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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0792 合流

第三守備隊の五人は膝をついたままだったが、怪我はしていない。

雄叫(おたけ)びで押し付けられた心も、さすがに今は回復している。


「ちょっと休みましょう。ささ、お水でも飲んで」

涼はそう言うと、生成した氷のコップに水を満たして五人に振舞う。


その後、自分も一杯。

「ああ、美味しいですね」

自分で生成したものだが、戦闘直後の一杯の水は何ものよりも素晴らしいと自信を持っているのだ。



「リョウさん、申し訳ありませんでした」

水を飲み終わり、一息ついた後、モーラ隊長が涼の前で深々と頭を下げた。

彼女の後ろで、他の四人も頭を下げている。


「え? どうして謝っているんですか?」

涼は意味が分からないために戸惑っている。


「守るべき我々が不甲斐(ふがい)なかったばっかりに、リョウさんを危険な目に……」

「いやいやいや、それは違いますよ。僕は自分の意思で戦ったんですから」

モーラの説明に、涼が笑顔で返す。


「あの場は、僕が戦うのが一番ふさわしかったのです。あの赤熊は、僕らが西方諸国にいた時に戦ったことがあるのです。その時、追い散らかしたので恨みを持っていたようですしね。一度戦ったことのある僕が対処するのが、一番合理的でした」


もちろん、五人が赤熊の雄叫びで心を押しつぶされていたのは分かっている。

そんな状態では、満足に戦えないだろうことも。

それでも、世の中には言い方というものがあるのだ。

不甲斐ないとショックを受けている人たちを、さらに追い詰める必要などないと涼は思うのだ。



「あの熊……西方諸国にいたんですか?」

治癒師オミンが問う。


涼としてはチャンスだ。

話を転換せねば!


「そうなのです! 西方諸国の北に、魔王山地と呼ばれるものすごく険しい山地があるのですが、そこにいたのです。しかもその後、教皇就任式でも転移か何かで連れてこられて、聖都で暴れていました」

「それが今は暗黒大陸に?」

「ええ、不思議ですよね。西方諸国からの船に乗り込んだりしたんですかね。赤熊の密航……『そんなアベルは、腹ペコ剣士』に使えそうなエピソードです」

最後の涼の呟きは、五人の耳には届いていない。



その後、他愛(たあい)もない会話をしながら六人は休憩をしていた。

そこに、南から近付いてくるものが……。


「ようやくのお出ましみたいですよ」

「お出まし?」

「ええ、僕らの迎えです」


現れたのは……。


「無事か、リョウ」

アベル王率いるナイトレイ王国騎士団と、グラハム教皇率いるファンデビー法国異端審問官であった。


「アベル、遅いです!」

「うん? 大丈夫だったろう?」

「赤い熊に襲われて大変だったのです」

涼が不満を述べる。



「アベル陛下!」

第三守備隊の五人が、アベルの前で最敬礼をとる。


「モーラ隊長、アンジュリ副隊長、ミニ殿、パラス殿、オミン殿、我が王国のロンド公爵を護衛し、守り通してくれたこと感謝する。その功績は永遠に忘れぬ」

「ありがたきお言葉、痛み入りま……」

アベルが感謝し、モーラが答えるが、最後に言葉が切れた。


何かに気付いたようだ。


「ロンド公爵?」

そう呟いたのはアンジュリ。

他の三人も固まっている。


「リョウ、名乗っていないのか?」

「あれ? 僕、名乗りませんでしたっけ?」

アベルの確認に、涼が首を傾げる。

素で覚えていないようだ。


「もしかして、『ロンド公爵の歌』の……?」

「やっぱりそれも、暗黒大陸でも広がっているんだな。有名になってよかったじゃないか、リョウ」

「自分のだって広がってて恥ずかしがっていたくせに! アベルは意地悪です」

オミンが呟き、アベルが頷き、涼が顔をしかめる。


涼もアベルも恥ずかしがり屋さんである。



我に返った第三守備隊の五人。

今度は、涼に向かって最敬礼。


「し、知らなかったとはいえ、移動中の御無礼、本当に申し訳……」

「ああ、いやいやいやいや、そういうの、いりませんから。僕はロンド公爵である前に、冒険者リョウです。ほらあ、アベルが変なことを言うから大変なことになったじゃないですか!」

「俺のせいかよ。リョウがちゃんと伝えておかなかったからだろうが」

「だって五人とも、僕がロンド公爵であることなんて伝えなくとも、自分たちから僕を守ってアベルたちに合流させるって言ってくださいましたもん。その気持ちというか、行動というか……それこそが尊重されるものだと僕は思うんです」


