0080 最終日
開港祭の四日目、五日目そして六日目は、十号室の四人は、露店ではなく店舗を中心に食べ歩いた。
もちろん、食べ歩きがメインである。
いくつかの小さな問題はあったが、食べ歩きでの満足感に比べれば大したことではない。
そして、ついに開港祭の七日目、最終日。
この日は、夜、領主館の中庭で園遊会があるということで、朝から飾りつけなどで館への人の出入りは多かった。
また、街そのものは、最終日夜ということで後夜祭として盛り上がるのだ。
その中には、見慣れない業者も多く含まれていたが、そもそもが各国代表が供の者を連れて来ている段階で、見慣れない者が数多くいるのである。
警備にほころびが出てしまうのは、仕方がないことなのだ。
とはいえ、夕方まで特に問題も無く静かに時は流れた。
もちろん、開港祭の喧騒を除けば、であるが。
十号室の四人がふと気づいたのは、この日のお昼を食べ終わってからであった。
「なあ……そういえば俺らって、この街に着いてから、一度も冒険者ギルドに顔出してないよな……」
ニルスが恐る恐る切り出したのが最初であった。
「あ……」
「ギルドって、必ず顔を出さないといけないんですか?」
「そこらへんは、先輩諸氏に聞くしかないよね。僕とアモンは冒険者になったばかりだし」
完全に忘れていて絶句したエト、その必要性を知らないアモンと涼。
ギルドで受けた初心者講習会の中では、特に触れられていなかったのは確かである。
「特に決まり、というわけではないですが、ギルドを通して冒険者に通達するという場合もそれなりにあるんです。あと、行った先の街で冒険者として何らかの活動を行うのであれば、一言入れておいた方が、後々面倒ごとになりにくいというのはあります」
こういう時の説明は、ニルスよりもエトの仕事である。
「しゃあない、今からちょっと顔を出すか。別に知り合いがいるわけでもないんだが……。ちょっと顔出して何も問題無ければ、また買い食いをしないとな! まさか北通りの一本裏側に、魚介パスタの美味い店があるとか完全に盲点だったぜ……」
「リンさんたちの情報に感謝感謝」
そういいながら、十号室の四人はウィットナッシュの冒険者ギルドに向かったのだった。
ウィットナッシュの冒険者ギルドは、なかなかの大きさであった。
辺境最大と言われるルンの街ほどではないにしても、ナイトレイ王国随一の港町だけあって、冒険者の数と依頼も、かなり規模が大きいのである。
「ルン以外では、これほど大きいギルドは見たことないかも……」
「ああ、なかなかだな」
エトとニルスもその大きさに感心していた。
中に入ると、午後の時間だと言うのに、結構な人数がたむろしていた。
ルンの街なら、この時間のギルドは閑散としているのだが。
「お祭り期間中だから、ギルドも人が多いんですかね?」
涼が変なことを言っているが、誰も突っ込まなかった。
なぜなら、突っ込み役のニルスが、見つけてはいけない人物を見つけてしまったからである。
同時に、相手からもニルスは見つけられていた。
「なんでてめぇがいるんだよ」
「ああ? それはこっちのセリフだ、コラ」
どこかの不良たちのような会話を始めるニルスとダン。
そう、ギルドには一号室のダンとその取り巻きたちもいたのである。
ニルスとダンは険悪な状態であるが、他の者たちは特にそんなことも無く挨拶を交わした。
特に、『二人乗りボート周回 冒険者の部』に、ダンに連れられて出た一号室の斥候役は、同じくニルスに連れられて出たアモンと親しげに会話していた。
最後、二人のロックアップに巻き込まれ船破壊、沈没、海中転落を味わった同士としての絆らしきものすら生まれている様であった。
そして、
「やあ、確か二号室のサーシャだよね。久しぶり」
「あ、十号室のエトさん。ご無沙汰してます」
神官どうし、挨拶をしていた。
残された涼ではあるが、特に他の取り巻きと知り合いというわけでもないため、挨拶だけして掲示板をぼんやりと眺めていた。
「あれ? お前らボートの二人じゃん」
「ホントだ、あれは凄かったよね」
「おう、ここで喧嘩はご法度だぜ。そんなもんより、こっち来て飲め。祭り期間中は冒険者は飲み放題、食い放題だぜ」
だから、こんな時間でも冒険者が多かったのか。
妙に納得した涼たちであった。
(ルンの街のギルド食堂は、アルコール絶対禁止だけど、ここはそんなのないんだ。場所によっていろいろなんだな)
そんな感想を持った涼も、ウィットナッシュの冒険者に連れられて、食堂に行く羽目になった。
だが、そこはさすがギルド食堂。
料理が美味い!
