0824 白騎士
艦隊は合計二十一隻。
ファンデビー法国海軍二十隻、その中の一隻にデブヒ帝国のフィオナやオスカー、連合のロベルト・ピルロらが乗り、さらにスキーズブラズニル号がついていく。
「やはり自前の船があるというのはいいですね」
最後尾につけるスキーズブラズニル号の船首に立って、涼が前方にいる船たちを見ながら感想を述べている。
両腕を組んで、とっても偉そうだ。
「帝国のことか? そもそも帝国本土は海に面していない完全内陸国だからな。船を持っていないし持つ気も無いようだし……前の船の操艦も全て法国海軍だろ」
「やはり、最終的に七つの海を支配するのは、我らナイトレイ王国ということですね」
「何だよ、七つの海を支配するって。俺、そのナイトレイ王国の国王らしいけど、そんなつもりは全くないからな」
「分かっています、偉い人は細々したことは知らなくても良いのです。我々がやっておきますから」
アベルが顔をしかめて言い、涼がニヤリと悪い顔をして頷く。とてもわざとらしい。
「私は知らない、部下が勝手にやったことです。そうやって言い逃れられる状況を作っておきます。安心してください」
「ああ、全然安心できないわ」
「海を支配すれば、世界征服の半分は成ったも同然!」
「……なあ、俺の言っていること、聞いてるか?」
「もちろんです。実は聞こえていますが、後々、記憶にございません、って言い逃れするために聞き流しています」
「……そうか」
アベルは小さく首を振るのであった。
涼の世界征服のスケジュールが語られようとしていた時、パウリーナ船長がやってきた。
「失礼いたします、陛下。教皇御座船アークエンジェルから手旗信号で、話し合いたいことがあるから、時間を取ってほしいとのことです」
「承知したと返信してくれ」
アベルはそう答えると、涼をチラリと見る。
それを受けて涼は頷いた。
「いいですよ、いつでもアベルをアークエンジェルまで、ひとっ飛びで送っていきます」
「ひとっ飛び? アークエンジェルには、承知したと伝えます」
パウリーナ船長はよく分からなかったが、自分の役割に徹することにしたようだ。
それから一時間後。
艦隊は公海上で停船していた。
旗艦であるアークエンジェルで、首脳会談が行われるからだ。
帝国の人間は真面目に、船備え付けの小型ボートで教皇御座船アークエンジェルに向かっていた。
フィオナもオスカーも乗っている。
その上を、王国の二人が飛んでいった。
「やはり化物か」
それを見て、オスカーが忌々しげに呟く。
だがフィオナは知っている。
オスカーが心の底からロンド公爵を嫌っているのは確かなのだが、同じくらい強者として認めていることを。
そんな感情が『化物』という言葉には込められているのだ。
その証拠に、オスカーはこの後呟いた。
「俺も空を飛べるように訓練すべきか」
教皇御座船であり、艦隊旗艦でもあるアークエンジェルに、各国首脳が集まった。
法国はグラハム教皇、ステファニア枢機卿。
帝国はルビーン公爵フィオナ、オスカー・ルスカ伯爵。
王国は国王アベル一世、ロンド公爵リョウ・ミハラ。
連合はロベルト・ピルロ……もちろん護衛隊長のグロウンも。
実はロベルト・ピルロはアークエンジェルでご飯を食べたそうだ。
本来は、別の船のはずなのだが……いろいろと自由に振る舞っているようだ。
後でその話を聞いた某水属性の魔法使いが呟いたらしい。
「ロベルト・ピルロ陛下が、一番自由人です」
説明をするのはステファニア。
「今後の日程をご説明いたします」
そう言って説明が始まった。
海を渡って暗黒大陸北岸に到達後、大陸西岸を南下。
途中、補給と体調管理のために、いくつかの港町に寄港する予定である。
「もちろん天候不順や予定外の問題の発生により、日程が前後することはご承知おきください」
そんな説明の後、グラハムが口を開く。
「相手のゾルターンはヴァンパイア大公を名乗っています。公爵以下ならいざ知らず、大公は人の記録には残っていません。正直、どれほどの強さか想像もつきません。ですが今回、法国が立ち上がったのは、『爆炎の魔法使い』や『氷瀑』と呼ばれる、伝説の魔法使いの協力を得られるからです。今をおいて討てる機会などないでしょう」
「いやあ、それほどでも」
伝説の魔法使いと言われて、涼は照れている。
オスカーは無言のまま一つ頷く。
