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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第五章 ミトリロ塊を求めて
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0814 突入

それから二日後。

涼ら買い付け一行は、暗殺教団の本拠地があるニュランの森を望む、小高い丘の上にいた。

丘のこちら側には、今回動員された共和国軍がずらりと並ぶ。


「これだけの戦力があれば、私たちの投入の必要なんて無い気がするんだけど」

「ゴーレム五十体に、兵も……これ、三千人以上いるだろ?」

「我々が投入される前に、終わってしまう可能性が高いですよね」

苦笑しながら言うエト、ニルスが肩をすくめ、アモンが少し残念そうだ。


「まあ王国としては、実際にブレスレットを動かしてみせたし、現地まで足を運んだという部分だけでも協力した姿を見せたことになると思うんです」

涼がなぜか偉そうに腕を組んで言っている。

視線は共和国軍ではなく、丘の向こうの森に向いている。


「すごく深い森。向こう側、終わりが見えないよね」

「ええ、深い森は魔物が()んでいると思うんですけど……ここは、どうなっているんでしょう?」

「さあ? いたんだろうけど、暗殺教団とかが本拠地にする時に狩ったかな?」

涼の素朴な疑問に、エトも首を傾げながら答える。


実際に、森に潜ってみなければ解決されない疑問である。



「三人に確認したいんだけど……」

涼が少しだけ小声になる。

注意を向ける『十号室』の三人。


「共和国政府に協力して、森の中に突入することにしたけど、本当に良い?」

「何を今さら」

「ミトリロ塊を安くしてもらう約束も取り付けたんでしょう?」

「暗殺教団と森の中での戦闘なんて、学ぶことが凄くありそうです」

涼が確認し、ニルスが頷き、エトが利を説き、アモンが戦闘狂になる。


最近涼は、アモンが剣の道に邁進(まいしん)しすぎている気がするのだ。

別に悪いとは思わない。

今のうちに、サインをもらっておくべきかと悩んでいる程度である。


「まあ、無理して怪我しないようにしましょう」

「……いいのか、それで」

「あ……少しは怪我でもした方が、協力した感じを出せますかね。じゃあ、ニルス、少し怪我してください」

「おい……」

涼が策略を提示し、ニルスがツッコむ。


もちろん二人とも冗談であることは分かっている。



それからしばらくすると、号令がかかった。

共和国ゴーレム『シビリアン』五十体が真っ先に丘を降り、ニュランの森に突っ込んだ。


当然、共和国軍が丘の向こうに隠れていたのは、暗殺教団も把握していたのだろう。

森の中で激烈な戦闘が始まる。


それを確認して、さらに共和国軍が投入された。


指揮所が、森を一望(いちぼう)できる丘の上、つまり涼たちのすぐ近くに立てられる。

「ある程度戦線を押し込めれば、ここ以外に前線指揮所を森の中に進めることになります」

今回の森への突入作戦の指揮を執ることになった、ボニファーチョ局長が涼に言う。


「僕たちの投入はいつでしょう?」

「ある程度の道筋をシビリアンと軍で切り拓いて後、特務庁の部隊を投入します。そこに皆様も協力いただければと」

「承知しました」

涼は頷いた。



森とは言っても、多少は開けている場所もあり、丘の上からでも色々と見える。


「シビリアンは三メートル級ゴーレム……やはり森の中だと、戦いにくそうです」

「ああ、確かにね」

「でかさを活かせてないな」

「それでも、振り回した腕が当たると凄そうです」

涼が観察結果を報告し、エトが同意し、ニルスが補足し、アモンが力強さを褒める。


実際、敵と切り結びながら、木を押し倒して直進しているゴーレム隊がいる。


「あのゴーレムが切り開いたところ……道として、俺たちや特務庁の連中を投入するんだろうな」

ニルスが言う。

それに無言のまま、エト、アモン、涼が頷いた。


とは言っても、目指すべき『別荘』の位置を正確には知らない。

実は共和国政府も、資料はあるが実物の確認はされていないのだ。

なにせ、この森の中に斥候(せっこう)隊も入っていけなかったので……。


「森の中で暗殺者たちを相手にする厄介さよ」

涼が舞台俳優のように大げさに、首を振りながら言う。


「……」

反応は無い。


「……森の中で暗殺者たちを相手にする厄介さよ」

涼が再び、舞台俳優のように大げさに、首を振りながら言う。


「……」

やはり反応は無い。


「……森の中で! 暗殺者たちを!」

「分かったわ! 何度も繰り返すな!」

ようやく、ニルスが反応した。


「無反応だったので、聞こえていないのかなと思って」

「そんなわけあるか。聞こえないふりをして、流しただけだ」

「ひどい……」

ニルスが正直に答え、嘘泣きをする涼。

エトは小さく首を振り、アモンは苦笑する。


「みんなの緊張を解こうと思って犠牲になったのに」

「あんまり緊張してねーぞ」

「え? 何でです?」

「何でとは、なんだ?」

「なぜか哲学問答になっています」

ニルスが首を傾げ、涼も首を傾げる。


「私たちも、それなりの経験を積んできたからだよ」

笑いながら代わりに答えるのはエト。


「あのオスカー・ルスカ伯爵に比べれば、あんまり怖くありません」

同じく笑いながら言うのはアモン。


「まさか爆炎がみんなの役に立つとは。彼奴(きゃつ)を少しだけ見直してあげます」

