0081-2
なんとなく日曜なので、追加投稿です。
オスカーは、館を出た後、全力で走り続けた。
「海岸か……砂地であれば怪我は少なくて済むはず」
通りから海岸に降りるところに、ご丁寧にも賊が配置されていた。
一顧だにすることなく、ピアッシングファイアで射抜き、転がるようにして海岸に降りる。
そこには死体も転がっていたのだが、オスカーの目には全く入らなかった。
目に入ったのはただ一つ、敬愛すべき皇女を抱えた男たち。
その光景を見た瞬間、わずかに残っていた理性が吹き飛んだ。
ほんの僅かでも理性が残っていれば、その男たちが黒ずくめの賊とは、いでたちが違うことに気付いたであろう。
ほんの僅かでも理性が残っていれば、周囲に転がる死体こそが黒ずくめの賊たちであり、その男たちが賊を倒したことを理解したであろう。
ほんの僅かでも理性が残っていれば……その男たちを殺そうとはしなかったに違いない。
一歩ずつ近づきながら、オスカーは声を発した。
「おい、その女性から離れろ」
だが、その男たちは何も言わないし、フィオナを放す気配も無い。
当然である。それが賊である。
「その女性はお前たちが手を触れていい方ではない」
その瞬間、オスカーの手からピアッシングファイアが放たれた。
近付いてくる『者』のヤバさは、全員が感じていた。
だがその中でも、エトが感じた危険度は、間違いなく、これまで生きてきた中で最上級であった。
(なにこれ……纏っている魔力も、集まってくる魔力も異常だ)
「その女性はお前たちが手を触れていい方ではない」
その『者』が言った瞬間、エトは反射的に唱えていた。
「<サンクチュアリ>」
緊急展開防御魔法……詠唱なく、一瞬で防御陣を展開する神官の奥義。
絶対防御である<聖域方陣>は、高位の神官しか使うことは出来ないが、この<サンクチュアリ>は神官なら、ほぼ誰でも使うことができる。
たった五秒間ではあるが、ほとんどの物理攻撃、魔法攻撃を弾くことができる。
だが、その反動は凄まじい。
高位の神官ならともかく、E級冒険者に過ぎないエトが唱えれば……、
ジュッ
サンクチュアリは正常に発動し、三本のピアッシングファイアを弾き返した。
三本は正確に、ニルス、エト、アモンの額に向けて放たれていたのである。
それを確認した瞬間、エトは心の中で頷いた。自分の判断に間違いは無かったと。
「ゴホッ」
だが、サンクチュアリの反動で、口から血を吐き、そして膝を地面につく。
「エト!」
「エトさん!」
アモンが急いでエトの元に駆け寄り、身体を支える。
既にエトの意識は朦朧としている。
だが、そんなやり取りなどには、何の感傷もないオスカー。
「さっさと離れろ」
そう言うと、オスカーは再びピアッシングファイアを放つ。
「<アイスウォール10層>」
今度は、透明の氷の壁が、オスカーのピアッシングファイアを弾いた。
「なんだと?」
サンクチュアリがピアッシングファイアを弾くのは分かるが、氷の壁ごときがピアッシングファイアを弾く?
ヒビは入った……ヒビが入っただけだと?
「みんながどこに行ったかと探してみれば……死体も転がり、しかも戦闘中だし」
そこまで言って、涼はようやく、エトが血を吐いて膝をついている光景を目にした。
仲間が血まみれの絵……涼の理性が吹き飛ぶには十分であった。
「貴様……エトに何をした……」
「黙れ、はやくその女性から離れろ」
そう言うと、オスカーはピアッシングファイア四本を放つ。
(<アイシクルランス4>)
涼は、四本の炎の針を、氷の槍四本で迎撃する。
「なんだそれは……」
完全に理性を失っているオスカーですら、目の前の水属性魔法使いが異常であることは理解できた。
自分のピアッシングファイア四本を、氷の槍四本で迎撃など……自分並みの魔法生成のスピードがあるということの証明である。
そんな人間に、オスカーは初めて出会ったのだ。
そして、フィオナが相手の手中にある以上、大規模な破壊魔法は使えない。
巻き込んでしまっては元も子もないからだ。
そうなると、取れる手段はおのずと限られてくる。
「まず貴様を殺す。 <炎槍連弾>」
オスカーの手からピアッシングファイアとは質の違う、貫通力を高めた炎の槍が十本、涼に向かって発射される。
(<積層アイスウォール10層>)
涼の前に、次々とアイスウォールが形成される。
それは、涼の前からオスカーに向かって次々と生成されていく。
かつて、悪魔レオノールの<業火>にぶつけた魔法である。
さすがにピアッシングファイアとは比較にならない、貫通力特化の<炎槍>である。
一撃で、涼が誇るアイスウォール10層すらも撃ち抜いていく。
だが……それを見越しての、貫通力が高い攻撃を、動的に防御するための<積層アイスウォール>だ。
悪魔レオノールの業火並みの破壊力でない限りは、今の涼の防御を突破することは出来ない。
オスカーは<炎槍連弾>を、さらに四連射して突破を図る。
