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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0819 プロローグⅡ

西ダンジョンの近くには街がある。

西ダンジョンは転移機能があって、攻略した階層まで一気に飛ぶことができる。

極端な話、毎日街に戻ってリフレッシュしてから、攻略に戻る……そんなことができる稀有(けう)なダンジョンなのだ。


そのため、街も大きい。

そして現在、そこにはいつも以上に冒険者が多い……まあ、普段から冒険者が西方諸国から集まってきているため多いのだが、今はさらに多い。


それは……。


「おう、ニルスじゃねえか」

「『十号室』もダンジョン攻略再開か?」

そんな声をかけてくるのは、ナイトレイ王国所属の冒険者たち。


そう、王国使節団の護衛冒険者たちは、使節団が聖都に留まっている間、暇を持て余したのでこの街に来ているのだ。


さすがに一年も聖都に留まっていれば……色々仕方ないだろう。

むしろ、使節団団長であるヒュー・マクグラスが「ダンジョンでも攻略してこい!」と言ったとか言わなかったとか。


ヒューは冒険者ギルドのグランドマスターでもあるため、暇を持て余した冒険者がろくなことにならないことを知っているのだ。


そのため聖都の王国宿舎には、あまり冒険者がいない……。


「宿舎に冒険者がいないと思ったら、こんなところで遊んでいたんですね」

涼がこっそりとエトに(ささや)く。


「使節団の護衛として来ているけど、護衛する対象の文官たちが、宿舎と教皇庁の往復だけだしね」

「……護衛する必要性がないですね、確かに」

エトが苦笑しながら説明し、涼も頷いた。



とはいえ、ダンジョンはダンジョンだ。

攻略を失敗すれば命を失う。

危険と隣り合わせ。


「わざわざ、そんな危険なところに自分から入っていくなんて……」

「それが冒険者だもんね」

涼が嘆かわしいという表情をし、エトは笑う。


冒険者は因果な商売らしい。



西ダンジョン入口に向かって歩いていた一行に、同じ王国使節団の護衛冒険者たちが話しかけてきた。


「おう、ニルス、久しぶり」

「おう、『天山』か」

C級パーティー『天山』は王都所属で、使節団の西方諸国までの護衛では最後尾の一つ前を歩いていた五人パーティーだ。

最後尾は涼を含めた『十号室』と『十一号室』であったため、話す機会も自然と多くなっていた。


『十号室』はB級パーティーだが三人とも若いため、C級冒険者たちも年上が多い。

『天山』もそうであるため、ため口だ。


『天山』のリーダーであり、槍士のレイアウトが話をふる。

「ニルスたちは、久しぶりだから知らんだろう?」

「何がだ?」

「『動く棺桶(かんおけ)』だ」

「は?」

ニルスが()頓狂(とんきょう)な声をあげる。


「現れ始めたのはここ二、三カ月らしいんだが、棺桶が動いているんだ」

「わりぃ、レイアウト、言ってる意味が全然分からん」

顔をしかめながら、正直に言うニルス。


だが仕方がないだろう。


棺桶は知っている。

遺体(いたい)を入れる箱だ。

土に埋めたり、焼いたり……遺体の処理方法は各地で違うが、棺桶のようなものはたいていの地域にあり、ほぼ共通している。



……それが、動いている?



「魔物か何かか?」

「それすら分からん。だが、多分違うだろう。俺たちも見たことあるんだが、別に人を襲うわけでも害をなすわけでもない。それどころか、棺桶から声が聞こえてくるらしい」

「人の言葉を話すのか? それ、中に入ってるのは普通の人間じゃないのか?」

「いや、横から見れば分かるんだが……その棺桶、浮いてるんだ」

「おいおい……」

レイアウトの言葉に、顔をしかめるニルス。


『浮く』という行為は、魔法のあるこの世界でも、簡単ではない。

風属性魔法を極めた魔法使いは浮くことができると言われている。

しかしそれすら「言われている」だけ。

ほとんどの人間が、そんな光景は見たことがないはずだ。


なぜなら、ナイトレイ王国においても、イラリオンクラスの魔法使いでなければ不可能であるから。


そんな現象を『棺桶』が?


