数万の氷の槍が、氷で作られた前教皇の額、ただ一点に向かって飛んだ。
もちろんそれは、エトが展開した<聖域方陣>によって弾かれる。
十万、百万、そして……一千万発。
パリンッ、ザク、ドドドドドド……。
<聖域方陣>が割れ、前教皇の額に氷の槍が刺さり、さらに残りの槍が顔を穴だらけにした。
氷の像だから良かったが、これが本物の人だったら、なかなか凄惨な絵になっただろう。
浮遊魔法陣を消し去り、涼は満足気に頭を失った氷の教皇像を眺める。
しかし、どこからも声が聞こえない。
「あれ? エト?」
「あ、ごめん」
涼が声をかけると、ようやくエトが我に返った。
「本当に<聖域方陣>が割れたことにビックリしちゃったよ」
エトが正直に感想を述べる。
涼はちょっとショックが大きすぎたのではないかと思ったのだが……。
「これは論文にして中央神殿で発表する必要があるね。ぜひ査読はリーヒャ様にお願いして……」
妄想を交えて、エトの目がキラキラしている。
神官の心は簡単には折れないらしい。
そのしなやかさに、涼は素直に称賛の念を抱いた。
「リョウ」
「見ましたか、アベル」
「ああ。さっきの魔法は、ヴァンパイアの大公にも放ったやつだろ」
「ええ。でも、どうしてもある程度の時間がかかってしまうんですよね」
涼は少しだけ悔しそうな表情になる。
ゾルターンの障壁を全て破ることができず、ハーゲン・ベンダ男爵を奪い返せなかったからだ。
「ですが、あの失敗と今の技を重ねてみると、新たな必殺技を生み出す力になりそうな気がします」
「必殺技?」
「これまでにない強力な敵との戦いが控えているのです。新たな必殺技の一つや二つ、開発していかないと鎧袖一触、簡単に倒されてしまいますよ」
「ガイシュウショク? 何?」
アベルの聞いたことのない言葉だったらしい。
「ですが大丈夫です。閃きました。その名も<アイシクルランスシャワー“瞬”>」
「おぉ! なんか凄そうですね!」
涼が宣言し、素直なアモンが称賛する。
「名は体を表すと言います。一瞬で、一千万発の氷の槍を撃ち込む技です」
「確かに凄そうだな。ちょっと見せてくれ」
「できませんよ?」
「うん?」
「まだ、そんな技は放てませんよ? そんなに簡単に必殺技が完成するわけないでしょう? アベルは考えが甘いです!」
「俺、怒られるようなこと言ったか?」
涼がなぜか腕を組んでとても偉そうに説教し、アベルが首を傾げる。
一千万本の氷の槍、というより氷の針全てを、一瞬で対象にぶつける。
理論上、絶対魔法防御すら破れるが、狭い場所、一点に全てを瞬間的に当てることが物理的に可能か。
「形は出来上がっているのです。ですが、それが本当に可能なのか……」
「魔法って大変なんだな」
涼が考え込み、アベルは肩をすくめるのだった。




