0773 ダズルーの街
ヴォンの街を出港して二日後。
スキーズブラズニルを含む法国艦隊は、ダズルーという港町に入った。
スキーズブラズニルに、すぐ港の責任者がやってきてアベルやパウリーナ船長が対応した。
そのため、コバッチ料理長らの補給に涼はついていった。
ほんの少しだけ、アベルの恨みがましい視線を受けて。
三時間後、コバッチ料理長らは、手に入れた多くの食材と共にスキーズブラズニルに戻ってきた。
その時の涼は……意気揚々という言葉がぴったりな様子。
「アベル、僕は素晴らしい情報を掴んできましたよ!」
「素晴らしい情報?」
「どうやらこの街の奥にあるジャングル……ああ、密林には、地下遺跡があるそうなのです」
「地下遺跡?」
涼の嬉しそうな報告に、首を傾げるアベル。
「船長、聞いたことあるか?」
「はい、大陸西部では有名な遺跡です。ですが封印か何かがされているのか、入口までしか入ることができなかったと思います」
アベルの問いに、パウリーナが思い出すように答える。
「そう、そうなのです! ですがその封印が、一週間前……もしかしたら、もっと前ですけど解けたんです。一週間前に、奥にまで進めることが確認されたそうです!」
「新しい地下遺跡の発見みたいなもんか」
「どうです? アベルも冒険者の端くれ、ワクワクしませんか?」
「そりゃあ、ワクワクはするが……」
アベルは、パウリーナとは別方向に立つ二人の人物を気にする。
彼らは、ザック・クーラーとスコッティー・コブック。
どちらも王国騎士団中隊長。
アベルの護衛だ。
二人とも直立不動。
だが、その耳にはこの会話は届いている。
涼も、アベルと二人の中隊長に気付いた。
「そうですね、アベルは危険な遺跡には行けませんね」
「え……」
「大丈夫です。珍しいお宝とかが見つかったら、持って帰ってきてあげますから、待っててください」
「おい……」
涼が頷きながら言い、アベルが寂しそうな表情になる。
「アベル、僕らは遊びに来ているのではありません。ナイトレイ王国と暗黒大陸の間の、将来における通商条約締結のために来ているのです。アベルは、そのトップですし国王でもあるのですから、無茶な行動をとってはいけないのです」
「元々リョウが遺跡の話を聞いてきたんだろうが……」
「ホウレンソウは、社会人の常識なのです。アベルは、いわば僕の上司ですから、ちゃんと報告しなければいけなかったのです。仕方ありません」
「納得いかないんだよな」
アベルはそう呟くと、小さく首を振った。
だが、そこで涼は気付く。
「この街って、一泊だけでしたよね、停泊するの」
「そうだな」
「それだと、多分遺跡巡りには時間が足りないですよね」
「だいたい、その遺跡ってのはどれくらいの大きさなんだ? 中には何がいるんだ? いや、中に何かいるのか? ダンジョンとは違うんだろう?」
「アベル、自分が潜れないからって、がっつきすぎです」
「いいだろうが、それくらい教えてくれても」
「教えたいのはやまやまですが、全く知りません」
「……はい?」
「全く知りません」
「おい……」
涼のあんまりな答えに、アベルはため息をついた。
「グラハムさんと交渉しなければ。ちょっと遺跡の奥に潜ってくるので、もうしばらくこの街に滞在しましょうって」
「無理だろ」
アベルは一顧だにせず否定する。
それを受けて顔をしかめる涼。
もちろん涼も分かっているのだ、難しいだろうということは。
艦隊には艦隊のスケジュールがある。
一人の人間の都合で、滞在日数を延ばすことなどできないだろう。
だが、相談してみるのは無料だ。
「ちょっとアークエンジェルに行ってきます」
そう言って、涼は走った。
教皇御座船アークエンジェルには、グラハムがいた。
「構いませんよ」
「……え?」
「この先の海路には、暗礁が極めて多い場所があります。この艦隊の航海士たちはもちろん、極めて優秀ですが、それでも完璧を期すなら、海域に詳しい水先案内人を雇った方がいいだろうと言われました」
「ふむふむ」
