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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0775 遺跡探索

涼たち三人がダズルー政庁を訪れた翌々日。


涼は昨日、今日といつも以上に熱心に、氷の板に何かを書き続けていた。

つまり、錬金術に(いそ)しんでいたのだ。


いつも通り剣を振るったアベルがやってくる。

それとほぼ同時に、涼の作業は完結した。


「昨日からやっているそれ、やけに熱心だな」

「ふふふ、アベル、この世の中に解決できない問題などないのです」

「いきなりなんだ?」

「人の叡智(えいち)は、世界から戦争を無くしたり、世界に平和をもたらしたりすることすらできます」

「そうか? どうやるんだ?」

「生存者が一人だけになれば、どちらの問題も解決です!」

「お、おう、そうだな……」

涼の自信満々の回答に、受け入れ難いが間違いとも言えないのでアベルがしぶしぶ頷く。


「ですから、遺跡を安全に見て回るくらい簡単なのです」

「ほぉ。例の遺跡か。何かいいアイデアが?」

「ええ、これです。出でよ、突撃探検家三号君!」

その声と共に、涼の前に一・五メートル級のアイスゴーレムが生成された。


その氷のゴーレムは、フェドーラ・ハットと呼ばれる、中折れ帽をかぶっている。

ちょっとニヒルな感じがすると思っている……多分、そう認識しているのは涼だけ。


「探検家と言えば、中折れ帽と(むち)を持っているものなのです」

何やら涼のこだわりらしい。


「そうか……だが、鞭は持ってないよな?」

アベルが指摘する。


「残念ながら、今の僕の力では、錬金術で氷の鞭を生成することはできませんでした」

悔しそうな表情で答える涼。


「ああ、このゴーレムは錬金術か。それなら、相手に奪われたりしないな」

「あ、あれはクラーケンみたいな水属性魔法に長けた魔物だからであって、普通の魔物風情(ふぜい)には魔法制御を奪われたりはしません!」

「陸上にだって、水属性魔法に長けた魔物がいるかもしれないだろう?」

「い、いないとは言えません……」

涼が、突然歯切れが悪くなる。


それは思い出したから。

水属性魔法に長けた魔物……そんなドラゴンの中身な人間ぽい何かと戦ったことがあった。

幽霊船ルリな二人……。

「あんなのは例外なのです!」

「まあ……それにしても、今回のは三号君か」

「はい?」

「一号君はツノがあるだろ? 二号君は黄色い布を首にまいていたか。三号君は……あの帽子か」

「ええ、ええ。突撃探検家三号君も、御庭番(おにわばん)の隊長格なのです」

涼が嬉しそうに、三号君の肩をぺしぺしと叩いている。


「ゴーレムなら、記憶を書き換える魔物などがいたとしても問題ないか」

「ええ、ええ。そういうことです」

アベルの言葉に、さらに嬉しそうに三号君の肩をぺしぺしと叩く涼。


「そういえばバンバン王国の時に、ゴーレムを使って偵察をしていたよな。もしかして、あれの応用か?」

「さすがはアベルです。そう、イチバン島にいながらにして、ニバン島とサンバン島の様子をゴーレムで見た、あれです」

「あの時……リョウはけっこう大変そうじゃなかったか」

「よく覚えていますね。ですので今回は、錬金術でこんなものも作ってみました」


涼がそう言うと、氷のテーブルの上に何かが生成された。

「突撃探検家三号君との同期システム、名付けて『おらおらリフト』!」


それは、地球の知識的に言えばヘッドマウントディスプレイだろうか。

頭にかぶって、目の前に現れる映像を見て操作するための道具だ。

今回の『おらおらリフト』は、三号君が見た景色が映像となって映し出される。

涼はそれを見ながら、遠隔で操作するのだ。


「おらおらおりふと、っていうのが、その道具の名前なのか? 変わってるな」

「かつて、僕の故郷で生み出されたヘッドマウントディスプレイ、オキュラスリフ……いえ、皆まで言いますまい。それに敬意を表して、名前を付けさせてもらいました。あれこそは、天才の傑作。ある種の天才錬金術師の手によるものなのです」

