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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0785 第三守備隊の努力

涼を中心にモーラが先頭、右にミニ、左にパラス、涼の右横にオミン、最後方にアンジュリの体制で歩いている。


高い木はなく、草原のような感じだ。

南にあり一行が目指している、尖った高い山は見えるが、あまり起伏に富んでいるとは言えない大地。

植生的には暗黒大陸だそうだが、転移する前にいた所とは雰囲気が違う。



涼は、今後のこともあるために確認する。

「モーラ隊長、ミニさんとパラスさんの三人が撲殺士で、アンジュリさんが剣士、オミンさんが治癒師で間違いないです?」

「はい、その通りです」

涼の確認に、横を歩くオミンが頷く。


「僕が魔法使いなので、バランスはいいですね」

「ですがリョウさんは水属性だと……」

「え? はい、そうですよ」

「水の補給さえしていただければ、私たちとしては助かります」

オミンが首を傾げて言う。


中央諸国でもそうだったが、水属性の魔法使いで冒険者になるものは少ない。

王国魔法団にも少ない。

つまり、戦場や荒事には向いていない魔法使いだと認識されているのだ。

その認識は、暗黒大陸でも変わらないらしい。


「僕も戦えますよ。確かに旅の間は、アベルの召使的にコーヒーの準備役をさせられていましたけど」

いかにも憤慨(ふんがい)した(てい)で、自らが置かれた不幸な状況を語る涼。


「できれば戦闘は、全面的に私たちにお任せください」

「え……」

先頭を歩くモーラがわざわざ振り返って言い、絶句する涼。


涼でも理解できる。

功績をあげたいという気持ちは。


「分かりました」

まあ、どうしてもとなったら自分が前面に出ていけばいいかと思ったのだった。



一行が最初に出会ったのは、六体のゴブリンだった。

ゴブリンは世界中にいる。

涼もそう聞いていたのだが、実際にこうやって暗黒大陸にもいた。


「大きさも色も、中央諸国にいるやつと変わりがないみたいです」

涼は言われた通り、五人から少し離れて戦闘を見ている。


モーラ隊長とアンジュリ副隊長がアタッカーらしく、積極的にとどめを刺していく。

ミニとパラスは防御気味に展開し、治癒師オミンが狙われないように動いているようだ。


「遠距離攻撃の魔法使いがいないことを除けば、バランスよく動けている気がします」

涼が偉そうに論評している。


涼は決めたのだ。

彼女たちに任せようと。

「自分が、自分が」というのは、今回は封印しようと。


((アベルの様に、デンと任せてみるのです))

((突然そんなことを言われても、俺には意味が分からんぞ。何だよ、デンって))

((自分は働かずに、周りの人をこき使うアベル的ロールプレイをするという決意表明です))

((そっちの方が疲れると思うぞ))

((そうです?))

((経験してみれば分かる))

