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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第五章 ミトリロ塊を求めて
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0807 三度目の共和国

涼、ニルス、エト、そしてアモンの四人が乗った馬車が聖都マーローマーを出発した。

アベルが約束した通り、一兆フロリン分の信用状と教皇庁から発行された『聖印状』が手元にある。


「これさえあれば、ニルスが力づくで国境を突破する必要はなくなります」

「何で、俺が力づくで国境を突破するんだ?」

「もちろん、派手に暴れて注目を集めて、その間に僕らがこっそり国境を抜けるためです。僕らが抜けたのを確認してから、ニルスは国境守備隊の人たちを打ち倒して、力づくで国境を突破するのです」

「そうか……そんなことにならなくて良かったな、俺」

涼が滔々(とうとう)と説明し、ニルスが小さく首を振る。

エトとアモンは何も言わずに笑っている。


この四人の時は、だいたいこんな感じだ。


「リョウは、マファルダ共和国には二回行ったことがあるんだよね?」

「ええ、ええ。海洋国家というだけあって、とても賑わっていますよ」

「泊まる宿はどうするの?」

「前回、前々回と宿泊したところに今回も泊まります。とても素晴らしいお宿ですからね、エトも期待していてください」

エトの言葉に、自信をもって答える涼。


そう、間違いなく自信をもって答えることができる宿なのだ。

とはいえ、聖都からマファルダ共和国の国境に至るまでに、二つの国を通過しなければならない。


ちなみに少し距離が長くなるが、海沿いのルートを進むことにすると、ゴスロン公国を通過してマファルダ共和国に続く。

帰りは、ゴスロン公国に寄る必要があるため、そちらから聖都に戻ってくることになるだろう。



ふと涼の視界に、ニルスの剣とアモンの剣が入った。

確か……。

「二人の剣って、聖剣なんですよね?」

「ああ。西方教会から正式に与えられた」

「以前、私たちが確保した四本の聖剣の内の二本だよ」

涼の問いに、ニルスとエトが答える。


アモンだけは無言のまま、自分の聖剣を見ている。

見ながら、(さや)()でているようだ。

かなり気に入っているらしい。


「聖剣ってことは、名前とか聞いてるのです?」

「俺のは、聖剣レーヴァテインというらしい」

「私のは、聖剣マサムネだそうです」

涼の問いに、ニルスとアモンが答える。


無言のまま頷く涼。

どちらも、なぜか聞いたことのある名だ。

(転生者の影を感じます)