「不思議なことに、その棺桶は露店で物を買う」

「おいおいおいおい……」

「支払いは必ず魔石らしい。望みの物が並んでいない場合に、店主に声をかけるとも聞いた」

「絶対、中に入ってるやつ、人間だろうが!」

レイアウトの続く説明に、さすがにニルスも我慢できなくなったようだ。


「自分で動く棺桶なんて、神殿でも聞いたことないよ」

「いるなら見てみたいですね」

後ろで聞いていたエトとアモンもあまり信じていないのか、笑いながら言い合っている。


しかし、ただ一人、冷や汗を流している人物がいた。

涼だけは、顔をこわばらせて無言のままだ。


『天山』たちとの会話に夢中になっている『十号室』の三人は、涼の様子には気付かない。



そんな話をしている『天山』と『十号室』の視線の先の露店に、どこからか現れた箱が、近付いていった。


「え?」

「おい……」

「うそ……」

「ほら、あれだよ! な? 嘘じゃないだろ?」

アモンが真っ先に気付き、ニルスも絶句し、エトも信じられず、レイアウトが指さす。


そう、(くだん)の『棺桶』が、自走して肉串を売っているらしい露店の前で停まったのだ。

「おう、箱さんか、いらっしゃい!」

最も冷静なのは、肉串屋の店主らしい。

どうも、なじみの客のようだ。


焼き上がっている肉串から、三本が宙に浮かぶ。

「その三本かい? いいぜ、持っていきな」

店主がそう言うと、会計箱にゴブリンの魔石らしい小さな魔石が三個置かれた。

「毎度! いつもありがとうな」



宙に浮いた肉串は、一本ずつ消えてく。

もちろん肉の部分だけ……串は残っている。

まるで透明な人が食べているかのような……。


そして一分ほどで三本全て消え去った。


串は、肉串屋の前の串返却箱のような所に戻され……なぜか、棺桶は『天山』と『十号室』の方に向かってきた。


「え? こっちに来るぞ? 何でだ?」

「知るかよ。俺たちがジロジロ見ていたからか?」

「いや、俺たちだけじゃなくて、みんな見てたぞ」

レイアウトもニルスも焦る。



しかし、やってきた棺桶は彼らの脇を通り過ぎ……後ろにいた人物に話しかけた。


「リョウではないか。久しぶりだな」

「……あ、はい、えっと、棺桶……いえ、レグナさん、お久しぶりです」

棺桶の中にいるレグナが声をかけ、涼も仕方なく反応する。


当然のように、全ての視線が涼に降り注ぐ。


……いたたまれない。



涼のすぐそばにいる『十号室』と『天山』の面々など、全員が大きく目を見開いて驚いた表情のまま固まっている。

涼も説明したいとは思いつつも、タイミングが……。


「ここに来たということは、赤服のスペルノに会いにか?」

「あ、はい。マーリンさんに呼ばれまして」

「なるほど、例の件だろう」

「例の件?」

「うむ、我も行こう」

「え?」

「我が案内すれば、すぐだ」

レグナはそう言うと、固まったままの『十号室』と『天山』の者たちを見た……多分。


「その者たちは、リョウの連れか? 連れていっても大丈夫か?」

「あ、えっと、このニルスとエト、アモンは大丈夫です。マーリンさんとは旧知の仲ですので」

涼はそう言いながら、三人を一人ずつ指さす。


ここで間違えて、『天山』の人たちを連れていってしまったら……文字通り「消される」可能性も出てくる。


「承知した」

レグナがそう言った次の瞬間、四人と棺桶は人々の目の前から消えた。



『十号室』の四人は、一瞬の浮遊感の後、部屋の中に立っていた。


そこは、とても鮮やかな部屋。

以前、涼が訪れたことのある部屋とは、かなり趣が異なっている。


「こら! 棺桶! 貴様はまた勝手に転移してきおって……む? 妖精王の寵児(ちょうじ)と仲間たちではないか」

「外にいたから連れてきた」

「ふむ、それは重畳(ちょうじょう)……いや、そもそも勝手に転移してくるなといつも言っておるであろうが!」

「外で肉串を食べた。やはり美味かったぞ。それで暗黒コーヒーを飲みたい」

「人の話を聞いておるのか!」

棺桶と赤服の魔人とのやりとり……ズレ漫才のような。



「えっと、マーリンさん、突然訪れてすいません」


とりあえず、涼が謝る。

元日本人的処世術(しょせいじゅつ)だ。


「よい。そもそも、わしが来てくれるように頼んだのじゃ。わしが行ってもよかったのじゃが、そこの棺桶がリョウに伝えたいことがあると言うてな」

マーリンが言うと、イスが準備された。

さらに、テーブルの上にコーヒーが準備される。


四人が座る前に、棺桶は椅子がひと際広く開いている場所を自分のポジションと定めて移動した。

ほとんど間髪を容れずにコーヒーが空中に浮かんで傾けられると……落ちてきたコーヒーが空中で消えた。

まるで何者かに飲まれたかのように。


「うむ、さすがマーリン、コーヒーを淹れる腕だけは最高だな」

「うるさいわい。淹れる腕だけとはなんじゃ、だけとは、失礼なやつめ」


マーリンとレグナの間でそんな会話が交わされているが、ニルスが何度か頭をひねった後涼に問いかけた。


「なあ、リョウ、あの棺桶……さんと知り合いなんだろ?」

「ええ」

「俺もどこかで見た覚えがあるんだが……」

「そりゃあるでしょう。だって、ほら、教皇就任式の時、みんなもいたじゃないですか」

「就任式? ああ! あれか、リョウの知り合いの錬金術師がいじくっていた、あの箱か!」

