0825 グラハムとの会談
新ゴーレムお披露目会が終わり、帝国の二人とロベルト・ピルロが船に戻って行った後、涼とアベルはグラハムに甲板でのお茶会に誘われた。
あえて帝国のフィオナとオスカーが戻った後に誘われたということは、彼らがいては聞けないことを聞きたいからだろうと、アベルは推測している。
早速、そんな話が切り出される。
「王国の船……スキーズブラズニル号にも、『白騎士』と同じ小型のゴーレムが乗っているそうですね」
「い、いつの間にそんな情報が……」
グラハムが笑顔で問い、涼がコーヒー片手に愕然とする。
「聖都で王国騎士団と訓練をしている、小型の氷のゴーレムの報告を受けていましたので。それですよね。氷のゴーレムということは、リョウ殿が?」
「ま、まだ試作段階でして……」
「リョウ殿は以前、キューシー公国のゴーレムをもらい受けたと聞いたことがあります。その時の知見が活かされているのですかね」
「そんなことまで知っている……」
涼の目が大きく見開かれる。
驚きを通り越して恐怖だ。
「あ、あの子はまだ戦える状態ではありませんから。生まれたばかりの雛鳥と同じですので、この白騎士とかと模擬戦はできません」
「さすがに、そういうのを望んでいたわけではありませんよ」
涼が必死に言い、グラハムが苦笑する。
「そうですか? 良かったです」
ホッとして、涼はコーヒーを一口啜った。
「一般的に、ヴァンパイアは錬金術が苦手だと言われています」
「それは俺も聞いたことがある。人とヴァンパイアの歴史においては、ヴァンパイアの方が圧倒的に上だったが、それを覆すきっかけになったのが錬金術であると」
「アベル陛下のおっしゃる通りです。その中でも、ヴァンパイアへの対抗上、最も有効な力となったのがゴーレムです」
「なるほど」
グラハムの説明にアベルは頷く。
とても分かりやすい理屈だ。
「ロズニャーク公爵……いえ、もう今はロズニャーク大公ゾルターンと言うべきですか。そのゾルターンは、例外的に錬金術に秀でていると言われています」
「ほぉ」
「ただ、我々が想像する錬金術とは少し違います」
「少し違う?」
「はい。何と言いますか……生き物の体を変える錬金術と言っていいのか……」
「ほぉ」
グラハムも説明が難しいようだが、アベルは頷く。
なんとなく想像がついたようだ。
無言のまま聞いている涼が思い浮かべたのは、地球の生物工学……バイオテクノロジー。
それと、東方諸国で対峙した悪魔。
黒いワイバーンを「生み出して」いた。
涼自身は、中央諸国で、そういう系統の錬金術の話は聞いたことがない。
周りで、話題に上がったこともない。
だが確かに、生物工学的側面から、錬金術を使ってのアプローチが出てくるのは当然な気がする。
なんといってもこの『ファイ』には、使い勝手の良いエネルギー、魔力というものがあるのだから。
「以前、シオンカ侯爵ディヌ・レスコが教皇庁と聖都を襲撃した際、率いていたヴァンパイアたちは非常に脆弱でした」
「脆弱? ヴァンパイアが?」
「ええ。まるで経験不足な」
「まさか、それが……」
「そう、最近では、ゾルターンが短時間で生み出した者をディヌ・レスコに貸し与えたのではないかと思い始めました」
アベルが驚きながら問い、グラハムが頷く。
「いくらでもヴァンパイアを生み出せるヴァンパイア大公……」
涼の呟きは、本当に小さいものだったが、グラハムには聞こえた。
「大公だけでも厄介ですが、手下のヴァンパイアが多くいる可能性もあるということです」
「何か、明るくなる要素はないのか」
「残念ながらありませんね」
アベルがため息をつき、グラハムが苦笑する。
涼は気になっていたことを聞く事にした。
「質問があります!」
手を挙げて。
「どうぞ」
