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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0772 人を育てる理由

ファンデビー法国艦隊はヴォンの港を出港した。

艦隊の中心にいるのは、教皇御座船アークエンジェルと、スキーズブラズニルだ。


スキーズブラズニルの甲板上では、今日も国王陛下が剣を振るっている。

当然、王国騎士団もグループに分かれて剣を振るっている。

その中でも最も気合いが入っているのは、ある中隊長。


「ザック、気合いが入っているな!」

「昨日の教皇……聖下の剣を見て、気合いを入れなおしました!」

アベルが声をかけ、ザックが返す。


そんな光景を見て、満足そうに頷く筆頭公爵。

もちろん涼は、気合いを入れることに関して何も貢献していない。

それなのに、なぜかとても偉そうだ。



そんな涼は何をしているかというと、氷の板を目の前に並べていじくっている。

錬金術に(いそ)しんでいるらしい。


「やはりホーリーナイツは強そうでした。西方諸国最強の名は伊達ではありません。我がゴーレム軍団も負けてはいられないのです」

などと呟きながら。



とはいえ、頑張っていても休憩はとられる。


当然のように、涼の前の氷のイスに座るアベル。

当然のように、その前に出されたコーヒーを飲む。


「ん? 冷たい?」

「ええ。アベル、体を動かして汗をかいたでしょう? そういう時は冷たいものが欲しくなるじゃないですか。だから今回はアイスコーヒーにしてみました」

涼が得意そうな顔で答える。


確かにいつものコーヒーに比べて、入っているコップが大きい。

コップというより、グラスと言うべきであろう。


ちなみに、氷は入っていない。

氷が融けると薄まってしまうため、コーヒーそのものを冷たくしたのだ。


「全ては水属性魔法の大いなる力によるものです」

「お、おう……すごいな水属性魔法」

涼が舞台俳優のような言い方をし、アベルが賞賛する。



アベルはアイスコーヒーを飲みながら、並走するアークエンジェルを見た。


「ヴァンパイアを信仰する宗教とかもあるんだな」

「ああ、昨日のヴィーラ教でしたっけ」

アベルの呟きに、涼が反応する。


「人は、人を超えるものを信仰しやすい生き物ですから。神々、神の子、あるいは天狗(てんぐ)など……」

「最後のは何だ? テング?」

「伝説上の生き物です。外見上は人に似ているのですが、鼻が長くて、驚異的な身体能力と知力、そして剣の腕もすごいそうです。人を鍛え育てると言われています。ある種の魔物かもしれませんね」

「そんなやつが……ああ、伝説上の生き物と言ったか。だが、興味深いな。人を鍛え育てる魔物か? そいつは、何のためにそんなことをするんだ?」

アベルは天狗に興味を持ったようだ。


「う~ん……修行者や武士……剣士とかに試練を課したり、場合によっては剣の技を伝授したりするんです。それによって、人の方は成長します、強くなったりもしますし、心が鍛えられたりもするわけです。でも、天狗にとってのメリットは……無いですよね。もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「強くなりすぎて戦う相手がいなくなったから、人を鍛えて自分が戦う相手にしたかった可能性があります」

「……暇つぶしか?」

「アベルの表現はとっても意地悪ですけど、そういう言い方もできますね」

涼は何度か小さく頷いている。


「リョウは、剣を師匠に習ったんだよな」

「え? ああ……確かに。言われてみれば、師匠もどうして僕に剣を教えてくれたんでしょうね。このローブやブーツ、村雨もくれましたし……」

「最初は、どういう出会いだったんだ?」

「見つけた師匠に、僕が襲い掛かりました」

「おい……」

「師匠が付き合いの良い人で助かりました」

「……そうだな」

涼が出会いを思い出すかのように遠い目になり、アベルが小さく首を振る。


「本当に、付き合いの良い師匠で良かったな。普通なら、リョウは殺されているだろうからな」



「今回の法国艦隊の遠征って、ヴァンパイアが教皇庁を襲撃したことに対する報復ですよね?」

「ああ。グラハムとアドルフィトという枢機卿以外、枢機卿全員が殺された」

「さすがにそれは、そのままにはしておけませんか」

「そうだな。民の信仰が絡むものだからな」

「民の信仰?」

「極論だが、国や教会の上層部だけの話であれば、こんな遠征をする必要もなかったと思う」

「ほう?」

「だが、民は納得しないだろう? 自らが信仰する大切な教会、その偉い人たちを傷つけられたんだ。『平和のために報復はしない』などと発表されて、納得はできないだろう?」

「まあ、そうですね」

アベルの説明に、涼は頷く。


地球の歴史を紐解(ひもと)けば、該当する事例は山のようにある。

むしろ、報復が行われなかったケースの方が少ない。

なぜか?