「そんな案内人を見つけるのに、少し時間がかかりそうなので……五日ほど滞在を延ばしましょうか」
「おぉ、ぜひ!」
喜色満面の涼。
こうして、涼の希望は通ったのだった。
翌日午前。
涼、アベル、スコッティーはダズルー政庁に来ていた。
今回、涼が先頭、その右後ろにアベル、左後ろにスコッティーの並びだ。
ウキウキしながら先頭を歩く涼。
その後ろから歩いていくアベルは、まるでその保護者であるかのような雰囲気である。
政庁への訪問は、ファンデビー法国艦隊を通して連絡してある。
用件も、封印が解けた遺跡を見学したいと伝えてある。
そのため、三人の対応をしたのはダズルーの街の代官であった。
メディ・アラジ代官は、西部諸国連邦政府から派遣された、政庁のトップである。
眼鏡をかけ、とても厳しそうで、神経質そうな初老の男性だ。
三人は勧められたイスに座り、挨拶をして会話が始まった。
「確かに封印が解けました。なし崩しに、いくつかのパーティーが遺跡に入ったのも確認しております。ですが現在は、一般人の立ち入りを制限させていただいております」
「なんですと!」
メディ・アラジ代官の説明に驚く涼。
アベルは首を傾げてはいるが無言だ。
この先、説明をするだろうと分かっているから。
しかし、その前に、我慢できない水属性の魔法使いが質問をした。
「なぜですか!」
「遺跡の中が危険であることが分かったからです」
「危険?」
「入ったパーティーで戻ってきたのは、一パーティーだけでした」
「え……」
「それも、ただ一人」
「他は全滅か」
アベルが呟くように言う。
「常識的に考えて、封印して、我々との接触をさせない方がいいと思われる厄介なものが、中にいる……あるいはそういう場所なんだろうな」
「おっしゃる通りです。とはいえ、封印が解けた以上、ダズルーの街としては放置しておくことはできません。連邦政府にも報告をあげ、指示を仰いでいますが、まだ何も……」
「諸国連邦元首の例の件か」
「ご存じでしたか」
アベルの言葉に、少しだけ驚きつつも頷くメディ・アラジ。
西部諸国連邦元首ラムン・フェスは、未だ行方知れず。
そのため、連邦のあらゆる動きが遅くなっていた。
東部諸国が手を出そうとするほどに。
「あまりにも返事が来ないため、街で動かざるを得ません。冒険者らのパーティーが戻ってこなかったという話は、街中に広がっています。そのうえ、中がどうなっているか政庁も把握していないとなれば……」
「住民は不安になるな。治安の維持に支障をきたす」
「はい」
アベルが頷きながら言い、メディ・アラジが同意する。
アベルにも痛いほどわかる。
代官を中心とした政庁の人間が置かれた立場は。
不安に駆られた民衆から常に突き上げられる。
「こっちは税金を払っているんだぞ、仕事をしろ」
「分からないなら、あんたが潜って見てきなさいよ」
「街はどうなってしまうの?」
そんな不安のはけ口になる。
政庁の人間だって不安なのだ。
彼らだってこの街に住んでいるのだから、家族だっているし。
彼らだって知りたい答えでもあるのだ……。
「アルファクラスの冒険者パーティーが二つ、運よくこの街に逗留していました。ですので、正式に依頼し、明後日から遺跡に潜っていただきます。彼らの後から、街の戦士軍団がついて行くことになります」
「アルファクラス?」
「戦士軍団?」
メディ・アラジの説明に、アベルが首を傾げ、涼も首を傾げる。
聞いたことのない言葉だ。
「アルファクラスは、この大陸における最上級の冒険者と呼ばれる者たちです」
「おぉ」
「人はもちろん、人ならざる者たちも、彼らの手にかかれば瞬時に倒されてしまいます」
「凄いですね!」
なぜか涼が嬉しそうだ。
「戦士軍団というのは、この街を守る者たちです。西方諸国や中央諸国ですと……駐留部隊などと言うのではないかと」
「なるほど、それなら理解できる」
アベルは頷く。
「戦士軍団五十人が入っていきます。封印されていた扉の向こうに、小部屋があります。そこから、さらに下に降りる階段があり、その先に石畳が敷かれた大広間があることまでは分かっております」