そんな二人を見て、嬉しそうに頷く老魔法使い。
カピトーネ王国先代国王ロベルト・ピルロ。
彼も、連合を代表する魔法使いの一人だが、それ以上に、涼とオスカーが参加すると聞いてこの遠征に乗り込んできたのだ。
だから、二人の活躍に期待しているらしい。
「長い航海の後の戦いです。先ほどステファニアも説明しましたが、途中での寄港は、体調管理のためでもあります。私含め、長い船旅に慣れていない方もいると思いますので」
グラハムが微笑みながら言うと、フィオナが苦笑した。
フィオナだけでなく帝国の一行は、船旅そのものに慣れていない。
((アベル、帝国の倒し方を僕はみつけましたよ! 船の上での決戦に持ち込めばいいのです))
((うん、先程も言ったが帝国は内陸国な。戦いで船に乗ることはないから))
その後も、いくつかの説明と質疑応答が行われて、解散となった。
しかし、涼にとってはここからが本番だ。
いや、あえて、各国首脳がいるこのタイミングこそが、千載一遇の好機ですらある。
「あの~、それでですね、グラハムさん」
「はい?」
「僕たちは仲間であり、共同戦線を組む間柄です」
「はい」
「つ、つまりですね、互いの力を正確に把握しておく方がいいと思うのです」
「ええ、同感です」
「それで、ですね、実は法国の新型の、小さめな、白いゴーレムを見せていただきたいなと……」
涼が、下から下からこっそりこっそり、言葉を進めていく。
隣で聞いているアベルは、小さく首を振る。
「ああ……見てしまったのですね、あれを」
「はい」
「あれは、西方教会の最高機密でして、知った方には異端審問官による記憶の消去を受けていただくことに……」
「なんですと!」
震える涼。
「もちろん冗談です」
「良かったです……」
グラハムが笑いながら言い、涼は大きく息を吐く。
「ただ、教会の最高機密なのは事実です」
「教会のなんだな、法国ではなくて」
「ええ、アベル陛下。あれは『ホワイトナイツ』(白騎士)と呼ばれています。今のところ所有権を法国に移す予定はありません。まあ、まだ試作段階で十機しか開発されていないというのもありますが」
「ホワイトナイツ……法国の主力ゴーレムはホーリーナイツですよね。どっちもカッコいい名前です」
涼がなぜか嬉しそうに、何度も頷いている。
少し考えた後、グラハムが口を開く。
「動かすのは無理ですが、並んでいるのを見るだけなら」
「本当ですか!」
とても嬉しそうな涼。
「ただし条件があります」
「え? 何ですか? まさか僕の魂を差し出せとか……」
恐怖に満ちた表情で問う涼。
「いえ、そんな難しいものではありません。帝国の方々と仲良く見てください」
「え?」
グラハムに言われて涼が振り返ると、そこにはフィオナとオスカーが立っていた。
「私たちも同行させていただけるのですか?」
「はい、もちろんですフィオナ様」
フィオナの確認に、グラハムが頷く。
「し、仕方ありません」
涼はオスカーの方をチラチラと見ながら頷いた。
好きなもののためなら我慢できる。
それを体現する涼。
もちろん一方のオスカーも、一目で不機嫌であることは分かる。
だがフィオナが見たいと言い出したために……敵国の水属性の魔法使いと一緒の空間に身を置くことになるのも我慢する。
そんな両者を、二人の保護者、アベルとフィオナは苦笑しながら眺めるのだった。
しかし、ここにさらに一人。
「わしもついていってよいかの」
声を上げたのは連合のロベルト・ピルロ。
ここでロベルト・ピルロが声を上げるのは、王国、帝国とは別の意味を持つ。
なぜなら中央諸国において、連合は唯一、ゴーレムを戦場に投入した国だからだ。
王国、帝国に比べてゴーレム先進国。
当然グラハムもそのことは知っている。
だが、答えも当然決まっている。
「もちろんです、どうぞ」
アークエンジェルの船倉に並ぶ、十体の白い小型ゴーレム、『白騎士』。
ホーリーナイツは三メートルあるために座っているが、白騎士は全長一・五メートルであるために立っている。
「おぉ! なんて凛々しい」
涼が思わず歓喜の声をあげる。
見るだけだと言われているので、手は出さない。
意識して体の後ろで両手を組んでいる。
そうでもしないと、触ってしまいそうになるので。
「可愛いですわね。でも可愛さの中にも、力を秘めた感じがあります」
