0805 覚醒
もう一度、時間を少し遡る。
ザック・クーラー対アモン。
騎士対剣士。
完全な剣戟……?
二人の剣戟は、最初から激しいものとなった。
何度も攻守が入れ替わる。
ザックの横薙ぎを受けずにかわし、そこからアモンが連続突き。
連続突きの一つを、ザックはあえて左の手甲で流して、アモンのバランスを崩したところに袈裟懸け。
それを上体逸らしでかわすアモン。
さらに踏み込んで追撃するザック。
そこに合わせてアモンも踏み込む。
そこは剣の間合いよりさらに近い、超近接戦。
ザックの左拳が右脇腹に入……ろうとするのをアモンが右肘でブロック。
そのまま右足でザックの右太ももの内側を狙うが、大きくザックが後方に跳んで仕切り直しとなる。
「さすがエース同士……」
「激しい戦いだな」
驚く涼、笑うアベル。
「騎士と剣士の戦いなのに、拳や蹴りが繰り出されました」
「近接職なら普通だろ」
「そうなのです?」
「冒険者はよくあるだろ、剣無しで殴り合うこと。騎士も訓練の中で、武器が何もない場合の戦いを身に付けるから、普通だと言っていいんじゃないか?」
「なるほど。王国騎士団とか、武器無しでもアベルとかを守り抜かないといけない場合もあるかもしれませんもんね」
アベルの説明に、納得する涼。
なんとなく騎士は、鎧に身を包んで剣と盾を構えて戦う、みたいなイメージがあったが……確かに。いつもそんな条件が整っているとは限らない。
くっついては殴り、蹴り、離れては剣を打ち合い……。
超近接戦と近接戦の間を行ったり来たりする騎士と剣士の戦い。
「リョウはさっき、アモンは俺の剣を超えると言ったな?」
「ええ、言いました。すぐではないですが、いずれと。何ですか? アモンに対して嫉妬したんですか?」
「いや、リョウが言う通り、強いな」
茶化すように言う涼、真剣な眼差しでアモンを見るアベル。
「最初に、それを確信したのは、骸骨王との戦いでした」
「骸骨? スケルトンか?」
「ええ。めちゃくちゃ剣の強いスケルトンだったのです。もしかしたら、生きていた頃は一国に冠絶する剣士だったのではないかと思わせるほどの」
「以前、チラッと言ったか? 何となく聞き覚えがある」
アベルは小さく頷く。
「アモンは、その骸骨王を一対一で倒しました」
「ほぉ」
「あの時、いずれはアベルを超えるだろうと思ったのですが……」
「ですが?」
「東方諸国を、巡っている間にアベルも強くなってしまいました」
「俺? 強くなったか?」
涼が素直に称賛し、アベルが照れている。
アベルは、いつまでたっても照れ屋さんなのだ。
「アモンがアベルを超えるには、もっと死線を潜り抜ける必要があるかもしれません」
「死線って……そこで死んでしまったら終わりなんだが」
「そうなんですよ。人の成長って難しくて大変なことなんだと痛感します」
「なぜリョウが痛感するのか分からんがな」
涼が難しい顔をして小さく首を振り、アベルは意味が分からず小さく首を振る。
いろいろとままならないものらしい。
二人は、ザックとアモンの戦いをしばらく見た後、スコッティーとニルスの戦いに視線を移した。
何か違和感を覚えたからだ。
少し見ただけで、違和感の正体に気付く。
「ニルスの動きが悪い?」
「左肩を傷めているようだ」
「左肩?」
アベルが正確に指摘し、涼はニルスの左肩を見る。
肩当があるが……。
「肩当が割れてる?」
「四号君との最後、肩当で剣を流した。あの時だな」
「つまり、四号君が入れたダメージ……」
四号君はすでに氷から解き放ち、右腕も修復して涼の傍らで模擬戦を見せている。
その視線はとても落ち着き、冷静なように見える。
「さすがです、四号君。敗北を受け入れ、次に進むステップとして冷静に観察しているようです」
「そ、そうか?」
「この辺りの精神面も、王国騎士団で学んだのかもしれませんね」
「ゴーレムに精神面? 俺には分からん世界だ」
なぜか感動している涼、当然困惑しているアベル。
再びスコッティーとニルスの戦いに視線を戻す。
「おそらく本来、スコッティーとニルスの剣の技量は同じくらいだ」
「となると、左肩を負傷し左腕を使いにくそうにしているニルスが不利」
どちらへの肩入れもせず、冷静に分析する二人。
「ニルスが負けるとすれば、命を懸けて一撃を入れた四号君の功績ですね!」
完全に四号君に肩入れをして、冷静さのかけらもなく断言する涼。
制作者だから仕方ないのだ。
四号君の頭をポンポンと叩く。
その目は慈愛に満ちている。
「さっきも言ったが、リョウは『十号室』の強化担当だろ?」
「もちろんです。三人は僕が鍛えたのです」
ふんぞり返って答える涼。
「だが四号君は……」
「そうです。四号君は僕が造ったのです」
