0794 ほしいもの
スキーズブラズニル号に乗る涼やアベルたちナイトレイ王国一行と、教皇グラハム率いるファンデビー法国軍は、暗黒大陸を離れ西方諸国に向かうことになった。
元々王国一行も、王国から西方諸国に向かっていたのだ。
それが嵐に遭って船が流れて、暗黒大陸に辿り着いた。
そのままなし崩し的に、暗黒大陸を東から西へ、さらに北から南へと移動した……。
「二十日近くかかるんですよね?」
「ああ。風や潮の流れ的に、それくらいらしい」
涼の確認にアベルが頷く。
アベルは十分以上、甲板から暗黒大陸の方を見ている。
そして、確信的に呟いた。
「いずれまた、暗黒大陸には戻ってくることになる」
「そうなんです?」
「北部沿岸の東部諸国や西部諸国連邦を訪れる必要があるだろう? ミトリロ鉱石の入手は、その時でいい」
「確かに。その時に、再び暗黒大陸中央部に遠征するんですね?」
「は?」
「ナイトレイ王国が占領して、領土として宣言する。それがアベル王世界征服の第一歩となるわけですか。なんて恐ろしい」
「するわけないだろうが!」
側近が国王をそそのかす図。
「暴政に苦しむ隣国の民を救うために、英邁なる隣国の王が暴君を倒す……よくある話じゃないですか」
「そんなものは、ただの物語だ。本の中の話な。実際にやったら大変なことになるわ」
「世界全てを征服した後で、アベルは泣きながら呟くのです。民に平和をもたらすためには仕方なかったのだ、って」
「……は?」
「大丈夫です、どんな時でも僕はアベルの味方ですからね」
「……ケーキ特権のためだろ」
「当然です。甘味こそ正義! ケーキが味方を増やすのです」
涼はなぜか重々しく頷いている。
言ってる内容は、甘々で軽々なのだが。
「でも、僕は思うのです」
「うん?」
「アベルが天から与えられた使命とは何なのかと」
「……は?」
本日、何度目かの「は?」である。
その中でも、最上級の「は?」だ。
「アベルのような人は、当然、天から使命が与えられているのです」
「そうなのか?」
「もちろんです。あ、言うまでもないでしょうけど、僕にケーキを与えてくれるというのを除いてですからね。それは使命の中でも明確になっているやつです」
「まず、そこが明確になっていないと、俺は思うんだ」
アベルが小さく首を振る。
アベルのそんな主張は無視して、涼は言葉を進める。
「アベルに与えられた使命として、最もありそうなのは世界を征服して覇者となることです」
「うん、リョウの『最もありそう』の理由を俺は聞きたい……」
アベルは小さく首を振る。
「ミトリロ鉱石もそうでしたけど、僕らの未解決問題はいくつかあります」
「未解決問題?」
「ミトリロ鉱石の確保、不気味な尖った山、ヴァンパイアの公爵、僕とアベルにだけ聞こえる声で呼び掛けた存在、そして南部でのクレープの確認です」
「けっこうあるな。しかし、最後のは何だ? くれーぷ?」
「僕を護衛してくれた第三守備隊のミニさんによると、この暗黒大陸南部には、昔からおかしとしてクレープがあるそうなのです」
「くれーぷってあれだよな、ルンとか王都とかでも時々売ってる、クリームとバナーナを薄生地で包んでいる……」
「それです!」
アベルの答えに、涼がビシッと指をさす。
「確かにあれは美味い」
「でしょう? しかも南部にあるやつは、チョコレートも入った、チョコバナナクリームという鉄板配合らしいのです」
「ちょこれと?」
「ええ。なぜか中央諸国には無いんですけど……さらになぜか、名前だけはあるんです、『ショコラ』という名前だけは」
「ショコラ? カフェ・ド・ショコラとかあるよな? あのショコラは、食べ物の名前なのか?」
「そうなのです。むしろ僕はアベルに聞きたいです。あの『ショコラ』という言葉は、何だと思っていたんですか?」
「何と言われても……色か何かだと思っていたぞ。黒系統の色」
「ああ、なるほど」
涼は何度か頷く。
ショコラ色という表現も確かにあるし、分からないではない。
コーヒーも確かに黒い……。
「まあ、そういうのもあるので、絶対にまた、暗黒大陸に戻ってこなければいけません」
「その時は、南部にまで行くということか。ちゃんと準備しなければならんな」
アベルも乗り気のようだ。
涼は知っている。
アベルが美味しいものに目がないことを。
「俺は腹ペコ剣士じゃないぞ」
「な、なぜ考えていることが分かった……」
何も言っていないはずなのに指摘されてうろたえる涼。
「リョウの考えていることはだいたい分かる」
「おそるべし、アベルの第六感」
付き合いが長くなると、そういうことが増えてくる。
「なら、僕が今、何が欲しいか分かりますか?」
「……」
「どうしたんですか、アベル、分からないんですか?」
「……」
「ちょっと!」
「……答えたくない」
アベルは呟くように言う。
欲しいものは明らかだ。
なぜなら、アベルの前で人の大きさほどの氷が生成されては消え、消えては生成されているから。
それはどう見ても……。
「ケーキなんて俺は知らない」
「分かってるじゃないですか!」
「そりゃあ、氷の生成でアピールされれば分かるわ!」
涼との付き合いが長くなっていくと、いろいろ大変らしい。
先日の活動報告にも書きましたが、
『水属性の魔法使い』がついに、3億PVに到達いたしました!
読者の皆様が読んでくださったおかげで、詰み上がった数字です。
本当にありがとうございます!
これからも、まだまだ更新していきますので、
楽しく読んでいただけると嬉しいです。