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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第五章 開港祭
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0081 皇女様をめぐって

フィオナが、赤弾五つの緊急救出要請の彩光弾を空に放った時、副長オスカー、副官ユルゲン、副官兼メイドのマリーは、運よく屋外にいた。

そして、領主館の中庭から上がる赤弾五つを見た。


「赤弾五つ……緊急救出要請? ユルゲン、マリー、このまま館に突っ込む」

「はい」



軍隊において、上官の命令は絶対である。

普段は冗談を言い合う仲間ではあるが、戦場もしくはそれに類する状況となれば、上官と部下の関係となる。


館の門を守る衛兵はいつも通りであった。

三人も、皇女フィオナの側近であり、何よりもオスカーが爆炎の魔法使いであることは知らされているため、特に詰問されることも無く通ることができた。



問題は、扉を開けて館に入った後だった。



「なんだこれは……」

「死んでますね」

ユルゲンとマリーは、倒れている者たちを確認し、報告する。

「異常事態であることが確認されたわけだ。中庭に向かうぞ」



最初の角を曲がったところで、黒ずくめのいかにもな集団に遭遇した。

「<ピアッシングファイア>」

先頭のオスカーが、二十本を超える白い炎の極細矢を放つ。

特筆すべきは、そのすべてが賊の額に突き刺さった点であろう。

「相変わらずの精密制御……」

副官ユルゲンが呟く。


この<ピアッシングファイア>は、オスカーが冒険者時代から最も得意とする魔法である。

極細の延焼しない白い炎の矢を額に一撃、脳まで達する攻撃で息の根を止める。

対象に与える傷は極小。

そのために、素材の買い取りも高値で引き取ってもらえていたのだ。



いくつかの廊下を抜け、いくつかの集団を一瞬の遅滞も無く倒し、三人は中庭に到達した。

だが、そこに広がる光景は地獄絵図であった。

魔法、弓、槍、そして近接戦闘により殺された者たちの亡骸が散らばっている。


「まさか殿下は……」

マリーが声を震わせながら呟く。

「殿下が簡単にやられるか! 怪我されているかもしれん、探せ!」

オスカーが一喝し、マリーもユルゲンも探し始める……。


だがそれらしい人は見つからない。


(大丈夫、ここに死体は無い。どこかで生きている……)

オスカーは、二人の前では平静を装っているが、心の中は狂おしいほどに焦っていた。



そんなところに……、

「副長、向こうから戦闘音が」

ユルゲンが指さす。


答える間も惜しいと言わんばかりに、オスカーが走り出す。それを追って、ユルゲンとマリーも走る。

垣根を超え、そして、三人が見た光景は……、

間欠泉の様に吹き上がる炎と土に、吹き飛ばされるフィオナ。



その瞬間、オスカーの顔が絶望に染まる。



だが、それはほんの一瞬であった。


吹き飛ばされながらも、フィオナがこちらを見て唇を動かしたのを確認したからである。

「ユルゲンとマリーは、コンラート様の身を守れ。俺は、飛ばされた殿下を追う」

そういうと、オスカーは全力で館の外に向かうのであった。




最終日の夜ということで、街では後夜祭が行われていた。


これが現代地球であれば、花火の打ち上げなどが行われるのであろうが、『ファイ』においては、火薬はまだ一般的ではないらしい。

少なくとも、涼は、『ファイ』に転生してきて以降、一度も見ていない。


そうは言っても、広場には巨大なキャンプファイアーが出来上がっていた。

祭りの間だけ使った装飾品を薪代わりにくべたりしている業者もおり、思い思いに後夜祭を過ごしている様である。



ウィットナッシュの冒険者たちからようやく解放された十号室の四人は、広場の焚火ではなく、海岸に設置された焚火の方に向かっていた。

もちろん、向かう途中に様々な食べ物を調達しつつ、である。



「俺はミニクラーケンの姿焼き四本だ」

「私はくれぇぷ四枚です」

「本当はリンドー飴が良かったのですけど売り切れで……たこやぁきとか言うの、試食したら美味しかったのでこれを四セット買ってきました」


それぞれが、気に入ったものを持ち寄って交換しよう、エトがそんな提案をして、四人バラバラに買い出しここで合流したのだ。


「ん? リョウだけ遅れてるのか」

「さっき、向こうの露店のリンドー飴屋さんにいた気が……」

「おぉ~!」

エトの報告に、リンドー飴を諦めていたアモンが歓声を上げる。



そんな中、ニルスが空を見上げていたのは完全に偶然であった。

「あれ、なんだ?」

ニルスはそう言うと、領主館の方から飛んでくる何かを指さした。


「どこ?」

「人?」

エトは見つけることが出来ず、見つけたアモンも疑問形であった。


「あれ……あの皇女さんだ」

そう言うと、ニルスは一人走り出した。

飛んで行く先は、海岸。砂地とは言え、下手な落ち方をすれば死ぬ可能性もある。


走り出したニルスを追って、エトとアモンも走り出した。

もはや三人の頭の中に、涼の事は欠片も無かった……。




冒険の間でも、これほど一生懸命に走ったことはない。

それほど、ニルスは必死に走った。

砂地に足をとられながら、何度も転びそうになるのを必死にこらえ、出来る限りスピードが落ちないように落下地点を目指す。


そして……、

最後はほとんど滑り込みながら……ギリギリでキャッチ。


「あ、危なかった……」

パッと見たところ、大きな怪我はない。

パーティーにでも出ていたのか、ドレス姿の皇女フィオナであった。


「ふぅ……ふぅ……ニルスさん、皇女様は?」

「ああ、多分大丈夫だ。気を失ってはいるがな」


最初に追いついたのはアモン、少し遅れてエトも追いつく。

だが、追いついたのはエトだけではなかった。



「アモン!」

「ええ、見えています」


そう言うと、アモンは抜き身の剣を手にした、黒ずくめの男に斬りかかった。


本来は「何者か」と誰何するべきなのだろうが、この場、この状況で現れた不審人物たちが、まっとうな者なわけがない……ニルスもアモンも、そう判断していた。

そして遅れて合流したエトも、である。


「全ての攻撃を防ぎたまえ<物理障壁>」

何の躊躇もなく黒ずくめの賊たちが放った短剣が、フィオナを襲う。それを、物理攻撃を防ぐ物理障壁でエトが防いだ。


フィオナを抱えたままでニルスは動けない。


実質、アモンが一人で、賊二人を相手にしている。

ただのF級冒険者であれば、数合ともたずに斬り捨てられたであろう。

だが、アモンは足元の砂を蹴り上げての目つぶし、殺すのではなく無力化を狙っての執拗な腕への攻撃などで時間を稼いだ。



そして、ついに神官エトの手から放たれる矢。


弓士のいない『十号室』において、少しでも中距離、遠距離の手数が欲しいと、この祭りの間に四人で見つけたのが、小型の『弩』であった。

左腕に装着するタイプで、遠距離攻撃は難しいが、十メートル程度の有効射程はある。


その弩から放たれた矢が、賊の一人の首を射抜いたのだ。


突然の攻撃に、わずかに動揺したもう片方。

そのわずかな動揺に、アモンはつけ込んだ。

身体ごと押し込み、押し倒し、そのまま剣を首に突き立てた。



……。



しばらく、誰も言葉を発しなかった。



「上手くいって良かった……」

エトが小さく呟いた。

アモンは、剣を収めてニルスの元に移動した。

まだ、追撃がある可能性もあるから。



そして、それは現れた。



「おい、その女性(ひと)から離れろ」


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