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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0777 進む探索

再び遺跡の中。

「敵ではないし、後ろからついてくる許可を代官が出したのなら、気にしなくていいだろう」

「私もそう思う」

両パーティーのリーダー、ハリソンとヤスキンが合意し、涼操作の突撃探検家三号君は一行についていく許可を得た。


もっとも、その会話は涼たちには聞こえていない。

しっしっと追い払われないので、三号君はついていく構えなだけだ。



両パーティーと三号君以外に、この場にはもう一人いる。

戦士軍団第一隊副隊長のママドゥだ。


そのママドゥが、ふと天井を見上げると、そこには魔法陣らしきものが描かれているのが見えた。

「けっこう天井が高いですけど、あれ魔法陣ですか?」

「どうもそうらしい。うちにも『流水』にも錬金術師はいないから詳しい内容は分からんがな。さっきのスケルトンは、突然上から襲ってきた。もしかしたら、あの魔法陣が関係しているのかもしれん」


ママドゥやハリムンが天上を見たからだろうか。

釣られようにして三号君も天井を見る。


そしてそのまま固まった。


「お~い、ナイトレイ王国の人! 行くぞ!」

そんな声がかけられているのだが、三号君は固まったまま。

音声は操作する側に届かないので仕方がない。


「まあいいか」

一行はそう結論を下すと、遺跡の奥に向かって歩きはじめるのだった。




スキーズブラズニル甲板では。

「魔法陣だな」

「ええ。多分ですけど、転移系の魔法陣だと思います」

「マジか! そんな魔法陣がありうるのか……いや、そうか。西方諸国のダンジョンに、転移系の罠があるんだよな。なら、そんな魔法陣もあり得るか。しかし、リョウはそれを読めるのか?」

「いえ、完全な理解には程遠いです。なんとなく掴めるという程度なので……。そう、いつかは転移の魔法陣も、自分で描けるようになりたいですね」

涼は何度も頷きながら答える。


「しかし、驚くほど複雑です。これほど……いや、当然といえば当然ですか。空間と別の空間を繋ぐのです。それが簡単な魔法陣なわけありません」

「気になるのは分かるが、冒険者たち、先に進んだぞ」

「三号君にダッシュさせればすぐに追いつけます。そっちは放っておきましょう」

「おい……」

涼の断言に、ため息交じりなアベル。


涼にとっては当然だ。

目の前に、転移に関する魔法陣があるのだ。


もちろん、中央諸国で研究したことはないし、過去に研究された形跡もない。

西方諸国の錬金術においても、研究された形跡は見つけられなかった。


だが、涼には目の前にある魔法陣が転移系のものであると分かった。

なぜか?