アベルの言葉に、涼は深く頷きながら答える。


間違いなく、人の歴史の転換点の一つ。


インプット、カリキュレート、アウトプット……人と機械との共存における、一連の流れ。

インプットは音声入力……いずれは脳や神経とのダイレクト接続。

カリキュレート……計算部分は小型化が順調に進んでいる。

アウトプットはヘッドマウントディスプレイやアイグラス……いずれは脳や神経とのダイレクト接続。


どうしても、人と繋がるインプットとアウトプットの部分は、脳や神経へのダイレクト接続に移行するまでは、いろいろと大変であり物が大きくなる。

しかもこれらは、小さくすればいいというものではない。

操作性、認識性も大切だからだ。


だからこそ、あのヘッドマウントディスプレイは人の歴史の転換点の一つ。


涼はそう思っている。


涼はヘッドマウントディスプレイ型『おらおらリフト』を被って言う。

「目の前に、映像が広がるのです」

「それは……かぶっているリョウの目の前にということか?」

「ええ、そうです」

「そうか、つまり、リョウにしか見えないのか」

「え……」

アベルがとても悲しげな声で呟き、思わず涼も驚く。


それは本当に珍しいが、アベルの素の感情。

アベルは国王という立場上、相手にショックを与える素の感情を表に出すことはめったにない。

しかし、それが思わず出てしまうほどショックだったらしい。


さすがにそんな感情を見ては、涼だって可哀そうに思うのだ。


「むぅ……仕方ありません、ちょっと待っててください!」

涼はそう言うと、氷の板を取り出して猛烈なスピードで書き始めた。


その整備スピードが伝説となった、かのニール・アンダーセンもかくやというスピード。

みるみる書き換えられていく魔法式。

アベルには内容は分からないが、その迷いのない作業スピードには思わず見入った。



数分後。

「できましたよ!」

涼はそう言うと、もう一度『おらおらリフト』を頭にかぶる。


そして……。

「同期画面展開!」

そう唱えると、テレビで言うところの百サイズほどの画面が、空中に生成され、三号君が見ている映像が映し出された。


「おぉ! すごいな、これは!」

アベルが心の底から感動する。


「僕がこのヘッドマウントディスプレイで見ている映像と同じものです。突撃探検家三号君の目からは、世界がこう見えているのです」

「これで遺跡の中に入っていくんだな?」

「ええ。どうですか、アベル。これなら、安全に遺跡の中を見ることができるでしょう?」

「ああ、素晴らしいな」

アベルが本当に嬉しそうな声を出す。


やはり、その本質には冒険者の部分があるのだ。


涼はアベルの表情を見て、満足して頷いた。


そして『おらおらリフト』の操作系を見る。

操作は、音声入力と、腕そのものをずぶりと差し込む、剣道の籠手(こて)のような感じのもので行う。

原形は、ロンド級二番艦ニール・アンダーセンの涼専用コックピットの操作部である。

ただし今回は固定されておらず動く。

籠手の動きは三号君と連携しており、殴る動作で三号君も殴ったりできる。


「凄いな。それで戦えるのか?」

「本格的に戦うのは……ちょっと難しいですかね。元々、水田管理ゴーレムがベースですから」

「ダーウェイでは、第六皇子たちを守るためにオニワバンが戦ったんだろう?」

「ええ、あの時は僕らが屋敷にいませんでしたからね。とはいっても、槍を構えて敵に突っ込む、という動作としては単純なものです。たとえば敵の剣をさばいてこちらから攻撃、みたいなのはできません」

