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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0789 衝突

ナイトレイ王国とファンデビー法国一行が襲撃されたのは、翌日夜だった。

「ヴァンパイアです!」

「防御陣形!」

ナイトレイ王国騎士団は、中央にアベル王を囲んで防御陣形を敷く。


「守りに(てっ)せよ!」

スコッティー中隊長が、明確な指示を出す。

ヴァンパイアに奇襲される可能性については、昨日の内にグラハムからアベルへ、アベルからスコッティーに伝えられている。


戦闘に長けた王国騎士団であっても、ヴァンパイアの相手は経験が無い。

何より、夜闇の中での戦闘は、騎士にとっては得意な方ではない。


だから……。


「異端審問官に任せる」



ファンデビー法国一行には、多くの異端審問官がいる。

異端審問官は、ヴァンパイアとの戦闘すら想定した者たちだ。

枢機卿に上がっても異端審問庁長官を兼任するステファニアは、彼らの誰よりも戦闘力が高い。

さらに彼らを率いる教皇は、かつての異端審問庁長官。ヴァンパイアハンターの二つ名を持つ男。


そんな一行が弱いはずがない。


当然のように、グラハム教皇は彼らの先頭に立っている。

いつもの仕込み杖で、首を()ね心臓を貫いて、復活させない。


「やはり、男爵級にすら劣っているな」

「以前おっしゃっていた、促成栽培(そくせいさいばい)ですか?」

「ああ。全員ではないのだろうが……ほとんどがそんな連中だ」

「ヴィーラ教徒の襲撃の際も、おっしゃってましたね」

「そうだな。シオンカ侯爵は、錬金術か何かでそんな技術を開発したのだろう」

グラハムは頷く。


「ほとんどは弱くとも、侯爵自身は……」

「そう、間違いなくヴァンパイアの侯爵。他のヴァンパイアとは一線を画すだろう。奴だけは、私でなければ難しい。必ず捕捉しなければ」

「まだ、前線には出てきていないようです」

「ふむ……」

グラハムは、少しだけ首を傾げた。



グラハムが首を傾げていた時、王国軍の方で事が起きた。

ヴァンパイアの集団が王国騎士団に襲い掛かり、その防御を突破したのだ。


ガキンッ。


「思ったより若いな」

王国騎士団を切り裂いて現れたヴァンパイアが呟く。


「こっちに教皇はいないぞ?」

一撃を剣で弾いたアベルが言う。


「貴様は教皇ではない? 最も厳重に守られた場所にいると思ったのだが……」

「ああ、見て分かる通り、俺は教皇じゃないぞ、シオンカ侯爵」

アベルは笑いながら答える。


「我のことを知っているのに、その余裕。教皇でなかったとして、貴様、何者だ」

「俺の名はアベルという。お前さんのことは、名前しか知らん、シオンカ侯爵ディヌ・レスコ」

「教皇はどこにいる?」

「さあ? あいつのことだから、最前線にいるんじゃないか?」

「嘘をつくな、最前線で戦う教皇など聞いたことがない」

「そう言われてもな」

アベルは肩をすくめる。


「厳重に守られていたということは、お前も重要人物だろう?」

「だったらなんだ?」

「お前を血祭りにあげれば、教皇もここに来るだろう」

「そんな理由で俺を攻撃するのかよ」

不満そうな表情でありながら、苦笑するアベル。


会話しながらも、シオンカ侯爵が斬った騎士団員たちの様子を観察する。

即死者はいない。



「陛下!」

「スコッティー、怪我人にポーションを飲ませろ。この侯爵は俺と戦いたいそうだ」

「陛下だと?」

アベルが指示を出し、シオンカ侯爵ディヌ・レスコが訝し気な表情になる。


「おう、ナイトレイ王国の国王だ」

「ナイトレイ王国? 知らん名だ」

「そうか、それは残念だ。とにかく国王だ、侯爵よ」

「人間の国王など、ヴァンパイアの侯爵より圧倒的に下だ」

「そうなのか? 勝手な格付けはよくないと思うぞ」

見下した表情のディヌ・レスコ、小さく首を振るアベル。


「貴様など、我の魔法一撃で(ほうむ)れるわ」

「なんだ、剣を持って襲ってきたから剣に自信があるのかと思ったんだが、違ったのか。まあ、魔法でもいいぞ。苦手な武器で戦う相手に勝ったところで、嬉しくはないからな。それが人の王の矜持(きょうじ)だ」