実は、それらしいものを見たことがあるからだ。

それも二度も。


いや、正確には、涼が持っている錬金術の本……二冊に触れられているからだ。

一つは多島海地域イリアジャ女王から贈られた『錬金術の深淵(しんえん)』。

もう一つは『ハサン』から引き継いだ黒ノート。


そう、その二つで触れられていた。


だが、未だに涼は理解できていない。

本当に、錬金術の頂は高い……あるいは深淵は深いというべきなのだろうか。


「あの二冊を、この魔法陣を使って読み解くことができれば……」

「リョウ?」

「あ、いえ、こっちの話です」

アベルに声をかけられて、慌ててごまかす涼。


考えてみると、『ハサン』から引き継いだ黒ノートは、まだアベルに話していないことを思い出したのだ。

べつに、いつ言ってもいいのだが……。


「凄いでしょう? えへへ」という感じでお披露目(ひろめ)したい……。

そう思ってしまう涼のサガ。


しかし、さすがに目の前の魔法陣の厄介さは理解できる。


「二十日間くらい、寝食を忘れて分析すればあるいは……」

「うん、さすがにそれはまずいだろ」

涼の呟きに、きちんと反応するアベル。


もちろんアベルとしては、先に行った者たちも気になるが、それ以上に涼の健康も気になるのだ。

涼の言い方を真似するなら「錬金術は逃げない」のだから、しっかり食事をとってしっかり寝てくれと。


「なんとか、その魔法陣を別のものに写したりはできないのか? ほらコピラスがやる転写みたいなの……そう、リョウの氷に転写とか」

「氷に転写、それは良いアイデアです。ですが……」

一瞬だけ涼の顔は笑顔になったが、すぐに考え込む。


「ここからでは遠すぎます」

「三号君を通して魔法とか無理なのか?」

「錬金術で組み込んでいれば可能ですが、転写するようなのは組み込んでいないのです」

顔をしかめ悔しそうな涼。


考えても良いアイデアは浮かんでこない。

こういう場合の解決法は一つだ。

「魔法式を書き替えます!」


力業(ちからわざ)