「ゾルターンが言っていた、『ニューの祝福』というのは何ですか?」
そう、ゾルターンは言っていた。
会話の内容的には、ヴァンパイアの力を抑える何かな感じだった。
「特に対ヴァンパイアに最も効果的だと言われているのですが、錬金術的に聖都を守っている、ある種の結界です」
「おぉ、やはり!」
「男爵や子爵は、聖都に入ることもできないと言われています。伯爵以上の高位ヴァンパイアでも、『ニューの祝福』の中では出せる力は十分の一以下になるとか」
「なんと……」
「それがあるために、ヴァンパイアによる聖都襲撃など、これまで起きたことはなかったのですが……」
グラハムは小さく首を振る。
「つまり錬金術が得意なゾルターンが、その『ニューの祝福』を無効化、あるいは弱体化させる何かを作って、襲撃した連中に持たせていたということか?」
「そうかもしれません。もちろん、ヴァンパイアたちが持っていた物については、詳しく調査したのですが……」
「見つかってはいないと」
グラハムの説明に、アベルも首を傾げる。
「体に埋め込んだ?」
涼がそう呟いたのは、なんとなくだ。
なんとなく頭に浮かんだ言葉が、口をついて外に出た。
「ああ、なるほど……その可能性はありますね。ゾルターンが作り上げたヴァンパイアであるのならば、最初から体に埋め込んでおくことは可能かもしれませんね」
グラハムも、その可能性を認める。
「その……大公の錬金術ですけど、けっこう特殊ですよね。中央諸国はもちろん、西方諸国でも話題に上ったことはありませんでした」
涼はさらにグラハムに問う。
涼は西方諸国で、ニール・アンダーセンというトップクラスの錬金術師と友誼を結んだ。
彼との会話の中にも、そんな生物工学的な錬金術の話は一度も出てこなかった。
もし知っていれば、話題くらいには上ったと思うのだ。
「そう、特殊ですね。これは伝承、というか……伝説のようなものなのですが、この手の錬金術は浮遊大陸の流れを汲むものだと言われています」
「なんですと……」
グラハムから意外な言葉が出てきて驚く涼。
アベルも無言だが、驚いているのは分かる。
「浮遊大陸は、およそ地上とは交流を持っていません。ですので、彼らの錬金術を含めた技術が、地上の我々に伝わってくることはないのですが……」
「その大公が知っているのは、もしや……」
「そう、浮遊大陸にいたことがあるからだと……」
「むむぅ」
涼の顔に浮かんだのは、驚きと嬉しさと厄介な相手だと認識した、とても複雑な表情。
その後、不穏な言葉がアベルには聞こえた。
「なんとか、その大公の頭の中の情報を吸い出して、見ることはできないものか……魔法では難しくとも錬金術を駆使すればなんとか……」
アベルがジト目で見ていることに涼は気付く。
「じょ、冗談ですから。頭の中の情報を吸い出すとか、錬金術でもできませんから……まだ」
「まだ、なのか」
「そ、そりゃあ、いつかは可能になるかもしれないじゃないですか。人という種は、不可能だと思われたことを技術の発展によって可能にしてきたのです。今はまだ無理だと思われることも、将来は普通にできているかもしれません」
「そうか。そうなったら、リョウの頭の中を見てみたいな」
「アベルには理解できない難しい知識ばかりが詰まっているに違いありません」
「ケーキとかコーヒーとか、俺にも理解できるぞ」
「ぐぬぬ」
アベルが肩をすくめて言い、涼は悔しそうだ。
そんな会話を横で聞いていてグラハムは微笑んだ。
(この二人は空気を和らげてくれますね。実は、ゾルターンの件で絶望にも近い感情を抱いていましたけど……二人のおかげで、それがなくなりました)
教皇御座船アークエンジェルから、小型ボートで船に戻る帝国の二人。
「やはり、これからのゴーレムは人間大となるようだな」
