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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
867/930

0820 強襲

秘密裏に、暗殺教団の者たちがボードレン国のあった場所に向かって、聖都を出た数日後。

聖都マーローマー、教皇庁前にあるカフェ・ローマーは、いつも(にぎ)わっている。


「今日もリョウさんは来ていませんか、残念です」

そう呟きながらも、メニューを見て笑みが浮かんできてしまうのは、デブヒ帝国の貴族ハーゲン・ベンダ男爵だ。


中央諸国における<転移><無限収納>の使い手として知られ、帝国軍付きという一風変わった位置付けの帝国貴族。

最近は、帝都と聖都の間を行き来することが多くなっている。

もちろん帝国政府から、聖都に滞在するルビーン公爵ならびにルスカ伯爵への書類、指示書の類を運ぶためだ。


そうやって、いわば仕事で聖都に来るたびに、このカフェ・ローマーでケーキとコーヒーを食すのがルーティンとなっていた。



そんなハーゲンには、『ケーキ友』とも呼ぶべき友人がいる。

それは隣国ナイトレイ王国の貴族であり、筆頭公爵であり、恐るべき魔法使いとして知られているロンド公爵。


ハーゲンも、その辺りのことはもちろん知っている。

とはいえ、ケーキを愛し、カフェ・ローマーに敬意を払う友であることは事実であり……特に帝国に背くようなこともしていないし、機密に類する情報も流していないので問題はないはず。