炎の槍がアイスウォールを貫きながら前進する……のだが、氷の壁を一枚貫くごとに、確実にそのスピードは弱まっていく。視認できない程にではあるが、確実に。
そして、ついに突き破れない氷の壁にぶち当たり、消滅する。
それが数十回繰り返され……。
涼の積層アイスウォールは、オスカーの炎槍連弾を全て防ぎ切った。
「馬鹿な……」
オスカーは自分が見ているものが信じられなかった。
オスカー特製の<炎槍>は、一発でも帝都の城壁を打ち破る。
それを十連射、五回発動……合計五十本もの炎槍を発射したのだ。
それを全て防ぎ切られた? そんなもの、ただの悪夢でしかない。
しかも相手は、魔力切れも無い。
「なんだ、もう終わりか? ならば、次はこちらの番だな」
涼の声が響き渡る。
だが、それを掻き消すようにして、別の声が割り込んでくる。
「待て。双方剣を引け!」
割り込んできた声は、涼には非常になじみ深いものであった。
だが……、
「アベル、お呼びじゃないです。邪魔をすれば、あなたごと殺しますよ」
低い、本当に低い涼の声。
この中で、最も涼と長い時間を過ごしたアベルですら、聞いたことのないゾッとする声。
それだけに、涼の怒りがとてつもなく大きいものだということは理解できた。
「す、少しだけ待て、リョウ」
冷や汗を流しながらアベルは涼に自制を求めた。
「そっちの白髪は、オスカーだな。デブヒ帝国皇帝魔法師団副長、オスカー・ルスカ」
名前を呼ばれて、ようやくオスカーは闖入者を見た。
「貴様は何だ」
「俺の名はアベル。ルンの街の冒険者ギルドマスター代理だ。あんたと対峙しているこの四人は、怪しいものじゃない。ルンの街の冒険者ギルドに所属する冒険者だ。俺のよく知る者たちで、園遊会で起きたことに加担しているような者たちじゃない」
園遊会という言葉を聞いて、オスカーはわずかに反応した。
「もちろん、あんたが、そこの皇女様の身を案じて行動していることはわかっている。だから、ちょっとだけ話を聞いてくれ」
「アベル、もう話は終わりましたね。では、そいつを殺します」
「いや、なんでだよ!」
涼の宣告に、怒鳴り返すアベル。
「エトをあんなにされて、そのまま、はいそうですか、で済むわけないでしょうが。何なら、この女性を氷漬けにして返しますか? とても美しいオブジェが出来あがるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、オスカーに戻りつつあった理性が弾け飛んだ。
オスカーは鬼の形相になって、魔法を発動する。
「<天地崩落>」
空から、無数の炎弾が降り注ぐ、広域破壊魔法である。本来なら。
だが、その全ての炎弾は涼めがけて降り注いだ。
(<ウォータージェット256>)
降り注ぐ炎弾を、極太にしたウォータージェット256本を扇形に発射することで全て薙ぎ払う。
見事なまでに、全ての炎弾を迎撃して消滅させた。
「ふん、人間にしてはやるけど、その程度ですか。もう殺してもいいですよね、アベル」
「馬鹿野郎、いいわけないだろうが!」
冷や汗どころか、全身汗びっしょりになってしまっているアベルであるが、ここで引くわけにはいかない。
王国と帝国の間で、戦争になるかどうかの瀬戸際である。
ここに来てようやく、オスカー以上に、涼をきちんと説得しなければいけないということを理解したのであった。
さっきから、煽っているのは涼なのだから。
「リョウ、お前の気持ちはわかるが、ここは剣を収めてくれ」
「アベルは、リーヒャが同じようなことをされても、説得されて剣を収めるのですか?」
「ああ、収める。なぜなら、リーヒャは、王国と帝国の戦争など望まないからだ」
アベルは、涼の質問に対して、はっきりと断言した。
それはもちろん、涼を説得するためでもあったが、同時に本心でもあった。
涼は、たっぷり十秒間、何も言わなかった。
アベルにとっては、胃が痛くなるような十秒間。
「……そうですか。わかりました。アベルの顔をたてて剣を収めましょう」
その瞬間、アベルが安心したのが傍目にもわかった。
「アベル、その皇女様を、あなたが、そっちの白髪褐色の人に渡してくれますか」
「ああ、わかった。ニルス、俺が引き取ろう」
そう言うと、アベルはニルスからフィオナを受け取り、オスカーの元まで運んだ。
オスカーはアベルからフィオナを受け取ると、ようやく落ち着きを取り戻したのであった。
(あれが爆炎の魔法使いでしょう……白髪に褐色の肌とか、どんな中二病キャラですか。魔法の威力は、レオノールには及びませんでしたが……魔法の生成スピードは異常ですね。もしかしたら僕以上に生成スピードが速い……レオノールと比べても、僕の魔法生成スピードは速かったのですけど……これは、もっと鍛えないといけませんね)
次話0082で、『開港祭』の章が終わります。
本日21時に投稿します。
その後、2話『幕間』を挟んで、新章となります。