涼が顔をしかめて首を振りながらも、一定の評価をする。



「まあ、伯爵ですからね。ノブレスオブリージュ……高貴なる者の義務は果たしてもらわないと困ります」

「リョウはどうなんだ? リョウは筆頭公爵だろう?」

「失敬な! 誰が適当公爵ですか!」

「言ってねーよ」

「ニルスの心が、そう言ってました」

「なんで心の中に浮かんだのが分かるんだ?」

「心眼と言って、心の目で見抜けるのです」

「そうか、それはすげーな。さすがリョウだな」

「いやあ、それほどでも」

なぜか照れる涼。


「ニルスも上手くなったね」

「華麗な返し技でした」

エトとアモンがささやき合う。


こうして、ほとんど緊張していなかった四人は、完全に力みもなくなった。



そんな四人の傍らにある指揮所に、報告が次々と届く。


「地面が泥地と化し、ゴーレムの進撃が止められました」

「侵攻停止地点前方、約四百メートルに屋敷を視認いたしました。例の別荘かと思われます」

「前線指揮所より、特務庁戦力の投入要請です」


最後の報告を受けて、ボニファーチョは買い付け一行の方を向いた。

「これより特務庁の戦力を投入します。彼らは、市街地や森の中での戦闘を特に鍛えられた者たちです。彼らが森の中での戦線を維持しますので……」

「我々が屋敷に突入します」

ボニファーチョの要請に、涼が頷く。

その後ろに立つ『十号室』の三人も、同じく頷いた。



特務庁の特殊工作部隊が投入される。

彼らの先頭を走る、買い付け一行の四人。


「特殊工作部隊の人たちって、独特な雰囲気があります」

「森の中とかの戦闘に特化してるんだろ?」

「暗殺任務とかもあるんですかね」

「そりゃあ、あるだろ」

涼の問いに、当然という顔で答えるニルス。


「王国だと、冒険者ギルドにはそういう依頼は来ない。なぜなら、貴族の私兵が担っているからだと言われている」

「あんまり貴族とかのいない共和国の場合は、政府の……つまり特務庁の……」

「しーっ! アモン、それ以上は言ってはいけません」

ニルスが答え、アモンが推測を述べようとして涼がそれを止める。


自分から話を振っておいて、涼は止めたのだ。


「全ての罪をニルスにかぶってもらいましょう。後で特務庁に、『ニルスが悪い』って投書をしておきます」

「なんでだよ、意味が分からんぞ」

宇宙開闢(かいびゃく)以来続く剣士と魔法使いの争いは、ニルスたちの世代になっても続いているらしい。



「<アクティブソナー>」

涼が能動的なソナーで森の中を探る。


「<パッシブソナー>で引っ掛かった敵は五十人くらいだったのですけど、<アクティブソナー>だと一気に百人を超えました」

「<アクティブソナー>の方が、精度は高いんだっけ?」

「ええ、ええ。百人の内、隠蔽のブレスレットを使っている人たちも三十人くらい……」

涼が言いかけた次の瞬間。


カキンッ、カキン。


ニルスとアモンが矢を弾く。


「ご丁寧に、矢じりが黒く塗られていたぞ」

「こういう森の中だと、結構見えにくいですね」

ニルスとアモンが情報交換をしている。


そのまま……。

二人は涼とエトから離れて、戦闘に入った。


「あの二人、よく敵がいるの分かりましたね」

「C級以上になると、討伐依頼がけっこう多くなるからね。対人戦も慣れたんだよ」

素直に驚く涼、笑うエト。


「でも二人が襲い掛かった相手、隠蔽のブレスレットを使ってた暗殺者ですよ?」

「そうなの? 私が思っている以上に、二人は成長しているのかもね」

やはり笑いながら答えるエト。

エトにとっては、今の二人の姿は当然のようだ。


「みんな、日々成長しているのですね」

そう総括する涼の姿は、なぜか偉そうだった。



ニルスが、対峙した暗殺者を倒したのを確認して、涼とエトは近付く。

「ニルス、凄いですね」

「おう、隠蔽のブレスレット使ってやがったな。リョウがやってみせたから何となくは分かっていたが……実際に戦ってみると、思った以上に厄介だな」

「でも、問題なく対処できてましたよ」

「厄介ではあるが、多少時間をかけても大丈夫なら、戦えんことはない」

ニルスがはっきりと言い切る。


それを受けて、涼とエトは顔を見合わせて頷いた。

十分にやれると。



だが現実問題として、涼は疑問に思うことがある。

「どうやって、暗殺者の攻撃とかいる場所とか把握してたんです?」

そう、ニルスは魔法が使えない。

涼のソナーのような、探知系の魔法無しでどうやって?


「風の音だ」

「風の音?」

「風がものに当たった時、音が変わるだろ? あれだ」

「凄いですね」

涼はニルスの答えに素直に凄いと思った。


だが、ニルスは首を振りながら言う。


「俺より凄いのはアモンだ。あいつは、気配だけで斬ってるぞ」

「……はい? 何で気配だけで斬れるんです?」

「俺に聞くな。俺が聞きたいくらいだ」

涼の問いに、ニルスが苦笑する。


剣の道は奥深いらしい。



「特務庁の人たちは、かなり苦戦しているね」

「俺たちは向こうを助けに行く。リョウは一人で突っ込め」

「はい?」

エトが状況を告げ、ニルスが無茶ぶりをして涼が驚く。


「リョウ一人なら、一気に森を突っ切れるだろ?」

「まあ、多分」

「教団のトップに会って、さっさと倒してこい。早ければ早いほど、双方の犠牲が少なくて済む」

「分かりました」

涼は頷いた。

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