「ルパート陛下のことですから、この辺りの情報もすでに知っていらっしゃるでしょう。その上で何も言わないということは、つまりそういうことです」

ハーゲンは自分の中で、そう結論付けている。


ルパート六世は、驚くべき人物だ。

同時に、ハーゲンのような立場の者は、全く心配する必要がない人物でもある。

つまり、帝国に関する判断において誤ることはほとんどない。


仕える人間にとって、これほど幸せなことはなかった。



今回の聖都への転移も、もちろんルパートの指示によるものだ。

愛娘ルビーン公爵フィオナへの手紙を運ばされた……まあ、そういうことである。


「陛下のフィオナ様への愛情は、時間が経っても変わらない」

そう呟くハーゲン。


それは馬鹿にしたものでも、軽蔑したものでもない。

理解できるからこその言葉。


ハーゲンにも子供がいる。

息子と娘だ。

だからこそ、ルパートの気持ちは分かる。


ハーゲンは、ルパートからの手紙を届けるこの仕事を引き受ける時、いつも心が温かくなるのだった。




その夜、帝国宿舎。

ハーゲン・ベンダ男爵が飛び起きたのは、何か音が聞こえたからではない。

突然、目が覚めたのだ。


目が覚め、文字通り飛び起き、目の前を見て理解した。

その『存在』のせいで飛び起きたのだと。


「クックック、見つけたぞ」

その『存在』の口から漏れた言葉。

聞こえた瞬間、ヤバいと理解できるもの。


「転……うがっ」

左手で喉を握られ転移を唱えきることができない。


「さてさて」

そう言った瞬間、月の光が差し込んできて、その『存在』の顔がハーゲンにも判別できた。

知らない顔だ。

両の目がやけに赤い……そこから目が離せなくなる。


「ヴァン……パイ……ア?」

喉を潰されているので、ほとんど声にならない。


「ああ、正解だ。では、ちと、お前の『機能』がどれほど正常か確認させてもらうぞ」

ヴァンパイアは言うが早いか右手でハーゲンの顔を掴む。


すぐに、ハーゲンは気を失った。



「ふむ……ふむ。おお、問題なさそうだ。完全に使えるではないか。人間ゆえ、何世代も経たはずなのに、ここまで完璧に『継承』されておるとは。良い意味で想定外よ」

獰猛(どうもう)な笑みを浮かべてヴァンパイアは呟く。


「『転移』も『収納』もここまで完璧とは、我ながら恐ろしくなるわい」

ヴァンパイアがそう言った次の瞬間。


ドガン。


扉を突き破って武装した人間が飛び込んできた。


「ハーゲン殿!」

「ご無事か!」

飛び込んできた帝国兵たちが、口々に言う。


彼らは、いわば帝国使節団に所属するハーゲン番。

帝国軍付き男爵であるハーゲン・ベンダ男爵を陰ながら守る男たちだ。

帝国錬金協会が製造した特殊な錬金道具によって、ハーゲン・ベンダ男爵の居場所と健康状態が常にモニターされ、彼らはそれを監視している。


監視者であり、守護者でもある。



そんなハーゲン・ベンダ男爵の状況を示す錬金道具が、初めて赤くなったのだ。

生きてはいるが、普通ではない状態。

宿舎内でそんな状態になることは、ほとんど考えられない。

最もあり得るのは、襲撃。


だからハーゲン番の帝国兵は部屋に飛び込んできた。


そこで見たのは、大柄な男がアイアンクローよろしく、ハーゲンの頭を右手で掴んで吊り下げている状態。


「貴様、何をしている!」

「ハーゲン殿を離せ!」

帝国兵が口々に言うが……当然、ヴァンパイアは離さない。


「我は今、とても気分が良い。それゆえお前たちを見逃してやる。さっさと出ていくがよい」

笑いながら言うヴァンパイア。


「ふざけるな!」

帝国兵の一人が、手に持った槍でヴァンパイアを突く。


カキンッ。


音高く槍が弾き返される。

剣で弾かれたわけでも、見える何かに当たったわけでもない。


「物理障壁?」

「なんて固い……」

「当然、人間の槍ごときで貫けるわけなかろう」

笑うヴァンパイア。


「さて、欲しいものは手に入れた。後は、実際に動くか……。ちと、外に出るか」

そう呟くと、ヴァンパイアはハーゲンを掴んだまま窓から飛び出し、帝国宿舎の前を走る道路に降りた。


そこは宿舎の多くの場所から見える場所でもある。

完全に寝入っていた者たちはともかく、そうでなかった者たちは宿舎内で何かが起きたのは感じ取っている。

そこから、窓を割って表の道路に降り立った者がいたのだ。



色々と反応が起きる。



だが、帝国宿舎の者たちよりも早く反応した者たちがいた。

彼らは、特別な錬金道具と鍛えられた感覚により、対ヴァンパイアのために強化された者たち。


率いるのはその先頭に立って戦い続けたカリスマ、今は教会全てをまとめ上げる教皇……。


グラハムとステファニア、そして異端審問官たち。


ヴァンパイアは、グラハムを見て笑う。

「これはこれは、ヴァンパイアハンターではないか」

「ロズニャーク公爵ゾルターン……」

「久しいが……我の『記憶』は残っておるか?」

笑いながら問うゾルターン。


だがグラハムは、ゾルターンを睨んだまま、何も答えない。


その反応から理解したゾルターンは、小さく首を振る。

「まあ、仕方あるまい」

その呟きは小さすぎて、誰の耳にも聞こえない。


代わりに……。


「風の噂で聞いたぞ。ヴァンパイアハンター・グラハムが西方教会の教皇になったと。おめでとうと祝福を言いに来たのだ」

「嘘をつくな」

「わっはっはっはっは、嘘はすぐばれるか? めでたいという気持ちは事実なのだがな」

笑うゾルターン。


「公爵一人で聖都を襲撃か? 強力無比と言われるヴァンパイア公爵であっても、この聖都では力を出せぬぞ」

「『ニューの祝福』か? 数千年の時を経ても、未だに効果を発揮しているな。我も錬金術は得意な方だが、これを組んだ者も素晴らしい術師だな」

「ヴァンパイアが、錬金術が得意?」

そう呟いたのは、グラハムのすぐ後ろに立っているステファニア枢機卿。


その呟きが聞こえたのだろう。

「ああ、一般的にはヴァンパイアは錬金術が苦手だと言われているのだろう? 魔力が強すぎて、ああいう繊細(せんさい)な作業には向かんのだ。しかし我は違う」

ゾルターンは笑いながらそう言った。


「だから、聖都を守る祝福も効果が無いと?」

「ほれ、以前、ディヌ・レスコが襲撃したであろう?」

「シオンカ侯爵ディヌ・レスコ……」

答えながらグラハムは思い出している。


新たな教皇選出のための教皇選挙で集まっていた枢機卿と大司教たちを襲撃した。

さらに、その後のグラハムの新教皇即位の際にも襲撃した。

いずれも率いていたのは、シオンカ侯爵ディヌ・レスコ。


そもそも、それが不思議なのだ。


聖都マーローマーは『ニューの祝福』と呼ばれる錬金術的な仕組みによって、ヴァンパイアなどから守られている。

もちろん、それらの詳しい機構は枢機卿以上の者と一部の大司教しか知らないが……ヴァンパイアは力を出せないと言われている。


しかし侯爵であるディヌ・レスコだけでなく、彼が率いていたヴァンパイアたちも、多くの聖職者を殺した。



そんなことができたのはなぜか?



