0769 腐敗
「せっかいを平和で包むため アベル王のおでましだ~♪」
そんな歌を歌いながら、筆頭公爵がスキーズブラズニルに戻ってきた。
後ろには<台車>の魔法で、購入した食材が運ばれている。
さらにその後ろから、コバッチ料理長ら厨房スタッフもついてきていた。
<台車>の魔法に驚きながら。
「料理長さん、この辺りでいいですか?」
「ええ、ええ、もう本当に助かりました、リョウさん」
涼が朗らかに問い、コバッチ料理長が感謝する。
<台車>で運ばれてきた食材は、船倉へと運ばれていった。
「アベル、僕は見事にお仕事をやり遂げましたよ」
「ああ、それは見ていた。素晴らしいのだが……さっきの歌は何だ?」
「『アベル王のお出ましだ!』という歌です。戻ってくる時に、即興で作りました。最初から全部歌ってあげましょうか?」
「いや、いい」
涼は、スキーズブラズニル号の食材購入のお手伝いをしてきた。
具体的には<台車>の魔法で購入したものを運ぶというお手伝い。
ヴォンの街はけっこう大きな市場があるということで、スキーズブラズニル号は多めの食材を仕入れることにしたのだ。
しかし……。
「一週間ほど、この街に留まることになった」
「どうしてですか?」
「さっきグラハムが来てな。教会の方で処理すべき案件が出てきたらしい」
「教会の方で処理すべき案件? この街で、法国艦隊が?」
アベルの説明に首を傾げる涼。
だが三秒もすると、右拳を左掌に打ちつけた。
閃いた、を表すジェスチャーだ。
「分かりましたよ、アベル」
「聞くまでもなく、違うんだろうなと思うが、まあ言ってみろ」
「この街を襲う海賊を、法国艦隊で戦い潰す気ですよ」
「うん、以前も言ったろう、海賊が街を襲うとか無いと」
「あるかもしれないじゃないですか。ここは暗黒大陸です。中央諸国の常識に捉われているアベル、いつかその思考がアベルの足をすくうのではないかと心配です」
「なんで、いつもそんなに自信満々なんだよ」
涼は自説の正当性を述べるのではなく否定する相手を攻撃し、アベルは小さく首を振る。
ちなみに、暗黒大陸でも海賊が街を襲うことはほとんどない。
アベルの認識が正しい。
「別の可能性としては……この街のトップが西方教会の聖職者や信徒を迫害していることが分かったので、それを成敗するつもりかもしれません」
「ここは、西方諸国じゃないからな。そんなことをしたら、一気に国同士の関係は悪化するだろ」
「それでも、教皇として信徒たちのために泣く泣く戦うのです」
なぜか泣く泣く戦うことになるグラハム。
「グラハムだったら、そんな正面からやらんだろう?」
「う……確かに」
「表面に波風立てないようにするんじゃないか?」
「……異端審問官の人とかが、街のトップを暗殺?」
「可能性だがな」
「なんて恐ろしい」
なぜか暗殺を指示することになるグラハム。
「アベルも気を付けてくださいね!」
「俺? 何でだ?」
「グラハムさんと対立することになったら、寝ている間に異端審問官によって暗殺される可能性が……」
「その時はリョウが守ってくれるだろう?」
「……守り切れなかったら、仇はとります」
「まず守ってくれ」
「……努力はします」
なぜかアベル暗殺を企てる設定にされるグラハム。
人の妄想は無限に広がる。
そんな噂のグラハム教皇を筆頭とした西方教会一行は、貸し切りとなった宿『西の雫亭』に拠点を置いていた。
西の雫亭が拠点に選ばれたのは、ヴォン教会から近いというのが最大の理由だ。
直線距離で百メートルも離れていない。
グラハム自身は教皇という立場もあり、昼間はヴォン教会にいる。
その話が広がり、西方教会の信徒たちが、近くの街からも訪れていた。
彼ら信徒にしてみれば、一生に一度もない幸運。
その幸運を、家に戻って知人たちに熱く語る。
「ヴィーラ教徒に動きがあったようです。ヴォンの街のあちこちで、それらしき者たちが今まで以上に見られるようになったと」
「私の滞在を広めた甲斐があったか」
ステファニアの説明に、小さく頷くグラハム。
グラハムは、自らを囮にしようとしていた。
「夜は『西の雫亭』に戻る、というのもしっかり広めてくれ。ヴォン教会にも守備の半数を割いてはいるが、むこうが襲われるのは避けたい」
「承知しております」
ステファニアはそう答えるが、逡巡している様子がうかがえる。
「どうした、ステファニア」
「は……聖下、本当によろしいのでしょうか。御身を危険にさらしてまで……ここまでやる必要があるのかと」
「ある」
グラハムは表情を変えずに、だが即答する。
「この後、我らは南部に向かう。そうなると、この辺りは後方になる……後方に不安を抱えたまま遠征はできんよ。何があってもいいように、退路は確保しておかねば。異端審問官らはともかく、他の聖職者たちは動揺するかもしれんだろう?」
「はい……」
「南部もヴァンパイア、こちらもヴァンパイア……一つずつ、確実に潰しながら進みたい」
「出過ぎたことを言いました。お許しください」
ステファニアは、深く頭を下げる。
「いや、そんなことはない。ステファニアの意見はいつも貴重だ。これからも言ってほしい」
「聖下……」
「私も万能ではない。間違いも犯すし、見落としもする。そういう時に、直言してくれる者がいてくれると助かるのだ」
グラハムは、そう言うとうっすらと笑う。
周囲からの意見を聞けなくなった、力ある者の末路を、グラハムは知っている。
自分がそうならないようにと意識はしていても、難しいだろうということも知っている。
「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」
「それは……」
「ああ、開祖ニュー様の言葉として残っているよな。ただ、実はニュー様自身も別の誰かから聞いて、心に刻んでいた言葉らしい。それだけ、人の真実を射抜いている言葉と言ってもいいのだろう」
そこで、グラハムはふっと笑ってステファニアを正面から見た。
「ステファニア、君はいずれ教皇の椅子に座るだろう。その時には、今の言葉を思い出してほしい」
「グラハム様……」
「権力というものは本当に厄介なものなのだ。人は弱い。だから意図せずに腐敗してしまう……権力を持っていれば、その速度はなおさら上がるだろう。心への侵食も深く……本当に深くまで腐敗する。気付いても、もう戻って来れないほどに」
「……」
「その時、傍らに、そうならないように直言してくれる者がもしいたら、大切にしなさい。それは貴重な存在だからね」
「はい……分かりました」
ステファニアは、心の底から感謝した。
ふと、現在改稿中の、書籍版「第三部 第三巻」原稿の文字数を見たのですが、23万字を超えています。
いわゆる「ボスンター国」の箇所なのですが、なろう版では10万字しかないのです。
確かに「たくさん加筆するぞ!」と思って取り掛かったのは覚えているのですが……。
つまり13万字以上、加筆しました。
『水属性の魔法使い』史上、新記録です!
つまり本の中身半分以上は、誰も見たことのない、新たに書き下ろされた内容。
楽しみにお待ちください。
その前に、書籍版「第三部 第一巻」が3月19日に発売されます。
そちらも、いっぱい加筆しておりますので、楽しみにお待ちください!