「それは、戻ってきた一人の報告か」
「はい。まずは、その石畳が敷かれた大空間までの進出を考えています。その先がまだあるのか、あるいはそこで『何か』が起きたのか。その見極めをする必要があるかと」
メディ・アラジが説明する。
アベルはそれを聞いて頷いた。
とても手堅く、慎重な探索だと認識したのだ。
しかし、疑問がある。
「戻ってきた一人は……仲間や、他のパーティーがどこで、どうやって倒されたのかは報告しなかったのか?」
「はい……なぜかその件に関して、記憶を失っていたのです。石畳の大空間までの記憶はしっかりしており、報告も分かりやすかったそうなのですが……。治癒師が言うには、魔法か何かで記憶を消された可能性もあるそうです。仲間や他のパーティーの件に触れると、何度も、来るな! と叫んでいたとか。何か恐ろしい目にあったのは確かなのでしょうが」
「ふむ」
アベルは顔をしかめて考える。
しかし、考えるまでもなく結論は出る。
異常だと。
「どうしても潜りたいということであれば……戦士軍団の後ろからついていくのであれば許可いたします。もちろん、何があっても自己責任であるという念書を書いていただきますが」
「もち……」
「代官殿、少し考えさせてくれ。もし同行する場合には、後日、連絡させてもらう」
涼が同意しようとしたところを、アベルが強引に止めて話をまとめた。
そうして、ナイトレイ王国一行三人は、ダズルー政庁を出た。
「アベル、どうして止めたんですか!」
当然のように、頬を膨らませて不満を表しながら詰問する涼。
「いや、絶対ヤバいだろ。特定の記憶だけ残されて、しかも一人だけ帰されたとか……かなり高い知能を持った何かの仕業だ」
「そ、そう言われればそうかもしれませんけど……」
「俺たちは、大陸南部に向かう旅の途中だ。ここがナイトレイ王国であればともかく、あまり無茶をするのは望ましくない」
「むぅ」
アベルの正論に、反論できない涼。
そう、正論なのだ。
正論だが……気になるのは確か。
「アベルは元A級冒険者じゃないですか?」
「うん? そうだが?」
「記憶を消したりできる魔物とか、知っています?」
「いや、知らん」
涼の問いに即答するアベル。
話を聞いていた時から、考えていたのだ。
アベルの知る魔物の中には、そんなものはいないと。
可能性があるとしたら……。
「ヴァンパイアのような知能のある者たち。その中で、闇属性魔法を使うやつなら……可能性があると思う」
「ほっほぉ~」
アベルの言葉に、さっきまで残念そうな表情だった涼の顔が少し輝く。
「コナ村近くにいた、なんとか伯爵が、闇属性魔法を使うヴァンパイアでした」
「ハスキル伯爵カリニコスな。だがそいつも、記憶を操作はしなかったろう?」
「ええ、しませんでしたね。自分の支配下に置こうとはしましたけど、記憶は別になにもしませんでした」
「闇属性魔法なら記憶を操作できるというのは、あくまで仮説だ」
「え? そうなんですか? なんでアベルがそんなことを知っているんです?」
「昔、王城にいた頃に習ったんだ。気を付けろという意味だったんだろうな」
「さすが、ナイトレイ王国の王子様教育」
涼は顔をしかめて賞賛する。
王子様教育の凄さは認めているが、特権階級へのひがみ的な感情もある。
それが、賞賛と顔をしかめるが連立した理由。
多分、心の奥底では、その王子様教育を受けてみたいと思っている……のかもしれない。
だが同時に、そんな教育を受ける立場というのは、その後の将来を自由に選択できない立場であることも認識している。
職業選択の自由がない。
それは、かなりつらいと思うのだ。
職業……お仕事というのは、人生においてかなり多くの時間を占めるもの。
それを自由に選べないというのは……。
もちろん、働いている人の多くはやりたい仕事ではないが頑張っている……それは理解している。
だがそれでも、人生において最初から選ぶチャンスを得られないというのとは、やっぱり違う気が……。