『魂の響』を通してであるため、涼にはアベルの表情は見えないが、うっすら笑った気がした。



その後、涼は、アベルの言葉の意味を思い知らされた。


「ああ、そこはもっと慎重に……」

「畳みかける時は一気に……」

「もう少し視野を広くもって……」

「身を挺して守るより、攻撃してくる相手に向かっていくことによって相手の攻撃を封じた方が……」


後ろから見ていて、そんな心配を何度も経験した。



もちろん第三守備隊の五人は頑張っているし、パーティーとして見た場合でも、平均以上の連携は取れていると思うのだ。

だが、涼がこれまでに見てきた『赤き剣』や『十号室』と比べると、危なっかしく見えるのである。


しかし、それは仕方のないこと。

『赤き剣』は、元A級パーティー。

『十号室』も、ほとんど最速ペースでB級パーティーに上がった者たち。


どちらも、ナイトレイ王国を代表するパーティーなのだ。

それと比べれば、ほとんどのパーティーがまだまだに見えるだろう。


それでも、ここは戦場。

訓練場ではない。

かける言葉は間違えられない。


「今の連係は良かったですよ!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

涼は良かった点を見つけて、褒めて、五人は嬉しそうな表情になる。



ただでさえ、命を懸けて頑張っているのだ。

やる気を削ぐのは怖い。

やる気を削いでしまった次の戦闘で、もしものことが起きたらと考えると……。


涼の気持ちは、選手を送り出す監督、あるいはコーチ。

送り出す選手たる第三守備隊は五人なので、バスケットボールのヘッドコーチだろうか。


それも前任者がシーズン途中で解任されて、急遽(きゅうきょ)引き継ぐことになった立場。

そんなコーチが真っ先に行うのは、選手の心をつかむこと。

選手から信頼されること。


具体的にはどうするか。

これはどんな分野でも同じだ。


結果を出す。

つまり勝利する。

そして、選手の士気を高く維持する。


技術や戦術は二の次。



((士気を高く保つのは、指揮官として大切なお仕事です))

((よく分かっているじゃないか))

アベルが涼を褒める。


((その点は、アベルを素直に称賛します))

((うん?))

((王国軍……騎士も冒険者も、アベルの下で戦う時って、みんな士気が高いでしょう?))

((ああ、そうだな。そもそも、そうなってほしいから俺は冒険者になったわけだしな))

アベルは、かつて兄である故カインディッシュ王太子に答えた言葉を思い出していた。


冒険者も王国の仲間に。

共に王国を支える者となってほしい……冒険者として活躍した者が、王国軍を率いれば冒険者も協力してくれるだろうと。


((考えてみれば、究極の権謀術数ですよね))

((そうか?))

((何よりも自由を(うた)う冒険者たちを、王国を守るための盾として戦場に駆り出そうというのですから))

((いや、言い方……))

((僕のような、素直で優しい一本気な魔法使いにはできないことです))

((本当に素直で優しい一本気なやつは、自分で言ったりはしない))

アベルはそう言うと、小さく首を振るのだった。



「少し休憩しましょう」

涼はそう言うと、水の入った大きめのコップを渡していく。


「ありがとうございます」

「美味しい」

五人とも、まだ元気だ。


「このコップ……氷ですか?」

「はい。僕は水属性の魔法使いですからね」

アンジュリの問いに、ちょっとだけ誇らしげに涼は答えた。



「リョウさん」

「どうしました、モーラ隊長」

水を飲み干した後、何か決意に満ちた表情で問いかけるモーラ、ちょっと驚く涼。


「リョウさんはアベル陛下のお近くに控えていらっしゃる方だと認識しております」

「ええ、その通りです」

だいたいにおいて涼は、王城の国王執務室のソファーの上でぬべ~っとしているので、間違ってはいない。


「そんな方の目から見て、我々の動きはどうでしょうか」

「どう、と言いますと?」

「もちろん、まだまだ鍛錬(たんれん)が足りず技術不足であることは認識しております。その上で、足りない部分をご指摘いただけないでしょうか」

モーラが真剣な目で問う。


それを見て、他の四人も涼を見て頷いている。


こういう時には、弱点についてもきちんと伝えるべきだ。

先ほど『やる気を削いでしまった次の戦闘で、もしものことが起きたらと考えると』と考えていたが、その時とは状況……というより、心の状態が違う。

きちんと伝えるチャンス。


「おおむね、連携はうまくやれていると思います」

まずは肯定。


「もし、さらに上を目指すのなら……みなさんそれぞれの明確に得意な部分と苦手な部分を、お互いが意識した方がいいかと」

そして修正。


「得意な部分と苦手な部分? いちおう、意識していますけど……」

アンジュリが首を傾げる。


「具体的に言うと……モーラ隊長は右利きですね。左からの攻撃への対処が、十分にカウンターを取れそうな攻撃であっても、初手必ず防御から入るようです。左腕や左足の訓練を少し意識して増やすといいでしょう」

「あ、はい」


「それに合わせて、モーラ隊長の左に入るパラスさんは少しだけ攻撃に意識を多めに、逆に右に入るミニさんはモーラ隊長との挟撃を意識して動くのが、いいかもしれません」

「はい」

パラスとミニが返事する。


「あと剣士として後ろからカバーするアンジュリ副隊長は、モーラ隊長とパラスさんの間、あるいはパラスさんのさらに左から回り込んでの攻撃はもっと多めでいいかもしれません。治癒師のオミンさんのカバーも考えているのでしょうけど……それなら、モーラ隊長のすぐ後ろにオミンさんがつけばいいのではないかなと」