さっき以上にふんぞり返って答える涼。
その光景は、胸を張って、を大幅に通り越している。
そしてついに……。
ニルスの剣が吹き飛ぶ。
「参った」
スコッティーに短剣を突きつけられて、ニルスは降参した。
一つ頷いて、スコッティーは、壁にかけてあった予備の剣を取ってザックとアモンに近付いていく。
ザックは大きく後方に跳び、距離を取った。
「待たせたな、ザック」
「おせーぞ、スコッティー」
二人が頷き合う。
スコッティーが立会人に呼び掛ける。
「アベル陛下!」
「うん?」
「この模擬戦、このまま続けていいのでしょうか」
スコッティーは傲慢さから言ったのではない。
ザックもスコッティーも、王国騎士団の中隊長だ。
はっきり言って強い。
対するアモンもB級剣士ではあるが、一人だ。
どう考えても、ザックとスコッティーの勝利は疑いない。
「アモン、どうする?」
アベルは少し首を傾げた後、直接本人に尋ねた。
「陛下、できれば続けたいです」
アモンは即答する。
「そういうことだ、スコッティー」
「承知いたしました」
スコッティーは頷いて、剣を構えた。
「油断するなスコッティー、アモン殿はとんでもなく強いぞ」
「ほぉ」
「戦っている間に、何度も、アベルを相手にしている気がした」
「……それほどか」
ザックの言葉に驚くスコッティー。
つまり、ザックによるアモンの評価は最上級ということ。
ザックとスコッティーは、すり足で、少しずつ離れていく。
二対一において、二の側は一を、前後あるいは左右から挟みこもうとする。
それが定石。
ザックとスコッティーが、アモンを中心に九十度になった瞬間。
アモンがスコッティーを襲う。
スコッティーも油断していない。
アモンの斬撃を剣で受ける。
次の瞬間、動きを止めたアモンをザックが襲う。
しかしアモンの想像通りだったのだろう。
ザックの剣が届く前に左に流れ、二人から距離を取る。
再び、ザックとスコッティーは同じ場所に集まり、アモンは正面に二人の姿を捉えた。
「アモン、上手いな。ザックとスコッティーはアモンを挟み込む位置に移動しようとしたのに、一撃で無駄になった。そこまで考えてのスコッティーへの一撃か?」
「明確に考えてはいないのでしょう。恐らくは感覚的な行動です」
「マジか」
「ああ動けば、自分にとって良い感じになるはず……そんな、淡い認識です。天才とはそういうものです」
涼が、なぜか偉そうに天才論を語る。
「俺、けっこう昔から、剣の天才って言われ続けてきたんだが……アモンみたいなの、できる気がしないぞ」
「アベルはアベルです。アモンと比べるのではなく、アベルにできることを極めるべきです」
「俺のできること?」
「例えば大食いとか、書類まみれなどです」
「うん、絶対剣に関係しないよな!」
人それぞれに得意なことは違うのだ。
「一対一と一対多は、全く別物です」
「まあ、そうだな」
「剣で戦う場合、まず囲まれないように……つまり後方など、目で追えない位置に敵を置かないように立ち回る必要があると思うのです」
「まったく同感だ。俺も昔、師匠にそう習った」
「ですよね! それはつまり、自分の立ち位置をどうするか、自分を囲もうとする相手をどう動かすか……そこに尽きると思います」
「なるほど。アモンはあえて自分から動いてみせて、ザックをあの位置に動かした……結果、ザックとスコッティーに囲まれない位置に動けた」
アベルはうんうん頷きながら、再び模擬戦に集中した。
再び、ザックとスコッティーは距離を取り始め、アモンを挟み込む位置に移動しようとする。
そしてザックとスコッティーが、アモンを中心に九十度になった瞬間。
今度は、アモンがザックを襲った。
アモンの一撃を剣で受けるザック。
当然のように、動きを止めたアモンに向かって、スコッティーが襲い掛か……アモンも、飛び込んでくるスコッティーに向かって走る。
交差法。
一瞬でスコッティーとアモンの距離はゼロになる。
剣の触れない超近接戦。
ザクッ。
すれ違った瞬間、スコッティーの右太ももが深く切り裂かれた。
「くっ」
思わず苦悶の声が漏れる。
いつの間にかアモンが手にしていたナイフで切り裂かれたと気付いたのは、お互いの距離が離れてから。
「スコッティー!」
「ああ、けっこう深くやられたな」
ザックが確認し、スコッティーが正直に答える。
二人で連携して戦う以上、自分が足を使いづらくなったことは正確に伝えておくべきだろう。
「少しずつ、ヤバさが深まってきたか」
「ああ。はっきりと、怖いな」
ザックとスコッティーが近付き、少し抑えた声でやりとりする。
今さら虚勢を張ったりはしない。
ヤバいものはヤバいと確認する。
怖いものは怖いと告げる。