別名脳筋(のうきん)アタック。



言うが早いか、涼は氷の板を生成して、突撃探検家三号君の魔法式を書き替えていく。

アベルから見ても驚くべき速度。


「どんな錬金術師と比べても遜色(そんしょく)のない速さなんだよな」


アベルは仕事柄、王立錬金工房の錬金術師たちを知っている。

そこに名を連ねる錬金術師というのは、名実ともに王国トップクラスだ。

主任研究員たるケネス・ヘイワード子爵はもちろん、他の錬金術師たちもかなりハイレベルである。


そんな王国屈指の彼らの仕事ぶりと比べても、涼の書き換え速度は遜色ない。

というより、速い。


「できました! これでいけるはずですよ」

涼はそう言うと、新たに書き替えた魔法式を突撃探検家三号君に読み込ませる。


「三号君は、一度消したりしなくていいんだな」

「そうですね。本当は、三号君の魔法式をゼロから再起動するのが一番安全です。でもそうなると、新たに生成される三号君はこの甲板上なので……」

「ここからまた走っていかせるのはあんまりか」

「カーネル部分には関係しない形で……ほら、僕の会話を映し出す氷の板、あれの応用という形で生成するので、多分大丈夫です」

「うん、全く分からんから、任せる」

完全に割り切るアベル。


国王陛下には、こういう決断をしなければならない場合もあるのだ。

技術部分は分からないが実行させる……失敗した場合の責任は国王がとる。


今回もそれだ。

もっとも涼のことは信頼しているから、まだましな部類だろう。


「行きます! 『大転写板生成』『転写・水版』」

涼が唱えると、画面の先で三号君が手に持っていた氷の板が大きくなった。

そして、ウォータージェットスラスタを噴き出しながら、ゆっくりと天井まで上がっていく。

天井まで着くと、着いた部分が柔らかな氷になって、魔法陣の凹凸に沿って変形し始め……二分ほどで一度光った。


「完了です」

涼の声で、ゆっくりと氷の板が降りてくる。


三号君を通して出来栄(できば)えを確認し……。

「うんうん、できましたね。では収納」

氷の板はだんだんと小さくなって、親指の先ほどの大きさになり……。


パクン。

三号君が食べた。


「……は?」

素っ頓狂な声を出したのはアベル。


「今、食べたか?」

「ええ。口の中に収納しました。人間みたいに胃の中で消化とかしないから大丈夫ですよ」

「ああ、そうか、そうだよな。人間とは違うんだもんな」

すぐにアベルも冷静になる。


「三号君が戻ってきたら、ゆっくり分析しましょう」

嬉しそうな涼。

「では彼らを追います」




特に問題なく、一行は進んでいたようだ。


「なあ、リョウ。連中、さっきのスケルトンも、実は倒せたんじゃないのか?」

「アベルは、三号君の頑張りを否定するのですか!」

「いや三号君じゃなくて、リョウの問題だろう……」

憤慨(ふんがい)する涼、実行者三号君ではなく操作している涼の責任を指摘するアベル。


颯爽(さっそう)と登場する必要があったのです! 三号君は頑張りました!」

「そうだな、それは否定しない」

「偉い人たちはいつもそうです。現場の臨機応変(りんきおうへん)な判断に、後になって文句をつけます」

「現場の暴走ってのはあるからな」

「失敬な! 僕は暴走なんてしません。冷静穏やか虫も殺せない涼とは僕のことです」

「冷静なやつは怒ったりしないだろ」

やはり憤慨する涼、肩をすくめるアベル。



かなり離れているが、『大いなる雷』と『流水』が魔物を倒し、同時に斥候(せっこう)が罠を探りながら進んでいっているのが見える。


「でも……本当に危なげなく進んでいます」

「アルファクラスとかいう、暗黒大陸では一番上の冒険者たちなんだろ? 中央諸国で言ったらA級くらいか?」

「ああ、A級なら……。あ、でもでも、アベルは元A級ですし、『五竜』なんて人たちもA級だったでしょう? そんな人たちでもA級なら、たいしたことないかもしれません」

「……今、『そんな人たち』の中に俺を入れたな?」

「し、知りませんね」

アベルにジト目で見られて、ツツーと視線を逸らす涼。

もちろん『おらおらリフト』を被っているため、涼の目の動きは外からは見えないのだが……アベルには手に取るように分かるらしい。


「そうそう、副隊長のママドゥさんもおとなしくついていってるようです」

「冷静だな。まあ、パーティーの連係に慣れてない人間が入り込むのは難しい。特に強い連中の戦いには首をつっこまないのが賢明だ」

「アベルは、いかにも自分たちが強い連中なんだとアピールしているようです」

「うち……『赤き剣』は強かったろう?」

「ウォーレンは間違いなく強いです。大盾から包丁まで、パーティーの精神的支柱として料理の腕でも支えました。リーヒャはさすが元聖女様で、優し気でありながら(しん)の一本通った神官として、パーティーを守り続けました。リンは探査に攻撃にと大車輪(だいしゃりん)の活躍をして、パーティーの攻撃面を支えました。確かに、『赤き剣』は強かったと言っていいでしょうね」

涼が何度も頷きながら力説する。


「なあ、リョウ」

「なんですか、アベル」

「一人、足りなくないか?」

「え? 『大いなる雷』が六人、『流水』が五人、それとママドゥ副隊長の十二人ですよね? ちゃんといますよ」

「そっちじゃねえよ! 『赤き剣』の方だ。ウォーレン、リーヒャ、リンの三人しか言わなかったろう。リーダーで、そもそもパーティー名の由来になっている赤い魔剣を持った剣士が触れられていないだろうが」

「ああ……アベルとかいう、生まれでリーダーに据えられた人ですね」

「生まれ……」

呆れたような声音で肩をすくめる涼、落ち込んだような声音のアベル。


「え? 違うんですか?」

「……残念ながら違っていない」

「ですよね。他の三人が大人だったから、アベルはリーダーに据えられたのです。人は自分一人だけで生きていけるわけではありません。周りの支えがあってこそなのです。それを忘れるのは良くないと思うのですよね」