「うぉ、この塩でくるんだ魚、うまっ」
「このスープ、魚介の味が染み出てますよ」
「このおっきな貝、焼くといい香りがしますね」
「まさか伊勢海老が食べられるとは……」
外を食べ歩きする以上に、海の幸を堪能しているルンの街の冒険者たちが、そこにはいた。
「どうだ、決行できそうか」
「問題ない」
「帰ったやつはいないか?」
「ルンの街の冒険者ギルドマスターが、街を出た。代理が園遊会には参加するそうだ」
「よし、ならば計画通り実行する」
陽も落ちて、夕方六時を回る頃、領主館では園遊会が始まろうとしていた。
「アベル殿。また交代ですかな」
「コンラート殿下。ええ、うちのギルドマスターは、いちおう今朝までは街にいたみたいですが、もうルンの街に帰ってしまいました。ですので、園遊会は、また私が代わりに出席します」
アベルは、首を振りながら、どうして俺が、と言外に言っていた。
それを見て第三皇子コンラートは微笑んだ。
「ですが、今日まで祭りを楽しまれたのでしょう? 私など、一歩も外に出られませんでしたよ……難しいと理解はしていたのですが、それでも、少しは祭りを回れるのではないかと思っていましたがやはり無理でした」
そこまで言ったところで、コンラートに声をかける者がいた。
「お兄様」
コンラートが後ろを振り向くと、園遊会用に着飾った皇女フィオナが立っていた。
「ああ、フィオナ、紹介しよう。アベル殿、こちら……まあご存じの様ですが、帝国第十一皇女フィオナ・ルビーン・ボルネミッサ、私の妹です。フィオナ、こちらはルンの街の冒険者ギルドマスター代理、アベル殿。B級冒険者の凄腕だよ」
そう紹介されると、フィオナとアベルは軽く挨拶を交わした。
「ではアベル殿、また後ほど」
そういうと、コンラートはフィオナと領主の元へと歩いて行った。
アベルとしては非常に手持ち無沙汰であり、心細くもあった。
腰に、いつもの剣が無いからである。
もちろん園遊会である以上、武器を身に着けて参加する者はいない。
この園遊会は、儀礼用の剣すら持てないのだ。
防御は 『風の結界の秘宝』で万全だから……そう言われれば反論できるものなどいない。
「そう言えばリンが、ワイバーンの風の防御膜と同じくらいの強度、って言ってたっけ……。でも、あれ、涼は極太の氷の槍で貫いたんだよな……」
かつて、ロンドの森からの帰還の途中に、ワイバーンの巣とも言える魔の山を越える際に、遭遇した出来事である。
「まあ、何事にも完全ということは無い、と」
そこまで呟いたところで、ウィットナッシュの街の領主が壇上に上がった。
園遊会の開始である。
園遊会が開始して一時間ほど。
最初に異変に気付いたのは、『風の結界の秘宝』を管理していた、領主付きの魔法使い達であった。
「あれ?」
「どうした?」
「突然、魔力が通らなくなりました」
「どういうことだ」
「わかりません。ですが、このままでは、結界が消えます……」
「馬鹿な!」
『風の結界の秘宝』への魔力供給線に細工がなされ、展開から一定時間が過ぎれば線が燃え尽きるという細工がなされていたことがわかるのは、全てが終わってからである。
この時は、ただパニックに陥っていた。
魔力の供給が途絶え、風の防御膜が消える。
注意して見なければ分からないほどの結界である。『膜』というほどなのだから。
しかも背景が夜空となれば、なおさらである。
そして、園遊会に出席している者たちが、誰も気づかないうちに、破局は起きた。
園遊会が開かれている中庭に向かって、館の外から大量の攻撃魔法、矢、あるいは投げ槍による攻撃が始まったのである。
「きゃああああああああ」
飛び交う悲鳴と怒号。
中庭内には、ウィットナッシュ領騎士団の騎士たちもいたが、襲い来る攻撃になす術もなく倒されていく。
「机の陰に隠れろ」
そういう声も聞こえ、従ったものたちは、少しの間、命を長らえることが出来た。
だが、襲撃はそれだけでは終わらなかった。むしろ始まりだったのである。
外からの攻撃が下火になると、次は直接的な襲撃が開始された。
扉が開くと、黒ずくめの男たちがなだれ込んできて、手当たり次第に斬りまくる。
騎士も、来賓も、執事やメイドも関係なく。
「くそ、何だこいつらは。衛兵はどうした」
来賓たちの中には、そう叫ぶ者もいたが、誰も明確な答えを持っていなかった。
だが、建物の中に入ればすぐにわかったであろう。
中庭以外の領主の手勢は、全て、すでに殺されてしまっているということが。
中庭の園遊会出席者の誰にも知られることなく、すでに包囲が完成していたのである。
殺された者は、領主の手勢だけではなく、来賓たちの部下も含まれていた。
「<魔法障壁>」
他に比べれば、はるかに分厚い障壁を展開しながら、皇女フィオナは皇子コンラートを守り続けていた。
最初の攻撃が運悪くコンラートに当たり、重傷を負っていたのだ。
「兄様、向こうの東屋の壁を背にすれば、まだしばらくもちます。ゆっくりでいいので、歩けますか」
「ああ……大丈夫、フィオナに回復してもらったから、それくらいは大丈夫」
