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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0822 連合は……

「何やら、両隣の宿舎の雰囲気が騒がしくないか?」

それは、久しぶりに連合宿舎に戻ってきた連合使節団団長である、先王ロベルト・ピルロの率直な感想。


常にロベルト・ピルロの傍におり、今回も護衛に付いていた護衛隊長グロウンも首を傾げる。


そこに、連合使節団の文官がやってきた。

「おかえりなさいませ、陛下」

「何やら、他の宿舎が騒がしくないか? 何かあったか?」

「はい、実は昨晩……」


こうして、ロベルト・ピルロもヴァンパイアの襲撃を知った。



「聞いたか、グロウン」

「はい、陛下。ハーゲン・ベンダ男爵と言えば、帝国軍の(かなめ)ともいえる存在。それが拉致(らち)されたとなれば、大変なことになるでしょう」

「そこではない。いや、そこもじゃが……その奪還に帝国のオスカー・ルスカ伯爵、王国のロンド公爵が出るという点じゃ」

「はい。強力な戦力です」

「そんな二人が船旅に出るのに、それに乗らない手はないぞ!」

「はい?」

ロベルト・ピルロのなぜか嬉しそうな言葉に、首を傾げるグロウン。


「わしも行こう」

「いえ、陛下は連合使節団の団長です」

「今回も、しばらく聖都を離れておったではないか。それでも問題なく使節団は動いておった。だいたい、連合の使節団であって、わしは連合を構成する一つの国の先王でしかない。いても意味がないわい」

「いや、そんなことは……」

「どちらにしろ、もう行くことにした」

「ええ……」

ロベルト・ピルロは、その足で王国宿舎に向かった。



「アベル陛下、突然の訪問、失礼する」

「ようこそ、ロベルト・ピルロ陛下」

2度目の邂逅となる両者。


いくつかの社交辞令の後、ロベルト・ピルロから切り出した。


「先ほど宿舎に戻ってきて、昨晩の件を聞いた」

「ええ。帝国のハーゲン・ベンダ男爵が、ヴァンパイアの大公を名乗る者に拉致されました」

「それで奪還するために暗黒大陸南部に行くのであろう。帝国だけでなく、王国も協力すると聞いたのじゃが」

「はい。我が王国のロンド公爵が、個人的にハーゲン・ベンダ男爵と友誼(ゆうぎ)を結んでおりました関係で、助けに行きたいと」

「なんと、そうであったか。それは知らなんだ」

アベルが正直に言い、ロベルト・ピルロも素直に驚く。


話を聞いた時には、なぜロンド公爵がと思ったのだが、それでロベルト・ピルロは合点がいったらしい。

何度か頷いている。


「それでな、実はわしも同行したいと思うてな」

「え? もしやロベルト・ピルロ陛下もハーゲン・ベンダ男爵と関係が?」

「いや、無い」

「え……」

「一人の魔法使いとして、オスカー・ルスカ伯爵とロンド公爵の旅路に同行したいと思うただけじゃ」

「ああ……なるほど」

なんとなくアベルにも分かる。



帝国を代表し、中央諸国中の人間が知る爆炎の魔法使い、オスカー・ルスカ伯爵。

王国解放戦以降、王国最強と(うた)われ多くの者たちが名前を聞くようになった、ロンド公爵。


その二人と旅路を共にする。

それは、魔法使いにとっては羨ましく思えるものかもしれない。


もっとも、二人の関係性を知っているアベルからすれば、自ら望んで火と氷に飛び込む無謀な行為にしか思えないのだが……。



「王国としては、ロベルト・ピルロ陛下が加わっても特に問題ございません。それで連合は、船はどう調達されますか? 王国はスキーズブラズニル号ですが、帝国は法国と交渉しているそうです」