「いわゆる、剣術とか槍術とかは使えないということか」

「そうですね。いずれは、その辺りも、必ず……」

涼は決意に満ちた表情で頷いた。


アベルは想像する。

何千体もの氷のゴーレムが、見事な槍術をマスターして相手を駆逐(くちく)していく様子を。

「人間の時代に終わりを告げるのは、ゴーレムなんじゃないか?」

そう呟いたが、リョウの耳には届かなかった。


ちなみに、その想像の中には、ゴーレムたちの活躍を腕を組んで後ろから満足そうに見守る白ローブの魔法使いがいた。

そこまで考えると……。

「まあ、リョウなら大丈夫か」

そんな結論になるのだった。



「その三号君だが、意思疎通はどうするんだ?」

「意思疎通?」

アベルの問いに、『おらおらリフト』を被ったままの涼が首を傾げる。

同じ様に突撃探検家三号君も首を傾げる。


「後ろから同行させてもらうにしても、メディ・アラジ代官とかに、このゴーレムでついていく許可を取らなきゃいかんだろう? 声も送れるのか?」

アベルの懸念だ。


アベルは覚えている。

先触れ担当一号君が、声を出すことができなかったことを。

友好の証二号君も、声を出すことはできなかったことを。


「残念ながら、この三号君も出せません。全身が氷である以上、スピーカーのような構造を内部に持たせられないのです」

「すぴなんとかは知らんが、それだとこちらの意思が伝わらんだろう。同行させてもらう者たちも困るんじゃないか?」

「ええ、アベルの懸念は分かります」

涼が頷く。


しかし今回は、自信のありそうな頷き方だ。


「今回の問題解決法は、これです!」

涼が言った瞬間、三号君は新たに生成された氷の板を自分の目の前に持った。


「これに、僕の言った言葉が表示されます」

<<これに、僕の言った言葉が表示されます>>

涼が言った言葉が、暗黒大陸語で表示された。


「おぉ、これまた凄いな!」

再びアベルが素の驚きだ。


「そうでしょう、そうでしょう」

涼も嬉しそうに頷く。


そして、いつもの(かばん)から小さな青い魔石を一つ取り出した。

水属性の魔石だ。

「それは?」

「東方諸国でイワシっぽいベイト・ボールから手に入れた、魔石の一つです。これをセットすれば、すべて完成です」

涼はそう言うと、三号君の首の(くぼ)みにセットする。

魔石はすぐに体内に取り込まれた。


「その三号君は、リョウからの魔力で動いているんじゃないのか?」

「普段はそうです。この魔石は、もしもの時用の補助電源的な感じと、記録用に入れてあります」

「記録? ああ、ダーウェイの輪舞邸に設置していたよな。二号君復旧の際に、魔石に残っていた……ろぐとか言うやつから、記憶を再構成したんじゃなかったか?」

「本当にアベルの記憶力は凄いですね。全くその通りです」

涼は何度も頷く。


さすが頼りがいのある国王陛下である。


「記録は大切ですからね。それに何かがあって、僕からの魔力供給が途絶した場合でも動き続けることができます」

「何か? あるのか?」

「そう……例えば三号君が次元の狭間はざまに飛ばされて、魔力線が切れてしまうとかです」

「ジゲンノハザマ? よく分からんが……確率としてはどれくらいだ?」

「確率? 0.00000001パーセントとかですかね」

「そうか、ほとんどない……いや、小さな確率で良かったな」

「今、ほとんどないって言ったでしょう! ダメですよ、油断大敵雨あられなのです」

そう、涼は油断しないのだ!