報復を行わないと、自らの民たちが怒り狂って、暴力でもって報復することを求めてくるから。


理性ではない、感情でだ。


もちろんそれは、民が愚かだから、などという話ではない。


手元にある情報の違いと、何を大切にするかの違い。

それらの違いによって、理性を優先するか、感情を優先するかに分かれる。


上層部には民が苦しむ姿は見えていない。

民には上層部が持つ特別な情報は降りてこない。


だから違いが出る。



「とはいえ、俺たちが持っている情報も限られたものだ」

「教皇であるグラハムさんとかの元に届く情報は、もっと多いでしょうからね。それらを総合的に判断した結果、討伐が決定された……可能性もあると」

「そう、民、信徒らを納得させるためだけじゃなくてな」

アベルは、並走するアークエンジェルを再び見る。


「グラハムの真意は分からん」

アベルの呟きは、かろうじて涼の耳に届いた。



「人とヴァンパイアの争いって根が深いんですよね?」

涼はちょっと話題を変えてみた。


「ああ。この世界に人が満ちる前、世界を支配していたのはヴァンパイアだったと言われている」

「え? そうなのです?」

「人は文字通り、ヴァンパイアの家畜として存在していた。血を提供する家畜としてな」

「なんと」

アベルの語る前史に驚く涼。


ちょっとした話題替えのつもりだったのに、なにやら凄い話が出てきた。

しかしながら……。


想像する。

牢獄(ろうごく)に囚われ、血を抜き取られるだけの人生を。

体が震えた。


「ケーキもコーヒーもない人生……」

「そうだな。家畜にそんなものは食わせんだろうな」

「つまり、人がヴァンパイアと争うのは、ケーキとコーヒーを食すためなのですね」

「え……そ、そうとも言える……のか? 可能性はある、というべきなのか?」

涼が頷きながら言い、アベルは否定する必要はないが認めていいのかどうか迷う。


「でもでも、ヴァンパイアってめっちゃ強いじゃないですか? そんな強いヴァンパイアがたくさんいる中、人はどうやって状況を逆転させたんです?」

「転機となったのは、錬金術だと言われている」

「おぉ!」

「ヴァンパイアでも錬金術を扱う者はいるらしいが、人の方が秀でていたそうだ。そして人は、ゴーレムを生み出した」

「ゴーレムが、ヴァンパイアへの切札だった……」

それは涼の知らない歴史。



「僕は、トワイライトランドでラーメンを食べさせてもらいました」

「ああ、言ってたな」

「トワイライトランドは、ヴァンパイアが支配階級にいる国です」

「そうだな」

「でも、ヴァンパイアの数を遥かに超える人間が暮らしていました。特に虐げられているようには見えませんでした」

「うむ」

「真祖様を筆頭に、あのヴァンパイアたちも、そんな人との確執の歴史を乗り越えて国を立ち上げ、人と共存しているのでしょうか」

涼は小さく首を振る。


「さっき言ったのは、あくまで王国で習った伝承だ。どこまで本当かは分からんぞ」

「過去はともかく、これからの未来がどうなるか……」

「そうだな」

「人もヴァンパイアも、ラーメン、カレー、ケーキやコーヒーを共に楽しむことができる世界がくればいいですね」

「……そうだな」

「いつか、人とヴァンパイアが争いを終える日が来てほしいのですが」

「難しいんじゃないか? ヴァンパイアは知らんが、人は人同士でも争う生き物だぞ」

「なんと悲しい現実でしょう」

涼は現実を見て悲しむ。



「アベル陛下、リョウさん、暗黒大陸北沿岸部でよく食べられているマグロードというお菓子を作ってみました。試食していただけますか」

「おぉ、ぜひ!」

「わ~い、さすが料理長さんです」

コバッチ料理長が、新作の甘味を持ってきて、アベルと涼が手を伸ばす。


「美味いな。この甘みは蜂蜜(はちみつ)か」

「これはまずいですよ、手が止まらなくなります」

「甘いでしょう? コーヒーにも合うと思うんですよ」

「合う!」

涼とアベルが異口同音に答える。


「お二人の舌を満足させられたのなら、どこに出しても大丈夫ですね。たくさん作って船員と騎士団の方々にも振る舞いましょう」

「ああ、コバッチ料理長、ぜひ頼む」

コバッチの提案にアベルは笑顔で頷く。


こうして、スキーズブラズニルは新たな甘味を手に入れた。




スキーズブラズニルは艦隊の中心を走っているが、本当の中心は教皇御座船アークエンジェルだ。

ここには『教皇御座船』の名の通り、グラハム教皇が乗船している。


「西の雫亭で戦ったクベシュ子爵ヤロスラフの反応から考えて、ゾルターンは目を覚ましているのだろう」

「ロズニャーク公爵……ヴァンパイアの公爵ですか」

グラハムの言葉に、さすがのステファニアも落ち着きは無い。


ヴァンパイアは強さに応じた爵位を持つ。

それは人も知っている。

だからその爵位によって、ヴァンパイアの強さもおおよそ見当がつく。


しかしそれは、おおよそだ。


公爵の強さなど、ほとんどの人間が知らない。

なぜならここ百年以上、ヴァンパイアの公爵が人の前に現れたことはないからだ。

人の寿命など短い。

百年出てこなければ、誰も知らなくなるのは当然だ。


だが、これだけは伝わっている。


「出てきたら、逃げろ。ゴーレムですら勝てないのだから」と。



「もちろん今回の討伐対象は、ロズニャーク公爵ゾルターンではない。できれば接触も避けたいと考えている」

「ですがクベシュ子爵ヤロスラフが、ゾルターンに仕えていたというのであれば、それを倒した以上……」

「そうだな。聖職者や信徒らのために仕方なかったとはいえ、倒した以上は対峙することになるかもしれん。まあ、そうなったらそうなっただ」

「聖下……」

「どうせ今回ぶつからなかったとしても、起きたのであれば、いずれ本国を襲撃したりするだろう。それこそ、シオンカ侯爵のように教皇庁を直接襲撃するかもしれんぞ」

そう言うとグラハムは笑った。


シオンカ侯爵とその一党には勝てる。

それだけの戦力を揃えてきた。

しかし相手がヴァンパイア公爵となると、話は大きく変わる。


並走するスキーズブラズニルをチラリと見た。

「彼らの力を借りないで済むようにせねばな」

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