フィオナは、火属性と光属性を操ることが出来る魔法使いである。
光属性による回復は、上級の神官もかくやと言えるほどであるが、この先どうなるかわからない以上、全力で回復するわけにもいかなかったのである。
コンラートがそう指示したのだ。
そして、その指示は今のところ正しい様であった。
外からの攻撃は止まったが、襲撃者が直接攻撃を敢行してきた。
わずかに生き延びた園遊会場の騎士たちと、襲撃者の剣戟が、会場のあちこちで起きている。
「これだけの事が起きても、襲撃者以外誰も扉からやってこないということは、館全体が制圧された可能性が高いね」
傷は塞がっても、失った血は戻らない。
顔色を悪くしながらもコンラートは分析を告げた。
「そんな……」
コンラートの言葉に絶望するフィオナ。
「フィオナ、部下たちと来ているだろう? 彼らと連絡を取る方法は無い?」
その言葉に、フィオナは弾かれたように顔を上げた。
「あります!」
そういうと、右手から黒い魔法弾が五つ、空に上がると彩光弾となって五つの赤い魔法弾が空で大きく弾けた。
「見ていれば駆けつけてくれます。見ていなくとも、師匠が反応してくれます」
「師匠……オスカーか。彼が来るなら安心だな」
そういうと、コンラートは壁に背をもたらせて座った。
二人が移動した東屋は、園遊会のメイン会場からは見えにくい場所であることもあり、賊も来賓も、そして騎士たちも誰もいなかった。
(少しでもここで時間を稼げれば……師匠が来てくれる)
だが、そんな余裕は与えられなかった。
「いたぞ」
言った瞬間、その賊はしまったと思ったのかもしれない。
コンラートの力強い視線が、その賊を射抜いたからである。
「なるほど、この襲撃、狙いは我らか」
「我々が狙い……」
コンラートの言葉に少しだけ震えるフィオナ。
「フィオナ、生かしておく必要はない。全員殺すよ」
「はい、お兄様」
じりじりと近付く賊たち。
小さな声で詠唱するコンラート。
ある程度引きつけたところで、
「<ストーンジャベリン>」
コンラートがトリガーワードを唱えると、地面から四本の石の槍が賊に向かって打ち出された。
その瞬間、
ストーンジャベリンの標的とならず無事だった賊たちが、一斉に二人に向かって走り出す。
「<ピアッシングファイア>」
フィオナの詠唱無しの魔法から、四本の白い炎の極細矢が賊に向かって飛ぶ。
賊が正面からの炎の矢をかわすと、矢はUターンして後ろから賊の首に突き刺さった。
その後、三度のピアッシングファイアが放たれ、賊の前衛とも言える者たちを壊滅させた。
少なくとも見える範囲に敵はいない……が、小さく低い詠唱が聞こえる。
その詠唱を聞き、コンラートの顔色が一層悪くなる。
「馬鹿な、この詠唱は……フィオナ、前方に全力防御。いや、絶対防御、聖域方陣を」
「<聖域方陣>」
フィオナが唱えた瞬間、小さな低い詠唱が終わり、魔法が放たれた。
その魔法の名は、
「バレットレイン……」
リンが大海嘯でゴブリンキングにとどめを刺す際に使用した、風属性魔法における最上級魔法の一つ。
その攻撃力は絶大であり、ゴブリンキングの防御すら紙のように突き破り、その体を穴だらけにした、あの魔法である。
普通の防御系の魔法では、防ぐのは不可能。
だからこその、<聖域方陣>であった。
神の奇跡とさえ言われる絶対防御<聖域方陣>。
全ての魔法攻撃、物理攻撃を防ぐと言われる、究極の光属性防御魔法。
神官の中でも高位の者でなければ発動できないと言われる魔法であるが、フィオナは使えた……それも幼少の頃より使えたのだ。
だが、聖域方陣は他の防御系魔法に比べ恐ろしいほどの魔力を消費する。
常人に比べ数百倍の魔力量を誇るフィオナですら、魔法障壁の連続使用、ピアッシングファイアの連続使用、極めつけが聖域方陣である。
残存魔力が相当に少ないことは、なんとなくわかった。
(バレットレインを放つほどの相手が本気で向かって来れば……かなり厳しい戦いになる……)
そう思い、フィオナは身構えたが、その気配は消えた。
そして、別の複数の気配が沸き上がる。
(三、四……五人? 気配は感じるけど、場所までは分からない)
「知らない魔法だ」
フィオナには聞き取れないほど小さな声の呪文の詠唱。
コンラートはわずかに聞き取ったが、聞いたことのない魔法である。
「いや……これは土属性が混ざっている? だが火属性爆発系の詠唱がメイン? なんだこれは」
「土? 爆発?」
その瞬間、フィオナは、コンラートを見た。
そして、コンラートの座り込んだ地面に、魔法が構築されているのを感じ取った。
「兄様、危ない!」
フィオナはコンラートに体当たりして突き飛ばす。
同時に唱える
「<聖域方陣>」
その瞬間、地面が弾けた。
まるで間欠泉の様に吹き上がる炎と土。
それに吹き飛ばされるフィオナ。
だが、フィオナは吹き飛ばされながらも、園遊会場から頼もしい仲間たちが駆けつけてくれたのを確認していた。
「師匠、兄様をお願い……」