最悪を想定した設計。

それこそが、どんな時でもピンチを救うのである。




涼たち三人が、ダズルー政庁を訪れた翌々日。

つまり涼が『突撃探検家三号君』と『おらおらリフト』を完成させた日。

街の外、ジャングルの中にある遺跡の前には、午前中から多くの人が集まっていた。


アルファクラス冒険者パーティー『大いなるいかづち』六人。

アルファクラス冒険者パーティー『流水』五人。

ダズルー戦士軍団五十人。


見送りの人々も合わせると、百人を優に超える。


その中には、ダズルー代官メディ・アラジもいた。

眼鏡をかけ、とても厳しそうで、神経質そうな初老の男性なのだが、彼直属の部下などからすれば、いつも以上にその表情が険しいことに気付く。


当然だ。

やむを得ず、遺跡に人を送り込まねばならない状況であるとはいえ、未だにメディ・アラジは迷っている。

代官として、民心を落ち着かせるために調査せねばならない……それはそうだ。

しかし……。


送り込む冒険者たちも、戦士軍団も危険にさらされる可能性が高い。

それが分かっているのに、と。


理性ではやむを得ないと分かっているが、感情が受け入れにくい。

しかし、事ここに至っては送り出す以外の選択肢はもうなくなっていた。



「代官さん、心配すんな。俺らはアルファクラス、中に何がいようが十分に対処できる」

そう言ったのは『大いなる雷』のリーダー撲殺士ぼくさつしハリムンだ。

まさに巌と呼ぶべき体格、雰囲気は、アルファクラスのリーダーであることを万人が納得するだろう。


「ええ、うちもそう。問題ないと分かってからじゃないと戦士軍団の皆さんを呼んだりはしないから大丈夫よ」

そう言ったのは『流水』のリーダー魔法使いヤスキン。

西部諸国連邦でも屈指の風属性の魔法使いとして知られる女性で、連邦に属するある王国の王族に名を連ねる人物だという噂がある。

もちろん、そんな噂など関係なく多くの実績を積み上げてきた冒険者として有名だ。


そんな冒険者たちを一度見た後、メディ・アラジは言った。

「では『大いなる雷』ならびに『流水』の皆さん、お願いします」


その声に合わせて、『大いなる雷』のリーダーハリムン自らが、遺跡の扉に手を掛けた。

巨大な……人の身長の二倍以上の高さのある、石の扉だが、ハリムン一人で開けた。


「おし、いくぞ」

ハリムンを先頭に、『大いなる雷』が足を踏み入れる。


「行きましょう」

それに続いて、ヤスキン率いる『流水』が入っていく。


それら二つのアルファクラスパーティーの後に、街に属する戦士軍団が入るのだが、すぐではない。

両パーティーが『問題ない、ついてこい』と言って、はじめて入るのだ。



戦士軍団やメディ・アラジ代官らが見守る中、『大いなる雷』と『流水』が扉の向こう、最初の小部屋に到達した。


「よし、部屋の安全確認だ」

手筈てはず通りに」

『大いなる雷』のハリムンと、『流水』のヤスキンが声をかける。


両パーティーとも、慣れた手つきで小部屋を調べていく。



調査は五分で終了した。

「こっちは問題ない」

「うちも問題なし」

ハリソンとヤスキンが報告し合い、頷く。


「戦士軍団、降りてきて大丈夫だ!」

ハリソンの声が響いた。


聞こえたメディ・アラジ自らが、無言のまま頷く。

それを見て、戦士軍団五十人が、ゆっくりと遺跡の扉をくぐり、小部屋に向かって下り始めた。



「よし、では我々は石畳いしだたみの大広間に進む」

「分かった」

ハリソンとヤスキンが頷き合い、『大いなる雷』と『流水』が階段を下り始める。

もちろん、その間も両パーティーの斥候(せっこう)は、罠が無いか調べながらだ。


今までの所、先に入っていったパーティーたちが壊滅した理由は全く分からない。

当然、あらゆる意味で慎重に進むべき。


百段ほどの階段を下りて、『大いなる雷』と『流水』は、石畳の大広間の前に到着した。


「罠を調べる」

「ああ、頼む」

代表して、『大いなる雷』の斥候が石畳を調べ始める。


『流水』の斥候は、石畳の周囲を調べる。