「何だろう、この理不尽(りふじん)感は」

涼が滔々(とうとう)と自説を主張し、アベルが小さく首を振る。


涼得意の論理の飛躍とすり替えが行われている。

アベルも気付いているのだが、反論するのに疲れたらしい。


そういう時は、現実に置かれた状況を見つめなおすに限る。


「とにかく遺跡の中だ」

「……アベルがごまかした」

「とにかく遺跡の中だ!」

「ぐぬぬ」

強力な国王の押し、押し切られる筆頭公爵。


結局、二人の視線は、再び遺跡の中に戻った。




遺跡では。

ある程度離れて突撃探検家三号君がついていく中、『大いなる雷』と『流水』という二つのアルファクラスの冒険者パーティーが、順調に魔物を倒しながら奥に進んでいる。


「最初の剣術スケルトン以外は、厄介な敵は出てこないな」

「ええ。ですがそうなると、別の問題が出てきます」

「そうだな。最初に潜った冒険者連中は何に壊滅させられたのか」

「一人だけ生かして帰されたのはなぜか」

『大いなる雷』のハリムンと、『流水』のヤスキンが会話する。


二パーティー合同での遺跡攻略において、リーダー同士が密に会話し、協調し合うのは非常に大切なことだ。

今回の攻略が順調に進んでいるのは、この二人が協調し合っているからであろう。


後ろから見ていて、ママドゥはそう思った。

しかし……ママドゥはちらりと後ろを見る。

彼の後ろからついてくるゴーレム。


(気にするなという方が無理だ)


ママドゥも、西方諸国では、ゴーレムと呼ばれる錬金術で動く金属製の人形が戦場に出ることは知っている。

しかし、それは全長三メートル。

だが、今ついてきているのはその半分の大きさだ。


もちろん小さいから役に立たない、などとは思わない。

ママドゥ自身、戦士軍団の中では細い方ではあるがほとんどの戦士よりも強い。

大きさが全てを決めるわけではないことを知っている。


実際、この氷のゴーレムも、一瞬にして三体のスケルトンを(ほうむ)った。

弱くない。


だが、そう、氷のゴーレムなのだ。

西方諸国のゴーレムは金属製。

しかしついてくるゴーレムは氷製。


氷?


氷の魔法? 水属性魔法?

そういえば、例の歌の中にあった……。


そう、ナイトレイ王国を占領した帝国や王弟の軍から解放する歌だ。

アベル王とロンド公爵。


(この前、誰何(すいか)した人物はアベル王だったが……。すぐ隣には、白いローブの魔法使いがいた! あれがロンド公爵!)

.


ママドゥはブルりと震える。


(アベル王は会っただけでヤバいと思った……だから誰何した。だが、白ローブは何とも思わなかった……それこそがヤバい)


本当に危険な人物に対して、彼はその危険さを感じ取れなかったのだ。

それはとんでもなくヤバい。



ママドゥは、再びチラリと氷のゴーレムを見る。


(ロンド公爵は水属性の魔法使いとのことだが、錬金術師でもあるというわけだ。それもゴーレムを造り操れるほどの)


