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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0769 腐敗

「せっかいを平和で包むため アベル王のおでましだ~♪」

そんな歌を歌いながら、筆頭公爵がスキーズブラズニルに戻ってきた。

後ろには<台車>の魔法で、購入した食材が運ばれている。


さらにその後ろから、コバッチ料理長ら厨房スタッフもついてきていた。

<台車>の魔法に驚きながら。


「料理長さん、この辺りでいいですか?」

「ええ、ええ、もう本当に助かりました、リョウさん」

涼が朗らかに問い、コバッチ料理長が感謝する。


<台車>で運ばれてきた食材は、船倉へと運ばれていった。



「アベル、僕は見事にお仕事をやり遂げましたよ」

「ああ、それは見ていた。素晴らしいのだが……さっきの歌は何だ?」

「『アベル王のお出ましだ!』という歌です。戻ってくる時に、即興で作りました。最初から全部歌ってあげましょうか?」

「いや、いい」

涼は、スキーズブラズニル号の食材購入のお手伝いをしてきた。

具体的には<台車>の魔法で購入したものを運ぶというお手伝い。


ヴォンの街はけっこう大きな市場があるということで、スキーズブラズニル号は多めの食材を仕入れることにしたのだ。


しかし……。


「一週間ほど、この街に留まることになった」

「どうしてですか?」

「さっきグラハムが来てな。教会の方で処理すべき案件が出てきたらしい」

「教会の方で処理すべき案件? この街で、法国艦隊が?」

アベルの説明に首を傾げる涼。


だが三秒もすると、右拳を左掌に打ちつけた。

(ひらめ)いた、を表すジェスチャーだ。


「分かりましたよ、アベル」

「聞くまでもなく、違うんだろうなと思うが、まあ言ってみろ」

「この街を襲う海賊(かいぞく)を、法国艦隊で戦い潰す気ですよ」

「うん、以前も言ったろう、海賊が街を襲うとか無いと」

「あるかもしれないじゃないですか。ここは暗黒大陸です。中央諸国の常識に捉われているアベル、いつかその思考がアベルの足をすくうのではないかと心配です」

「なんで、いつもそんなに自信満々なんだよ」

涼は自説の正当性を述べるのではなく否定する相手を攻撃し、アベルは小さく首を振る。


ちなみに、暗黒大陸でも海賊が街を襲うことはほとんどない。

アベルの認識が正しい。



「別の可能性としては……この街のトップが西方教会の聖職者や信徒を迫害(はくがい)していることが分かったので、それを成敗(せいばい)するつもりかもしれません」

「ここは、西方諸国じゃないからな。そんなことをしたら、一気に国同士の関係は悪化するだろ」

「それでも、教皇として信徒たちのために泣く泣く戦うのです」

なぜか泣く泣く戦うことになるグラハム。


「グラハムだったら、そんな正面からやらんだろう?」

「う……確かに」

「表面に波風立てないようにするんじゃないか?」

「……異端審問官の人とかが、街のトップを暗殺?」

「可能性だがな」

「なんて恐ろしい」

なぜか暗殺を指示することになるグラハム。


「アベルも気を付けてくださいね!」

「俺? 何でだ?」

「グラハムさんと対立することになったら、寝ている間に異端審問官によって暗殺される可能性が……」

「その時はリョウが守ってくれるだろう?」

「……守り切れなかったら、(かたき)はとります」

「まず守ってくれ」

「……努力はします」

なぜかアベル暗殺を企てる設定にされるグラハム。


人の妄想は無限に広がる。




そんな噂のグラハム教皇を筆頭とした西方教会一行は、貸し切りとなった宿『西の雫亭』に拠点を置いていた。

西の雫亭が拠点に選ばれたのは、ヴォン教会から近いというのが最大の理由だ。

直線距離で百メートルも離れていない。


グラハム自身は教皇という立場もあり、昼間はヴォン教会にいる。

その話が広がり、西方教会の信徒たちが、近くの街からも訪れていた。

彼ら信徒にしてみれば、一生に一度もない幸運。

その幸運を、家に戻って知人たちに熱く語る。



「ヴィーラ教徒に動きがあったようです。ヴォンの街のあちこちで、それらしき者たちが今まで以上に見られるようになったと」

「私の滞在を広めた甲斐があったか」

ステファニアの説明に、小さく頷くグラハム。


グラハムは、自らを(おとり)にしようとしていた。


「夜は『西の雫亭』に戻る、というのもしっかり広めてくれ。ヴォン教会にも守備の半数を割いてはいるが、むこうが襲われるのは避けたい」

「承知しております」

ステファニアはそう答えるが、逡巡(しゅんじゅん)している様子がうかがえる。


「どうした、ステファニア」

「は……聖下、本当によろしいのでしょうか。御身(おんみ)を危険にさらしてまで……ここまでやる必要があるのかと」

「ある」

グラハムは表情を変えずに、だが即答する。


「この後、我らは南部に向かう。そうなると、この辺りは後方になる……後方に不安を抱えたまま遠征はできんよ。何があってもいいように、退路は確保しておかねば。異端審問官らはともかく、他の聖職者たちは動揺するかもしれんだろう?」

「はい……」

「南部もヴァンパイア、こちらもヴァンパイア……一つずつ、確実に潰しながら進みたい」

「出過ぎたことを言いました。お許しください」

ステファニアは、深く頭を下げる。


「いや、そんなことはない。ステファニアの意見はいつも貴重だ。これからも言ってほしい」

「聖下……」

「私も万能ではない。間違いも犯すし、見落としもする。そういう時に、直言してくれる者がいてくれると助かるのだ」

グラハムは、そう言うとうっすらと笑う。


周囲からの意見を聞けなくなった、力ある者の末路(まつろ)を、グラハムは知っている。

自分がそうならないようにと意識はしていても、難しいだろうということも知っている。


「権力は腐敗(ふはい)する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」

「それは……」

「ああ、開祖ニュー様の言葉として残っているよな。ただ、実はニュー様自身も別の誰かから聞いて、心に刻んでいた言葉らしい。それだけ、人の真実を射抜いている言葉と言ってもいいのだろう」

そこで、グラハムはふっと笑ってステファニアを正面から見た。


「ステファニア、君はいずれ教皇の椅子に座るだろう。その時には、今の言葉を思い出してほしい」

「グラハム様……」

「権力というものは本当に厄介なものなのだ。人は弱い。だから意図せずに腐敗してしまう……権力を持っていれば、その速度はなおさら上がるだろう。心への侵食も深く……本当に深くまで腐敗する。気付いても、もう戻って来れないほどに」

「……」

「その時、傍らに、そうならないように直言してくれる者がもしいたら、大切にしなさい。それは貴重な存在だからね」

「はい……分かりました」

ステファニアは、心の底から感謝した。

ふと、現在改稿中の、書籍版「第三部 第三巻」原稿の文字数を見たのですが、23万字を超えています。

いわゆる「ボスンター国」の箇所なのですが、なろう版では10万字しかないのです。

確かに「たくさん加筆するぞ!」と思って取り掛かったのは覚えているのですが……。


つまり13万字以上、加筆しました。

『水属性の魔法使い』史上、新記録です!

つまり本の中身半分以上は、誰も見たことのない、新たに書き下ろされた内容。

楽しみにお待ちください。


その前に、書籍版「第三部 第一巻」が3月19日に発売されます。

そちらも、いっぱい加筆しておりますので、楽しみにお待ちください!

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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