「なるほど」

「分かりました」

アンジュリとオミンが頷く。


素直な五人を応援したくなる涼。

人とはそういうものだ。

素直に、真面目に、心から成長したいと思っている人を、周りはサポートしたくなる。


「とはいえ、これはあくまで今は、ということです。もっと連携が深まっていけば、形に囚われる必要はなくなるでしょう。故に、兵を(あらわ)すの極みは無形に至る、と昔の偉い人は言いました。それは数万の軍勢だろうが、五人のパーティーだろうが同じだと思います。頭で考える必要もないくらいに、連携をとれるようになるといいですね」


涼が口にしたのは『孫子』の一節である。



「適切なご指摘、ありがとうございます」

「これがアベルとかだったら、もっと細かな部分まで把握して、もっと詳細でいじわるな指摘をするんですけどね。まあ、成長するためにはそれくらい詳細な指摘の方がいいのかもしれませんけど……」

国王の風評被害を広める筆頭公爵。

見えない権力争いだ。


「その……実は我々、初めてお会いした時、リョウさんのことを、アベル陛下の近侍(きんじ)や小姓の方かと認識していました」

「コーヒーを淹れさせられたり、イスやテーブルの準備をさせられていたりするので、あまり間違っていない気がします」

モーラの言葉に、涼は思い出しながら答える。


氷のイスとテーブルを生成して、氷のミルでコーヒー豆を挽き、氷のフレンチプレスと生成したお湯でコーヒーを淹れる。

やっていることは、侍従らがしていることと変わりはない。


「いえ、戦闘における適切なご指摘など、小姓のそれではありません」

「それは、僕が本国で冒険者をしているからですよ」

「そうなのですか!」

「パーティーには臨時で入るだけでしたけど……」

驚くモーラ、基本ソロの涼。


以前は、時々『十号室』に臨時に所属することもあった……。


「私たち、五人での連携を勉強するために、冒険者たちにいろいろと教えてもらったこともあります」

「そうそう。凄く勉強になりました」

アンジュリとモーラが言い、他の三人が頷く。


やはりこの五人は、とても勉強熱心らしい。


「皆さんは、アベルが、王様になる前に冒険者だったことは知っています?」

「え! アベル陛下が?」

「いえ、知りませんでした」

「冒険者から、王様? すごい……」

五人とも驚いている。


「元々、アベルは第二王子でした。王位は兄であるカイン王太子が継ぐはずだったのです。カイン王太子は、それはそれは素晴らしい王太子で、王国中の人が望んだまさに王の器を兼ね備えた人だったのです。ですが、生来ご病気がちで……」

滔々(とうとう)とアベルと王国の話を語って聞かせる涼。

一心に聞き入る五人。


((……))

当事者の王様も盗み聞きをしているようだ。



「……そしてようやく、帝国軍を王国の外に叩きだすことに成功したのでした」

涼が語る物語が終わる。


言葉の出ない五人。


一分ほどして、ようやく口が開かれた。


「吟遊詩人が歌っているとおりだ」

アンジュリが呟く。


「暗黒大陸西部にまで、吟遊詩人の影が……」

もはや驚きを通り越して、その広がりに小さく首を振る涼。


いつの時代、どんな世界においても、人は英雄譚(えいゆうたん)が好きなのだ。



一行は再び、南に見える尖った山のふもとを目指して歩き始めた。

涼は、上司からお小言を受けているために、それへの対処中である。

((リョウ、さっきの話はなんだ))

((なんだと言われましても……僕が知るナイトレイ王国の歴史物語ですよ?))

((だいぶ、主観が入っていたような……))

((いずれ、きちんと物語にして吟遊詩人たちに売りつけて、お金がっぽり手に入れてやるのです))

((は?))