「わしは、どこでも乗せてもらえれば良い」

「え? 何人ほどが連合からは……」

「わしと護衛のグロウンだけじゃ」

「……二人だけ?」

さすがに、剛毅(ごうき)と言われるアベルですら驚く。


「他の者たちには、聖都で働いておってもらわねばならんしな」

「そ、そうですか」

ロベルト・ピルロがあっけらかんと言い、アベルは小さく首を振った。


本当に魔法使いは無軌道な人物が多いと思ったが……賢明にも口には出さなかった。



続いてロベルト・ピルロは、帝国宿舎に向かった。

「ああ、ルビーン公爵、お久しぶりですな」

「ロベルト・ピルロ陛下、どうか昔同様にフィオナとお呼びください」

一人は連合でも主要国の一つカピトーネ王国の先代国王、もう一人は先の皇帝の末娘。

お互いに面識がある。


ロベルト・ピルロは、王国宿舎でアベルに語った内容を繰り返した。


「それで、旅路に同行させてもらおうと思うてな。今、挨拶がてらアベル王のところに行って、あちらの許可はもらってきたのじゃ」

「さすがはロベルト・ピルロ陛下……」

笑顔で告げるロベルト・ピルロ、笑顔で返すフィオナ。


だが、フィオナはその順番に意味があることを知っている。


アベル王の許可を得た、という事実を持ってくれば、帝国側は断らないだろうと。

王国の『王』が許可したのに、帝国の『公爵』が断る……確かにそれは難しい。


王国は王国、帝国は帝国。

そう、その通りなのだが……現実社会においては、そうとばかりは言えない。


それぞれの為政者(いせいしゃ)や政権中枢、高位貴族たちの立場などは、国が違っていても無関係とはならない。

見えはしなくとも、格というものは存在するのだ。


まあ、今回フィオナはあまり迷う必要はない。


「ロベルト・ピルロ陛下のご同行、こちらこそありがたいと思います」

「受け入れてくださいますか。感謝する」

好々爺(こうこうや)然とした笑顔のロベルト・ピルロであった。




翌日、教皇庁をアベルは訪れた。

「法国からも船を出し、私が乗船します」

「おい……」

教皇グラハムが断言し、逆にアベルが焦る。


「先日、私はヴァンパイアの脅威(きょうい)は去ったと、信徒たちに発表したばかりです。それなのに、聖都を襲撃され、国として受け入れている使節団の方を拉致(らち)されてしまいました。これで動かなければ、教会の権威は崩壊しますので」

「リョウなら、カナエノケイチョウヲトウ、とか言うやつだな」

グラハムが笑みを浮かべながら答え、アベルが涼的に(ことわざ)を引用して小さく首を振る。


「とはいえ、ヴァンパイアの大公は強力です。正直、公爵ですら倒せる目処は立たないのですが、それが大公となると……」

「俺も聞いたことはなかったんだが、公爵の上があるんだな」

「はい。一般的に知られていないのはもちろん、長くヴァンパイアと争ってきた西方教会にすら資料はないはずです。およそ人が、その存在自体を知らないものですから」

アベルの確認にグラハムが頷く。


(まるで『悪魔』みたいじゃないか)

アベルはそう思ったが、その単語は口に出せない。

涼から固く口留めをされている。



同時に、アベルの頭に浮かぶ疑問。

(なぜグラハムはヴァンパイア大公の存在を知っている?)


涼とアベルが悪魔の存在を知っているのは、会ったことがあるから。

涼に至っては戦ってもいる。


なら、グラハムがヴァンパイア大公の存在を知っているのは……。


「なぜグラハムが、その存在を知っているかは……聞かない方がいいんだろうな」

「はい、申し訳ありませんが、尋ねないでいただけると助かります」

「理由を知ったら、俺は消されるかもしれんか」

アベルは笑いながら言う。

グラハムも無言のまま微笑む。


冗談めかしたアベルの言葉だが、真実がほんのわずかに入っていることに、二人とも気付いていた。


「法国は、前回同様にゴーレムを積み込みます。すでにジャポリに停泊中の船に積み込みを開始しております」

「ジャポリって言うと、暗黒大陸から戻ってきた港町だな」

アベルは頷く。


ジャポリは、聖都マーローマーと海路を繋ぐ、いわばマーローマーの海の出入口だ。


王国一行が乗船する予定のスキーズブラズニル号も、ゴスロン港からジャポリに回航され、そこから乗る予定。

イグニスが先方と連絡をとって進めているらしい。

さすがは首席交渉官、できる男である。



「いくつかの手続きもありますが、四日後に聖都を発つ予定です。リョウさん……だけでなく帝国の爆炎の魔法使い殿も急いでいるでしょうが、そういう計画であることをお伝えいたします」

「ああ、承知した」

アベルも同意した。


「リョウも確かに心は急いでいるようだが、情報を集めている」

「情報?」

「俺も正確なところは分からんが、リョウなりの情報源があるのだろう。そこと連絡をとっている」

アベルは肩をすくめる。


もちろん、誰と連絡をとっているのかは知っている。

西ダンジョンの魔人マーリンだ。


しかし、正確にどんな内容かなどは知らないし、あえて聞いていない。

グラハムと同じだ。

知ってしまうと、いろいろと面倒な部分に巻き込まれる……それが分かり切っているので、まだ聞いていない。


とはいえ、アベルも本質は冒険者なので、知りたがり。

いずれは涼に尋ねることになると思う……。


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