「貴様、我を侮辱(ぶじょく)するか!」

「悪い悪い。俺が知っているヴァンパイアは、間違いなく人間よりも高い矜持を持っていたんでな。お前さんもそうかと思っただけだ」

アベルが頭に浮かべたのは、隣国トワイライトランドの『シンソ』と呼ばれるヴァンパイアだ。

涼が舌鼓を打ったラーメンの創作者にして、トワイライトランドの真の支配者。


「……我ら以外のヴァンパイアを知っている?」

「だいたいのヴァンパイアは、確かに人間を馬鹿にしていたが……格の違うそいつだけは、違ったな。ヴァンパイアを率いる者とは、かくも恐ろしい存在なのかとその時は思ったのだが……ここでは違うんだな。どうも買いかぶりすぎたようだ」

「貴様……」

「さっきも言ったろう、俺の名前はアベルだ」

「……いいだろう、アベルとやら。我を愚弄(ぐろう)した責任、その命で(つぐな)え!」

ディヌ・レスコは言うが早いか、剣を振るい始めた。



(さすが、『侯爵』なだけはある。力と速さは人間の比じゃない。そして技術もかなりのもの……(あお)ったのは失敗だったか?)

心の中で苦笑するアベル。


もちろん、今さら時間は戻らない。


初めての対戦で、相手がかなり強い。

しかも、その手の内が分からない。

そうなると、当然、まずは『見る』ことになる。


(ガーウィンの眷属(けんぞく)オレンジュは、剣筋も分かっていたから難しくなかったんだがな。この侯爵は、さて……)


人間とは比べものにならない膂力(りょりょく)

それを活かした力と速度。

当然、正面からその剣を受けるのは避けたい。


剣に角度をつけて、力を逃がす。

あるいは、剣の入れ方を工夫して、力が乗り切っていないポイントでさばく。


(ふむ、悪くない。いい感じでさばけているな)

アベルは、自らの受けが通じていることに自信を持つ。


それは、自らの成長のためにはとても大切なこと。

何が通用して、何が通用しないのか。

それを理解しなければ、どこを修正すべきなのか、どこは変えてはいけないのかが分からないからだ。


(本当に、剣というやつは奥が深い。人生の全てが詰まっている……とまでは言わんが、いろいろと勉強になることが多いな)

命のやりとりをしながらなのに、そんなことをアベルは考えていた。



(なんだ、こいつは! 我の剣が届かぬ。力でも速さでも、我の方が圧倒的に上だ。技術でもほとんど差は無いはず。それなのに、なぜだ? いいようにいなされている感じすらする。なんたる屈辱か!)

ディヌ・レスコは顔をしかめたまま、心の中で叫ぶ。


ディヌ・レスコはヴァンパイアの侯爵だ。

ヴァンパイアの中でも、長き時を生きている部類に入る。

当然その間、個人戦闘力も磨いた。

具体的には、魔法も剣も鍛えたのだ。


実際、他のヴァンパイアと戦っても、ほとんど負けたことはない。

剣に限定すれば、模擬戦で最後に負けたのは一千年以上前のはずだ。

その相手も、尋常ではない相手であったために、ディヌ・レスコ自身もしかたのない敗戦であったと思っている。


つまり、ヴァンパイアの中でも剣において、かなり強い部類なのだ。

それなのに……。


(目の前の人間を倒せぬ)


攻めている。

それは確か。


だが、それだけなのだ。


かわされ、流され、力を削がれる……。

気持ちよく剣を振るえない。


(この男の剣の入れ方が絶妙なのだ)

認めるのは(しゃく)だが、見えにくい技術によってディヌ・レスコが力を出しにくい状況に追い込まれている。


(よかろう、それは認めよう)

認めたことによって、ディヌ・レスコは今まで見えていなかったものが見えた。


(我を(はか)っているようだな)

牽制(けんせい)以外の攻撃をしてこない目の前の人間……アベルの意図を理解した。



その変化を、アベルはすぐに感じ取った。

(冷静になってしまったか)