「それです」

ニルスが思い出し、涼が頷く。


「あれって、最終的にリョウが戦った相手が封印されたんじゃなかったっけ?」

エトが思い出しながら話に乗っかってくる。


「まさに、その封印された人……いえ、封印された存在が、さっきから話しているレグナさんです」

涼が説明すると、『十号室』の三人は驚き、一斉に棺桶を見た。


「どうも我の紹介は終わったようだ」

「人の身でありながら悪魔と戦ったり、動く棺桶と出会ったり……妖精王の寵児の近くにおると、いろんな経験をするのお」

レグナが言い、マーリンも笑いながら言う。


なぜか、再びいたたまれなくなる涼。

涼のせいではない……せいではないはずなのだ……多分。



「ほれ、マーリンよ、もう一杯コーヒーをくれ」

「まだ飲むのか」

そんなレグナとマーリンの会話。


再びコーヒーカップが空に浮いたのを見て、涼は不思議に思う。


「レグナさんが、コーヒーカップを浮かせてるんですよね?」

「うむ」

「箱の中にいながらそういうことができるってことは、もう何でもできるんじゃ……」

「できるかもしれん」

「以前、その箱は居心地がいいとおっしゃっていましたが……」

「そうなのだ、なんとも良い居心地。長い時を存在し続けてきたが、その中でも一、二を争う居心地の良さぞ。入れてくれたリョウには感謝している」

「あ、いえ、はい……」

涼は答えに詰まる。


あの時は、他にアイデアがなく、やむを得ず封印したのだ。


実際、現状を見る限り、レグナは簡単に封印を解いて外に出ることはできそうだ。

ナイトレイ王国本土でも、魔人封印用の錬金道具をケネスとフランクで作成したそうだが、最終的にうまくいかなかったとか。


この世の常識を逸脱(いつだつ)した者の封印が、いかに難しいか。



「確かレグナさんは、旅に出るとか言っていた気が……」

「そう、こやつはそう言っておったのに……ずっとこの街に留まったままじゃ」

「美味いものが多いのが悪い」

涼の確認に、マーリンが頷き、レグナが責任転嫁(せきにんてんか)をする。


「レグナさんって、そもそも別次元の方ですよね? この三次元の味とか……分かるんですか?」

「ベツジゲンという言葉がよく分からんが、確かにこの体になってからだな、味が分かるようになった」

「え……」

「美味いという感覚を知ってな。これはとても面白い感覚なのだ」

レグナが答える


「味覚の獲得? 進化している……」

涼が驚きから呟いた。



確かに肉体が無ければ、『美味しい』という感覚は味わえないのかもしれない。

受肉して、時間の経過とともに新たに知った感覚。


いったいレグナは、これからどうなっていくのか。

もちろん涼はその問いに答えることができず、人知れず首を振るのだった。



「さて、では妖精王の寵児らに来てもらった本題に入るかの」

一杯目のコーヒーを飲み、涼は二杯目に入ったところで、マーリンが切り出した。


「来てもらったのは、この棺桶が気になることがあると言うたからじゃ」

「気になること?」

涼が棺桶のレグナの方を見る。


「うむ。ここ最近……一カ月か二カ月ほどだが、世界が揺れている」

「……はい?」

「我の感覚では、文字通り世界が揺れているのだが……人にも分かるように言うなら、強力な魔法が、かなりの頻度で行使されている、というのか」

「強力な魔法? それはどこでですか?」

「リョウたちが滞在している街だ」

「聖都で?」

レグナの答えに、涼が驚く。


もちろん涼と共に聖都に滞在している『十号室』の三人も、無言のまま顔を見合わせる。



「僕は……けっこう魔力の流れとか敏感な方だと思うのですが、感じませんでした」

涼は答える。


嘘ではない。

だが完全に正確でもない。


西方教会の教皇庁が置かれた聖都だけあって、教会の聖職者たちが、ほぼ日常的に魔法を使っているからだろう。

街の中における魔力の流れは、かなり激しい。


とはいえ、強力な魔法が行使されているというのは、ちょっと……。


「ふむ、そうだな、正確には魔法ではないのかもしれん。魔力を使っているのかも正直分からんのだが……」

「魔力を使っていない……魔法?」

「すまんな、この感覚を正確に言葉にすることができん」

レグナはいろいろ考えてはいるようだが、人に分かるように説明するのは難しいらしい。


「まあ、その世界の揺れも厄介なのだが、それをずっと見ている者がいる。そちらの方が、人にとっては脅威かもしれん」

「見ている者? その人は、世界の揺れを見ることができる、ということですよね。いったい……」

「そこまでは我にも分からん」

レグナはあっさりと答える。


「スペルノであるわしですら、世界の揺れなぞ見えんぞ?」

「マーリンもまだまだということであろう」

マーリンが顔をしかめて言い、レグナが笑うように言う。


そこで涼は震えた。

そう、魔人であるマーリンですら見えない『世界の揺れ』。

それを見ている者がいる。


レグナは、それこそ堕天使のようなものだ。

本来、この世界の存在ではない。

上位次元の存在。


それと同じようなものを見ることができる者?


それはいったい……。


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