涼は五人に正対する。

「僕を合流させてくれて、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げた。


それこそが、涼の素直な気持ちだ。

身分や立場など関係なく……。



五人が固まっている間に、涼はもう一人の権力者の元に歩いていった。

「グラハムさん、うちのアベルがご迷惑をおかけしました」

そう言って、頭を下げる。


「いや、リョウ殿、こちらこそアベル陛下には助けていただきました。例のシオンカ侯爵ですが、アベル陛下が倒されましたよ」

「おぉ! それは良かったです。後でアベルを褒めておきますね」

「うん、その会話、本人に聞こえているからな?」

グラハムが報告し、涼がボケて、アベルがツッコんだ。


こうして、涼と第三守備隊は、無事に合流したのだった。



「リョウ、さっき赤い熊がどうとか言ったか?」

「ええ、言いましたよ。赤い熊に襲われて大変だったと」

「以前……ニルスたちと襲われたよな、そんな熊に」

「それです! 多分、同じ個体です。しかも今回、進化していました」

「は? 進化?」

涼が報告し、アベルが首を傾げる。


「以前……アサシンホークが進化してどうとか、言っていたか?」

「よく覚えていますね。そう、ロンドの森でアサシンホークが進化したやつと戦ったことがあります」

「そいつが、魔法無効化がどうとか言ってたよな?」

「そうなのです! そして今回の赤い熊も、魔法無効化を身に付けていました」

「魔物は進化すると、魔法無効化を身に付けるのか?」

アベルは顔をしかめている。


これは王子として教育を受け、A級冒険者にまでなったアベルであっても答えの出ない疑問だ。

そもそも、魔物が進化するという話そのものを、ほとんど聞いたことがない。

辛うじて、魔王子が進化して魔王になる……そんな話を聞いたことがあるくらいだ。


そのため、魔物が進化した場合にどうなるのかの情報を持っていない。


「国に戻ったら、王国としてもその辺の情報を集めた方がよくないですか?」

「そうだな。ハインライン侯と、ラーシャータ・デヴォー子爵あたりにも相談してみるか」

ラーシャータ・デヴォー子爵は、中央神殿の伝承官だ。

確かに、魔物の進化に関して情報があるとしたら、ラーシャータに確認をとるのが最善だろう。


「ラーシャータさんに聞く時には、僕も呼んでください。興味があります」

「そうだな。多分、デヴォー子爵がリョウの話を聞きたがると思うぞ」

情報は、共有すればさらに力を増す。



「赤熊、なんでこんな所にいたのかという疑問は解けていません」

「俺たち同様に、転移させられたんじゃないか?」

「いえ、その前の段階です。あの熊を最後に見たのは、教皇就任式です。空から魔物が降ってきたのですが、その中にいました」

「ああ……西方諸国から、この暗黒大陸にどうやって来たかか。まさか……泳いでってことはないよな?」

「海峡二十キロほどを泳いで海を渡った熊というのは聞いたことがありますけど、西方諸国とこの暗黒大陸はもっと離れているでしょう?」

「そうだな。正確な距離は分からんが……小さな船ではとても渡れんらしい。数百キロとかあるんだろうな」

アベルが肩をすくめて答える。

もちろん、根拠のある数字ではない。


「海も荒れたりするでしょうし、嵐とかもあるでしょうから……」

「自力で泳いだと考えるのは無理か。そうなると……」

「船ですよね。密航……」

「熊の密航か。絶対、途中で船乗りたちが気付くだろ」

「怖いから抵抗しなかったとか、見て見ぬふりをしていたとか……」

「ねーな」

涼の適当推測に、首を振って否定するアベル。


結局、赤熊がどうやって暗黒大陸に来たのか、良い答えは思い浮かばなかった。



そもそも、それ以上に厄介で考えておくべき問題があるのだ。


「結局、どうして僕らが転移させられたのかは分かっていません。方法もですし、なぜ僕らなのかも」

「そうだな。少なくとも俺たちにとっては、それが一番の問題だな。しかも俺たちだけじゃなくて、シオンカ侯爵たちヴァンパイアも転移していたんだよな」

「あの人……ヴァンパイアたちって、大陸南部に潜んでいたんでしょう?」

「グラハムが受けた報告ではそうなっていたらしい。つまり……」

「大陸のあちこちから、この中央部に転移するシステムか方法が存在する」

アベルも涼も、思いっきり顔をしかめる。


そもそも、『転移』というものが普通じゃないのだ。

それが、あちこちで起きる?

あるいは、あちこちで起こせる?

誰がどう見ても、異常な状況だ。


「人間で、転移の魔法を使えるのって、帝国のハーグさんだけですよね?」

「ああ、ハーゲン・ベンダ男爵な。<無限収納>と<転移>の魔法を使える」

「設備として知られているのは、西方諸国、聖都の西にある西ダンジョンです。魔人マーリンさんが管理しているダンジョンですが……階層じたいが転移で移動しますし、罠としても強制転移があります」