「ディヌ・レスコに頼まれてな。色々と力を貸してやった」

「奴を使って試したのであろう」

「うん?」

「貴様が使うのは『肉体への錬金術』……違うか?」

「ほぉ……これは驚いた」

グラハムがスッと目を据えて指摘し、ゾルターンは逆に目を見開いて驚く。


「人の世にはもう伝わっていないと、何百年も前に廃れたと聞いていたが。ふむ……その『記憶』は残っておるのか?」

ゾルターンの呟きは、ぎりぎりグラハムらにも聞こえたが、誰も答えない。


ステファニアや異端審問官には意味が分からず、グラハムはそもそも答える気がない。


「まあ、良い」

ゾルターンは勝手に結論付けた。



「公爵が侯爵に手を貸してやったとは……かつてのヴァンパイアたちとは、いろいろと変わってきているのか?」

「うん? この世界に変わらないものなどないであろう? いや、しかし……今、公爵と言ったか。そうか、人間の間では、我は公爵のままか」

「……どういう意味だ」

「いや、なに、我はグランドデューク……つまり大公になったのだ」

「……」

ゾルターンの言葉に、何も言わないグラハム。


しかしゾルターンが放った言葉は、グラハム以外の者たちにも聞こえている。


「ヴァンパイア大公? 聞いたことがない……」

「公爵の上? あり得るのか?」

「教皇庁の記録にもそんなものはない……」

グラハムの周りにいる異端審問官たちが、口々に言う。



しばらくして、ただ一人、グラハムがはっきりと口を開く。


「ヴァンパイア大公は、ゾルターン、お前ではない」

ゆっくりと、一言一言をゆっくりと(つむ)ぎ出すグラハム。


グラハムはヴァンパイア大公の存在を知っている。

なぜ彼が知っているかは秘密だが、存在することは知っている。


しかしそれは、目の前にいるヴァンパイアではない。


「うむ、奴を食ったからな」

獰猛な笑みを浮かべるゾルターン。


「食った……だと」

グラハムは驚きで言葉を失う。


狼狽(ろうばい)する姿などほとんど見せないグラハムだが、今は違う。


「さすがに、消化するのに数百年、あの大陸で眠る必要があったわ」

笑いながら言うゾルターン。


その表情からは、嘘を言っているようには見えない。


「竜王がおり、我が眠り、スペルノもいるわ、他にも……いや、さすがは暗黒大陸と呼ばれるだけはある。全ての色を混ぜれば黒、暗黒となるからな。名は体を表すという言葉があるらしいが、まさにそれだな」