ママドゥは心に誓う。

絶対に油断するまいと。


ここにまた一人、涼を誤解する人物が生まれたのであった。

涼、それは不憫(ふびん)なる者の名である。



「待て!」

進もうとした両パーティーを、斥候の鋭い声が止める。

天井を見上げる視線の先には……。


「スケルトンの時みたいな魔法陣?」

「あそこから、また何か降ってくる可能性がありますね」

ハリムンとヤスキンが確認し合う。


「スケルトンの時は、俺らが魔法陣に差し掛かったら降ってきたか?」

「わざわざ罠にかかる必要はないですが……」

「すまん、あの手の罠は解除ができん。よけて進むしかない」

ハリムンとヤスキンの確認に、斥候が首を振る。


「分かった。魔法陣の下を通らないように、両脇の壁に沿って進む」

ハリムンが言う。


『大いなる雷』は右の壁、『流水』とママドゥは左の壁に沿って進んだ。



魔法陣の下とは十分な距離があったはずなのだが……。


「スケルトンが降ってきた!」

そう、再びスケルトンが魔法陣から降ってきた。


「一体だけだ!」

「なんだ、あのスケルトン……」

「腕が四本?」

「全部の腕に曲剣を持っている?」

両パーティーからそんな声が上がる。


曲剣とはその名の通り、幅広の刃が曲がっている剣だ。

場所によってはシミターやシャムシールと呼ばれ、刀身はそれほど長くない。

しかしそれだけに、使い勝手は良い。



右から『大いなる雷』が、左から『流水』が襲い掛かった。

撲殺士二人ずつ、合計四人が囲む。


だが……。


「全部剣で防がれる!」

「なんだ、こいつ」

「最初のスケルトンも厄介だったが、こいつはヤバい」

両パーティーの口から漏れる言葉は、本気で焦っている。


先の三体のスケルトンは、驚きはしたし攻めあぐねてはいたが、それほど焦っていたわけではなかった。

ある程度の犠牲を払えば……つまり多少の怪我(けが)をしてもよければ、制圧できる相手だと認識していたからだ。


しかし、この四本腕のスケルトンは違う。

撲殺士四人で囲んで、本気の攻撃を仕掛けているのに届かないのだ。


彼らはアルファクラスの冒険者。

暗黒大陸でも、最上位クラス。

つまり戦闘経験が豊富。


本気の攻撃をし続ければスタミナが切れることは理解している。

それは人なれば当然。

だが、目の前の相手スケルトンは、スタミナ切れなど起こさない。


戦闘指揮を執るハリムンもヤスキンも、すぐには良いアイデアは浮かばなかった。



そしてスキーズブラズニル甲板では。

「四腕のスケルトン、棒立ちのまま冒険者の攻撃を受けています」

「だが、全ての攻撃を流しているな」

涼もアベルも、スケルトンが足を使っていないのを見てとる。


「僕は故郷で、剣の基本は足さばきだと習いました」

「ああ、それは俺が学んだヒューム流でもそうだぞ」

「おぉ!」

異なる剣術でも通じる部分があると知って嬉しくなる涼。


だがすぐに表情を引き締める。

つまりスケルトンは、足を使わず上半身だけで戦っている。


膂力(りょりょく)が凄いというのはあるんだろうが……」

「剣の『入れ方』が絶妙なのです。綺麗に冒険者たちの拳や蹴りの力を流しています」

アベルも涼も顔をしかめたまま言う。



暗黒大陸においては、前衛冒険者の多くが撲殺士である。

つまり手甲や足甲を着けて、拳で殴り足で蹴る……そんな超近接戦を展開する。


拳はともかく、足での蹴りは相手の足を狙うこともある。

ローキックと呼ばれる類のものだ。

普通は、防御側は足を動かしてかわしたり、体重の移動と足の角度を変えて受けたりするのだが……。


「スケルトンの足まで届いていません」

「ああ。下の手が持った剣で流しているんだよな」

「アベルはできますか?」

「やったことがないが……多分、できん」

「腕をもう二本生やせば、なんとかいけるんじゃないですか?」

「人であることをやめれば、それも可能かもしれんな」

「スケルトン王アベル……あんまりカッコよくはないです」

「そうか、俺もなりたくないな」

最後は軽い調子の内容になっているが、涼もアベルも顔をしかめたままだ。


画面越しではあっても、スケルトンの強さが伝わってくるから。


「でも、スケルトンの周囲に冒険者が群がっているので、三号君は手が出せません」

「槍を構えて突っ込んでいく、だったか」

「ええ。そもそも、足を止めての近接戦は無理なんです」

悔しそうな表情の涼。


もちろん、悔しいだけでは終わらない。


「東方諸国でも言いましたけど、いずれうちの子たちが、アベルが剣を振るっているのを『観察』すると思います。その時はアベルの剣を見せてあげてください」

「お、おう」