「ここのは……どちらかというと、ダンジョンの方に近いか?」

「そんな気はしますね」

そこまで言って、涼は別の事例を思い出した。


「もう一つありました」

「この前の、竜王のやつだな」

「ええ。あれははっきりと、転移っぽいものの魔法陣でした。しまったですね……もっとちゃんとあれを勉強しておけば……」

「だが俺たちが転移させられた時、魔法陣とかなかっただろ?」

「そう、気付きませんでしたけど……空中に描かれていたりとか、地面の中に描かれていた可能性が無いわけではありません」

「そうだな、そういう可能性はあるか」

涼の指摘に、アベルも頷く。


とはいえ……。


「結論は出せません」

「情報が足りんな」

二人とも分かっている。

分かっていても……言葉にしておくことは大切なのだ。


言葉にすることによって、情報が整理される場合があるし、記憶に定着する場合もある。

音読して、外国語の単語や文章を覚えるようなものだろうか。



だが、言葉にすればいいというものでもない。


「なんとなくなんだが、また、この中央部に戻ってくることになる気がする」

「アベル! なんてことを言うのですか、それはフラグです」

「ふらぐ?」

「フラグ、あるいは言霊(ことだま)でもいいでしょう。言葉というものは口の外に出し、音にした瞬間に、この世界に影響を与え始めるのです」

「ふむ? 魔法の詠唱みたいなものか?」

「ああ……そうですね、それに近い概念(がいねん)かもしれません」

アベルの言葉に、涼は何度か頷く。


以前、この世界に来た頃、魔法詠唱を言霊に例えて理解した覚えがある。

現在では理解が深まり、違いがあると認識しているが深い部分では同じものかもしれないと思っている。


音にした瞬間に影響を与える……言霊。

確認した瞬間に確定する=それまでは確定していない……不確定性原理。


どちらも興味深い。


「我々が認識する三次元から見た場合、この『世界』は変化し続けているということなのでしょう。『世界』の真理を探究する……魔法であろうが錬金術であろうが、もちろん理論物理学であろうが、人が夢中になるのも分かるというものです」

「うん、分からん」

アベルは素直だ。


「いずれアベルにも超弦(ちょうげん)理論を学んでもらい、僕と一緒に新たな『世界の(かい)』を見つけてもらうつもりです」

「なんか難しそうだな。俺は遠慮する」

「何でですか! どうしてそこで、共に探求しよう! って言えないのですか!」

「いや、今言ったろう。難しそうだと……」

「難しい問題だからこそ、解くのが楽しいんじゃないですか」

涼が小さく首を振る。


「アベルは王様になって、楽をすることを覚えてしまったに違いありません。そんなことでは、王国民が不幸になります。国政の中心にいる政治家や官僚が楽を覚えると、国が傾きます」

「何で最後だけまともな結論になるんだよ。ホント、リョウって不思議だよな」

「それ、褒めてないでしょう!」

「ああ、褒めていない」

「ひどい……」

世界の探求に身を投じるのは簡単ではないらしい。



一行が会合地点としていた、尖った山は南にある。

「アベルたちも、あの尖った山を目指していたんでしょう?」

「ああ、南からあれを目指して北上してきたな」

「あの山の麓には行ったのですか?」

「いや、少し離れたところからは見たが……麓はけっこう深い森で囲まれていたぞ」

「あの山に、今回の転移の謎を解く何かがあるに違いありません」

涼がわざとらしく、両腕を組んで言う。


「何だ? リョウ一人で、何があるか見に行きたいのか?」

「いえ、そういうわけでは……って、なんで僕一人なんです?」

「何だ、共に探求しようとか、難しい問題だからこそ解くのが楽しいとか、さっき言ってなかったか?」

「言いましたけど、それとこれとは別物です。それに、なんで僕一人なのかという問いに、アベルは答えていません!」

涼は鋭く指摘する。


「俺たちも、グラハムたちも、麓に近寄りたくないという意見で一致したからだ。それでもリョウがどうしてもというのなら、俺は止められないなと」

「……アベルだけでなく、グラハムさんたちも近寄りたくない? 何でですか?」

「なんか、<イビルサーチ>とかいう魔法で探ったら、かなりヤバいらしいぞ。どうしてもというのならともかく、強制的に転移させられて準備不足の今の状態では、できれば近寄りたくないらしい」

「<イビルサーチ>……ああ、以前、ニルスたちが受けたことがありますね。あれは……悪魔ジャン・ジャックに遭遇して、その汚れがついていたとかなんとか……」

涼が思い出して頷く。


「詳しくは知らんが、それで近付かないという結論になった」

「それなら僕も従います、近付きません」

涼は右手を上げて従った。


「まずはリョウたちと合流するために北上を続けて、こうして合流した」

「この後は?」

「西に向かって、最終的には、この中央部から出る。出るんだが……」

「だが?」

「具体的な方法がな……」

アベルが顔をしかめている。


グラハムとも話し合ったが、四千メートル級の断崖絶壁を安全に降りる方法は思いつかなかったのだ。

今のところ、緩やかな場所を見つけて降りていく、という行き当たりばったりな解決法となっていた。


「移動速度がゆっくりでいいなら、水属性魔法で方法はいくらでもありますよ?」

「この……百人以上いるんだが、全員移動できるのか?」

「アベルだけは、自分の『飛翔環』で移動してもいいですが」

「魔力消費が尋常じゃないんだよな。空飛んでる途中で魔力が尽きたらまずいだろう」

「墜落したら、リーヒャに怒られますね。仕方ありません、アベルもついでに、一緒に帰りましょう」

「ついで……」

ナイトレイ王国では、国王陛下は特別扱いされないのかもしれない。


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