聖剣の多くは、何千年も昔から伝わるものなので、製作者の情報はない。


「アモンの剣はともかく、ニルスの場合、夜な夜な、人を斬りたくなって街を徘徊(はいかい)するなんてことがなければいいのですが」

「ねーよ! だいたい、なんで俺だけそんな心配するんだよ」

「決まっています。ニルスだからです!」

「うん、なんとなく、そんなことを言うだろうと思っていたぞ」

「くっ……やっぱりニルスの対応が、アベルに似てきています」

涼は悔しそうな表情になる。


エトとアモンは見た。

ニルスがアベルに似てきたと言われて、少しだけ嬉しそうな表情になったのを。




数日後。

マファルダ共和国国境。いつも通り、厳しい国境警備が行われている。


その順番待ちの馬車列に、一台の馬車が並んだ。

順番となり、馬車付きの御者が降りて何か手続きをした後、扉がノックされる。

「どうぞ」

「失礼します」

馬車の中から返答があったのを確認して、警備兵が扉を開いて入った。


警備兵は、四人の顔と装備を素早くチェックする。

かなり手慣れている。


「役儀によりお尋ねします。共和国発行の国境通過証、あるいは身分証明はございますか」

極めて丁寧な問い。


「では、これを」

白いローブの男性が、ネックレス風に首から下げていた身分プレートを渡す。


「はい。貴族の方でしたか。少々お待ちを」

警備兵はそう言うと、外に向かって言った。

「照会板を持ってきてくれ」




「中央諸国ナイトレイ王国の筆頭公爵が、入国したそうだ」

「一年ぶりですな。前回は船を購入されましたが」

元首コルンバーノ・デッラ・ルッソと、最高顧問バーリー卿の会話。


ここは、マファルダ共和国首都元首公邸、元首執務室。


「ゴスロン公国から来ていた例の件だろう」

「さばききれない在庫分のミトリロ塊ですか」

「もちろん我が国としては売れるのはありがたいが、問題がある」

そう言うと、コルンバーノは報告書をバーリー卿に渡す。


「同行者? 冒険者風の二人、聖職者一人? しかも冒険者風の二人は聖剣持ち? しかもこの聖剣は……」

「ああ、数か月前、西方教会から下賜(かし)された二本だ」

「誰に下賜されたかは分かりませんでしたが……」

「その二人が、ロンド公爵と共に国境を越えた。どう見るべきか」



「かつての『教皇の四司教』のような暗殺者たちかもしれませんな」

「だよな、このタイミングだとそう思うよな」

バーリー卿の言葉にコルンバーノは頷く。


「先日の元首第三倉庫の襲撃は、大損害だった。そこに加わったりしたら……」

「はい。なんとか倉庫そのものは守り抜きましたが、倉庫守備隊半数を失いました」

「……ロンド公爵は王国使節団の一員なんだよな」

「そう。その王国使節団はこの一年、聖都に留まっていますな」

「西方教会と、深いつながりになった可能性がある。あるいは公爵が脅されている可能性もある」

「どちらにしても、監視する必要があります」

「……特務庁(とくむちょう)に連絡をとってくれ。監視の要請だ」

「承知いたしました」


バーリー卿は、特務庁のボニファーチョ・フランツォーニ局長に連絡するのであった。



買い付け一行が、マファルダ共和国首都ムッソレンテに入ったのは、国境を越えた二日後だった。


馬車は、市街地にほど近い、だがかなり広い敷地を確保した、見るからに高級な宿の前に止まる。

すぐに、宿から従業員が出てきて、馬車に積んである荷物を宿に運び入れはじめた。


全てがスムーズ。


一瞬の遅滞(ちたい)もなく、欠片(かけら)のストレスも感じない。

まさに、一流の仕事。

三度目でも変わらない。


涼は上機嫌で宿の門をくぐる。

……だが、後ろがついてきていないことに気付く。


「ニルス? エト? アモン?」

涼が呼び掛ける。

それでようやく、三人は我に返ったらしい。


「いや、なんだよ、この入口」

「見るからに高級そう……」

「いいんですか、こんな所に入って」

ニルスもエトもアモンも、我に返っても躊躇(ちゅうちょ)している。


「大丈夫です。僕らはナイトレイ王国を代表して買い付けに来ているんですよ。ビシッと背筋を伸ばして入ればいいのです。王国は君たちを宿泊宿として選んでやったんだ、それにふさわしい待遇(たいぐう)を見せなさい、って感じで」

「無理」

涼が心得(こころえ)を伝授してやったのに、ニルスからは受け入れられないという答えが返ってきた。



小さく首を振って、涼は進む。

扉の先には、巨大なロビー。

三階吹き抜け、ふんだんにガラスを使い、とても明るい。


「ようこそ、ドージェ・ピエトロへ。ロンド公爵様」

受付のお兄さん、前回見た覚えがある。

涼の顔を覚えていたらしい。

一年以上経つのに!


「こんにちは。今回は四人、とりあえず五泊でお願いしたいのですが」


今度の涼のお仕事は、ミトリロ塊の調達だ。

相手が共和国政府であるため、五泊では短いかもしれない。

いつの時代、どんな世界においても、政府の動きは緩慢(かんまん)である……お役所仕事なので。


五泊では短すぎるかもしれないと思いつつ、もしもの時は延泊すればいいだけである。


「かしこまりました。お部屋の数はいかがいたしましょうか」

「ああ……一人ずつの方が、色々やりやすいですかね。それぞれに最上級のお部屋……四つお願いします」

涼は少しだけ考えて断を下す。


金に糸目(いとめ)はつけない。

王国のお金だというのもあるが、国同士の買い付けということもあって、すでに宿泊内容から交渉に影響を与える。


どんなに「お金はたくさんあるぞ~」「国を代表して来たぞ~」と言っても、宿泊場所が見合っていないところであれば、相手も信頼するのが難しくなる。

当然、どこに、どれくらいの規模で泊っているのかなどは調べるであろうし。


相手にどう見せるかというのは、経験したことがない者には想像できないほど大切な要素なのだ。


「あと、明日午前中に共和国政府を訪れたいと考えています。外交ルートで話は通っていると思いますので、先方にお伝えいただけますか? 我がナイトレイ王国国王からの親書もお届けしたいと言い添えていただけると、より確実になるかと」

(かしこ)まりました」


一流のお宿は、こういう事ができる。


アベルからゴスロン公国を通して、共和国政府へは伝わっているとは聞いている。

さらに今言った通り、アベルに国王としての親書も書いてもらい、涼はそれを持参しているため、普通の国であれば門前払いをしたりはしない。


「前回のスキーズブラズニルの購入時は苦労しましたけど、今回は売ってもらえる算段はついているそうなので……いえ、これ以上言うのはやめましょう。フラグを立ててはいけません」