「彼らこそが、アベル剣の正統後継者となるのです」

「アベル剣……」

「ヒューム流の流れを汲む新流派です。百年後には、世界一の流派を目指します。これぞ、真のエキスパートシステムです!」

「ゴーレムが人を滅ぼす未来に、一歩近づく気が……」

熱く宣言する涼、人の未来を憂うアベル王。



そんな、ゴーレムが担う未来に違いのある二人。


涼が首を傾げているのがアベルにも見えた。

「どうした、リョウ」

「スケルトンって、人の死体から生まれるんじゃないんですか?」

「そうだな、そう言われている」

「そう『言われている』?」

「スケルトンが生まれるところを見た記録は無い、ということだろう」

「じゃあ、人の死体から生まれるのが確定しているわけではないということですね」

涼はそう言うと、(あご)に手を持っていって考え込む。

とはいえ、おらおらリフトを被っているので、その上から更に手が被っている。



アベルにも、涼がもった疑問は理解できる。


「人の死体から生まれたのなら、四本腕のスケルトンがなぜ存在するのか」

「ええ、そういうことです」

二人が見る映像の中で、四本腕のスケルトンが四本の剣を駆使して戦っている。

はたしてあのスケルトンは、どうやって生まれ出でたのか。


「四本腕の魔物っています?」

「俺の知る限りいない。少なくとも中央諸国にはいない」

元A級冒険者で、王城での王子様教育も受けてきたアベルでも知らないということは、ほぼいないと考えていいだろう。


つまり……。


「人や魔物の死体ではなく、人為的(じんいてき)に生み出された……」

「それは、錬金術でということか?」

「そう、多分、錬金術でしょう」

「できるのか?」

「王国で研究されている錬金術には、その手のやつはないと思うんです」

涼が思い出しながら答える。


ケネス・ヘイワード子爵らが中心となっている王立錬金工房では、もちろん研究されていない。

涼が『筆頭公爵』という肩書で読むことができる、王城禁書庫にある錬金術書にも、今のところ書いていない。

もっとも、所蔵されている錬金術書の半分も読めてはいないが。


だが、涼が持つ別の本には載っていた。

『ハサン』の黒ノート。

そしてなんと、多島海地域イリアジャ女王から贈られた『錬金術の深淵』にも。


「多島海地域はかつて、想像以上に錬金術の研究が進んでいたのかもしれません」

「リョウ?」

「あ、いえ、こっちの話です」

涼は慌ててごまかす。


実際、それらしいことが書いてあるのは分かるのだが、中身の理解は全然できていない。

だから尋ねられても答えることはできないので……。


「遺跡の奥に、そんな錬金術に関する知見があれば嬉しいです」

素直な気持ちを吐露(とろ)した。


「……そうか」

聞いたアベルはため息交じりにそう答えた。



そこに、報告が来る。

「陛下、今下に、メディ・アラジ代官と戦士軍団第一隊隊長モンと名乗る方々がお見えになりました」

「ああ、お通しして」


メディ・アラジ代官は眼鏡をかけ、とても厳しそうで、神経質そうな初老の男性。

モン隊長は今年五十歳になった、戦歴豊かな筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)という言葉がぴったりの男性。

二人は全力で馬を駆けてきたのだろう、肩で息をしている。

だがそれでも、確認せねばならないことがあるらしい。


「アベル陛下、あの氷のゴーレムはいったいなんでしょうか」

「代官殿、こちらだ」

メディ・アラジのギリギリ礼儀を保った問いかけに、アベルは苦笑しながら同期画面を示す。


「先ほどのゴーレムが見ている光景が、これだそうだ」

「これは……」

「『大いなる雷』と『流水』、それにうちのママドゥも……」

アベルの言葉に、メディ・アラジとモンが画面を見て驚く。


「我が王国の筆頭公爵であるロンド公爵が、先ほどの氷のゴーレムを操っている」

アベルのその声に合わせて、涼が右手を上げる。

同時に、三号君も右手を挙げたのだが、それはここにいる者たちには見えない……。



「陛下、これは……錬金術ですか?」

「ああ。錬金術の中でも特殊な方だとは思うがな」

メディ・アラジの問いに、アベルも肩をすくめながら答える。


仕方がないのだ。

なにせやっているのが、涼なので。

アベルは諦めているが、メディ・アラジもモンも驚きから、完全には思考が回復していない。


「まあ、我々には見続けることしかできない」

アベルが呟くように言った言葉に、二人は頷くのだった。


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