戦士軍団五十人は、小部屋で待機だ。

そこからは、百段下の石畳の大広間も、三分の一ほどは見える。


戦士軍団は、明らかに心配そうな表情で石畳の大広間を見ている。

戻ってこなかったパーティーは、ほとんどがこのダズルー所属だ。

中には、ダズルーで生まれ育った者すらいた。

当然、戦士軍団の中には年の近い者もおり、古い友人だっていた。


そんな者たちが、消えてしまった遺跡。


そこに潜るのに不安が無いわけがない。

先に進むのが、大陸でも最上位と言われるアルファクラスの冒険者パーティーたちであっても、心配になるのは当然なのだ。



しばらくすると……。

「大丈夫だ、罠は無い」

「周囲も問題ない」

『大いなる雷』と『流水』の斥候が報告する。


その報告を受けて、『大いなる雷』と『流水』のパーティーメンバーたちが階段を下り、石畳の広間に足を踏み入れた。


全員が石畳の中央付近に集まる。


その時。


石畳が崩落ほうらくした。


同時に天井から、ダウンバーストが吹いたことに気付いた者がどれほどいただろうか。

二パーティー、合計十一人が空いた穴に落ちていった。



その光景は、小部屋からも見えた。

「床が抜けた?」

「……落ちた?」

「いや、罠の探索をして、問題なかったから広間に移動したんじゃ?」

「見落とした?」

「アルファクラスの斥候が?」

「そんなの、人間じゃ見抜けないってことじゃ」

そこで、全員が黙る。


全員の思考が行き着く先。


「なあ、この小部屋は大丈夫なのか?」


全員が真っ青になる。

そして、静かに、少しずつあとずさり。

一気に走り出したりはしない。

そんな衝撃で床が抜けたりしたら大変だから。


小部屋を出てからも、静かにゆっくりと階段を上り……全員が遺跡の扉の外に出たところで、ようやく安堵(あんど)する。


見事なまでに、五十人全員が膝をつき呼吸を整えた。



当然、その光景は、地上で待っていた見送りの人たちを驚かせる。

戦士軍団が、抜き足差し足で戻ってきた時にも驚いたのだが、あまりの形相(ぎょうそう)に誰も声をかけられなかったのだ。

呼吸を整える段になって、ようやく尋ねることができた。


「どうした? なぜ戻ってきた?」

そう尋ねたのは、メディ・アラジ代官。


「『大いなる雷』と『流水』が、石畳の大広間に着いたところで、広間の床が抜けました」

「……なに?」

戦士軍団のリーダーは正確に報告した。だが、報告を受けたメディ・アラジには意味が分からない。


「広間の床が抜けた?」

相手の言葉を繰り返すことで、自分の中で理解を深めようとする。


そこでようやく、言われた言葉が頭の中で絵になった。


「まさか彼らは……」

「はい、全員落ちました」

「その床は、どうなっている?」

「開いたままです」


すぐにメディ・アラジは対処すべき方法を考えた。

「ロープだ! 長いロープを準備しなさい!」


こうして、遺跡探索は、初手から大変な状況に陥った。




戦士軍団第一隊副隊長ママドゥは二十五歳。

今でもすでに軍団で二番目に強いが、いずれは西部諸国連邦でもトップクラスの撲殺士になるだろうと言われている優秀な人材だ。

現在、かなり太いロープを体に掛けられ、一歩ずつゆっくりと小部屋から石畳の大広間に向かって下りている。


彼が選ばれたのにはいくつかの理由がある。

まず、副隊長であること。

ごつい体格の者が多い戦士軍団の中では比較的細身であること。

最後に、髪を鮮やかな金色に染めているため遠くからでも見やすいこと。


そんな理由である。


「髪は、どうかと思うんだよな」

ぼやくママドゥ。

もちろん一人で下りているため、そのぼやきは誰の耳にも届かない。


「まあ、どうせ俺が降りるしかないんだけどな」

ママドゥにも、その自覚はある。


まとめ役の隊長を行かせるわけにはいかない。

そもそも、いざという時は上に残った戦士軍団がロープを引っ張る以上、ガタイのいい戦士より細身な人間が行く方がいい。