「ええ、帝国錬金協会の見立て通りです」
オスカーの言葉に頷くフィオナ。
二人は伯爵と公爵であり、フィオナに至っては先の皇帝の娘だ。
二人とも、帝国の魔法戦略の中枢を担う人材であるため、帝国錬金協会との関係は深い。
ちなみに帝国錬金協会とは、デブヒ帝国における錬金術の研究と開発の中心を担う皇帝直属の組織であり、これまで帝国が中央諸国で、錬金術においても大国として存在することができた理由の一つでもある。
「一時はフランク・デ・ヴェルデの天才性に後れを取ったが……」
「帝国にも錬金術の天才は出てきていますので、大丈夫でしょう」
オスカーもフィオナも、帝国の錬金術に関しては心配していない。
むしろ……。
「あの水属性の魔法使いの方が問題だ」
「オスカーはロンド公爵を意識しすぎです」
オスカーがしかめっ面のまま指摘すると、フィオナは苦笑した。
フィオナも、オスカーの苦難に満ちた半生は知っている。
だがその中で、これほどまでに強力に、そして強大な壁として立ちはだかった者はいなかった。
だからこそ、意識するのは分かる。
「ですが今回、敵ではありません」
「味方でもないがな」
「まあ、少なくとも敵ではなく……そう、協力相手ですから」
「……ああ、分かっている」
フィオナの言葉に、渋々ながら頷くオスカー。
オスカーだって分かっている。
そして、フィオナが父であるルパート六世に嘆願して、この西方諸国に赴任してきた理由も分かっている。
自分の暴発を防ぐためだと。
普段なら問題ない。
だが、あの水属性の魔法使いが西方諸国に戻ってくると分かったから、フィオナは願い出たのだろうと。
「いつも苦労をかける」
「え? 私は苦労だとは思っていませんよ」
オスカーが頭を下げ、フィオナは笑う。
それが二人の関係だった。
涼とアベルを送り出したグラハム。
その元にステファニアが来た。
「聖下、アベル王とロンド公爵、ならびにルビーン公爵とルスカ伯爵が艦に戻られたとの報告が参りました。以前のご指示通り、それを受けて艦隊行動を再開しております」
「ああ、ありがとうステファニア」
グラハムが微笑みを浮かべて頷く。
いつもはその後、ステファニアは部屋を出ていくのだが……今日は違う。
何か尋ねたそうだ。
「聞きたいことがあるのなら聞いてかまわない」
「はい、聖下……その……私ごときが尋ねるのは不相応であることは理解しているのですが……」
「枢機卿が不相応だったら、誰も尋ねられないよ」
笑うグラハム。
「はい……その、ゾルターンの件です」
「ふむ?」
「聖下は、なぜ……ヴァンパイアの大公の存在を知っておられたのですか? そしてゾルターンがそれを『食べた』と言った時、それを受け入れることができたのですか?」
「ああ……」
思いつめた表情で問うステファニア、対するグラハムは苦笑いだ。
グラハムとしては、正直に答えることはできない。
それがたとえ、誰よりも信頼しているステファニアに対してであっても。
正直に答えれば、ステファニアの心を追い詰めることが分かっているから。
だが、嘘もつけない。
ステファニアは枢機卿になった今も、異端審問庁長官を兼任している。
かつてのグラハムも含めて、異端審問庁の長官になるような人物は、嘘を見抜く。
グラハムのような、完璧にカモフラージュすることができる人物の言葉であってもだ。
すでにステファニアだけが知るグラハムの秘密がいくつかある。
それらの秘密を知ってしばらく経つが、ステファニアは他の者には洩らしていない。
口が堅いというレベルではない。
しかしそれでも、まだ伝えることができない秘密が数多くある。
今回のもその一つ。
だから、こう答える。
「今はまだ教えられない。でも、いつか、ステファニアには教えてあげるよ」