涼は受付を離れながら呟く。


そこでようやく気付いた。

ロビー入口で固まったままの三人がいたことに。


「刺激が強すぎたようです」

涼は小さく首を振るのだった。




マファルダ共和国は、強力な諜報機関(ちょうほうきかん)を抱えている。

西方諸国のほとんどが仮想敵国である共和国にとって、その独立を維持する強力な力の一つが、共和国諜報特務庁だ。


その性質上、一年中忙しく活発に動かざるを得ない機関であるが、ここ数日、驚くほど多くの問題に忙殺(ぼうさつ)されていた。


その中でも、首都ムッソレンテの安全を陰から支える『首都防衛指令室』には、多くの情報が洪水のように押し寄せてくる。


「内務大臣襲撃事件、分かったのはこれだけか」

「元首第三倉庫、侵入は阻みましたが倉庫守備隊の生き残りが少なすぎます。元首公邸から、特務庁に支援要請が……」

「ムッソレンテ教会の司教が、昨日惨殺(ざんさつ)された?」

「ナイトレイ王国筆頭公爵の監視、三交代で継続中」


防衛指令室の中で飛び交う声。


「バンガン室長、元首第三倉庫襲撃の詳細資料が届きました」

渡された資料一読し、すぐに顔をしかめるバンガン。


「アマーリア、この……『倉庫責任者らを襲ったのは暗殺を生業(なりわい)とする者の可能性大』というのは本当か?」

「はい。被害者の後ろに回った状態から、正確に喉をナイフで裂いたようです。そんなことができるのは、暗殺を生業とする者たちだろうと」

バンガン室長の問いに、アマーリア副室長が答える。



かつて『涼番』であった、バンガン隊長とアマーリア副隊長は、首都防衛指令室の責任者と副責任者に出世していた。


「……内務大臣もだし、襲撃事件で巻き添えになった政務官もじゃなかったか?」

「そうなんです」

そこに、さらに報告書が届く。


「シュリからの報告書ですね……えっ」

「どうした?」

「昨日殺されたムッソレンテ教会の司教の報告書です」

「……司教も、被害者の後ろに回った状態から、正確に喉をナイフで裂かれた?」

バンガンは報告書を読んで、さらに顔をしかめている。


一気に、意味が分からなくなった。


「当然、真っ先に考えるのは西方教会による破壊活動の可能性だが……」

「ムッソレンテ教会は、彼らが堂々と共和国内で活動するための場所の一つです」

「そこの、大司教に次ぐナンバー2を自分たちで殺しはしないだろう。つまり……」

「この一連の『暗殺を生業としている者たち』は、教会の者たちではない」

「なら、誰なんだよ」

アマーリアが断言し、バンガンが悩む。



西方諸国の構造は、ある意味単純だ。

教会、ファンデビー法国を中心とした大多数と、マファルダ共和国。

その二つの勢力に色分けされている。


そこに、さらに届く報告書。


「ようやく、元首第三倉庫で保管していた物の情報が降りてきました」

「やっとか。元首公邸の反応が(にぶ)すぎる……うん? これだけか?」

「はい、量は千キロと多いですが、一種類しか倉庫には入っていなかったのですね」

「ミトリロ塊、千キロ?」

「それが狙われたんですかね?」

首を傾げるバンガンとアマーリア。


もちろん二人とも特務庁の人間だ。

ミトリロ塊が武器の製造に使われることは知っている。

むしろ、それだけにしか使われないことを知っている。

確かに、高性能な武器が作れるらしいが……。


「これのために襲撃?」

「間違って別の倉庫を襲撃しちゃった?」

二人とも、さらに顔をしかめる。



だが、バンガン室長が思い出す。

「確かロンド公爵閣下が共和国を訪れているよな」

「はい。政府内の噂では、ミトリロ塊の買い付けだそうです」

「……わざわざ、中央諸国のナイトレイ王国が買い付け?」

「もしかして、武器製造に使う以外に有用な利用方法がある? 我々がまだそれを知らないだけ?」

「今回の襲撃者たちも、そのためにミトリロ塊を?」

アマーリアとバンガンは顔を見合わせた。


「やむを得ん」

「はい」

「宿泊先は、いつもの……」

「はい、超高級宿の『ドージェ・ピエトロ』です」

言った瞬間、アマーリアが恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。


そう、ドージェ・ピエトロは共和国市民にとって(あこが)れの宿。


「宿泊はできんぞ」

「分かっています!」

バンガンが釘を刺し、アマーリアが一瞬で顔をしかめて答える。


「よし、会いに行こう」

「お供します!」

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