そして、下にいる何かと戦うことになった場合……。


「ある程度強くないとな」

ママドゥはそう呟くと、少しだけ笑う。


だが、そこで思い出した。

『強い』という点が思い出させたのだろう。


「この前会ったナイトレイ王国の国王アベル陛下だったか……あれは強かったな」

一瞬で、自分では勝てないと理解できてしまったほどに、強いと感じたのだ。


「さすが吟遊詩人(ぎんゆうしじん)が歌ってまわっているだけのことはあるか。ただの大げさな歌だと思っていたが……会ってみればわかる。あれは傑物(けつぶつ)。今はまだ勝てんが、いずれは……」

頷きながらそう言っているうちに、石畳の大広間の外縁に到着した。


「広間の縁に着いたぞ!」

入口に向かって怒鳴る。


同時に、大広間に落ちていった二パーティーにも聞こえればいいなと思ってはいるのだが……まずは、落ちた穴の深さを確認せねばならない。

ここからは、慎重に歩を進めることになる。


一歩一歩。


石畳の大広間……現在、その石畳は全てなくなり、大きな正方形の穴が空いている。

そこを覗き込む。


「石畳の坂? 滑り落ちていったのか」

床から五メートルほどから、かなり急角度の坂が遺跡の奥の方に続いているのが見える。

かなり深いのだろうか、先の方はママドゥからは見えない。


「どうなってるか見てこい、という指示だったが……もう少し降りていくしかないんだろうな」

小さくため息をつきながら呟くママドゥ。


「坂になっているから降りていく! ゆっくりロープを緩めてくれ!」

再び入口に向かって怒鳴る。


ここから先は、自分を支えてくれるのはロープのみだ。

だが、ママドゥはひるまない。

支えてくれるのは仲間たち。

彼らを信じないで、誰を信じるというのか!


そして少しずつ、少しずつ、大広間の穴を降りていった。



ママドゥは即決断したが、入り口付近では多くの人が迷っていた。

「副隊長は降りていくって言ったけど……」

「坂になってるってことは、最初から石畳は崩れて、上に乗った人は落ちていく想定だったってこと?」

「罠じゃん」

「当然、下には待ち構えている何かが……」

「結局、先に落ちたアルファクラスのパーティーはどうなった?」


主に、副隊長を送り出した戦士軍団の者たちがそんな会話を交わしていた。



「代官様、本当にこのまま調査を続けるのですか?」

そう問いかけているのは、戦士軍団第一隊隊長モン。

今年五十歳になった、戦歴豊かな筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)という言葉がぴったりの男だ。

だが本人は、さすがに寄る年波には勝てないと悟っており、指導も兼ねて隊の指揮を副隊長のママドゥに任せている。

今回のような責任を取る必要のある場面には出てくるしかないのだが。


「モン隊長の懸念は分かる。しかし、このままでは街の住人の不安が募る」

「それは理解できます。しかしママドゥが……」

「だが、他に良い方法があるか? 他の誰かを送るのに比べれば、ママドゥ副隊長が適任なのではないか? そう答えたのは隊長だろう?」

「確かにそうですが……」

メディ・アラジ代官もモン隊長も怒鳴り合ったり、責任のなすりつけ合いをしようというのではない。


ただ不安なのだ。

この先、何が起きるか分からないから。


二人とも、石畳のあった大広間に空いた穴を覗き込めば、何か新たな発見があるのではないかと思った。

だから、ママドゥ副隊長を送り出した。


しかしそこにあったのは坂。

さらに奥に続き、落ちた者が戻ってくることを妨げる坂。


もしこれで、何かあってロープが切れでもしたら……。


「あっ!」

その声は、ロープを引いていた者たち全員から一斉に上がった。


瞬間、メディ・アラジ代官もモン隊長も嫌な予感を覚える。

案の定、聞こえてきた報告は……。


「ロープが切れました……」

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