フィオナが頷きながら言う。
オスカーは無言のままだが、様々な角度から眺めているのを見ると、かなり興味はあるようだ。
王国と帝国首脳の中で最も冷静だったのはアベルだろう。
その視線は、完全に為政者のものだ。
「これが、ある意味、ゴーレムの完成形か」
自国で行われているゴーレム開発が頭にあるため、他の三人のように無邪気には見れない。
どうしても、その差を認識してしまうから。
焦ったところで仕方がないのは分かっている。
ケネスを中心に開発が行われている以上、いずれ出来上がることも疑っていない。
だが、まだ戦場に投入できる状態にないのは事実なのだ。
「戦場では、このゴーレムたちが戦う姿が見られるのだろうが……俺が見るよりケネスとかに見せた方が役に立つんだろうな」
小さく首を振るアベル。
そんな悩める国王の元に、上機嫌の筆頭公爵がやってきた。
「アベル、凄いですよね。まさに目の保養です」
「そうだな」
「ん? 機嫌が悪いんですか? これほど素晴らしい光景を見ても機嫌が悪い状態を保てるなんて、国王って色々大変なんですね」
「別に、機嫌が悪くなりたくてなってるわけじゃねーぞ。ただ、王国のゴーレム開発とどうしても比べてしまってな」
アベルは正直に言う。
もちろん、他の者には聞こえない小さな声で。
「大丈夫ですよ、アベル。我が王国には天才錬金術師がいます」
「ケネスか」
「ええ。ケネスはまさに稀代の錬金術師ですよ。彼を信じて任せておけば大丈夫です」
「それは分かってるんだが……」
「偉い人がやるのは、お金をちゃんと出し続けることです。お金は出すけど口は出さない……これこそが最高です」
涼が笑顔のまま頷く。
ケネスに対して最高の評価をつけているのは、間違いなく涼だろう。
涼自身、錬金術の研究を趣味と公言しているからこそ、ケネスのレベルの高さを知っている。
「研究において最も難しいのは、優秀な人材を見つけ、育てることです。ですが幸いにも、王国はその人材がいます。あとは、そこに権限とお金を安定的に投入し、研究に邁進させること。それを続けさえすれば望む結果は出ますから」
「俺もリョウくらい自信満々に言ってみたい」
「アベルは、ケネスのこれまでの実績を知っているのでしょう?」
「ああ、知っている」
「それを思い出してください。連合のフランクさん以外に、そこに比肩できる人なんていないでしょう?」
「そうだな……いないな」
アベルは頷く。
そう、王国には最高の人材がいるということ。
それを改めて認識させる涼。
アベルですら迷うことはある。
それを力強く、ある意味自信満々に後押ししてくれる存在は貴重なのだ。
「そうだな、リョウの言うことを信じよう」
アベルがそう言うと、涼は笑顔のまま頷くのだった。
二人の会話をこっそり聞いていたロベルト・ピルロ。
もちろん立ち聞きするつもりはなかったのだが、聞こえてしまったのだ。
「先王陛下、唯一中央諸国でゴーレムを戦場に投入した連合首脳として、どう思われますか」
横に来て、そう問うたのは教皇グラハム。
「さて、その『どう思う』というのは、これらのゴーレムに関してですかな? それとも、今の王国首脳の会話に関してですかな?」
「どちらでも、お好きな方に」
グラハムは微笑む。
そう、あえてどちらともとれる聞き方をした。
ロベルト・ピルロが口にするだろうどちらの答えも気になるから。
「並ぶゴーレムは素晴らしいですな」
ロベルト・ピルロは、目の前のゴーレムの件にすることにしたようだ。
「我が連合にも天才錬金術師がおります。今この瞬間にも、彼と仲間たちによって我が国のゴーレムも発展しているはずです」
「頼もしいですな」
「とはいえ……」
ちらりとロベルト・ピルロは、涼とオスカーを見る。
そして、再び言葉を続ける。
「とはいえ、ゴーレム以上に恐ろしい魔法使いが、ここには二人もおりますからな。いや、恐ろしいではなく頼りがいのあるというべきですか」
「おっしゃる通りです」
グラハムも、誰の事なのかは正確に理解している。
「あの二人が揃っていても……」
「大公は難しい相手なのでしょうな」
グラハムもロベルト・ピルロも、正確には敵の強さを知らない。
それでも、警戒しすぎるということはない……そんな相手がいることは知っている。
今回の相手は、そんな相手であることも。