大笑いするゾルターン。



そんな笑い声が聞こえたわけではないのだろうが、帝国宿舎から一組の男女が出てきた。

オスカー・ルスカ伯爵と、ルビーン公爵フィオナだ。


ここまで移動してくる中で、簡単な報告は受けていたのだろう。

ゾルターンが頭を掴んだままのハーゲンを見た。


「その男を返してもらう」

怒りに満ちたオスカーが宣言する。


「断る。欲しければ力づくで持っていけ」

笑いながら答えるゾルターン。


答えた次の瞬間だった。

「<ピアッシングファイア>」


ザクッ。


ゾルターンの額を狙った、極細(ごくぼそ)の白い炎の針が空中で止まった。

一枚目の障壁を貫いたが、二枚目の障壁で止められたのが分かる。


「馬鹿な!」

「ほぉ、人間にしてはやるではないか! まさか、我の障壁を貫く魔法を放ってくる者がいるとは思わなかったぞ!」

驚くオスカー、歓喜にも近い表情と態度をとるゾルターン。



そこに、高速の踏み込みと神速の剣閃がゾルターンを襲う。


ザクッ。


こちらも一枚目の障壁を破り、二枚目の障壁で止まる。

障壁そのものが、驚くほど固く分厚いことが分かる。


それは、グラハムがいつもの仕込み杖で薙いだもの。


「くっ」

「おぉ、さすがはヴァンパイアハンター! 何百体ものヴァンパイアを葬ってきた剣、そして剣技、素晴らしいな」

ゾルターンは賞賛するが……。


「だが、届かぬ」

そう言って、ニヤリと笑った。



魔法も剣も届かない。



「聖下、奴が掴んでいるのは、帝国のハーゲン・ベンダ男爵です」

グラハムに、後ろからそう囁いたのはステファニア枢機卿。


その名はグラハムも知っている。

中央諸国で唯一<転移>や<無限収納>という、他に類を見ない魔法の使い手。

中央諸国だけでなく西方諸国や暗黒大陸にも、そんな使い手などいない。


驚くほど特殊な魔法使い。


ゾルターンは、そのハーゲン・ベンダ男爵を手に掴んだまま二人の攻撃を受けた。

分厚い障壁で防いだために動く必要もなかったのだが……それでも、ハーゲンを離す気が全くないのは分かる。


つまり、ハーゲン・ベンダ男爵を手に入れようと襲撃してきた可能性が高い。



「何だ? 我が持っているこの男のことが気になるか?」

「ああ、気になるな。そんな男がいては存分に戦えん。返したらどうだ」

「ふはははは、面白いなヴァンパイアハンター。もちろんこやつが、転移や特殊な収納を使えることは知っている」

グラハムの挑発に、笑いながら答えるゾルターン。


そして決定的な一言を放つ。

「こやつを手に入れるために来たのだぞ。返すわけなかろうが」


その言葉に対してグラハムは無言。



しかし、ゾルターンの言葉は、オスカーの顔をしかめさせた。

オスカーの後ろには、フィオナもいる。

フィオナも同じくらい顔をしかめている。


ハーゲン・ベンダ男爵は、替えが利かない貴重な帝国の人材だ。



しかし、続けて放たれたゾルターンの言葉は、そこにいる者たちに衝撃を与える。


「この一族は、元々、ヴァンパイアが生み出したものだ」

「なんだと……」

「さすがのヴァンパイアハンターも知らなんだか」

絶句するグラハムを見て、笑うゾルターン。


当然、ハーゲンが所属する帝国のオスカーとフィオナも驚いた顔だ。

帝室に近い人間も知らないこと……。



そんな騒動が起きていれば、隣接する宿舎からも人が集まってくるのは当然か。



王国宿舎から。

「これは……」

愛剣を持って現れたのはナイトレイ王国のアベル王。


「陛下、御下がりください」

王国騎士団のザックとスコッティーが体を張って止める。


その様子に気付いたのだろう。

ゾルターンはそちらを見た。

そして、少し目を()らしてから、大きく目を見開く。

驚いたらしい。


「そこの男、お前が持つその剣は“エクス”であろう? なぜ持っている」

「ほんっと、この剣とうちのご先祖様は有名なんだな」

ゾルターンの問いに、アベルがぼやく。


何度、“エクス”という名を聞いたことか。

持ち主以上に、寿命の長い者たちがよく知っている剣。


「なるほど、リチャードの末裔(まつえい)か。ならば納得だ」

「何が納得なのか、全く分からん」

ゾルターンの勝手な納得に、ツッコむアベル。


アベルは、涼によって立派なツッコミになってしまったらしい。

強力なヴァンパイアに対して、ツッコんでいるのだから。



「アベル、あいつはヤバい。絶対に近付くな」

剣を抜き、横に並んで止めるのはヒュー・マクグラス。

緊急事態ゆえだろう、アベルへの呼びかけも昔の冒険者時代に戻っている。


「今度は、聖剣ガラハットか。再生を止める剣……本来なら、我らヴァンパイアにとっては天敵ともいえる剣だが……」

「なんだ、自分は特別なヴァンパイアだから、ガラハットですら効果が無いとでも言うのか?」

「分からん」

ヒューの挑発にゾルターンは肩をすくめる。


「どっちみち、我の<障壁>は抜けん」

鼻で笑うとはこのこと。



そこでゾルターンは周囲を見回した。

そして、何度か頷いた後、口を開く。


「今の時代は人材が豊富だな。こんな狭い場所に強い人間が何人も揃っておるではないか」

ゾルターンは上機嫌。


そしてそこに、欠けていた最後の一人が駆けつけた。


「ハーグさん!」

『十号室』の三人と共に、夜の聖都の門をくぐって戻った涼であった。


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