正確な現状の認識がなければ、連携して戦うことはできない。
アモンは、再びナイフをどこかに仕舞い、両手で剣を構えている。
「囲うのはやめだ。俺からつっかかる」
「補佐する」
ザックとスコッティーはそう言葉を交わす。
ザックが突っ込み、アモンの間合いを侵略する。
少し遅れたスコッティーも、アモンとの間合いを詰める。
アモンは先にきたザックの剣を流し、足さばきで移動する。
遅れて突っ込んできたスコッティーと自分の間に、ザックが立つように。
スコッティーがザックを回り込もうとするが、アモンの細かな移動が、それを許さない。
「俺と戦いながら、なんでそんなことができるんだ!」
顔をしかめて悔しそうに呟くザック。
アモンは笑顔のまま無言だ。
「ザックの剣を流す方向まで考えているのか」
「ええ。流されたザックさんの剣が邪魔をして、スコッティーさんはザックさんの前に出られません」
「その上で、自分自身も細かく移動して、ザックを盾にする……スゲーな」
「完全に……アモンは覚醒しましたね」
アベルも涼も、素直に賞賛する。
賞賛するしかない。
こんなものを見せられては。
「覚醒とは、偶然起きるものではありません。経験を積み、知見を手にし、悩み、考え、考え、考え……そして危機に陥って、それを乗り越えようとする意志が生まれた時、全てが繋がって覚醒します……多分」
「絶対リョウの勝手な考えなんだろうが、言いたいことは分かる」
「勝手な考えという指摘は余計です!」
「まあ、そうそう起きることじゃない」
「確かに。しかもそれが、目の前で起きるなんて……」
二人とも会話しているが、目はアモンの動きに釘付けだ。
アモンはザックの剣を流し、スコッティーに対しての盾として使っている。
さすがにザックも頭にくる。
元々、冷静さより激烈さの方が強いタイプだ。
「ふざけんな!」
今までより速く、力強く、大きく踏み込む。
アモンは、ザックの剣を左手にはめた手甲で自分の後方に流しながら、自分も踏み込む。
剣を流されて大きく開いたザックの右腋。
その下に剣を突き出す。
ブスッ。
突き出された剣は、ザックの後ろにいたスコッティーを死角から襲った。
スコッティーの右胸に剣が刺さる。
だが高速で引き抜かれる剣。
刃は上を向いている。
そのまま剣は上に向かって引き揚げられ、ザックの右腕を肩から斬り飛ばした。
両膝から崩れ落ちるザック。
そんなザックをブラインドに、アモンは右から回り込んでスコッティーの横に出て、その首に剣を突きつけた。
「……参った」
胸を押さえたまま降参するスコッティー。
「それまで!」
アベルが宣言し、模擬戦は終了した。
治療を受けるザックとスコッティー。
アモンは涼とアベルに近付いてくると……。
「すいません……模擬戦なのにやりすぎてしまいましたか?」
申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「いや構わん。命を取らなければよいと言ったのは俺だ。そのために<エクストラヒール>の使い手を揃えたんだ。ザックもスコッティーも、命に別状はない」
「良かったです」
苦笑するアモン。
そこに寄ってきて、肩を叩くエト、頭を抱くニルス。
「スゲーぞ、アモン! よくやった!」
アモンの頭を抱きながら、褒めるニルス。
満面の笑みだ。
「アモンは上の扉を開いて、上がっていきました」
「上の扉?」
「一段階、新たな段階に進んだと言いますか……」
「なるほど、言いたいことは分かる」
アベルが頷く。
その目は、ニルス、エトと抱き合うアモンを見ている。
そんなアベルを見て、涼は問う。
「覚醒したアモンに勝てそうですか?」
「俺か? さて、どうだろうな」
「なんという強者の余裕」
「いや、本当に分からないんだ。多分、どちらが勝つにしろ、それほど差はないんだと思う。だから実際にその状況になってみないと分からん、としか言えん」
アベルは苦笑しながら肩をすくめる。
ちなみに四号君は、治療を受けているザックとスコッティーの近くに行き、治療を見守っている。
そこに向かって、王国騎士団から声が飛ぶ。
「これから訓練するぞ、四号君!」
「打倒『十号室』だな、四号君!」
「俺たちも頑張るから、一緒に上を目指そうぜ、四号君!」
観客席から、そんな声が降ってきている。
「衰えない、四号君人気」
「模擬戦の戦いぶりで、さらに心をつかんだようだな」
やはり驚く涼、笑うアベル。
「どうする、今まで通り四号君はザック付きでいいか?」
「王国騎士団で可愛がってもらっているようですし、このまま預けておきましょう。さらに成長した姿を見せてくれるはずです」
涼は子供を旅に出す親の心境であった。
次話より、第五章に入ります。