((その際は、アベルにサインをもらって王室御用達(おうしつごようたし)の物語にします))

((うん、却下だ))

お金がっぽりは手に入らなかった。


((まあ、冗談はさておいて))

((本当に冗談だったのか?))

アベルは、涼の言葉を信用していない。


だが涼は、そんな王様を無視して言葉を進める。

((一人でも、ナイトレイ王国好きを増やしておくのは、筆頭公爵としての大切な役目だと思うのです))

((そうだな……うん、そこは間違っていないんだが))

((でしょう? 王室外交も大切ですが、草の根外交だって馬鹿にはできないのです))

涼だって、たまにはまともなことを言うのだ。


((自分の、ロンド公爵の物語を広めればいいだろう? それなら誰も文句を言わないと思うぞ))

((ダメです! 僕はあくまで(かた)()なのです))

((語り部?))

((ホームズにはワトソン博士、ポワロにはヘイスティングス大尉(たいい)と、主役を補佐し、その行動を記録して売り出す語り部がいるのです))

((リョウがそれだと?))

((お金がっぽりポジションです))

((意味が分からん))

アベルが肩をすくめる。


『ファイ』にはシャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロの物語は伝わっていないらしい。

残念だ。


((ミステリーという分野は、まだ開拓されていないということですね))

((みすてり?))

((『そんなアベルは、腹ペコ剣士』のスピンオフとして、『変なアベルは、腹ペコ探偵』というのを執筆するのもいいかもしれません))

アイデアが閃いたのだろう。

涼は何度か頷き、瞬時に構想を練る。


だが……。


((却下だ))

最大権力者、国王陛下による言論の自由に対する侵害。


((なぜ!))

涼、(たましい)慟哭(どうこく)


((なんか、俺が悪く書かれそうだから))

((ひどい……力ある者が力なき者を(しいた)げるなんて))

陽の目を見ないままボツになる構想のなんと多いことか。


((言論の自由は大切なのです))

((他の人を傷つけないものならな。他の人を傷つけて許される自由なんてないだろう?))

((そ、それはそうですが……でもでも、書いてみないと傷つけるかどうか分からないでしょう?))

((書かれなければ、絶対に傷つけないぞ?))

((ぐぬぅ……))

アベルの正論にやりこめられ、反論できない涼。


涼も分かっている。

言論の自由は大切だ。

だが、人を傷つけていい自由、人を死に追いやっていい自由などはないと。

他の人が大切にしているものを愚弄(ぐろう)していい自由も、もちろんないと。


批判と、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)の境は人によって違う。

言った人が批判のつもりでも、言われた人が誹謗中傷と感じれば、それは……。


言葉は難しい。


それに比べて、思考は完全な自由だ。

何を考えようと問題ない。


だが、それがひとたび体の外に出ると……自由ではなくなる。

言論にしろ、行動にしろ。


((結局は、書く人の良心が大切なのです))

((それは同感だな))

((僕には良心があります))

((あんまり、自分で言うものではない気が……))

((分かりました。つまり、アベルが読んでも傷つかないものを書けばいいわけです!))

涼が答えを導く。


((そりゃあ、まあ、そうなのだが……))

((王国で出版する前に、先にアベルには原稿を読ませてあげますから。納得できない中身なら、ボツにする。それで手を打ちましょう))

((いや、俺はそれでもいいが……))

((アベルにも家族がいますからね。何かの機会に家族が読んで、悲しい気持ちになったら、書いた僕だって嫌です))

((そうだな、家族か。確かにそれはある))

アベルが頷く。


そう、対象となった本人同様に、場合によっては心の準備ができていないため、家族など周りの人間の心に、より大きなダメージを負わせることがある。

そんなことはしたくない。


((とはいえ、まずは『そんなアベルは、腹ペコ剣士』の続きを書かねば!))

((あれ……続きがあるのか?))

((当然です。三部構成、全十五冊にもなる大作の予定です))

((……そうか。それは、いつ完結するんだ?))

((百五十年後くらいじゃないですか?))

((うん、俺は死んでるから、好きにしてくれ))

こうして、アベル王の許可は下りたのだった。

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