0799 四号君、見参
西方諸国におけるアベル王の一日は、とても忙しい。
視察、会談、会議、視察、会談、会議、視察、会談、会議……。
そんな忙しいアベル王が、夕食を摂っている。
本当は夕食も、なんとかいう国の大使館に招かれていたのだが、大使と副大使が急に体調を崩したために、夕食会が中止になったのだ。
だから、宿舎で摂っている。
そんなアベルの元に、怪しげな筆頭公爵が近付いてきた。
「王国の民は、こんなに一生懸命頑張ってくれるアベル王に感謝すべきです」
「んあ?」
「僕は、心の底からアベルを尊敬していますから」
「お、おう、そうか」
よく分からないが、少しだけ照れるアベル。
「そんなアベル王に朗報です」
「うん?」
「王立錬金工房臨時出張聖都研究所(仮)より、ゴーレム製造の報告をさせていただきます」
「錬金工房の臨時出張聖都研究所? 俺はそんなもの知らんが……もしかしてリョウが責任者か?」
「ええ、ええ。まだ申請を出していないので、(仮)ですが」
「……まあ、いい。それで、ゴーレムがどうした?」
「出でよ、剣術指南役四号君!」
涼が言うと、村雨の鞘が淡く光り右手に剣を持った氷のゴーレムが現れた。
髭のように伸びた顎が特徴的だと言っていいだろう。
体全体の見た目は、今までの涼製ゴーレムよりも細身でしなやかな印象を受ける。
だが、アベルが感じたのは別の部分だったようだ。
「ほぉ……すごいじゃないか」
「でしょう?」
「ただ剣を持っているだけなのに、剣士としての力量があることを感じるぞ」
「分かりますか!」
「ああ、分かる。歩き方が……多分、そう感じさせるんだろう」
「さすがは元A級剣士」
涼は素直に驚いた。
「この……四号君は、あれだろ? 一号君から三号君たち同様に、リョウのオニワバンで隊長をするのだろう?」
「ええ、もちろんです。四号君が得た戦闘データが、御庭番たちにインストールされて広がっていくのです」
「その最初の一人だから、剣術指南役か」
「はい」
アベルの言葉に、嬉しそうに頷く涼。
元々『御庭番』というのは、涼の中では忍者だ。
江戸幕府の将軍直下の忍者部隊……それは一騎当千のつわものたち。
そんな『御庭番』の名を冠するのだから、ある程度は個人戦闘能力が必要だと、最初から思っていた。
しかし涼のゴーレムは、元々水田管理ゴーレム。
歩く、という点に関しては、地球の二足ロボット関連の知見を詰め込んでおり自信はあったが、実戦で戦うとなると……。
東方諸国でも活躍はしたが、剣を握っての戦闘ではなかった。
最終的に涼が目指すのは、戦場で人が死なないこと、戦争の根絶。
強力なゴーレムの存在が、それを生み出す可能性も考えている……。
「四号君が持っている剣は……リョウのやつ同様に曲がっているな」
「ええ、ええ。僕の剣『村雨』を元に生成した四号君用特注剣『村雨改』です」
嬉しそうに答える涼。
「その四号君は、今から戦えるか?」
「模擬戦ですか? もちろんです」
「よし、なら……ザック、ちょっと手伝ってくれ」
「はっ」
こうして、ザック中隊長対御庭番四番隊隊長・剣術指南役四号君の模擬戦が行われることとなった。
宿舎の裏庭を借りての模擬戦。
「これは……どこまでやっていいのでしょうか?」
「ゴーレムの体は僕の氷なので、剣ではほとんど割れません。ですので、しっかり剣で斬ってもらっても大丈夫です。ゴーレムの剣も、寸止めはしないと思うので……」
「はい、そのつもりで戦います」
涼の説明に、ザックは頷いた。
そして、剣術指南役四号君対ザック・クーラー中隊長の、剣士同士の模擬戦が始まった。
始まったのだが……。
「歩き方や体の運びは悪くないが、腕の使い方が……」
「はい……」
「剣で斬ってないよな。ぶっ叩いてるよな」
「はい……」
アベルの指摘に涼も頷くしかない。
そう、四号君は持っている剣で殴っているように見える。
地球にいた頃に見た、アーサー王や十字軍時代を描いた映画などで、騎士たちが剣で殴っていたように……。
あの時代の西洋の剣は、斬るのではなく叩きつけていたらしいので、演じた俳優たちはある意味正しいのだろうが。
涼が望んだゴーレム剣士の姿ではない。
「腕だけというか、剣の重さだけで叩きつけているというか……」
「そうだな」
「故郷だと、腰が入っていない、みたいな表現を使います……」
「言いたいことは分かる。剣を持ったばかりの子たちは、往々にしてあんな感じになる」
涼もアベルも同じような認識だ。
「防御の際の、膝の使い方や力の流し方はいい」
「そう、荷重移動はスムーズなのです。ですが、腕が……」
ため息をつく涼。
「刃が立ってない。棍棒を打ちつけているみたいだ」
「確かに」
涼はそう答えると、ハッとして氷の箱を取り出した。
バーチャル空間でゴーレムたちが戦い続けている、あの箱だ。
じっと中を覗き込む。
「ああ、この子たちも叩きつけています……しかし、腰を入れたり、刃を立てて斬りつけるって、どうやって教え込めばいいのでしょう」
ほとほと困り込む涼。
そんな涼の様子を見て、アベルは少し考えてから口を開いた。
「ザックに付けてみるか?」
「ザックさんに?」
「その四号君は、その箱の中の連中と違って、見て学ぶこともできるのだろう?」
「ええ。目で学んだり耳で学んだりもできます」
「ああ見えて、ザックは剣に真面目になった。訓練などであいつの動きを見続ければ、学ぶ部分もあるんじゃないか?」
「なるほど!」
驚きと嬉しさに涼は大きく頷いた。
「今夜調整して、明日の朝連れてきますので」
翌朝。
「ザックさん、ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします」
「あ、いや、はい、お任せください」
剣を氷の鞘に入れて、腰に下げた四号君。
立ち居振る舞いは、剣士のそれだ。
綺麗な礼をする。
喋ることこそできないが、それ以外は完璧と言っていい。
「見た目は完璧だな。ザックと一緒に、俺の護衛をしてもらおう」
「え? いいのですか? さすがに王の護衛は影響が……」
「かまわん。存在だって、どうせすぐに帝国も連合も知ることになるだろう? どうせ知られるのなら、あえて見せよう」
「なるほど。あえて見せて抑止力として使おうと」
「そういうことだ。これほどのゴーレムを王国は開発し、王の護衛に使っているということを見せつけるとしよう」
アベルは豪快に笑う。
そう、四号君の見た目は完璧なのだ、見た目は。
いずれは、戦闘においても完璧にならんとする、その心意気は素晴らしいはずだ……。
次回、四号君を見守る涼……お楽しみに。