少しだけ残念には感じるが、同時に仕方ないとも思っている。

いずれは落ち着いただろうと。


しかし、まだ足りない。

攻撃に転じるには情報が集まっていないのだ。


ここからは、神経戦。

あるいは、我慢比べ。


隙を見せたり、失敗をすれば致命傷を負う。


(とは言っても、ヴァンパイアって基本的に死なないんだよな。体、斬り飛ばしてもくっついたり、再生したり……。それなのに、俺は腕を斬り飛ばされたら再生しないし、首を斬り飛ばされたら死ぬし。なんという不公平。ああ……リョウが嘆くのがよく分かる。確かに、これはあまりにも不公平だわ)

人外の強敵と戦う涼が、いつもぼやいているのはアベルも知っている。


今回は、アベルがその状況に置かれた。



(しかもリョウの場合、腹に穴を開けられてもすぐに氷で膜作ったりして、出血を止めるだろ。俺には、そんな魔法もない……リョウ以上に不利じゃないか)

ここで、しかも心の中で愚痴を言っても何も解決しないことは分かっている。

分かっているが……。


(誰にも迷惑をかけないんだから、愚痴くらいは言わせてくれ)

アベルはそう言いながら、ディヌ・レスコから意識を外さない。


その類まれな記憶力は、ディヌ・レスコの剣筋を記憶していく。

ディヌ・レスコ自身すら気付いていない癖を明らかにしていく。

集められた情報こそが、攻撃に回った時、相手を凌駕(りょうが)する材料となる。


(情報は力だとリョウは言うが、確かにその通りなんだよな。こんな個人戦闘においてすら、それは真理なのだからすごいよな)



アベルは勝負を決する時のために情報を集めている。

だが対峙する男は、別の考えだった。

「もういい!」


ディヌ・レスコはブチ切れた。


大きく後方に跳び、距離を取る。

着地すると同時に……。

「もう死ね! <ファイヤーボール三連>」


炎の塊三つがアベルを襲う。



常人なら、突然の変調、剣から魔法への転換についていくのは簡単ではない。

しかし、アベルは常人ではない。


「さっきまでの上から目線と違って、がむしゃらじゃねーか」

魔法攻撃を剣でさばきながら呟くアベル。


「俺は、そういうの嫌いじゃねーよ。とはいえ……」

攻撃の圧は増えた。

一発でも当たれば、アベルは一気に劣勢に追い込まれるだろう。


「だが、緻密(ちみつ)さは失われた」

剣だけで戦っていた時のディヌ・レスコは、アベルを圧倒はできないまでも、牽制以上の反撃はさせなかった。

それはつまり、隙が無かったからだ。

アベルほどの剣士ですら、情報を集めてからでなければ攻撃には移れない、そう判断させるほどだったのだ。


しかし、キレた。

魔法を絡めて、力づくで制圧しようとした。


「力や速さでごまかして、勝てると思うか?」

アベルが駆ける。

ディヌ・レスコが放つ魔法の一つを斬り、そのまま距離を詰める。


正面に飛んできた炎の塊を剣で突く。

消滅させた勢いのまま、ディヌ・レスコの喉を貫いた。


体を回転させながら剣を引き抜き、その勢いのまま首を斬り飛ばす。

体をさらに回転させてディヌ・レスコの背後に回り、心臓を貫く。


シオンカ侯爵ディヌ・レスコは、消滅した。


明日2025年3月19日(水)は、

『水属性の魔法使い 第三部 第一巻』の発売日です!


ついに第三部ですよ!

なろうでの投稿の下の方とかにも、天野先生による素敵な表紙絵がありますよね。

中央諸国や西方諸国とは違う街並みなのが、綺麗に描かれております!


いつものように、電子書籍版用のSS(「旅立ちまで」)と、

応援書店様&TOブックスオンラインSS(「大入浴論」)がございます。

どちらも、涼とアベルのSSです。

本編を読まれてから、どうぞ。


書籍特設サイト

https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html



そして、《なろう版》ですが、ついに3億PV到達しました!

皆様が読んでくださったおかげです。

本当にありがとうございます。

とても励みになります!

これからも投稿していきますので、引き続き楽しく読んでもらえると嬉しいです。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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